2020年11月29日

回想録 『一若年士官の戦時体験記』 (13)


伊藤 茂 (元海自海将補 ・ 兵71期)

鉄拳制裁

さて殴られたことをちょっと書いたので、殴ったことも紹介し、併せて関連した私見を申し添える。

18年に遡るが、呉において修理も終わりに近づき弾薬搭載が行われた。 休暇員が出ていて作業員不足のため、副直将校であった私は1人でも多く集めたいと思って艦内を回り、後部砲術科倉庫を開けたところ、中で下士官が2人酒を飲んでいた。 人が少なくみんな苦労しているときに砲術科の下士官たる者がと、即時その1名を1発殴った。

あとで聞いたところでは、いよいよ出撃も間近いのでお別れにきた同年兵と2人で飲んでいたとのことであったが、このときは相手の立場も考えず、感情のままにいきなり殴ったことを深く後悔している。

次にもう一つ、リンガ泊地において訓練中、一時敵の空襲が懸念され、夜間警戒停泊することとなった。 哨戒長は終夜直であり、哨戒員の方は3直交代になっていたので、私 (哨戒長) は夜半、状況を見るため艦橋に上がり、哨戒長付たる某先任下士官の名を呼んだが一向に返事がなく、眠っていたことを知ったので、「艦橋立直員の責任者たる者が眠るとは何事か」 と、旗甲板に呼んで1発制裁を加えた。

このときはただ感情のままになぐったとは思わないが、やはり殴るべきではなかったと今でも悔いている。

なお、殴ることには一長一短があり、殴る人の心の持ち方も大切であるし、またそれを受ける人によってもプラスともなればマイナスともなろうが、私は殴らないでも下級者指導の目的は達し得ると思い、むしろその害を思えば殴るべきではないと思っていた。

かつて兵学校においても、殴った人の中には下級生指導の確固たる信念も持たず、自分が殴られたから殴り、また上級生たるの特権のみをかざし、感情のままに殴った人も決して少なくなかったように思われたので、往時の懐旧談などでよく言われるような、殴られてありがたいと思ったことなど当時の私にはなく、むしろ嫌な感じを持ったことの方が多かった。

したがって自分は殴るまいと決心し、人並みに大いに殴られたのみで、自らは1度も殴らなかった。 しかし後年振り返ってみるとき、私も殴られて鍛えられたことで、その後の軍隊生活においてプラスとなった何ものかがあったような気もするし、また軍隊において、戦場で必要とされる強靭な精神を短期間に染み込ませるためには、殴って鍛えることに何か得がたい意義があったようにも思える。

しかし、私はその後深く突っ込んで考えてみていないことでもあり、その是非についての信念は持ち合わせていない。

またこの殴る殴らないについては、兵学校でも何十年来討議を重ねたものであろうが、いずれを良しとするかは年々異なり、結局多く殴ったクラスと然らざるクラスとあって、概ね最下級生時代大いに殴られたクラスは最上級クラスになってからまた大いに殴ったようで、この繰り返しが覗える。

したがってやはり一長一短があって、一般には自分の鍛えられた方法をベターと考え、これを選んだもののように思える。

いささか横道にそれたが、ともあれ私の軍隊生活を通じ、殴ったただ2人の前記下士官に対しては今も申し訳ない気がしてならない。

したがって私は人のことを言えた義理ではないが、士官になってからも極めて安易に下級者を殴っていた人には何かしら引っ掛かるものを感じていた。


さて、「あ」 号作戦の戦闘経過については詳細皆さん御承知のはずなので、以下私は実際に目で見、あるいは体験し、また感じたことのみ申し述べる。

(続く)

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前 : 回想録 『一若年士官の戦時体験記』 (14)
     http://navgunschl.sblo.jp/article/188152081.html
前 : 回想録 『一若年士官の戦時体験記』 (12)
     http://navgunschl.sblo.jp/article/188152034.html

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