2020年07月27日

重巡 「利根」 慰霊祭


本来より一日早いですが、本日江田島市能美町の元能美海上ロッジ脇にある重巡 「利根」 の慰霊碑にて、その目の前の海で米軍機の空襲により沈没・転覆してから75年目の慰霊祭が行われました。

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今年は武漢コロナの影響でこの慰霊祭も関係者のみでということで、参加してきました。神主さんと保存会の若い後継者など私を含む6名だけです。

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それでも立派な祭壇が準備され、また保存・運営を受け継いだ若いグループが立派な式進行をやってくれました。

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生憎の梅雨空で式開始まではかなりの雨でしたが、式が始まる直前からは小降りとなり、また天幕も用意されていて濡れなくても済む配慮も。

この重巡 「利根」 の慰霊碑とこれに隣接する資料館は保存会が維持・運営をしておりますが、3年前から私の同期の息子さんなど数名がボランティアとして資料館内の整理などでお手伝いを始め、今では慰霊祭の開催など保存会を代表する中心的役割を担っております。

そして、これまで長い間日々慰霊碑と資料館の面倒を見てくれていた、近くにお住いの藤本さんという方が残念なことにご高齢のためお亡くなりになってしまいました。 このため、これからは本日の慰霊祭も含めて、慰霊碑と資料館の両方をこの若いグループの人に移ること。

ここは能美島という呉からは少し離れた場所にあるとはいえ、水交会などは (何故か) その定款にも関わらず全く関与してこなかったところでもあり、世の中にその存在が知られているとはいいながら、元々は重巡 「利根」 とは直接の縁も所縁もない人々によってこれまで維持管理されてきました。

そして重巡 「利根」 の慰霊碑が、何故呉の海軍墓地内に置かれずに、ここにあるのかは慰霊碑裏面に埋め込まれた碑文をお読みいただけはお分かりになると思います。

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これからはこの若いグループの人達に全面的にお願いすることになります。 そしてこういうことこそ大切にして応援していきたいですね。

posted by 桜と錨 at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
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