2020年12月02日

回想録 『一若年士官の戦時体験記』 (15)


伊藤 茂 (元海自海将補 ・ 兵71期)

居眠り

さてこの作戦中、私が失敗したことについてはかつて本誌 ( 海上自衛隊部内誌 ) に記載されたこともあるが、もう一度大略を付記する。

6月19日の夜、空母 「瑞鶴」 の左正横2,000メートルに占位して之字運動を実施していたところ、「面舵」 と令したままちょっとの間眠ってしまい、ハッと気づいて何かおかしいぞと直感し、すぐに眼鏡で前方を見たところ、正しくは右正横の対勢になるべき 「瑞鶴」 が右艦首方向に見えたのにびっくりし、コンパスを見るとまだ回っているので、内心大いに慌てながらも、静かな声で 「戻せ、取舵一杯」 と下令、運よく事故もなくて旧位置に復することができた。

なおこのようなときは慌てず、落ち着いた声で号令を掛るよう昔もやかましく教えられていたが、実は私はそのとき両脇の椅子に眠っておられた司令・艦長が目をさまされないようにという懸念もあって静かに下令したもので、こんなときにそのような気遣いをしたとは何とも恥ずかしく自戒すべきことと、あとになって反省したものである。

このことはその後も思い出すたびに、ゾッとしかつ胸をなでおろしていたものであるが、戦後これをかつての上司にお話ししたところ、俺も同じく眠って一回転したことがあったと話され (隊形は輪形陣で後方に位置していた由)、また先年、優秀な先輩がやはり戦時中、これに似た失敗をやり、注意を受けたとの話をされたので、いずれも駆逐艦でのことであるが、自分だけではなかったのかと、それまでの心のもやもやが幾らかとれた感じがした。

なお、ついでにもう1度当時の状況を思い浮かべてみると、当日は早朝来攻撃隊の発進や 「大鳳」 の救助やらでずっと総員配置が続き、夜になって一段落して三直配備となったので、哨戒員は皆引き続いての立直となり、哨戒長も最初はいつものように航海長たる私が立っていたが、司令・艦長もそのまま眠られ、誰しも多少ホッとして疲れも出てくるのが人の常とは思う。

しかしこういうときこそ哨戒長は何としてもしっかりしていなければならなかったのにと恥ずかしく思っているが、一方では、この苦い経験とともに、駆逐艦では同様な例が案外多かったのではないかと推測できることから、少々大袈裟かもしれないが、この睡魔だけはいくら旺盛な精神力や体力があっても如何ともできないような気がしてならないので、このようなことの防止にはただ精神力のみを頼まず、他に対策をたてる必要のあることを私は痛感している。

なお、通常なら操舵員もこのような場合、いつまでも 「戻せ」 がないことをおかしいと気づき、すぐに問い合せていたであろうが、夜間のことでもあったし、彼とてもやはり疲れていてそこまで気が付かなかったのであろう。

また、艦橋勤務員の誰もが操艦者の各種号令や艦の動きに疑問を持った場合、すぐに問いただすように平素から心掛け、かつそうしやすい艦橋の雰囲気にしておくことも大切である。

くどいようであるが、操舵時のいろいろな間違いは前記のような眠ったときに限らず、錯覚や錯誤等もあって、長い海上勤務中には何回かは起きると思っていた方がよいと思っているので念のために申し添える。

(続く)

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