2020年03月03日

巨星墜つ !!


私にとってはまさに “巨星墜つ” です。

私が初級幹部の頃から身近にお付き合いがあり、尊敬する海自の先輩である加藤武彦氏がお亡くなりになりました。

ご存じのとおり、加藤武彦氏は良く知られた加藤寛治海軍大将の孫で、防大6期生、幹部候補生学校13期で、私の11期上になります。

直接には、プログラム業務隊 (PGC、現在の艦艇開発隊の前身) で直属の上司、幹部学校高級課程学生の時の学校長、そして呉地方総監部防衛部第三幕僚室長の時の総監と、3度ご指導いただきましたが、人格、識見共に優れた大変に立派な方でした。

特に阪神淡路大震災においては、呉では余りにも被災状況が不明のため、発災の翌朝には総監自らヘリで視察をされて現地進出を決心され、翌3日目には幕僚などを率いて震災で半壊した阪神基地隊に海自災害派遣部隊司令部を構え、派遣艦艇・部隊の指揮をとられました。

私も同司令部作戦幕僚としてお仕えしたわけですが、加藤総監の端的で明確な判断と指揮振りは見事なものであったと思います。

中でも、総監のところへ海上幕僚長などから電話で “もっとテレビなどに映ることをやれ” “派遣艦艇の舷側に大きく目立つような 「災害派遣中」 という幕を掲げろ” などなど、やいのやいのと催促があったようですが、朝のオペレーション (作戦会議) で、「俺はそんなチンドン屋の様なことはやらない。 神戸の港に灰色の艦が赤白の自衛艦旗を掲げて在泊している姿を市民に見せるだけで十分。 あとは本当に必要とされる派遣業務を淡々とやるだけ。」 と言われ、その通りに実行されたときには、“あ〜、この人は本当の海上部隊指揮官だな〜” と感服した次第です。

Hanshin-Awaji_19950203_01_m.JPG

写真は発災から3週間ほど経った2月上旬、災害派遣は人命救助や行方不明者捜索などから給水支援などの定常業務へと移行し、以後順次それに必要な艦艇・部隊以外を派遣元へ戻す段階に来た時の記念写真です。

前列の赤白の腕章が災害派遣部隊指揮官の加藤総監、向かってその右が阪神基地隊司令の既に今は亡き仲摩海将補です。

加藤総監始め各級指揮官や司令部幕僚などの面々は、やっと何とか一息ついての安堵の表情が見られます。

ご持病があったとお聞きしましたが、まだ81歳、早過ぎますね。

心よりご冥福をお祈りいたします。 (合掌)

posted by 桜と錨 at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに
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