2019年07月19日

錨と錨鎖の話し (13・補2)


ついでに、もう一つ現役の時の思い出を。

前述のとおり、錨鎖の色は、最後の1節は全て 赤色、その前の1節は全て 黄色 に塗られていますが、余程のことが無い限り錨泊でここまで出す (使う) ことはまずありません。

私は現役時代に単錨泊でこの赤色と黄色が見えるまで出した経験は2回だけあります。

1回は 「あまつかぜ」 で長期の特別修理に伴う錨及び錨鎖関係の試験の時ですが、もう1回は某艦で台風来襲に備えて避泊をした時です。


台風避泊における荒天錨泊では、常用の計算値である 4D+145m (例えば水深25mの錨地なら10節)に、その時の状況に応じて必要があれば1〜2節程度を多めに使用すれば十分です。 もちろん既にお話しした私の理屈でも。

そしてそれでもダメだ (走錨する) と思える状況ならば、むしろアッサリと避泊を止めて、広い湾内などでゆっくり走っていた方がよほど安全ですし、そうすべきだと思っています。

避泊時は艦橋・CICなどは通常航海直で、機関科は即時待機なのですから、乗員の労力はほとんど変わりませんし、つまらない心配をするよりは余程気が楽です。

しかも、近くに錨泊する商船が走錨して衝突されることもありませんし、こんな時に湾内を走る小型船はありませんので。

実際、避泊をせずに走り回っていたことは3回あります。 いずれも艦長に進言して。 その内の1回は、早めに佐世保を出て雲仙岳を横に見る島原湾 (有明海南部) の中を南北にゆっくり走ることに。 この時、真夜中を過ぎた頃、一瞬ですが風速計の針が一回りして瞬間最大風速60m/秒以上となりました。 記憶にある限り、私の現役中での最高風速です (^_^) 

Shimabarawan_sat_R01_01_m.jpg
( 元画像 : Google Earth より )


護衛艦では、錨鎖は錨1つに対して通常は14節が定数で、バウ・ソーナーを装備するような艦では錨は艦首と左舷に装備されていますが、左舷のものはソーナー・ドームを傷つけるおそれがあるため緊急時など以外では使えません。

最近の護衛艦は風圧面積が大きいこともあり、前錨の錨鎖の定数は就役時からイージス艦では16節、古いDDH等では18節となっています。

そこで、各艦ではこのまず使わない左舷の錨鎖を2〜4節程度外して艦首の錨鎖に繋ぎ、定数14節の艦では16〜18節、定数16節の艦では18〜20節というように長くしている場合が多いのです。 これは運用上のことですから、艦長の権限でできる話しです。

したがって、如何に荒天錨泊とはいえ、通常選定する錨地の水深なら最後の赤色や黄色が見えるまで使うなどというのはちょっと考えられないことなのですが ・・・・


某艦で砲雷長をしていたある時、群訓練で行動中に台風避泊することになりました。 その時の避泊地は、底質はほぼ砂泥、平坦で広いところですので、一般船舶も避泊で沢山利用するところです。

ただ難点は周りに山などが無いため風を遮るものが無く、一帯が吹き曝しになるということですが、外洋に直接面していませんので波やうねりはほとんどありません。

これもあって、荒天錨泊の錨鎖長+2節としました。 天候予察が外れてこれより酷い状況になるなら揚錨、もしその時間がなければ捨錨し、あとは走っていれば良いだけのことですので。

ところがです、夜になって乗艦していた群司令から “砲雷長ちょっと” とお呼びがかかりました。

何事かと思って行ってみると、公室には群司令と横に幕僚が一人。 ここでちょっとイヤな予感が。

群司令は “錨鎖は何節入れたのか” との御下問でしたので、“荒天錨泊の錨鎖長+2節です” と答えました。

すると群司令は “それで足りるのか” とのことですので、“天候予察での最大風速を見込んでも大丈夫です” と答えたところ ・・・・

“風は息をするし、振れ回る。 それに波やうねりでしゃくられるから、錨鎖に断続的で不規則な強い張力がかかる。 それを考えれば不十分だろう” と言い出しました。

内心、“そのようなことは元々の旧海軍による荒天錨泊時の錨鎖長で当然考慮されたものであるし、用心のためこれに+α してあるのに、何を今更” と思いましたが、この群司令、細かい理屈 (それも他人から見ればつまらない) を並べたて、しかも一旦言い出したら引かない性格で有名な人でした。

そして横にいる幕僚は幕僚で、自己の点数稼ぎのためなのか、上司に同僚や他人のことをあれこれ告げ口したり、つまらない入れ知恵をすることで知られた人物。

この二人 (だけ) がこんな時間にこの公室に揃っていることで、“あっ、これは何をどの様に説明してもだめだ” と思ったわけです。

もし反論すると、この群司令なら、そのうち 『錨泊要表』 を持ってきて計算してみろ、挙げ句は、錨泊要表記載の風圧面積の計算は図面と合っているのか、現在の排水量での喫水の差による風圧面積の修正は、この錨地での把駐力などの想定や錨泊要表に使用されている各係数などは正しいのか ・・・・ 等々と言い出すだろうことは明らか。

とてもそんなことに付き合っている暇はありませんので、“分かりました、艦長に相談します” と言って下がりました。

この二人、本当に錨泊というものの実際を全く判っていないんだな〜、と思いながら。

そして艦長のところへ行って “群司令がこう言ってますので、錨鎖を全部出しときます” と言いましたら、艦長は物事を良く分かった人ですので、笑いながら一言 “分かった” と (^_^)

そこで艦内マイクで 「前部員、錨鎖伸ばし方、揚錨機用意」 を令し、雨が降りしきる中、雨合羽 ( “レインコート” ではありません、例のあの厚いゴワゴワしたやつ) を着込んだ掌帆長以下の前部員が前甲板に集合したところで、事情と要領を説明して作業にかからせました。

作業とは言っても、既に夜間でもあり、かつ雨も風も強くなって来ています。 それに単に錨鎖を伸ばせば良いだけでは無く、万一に備えての捨錨準備をしてありますから、錨鎖を伸ばすのに邪魔になるところはこれを外す必要もあります。

そして、錨鎖が当初の伸出方向と出来るだけ真っ直ぐになるように、風による振れ回りを見ながら錨鎖にかかる張力に応じて錨鎖車のブレーキを使って少しずつゆっくりと伸ばし、赤色とその前の黄色の錨鎖の間の接続シャックルがスリップの手前に来たところで停止、スリップをガッチリとかけます。

それが終わって捨錨準備を元の完成状態に戻し、守錨員 (注) を残して解散。

もちろん、事前に補給長に頼んで降りてくる前部員が直ぐに温かい飲み物を飲めるように、そして機関長に頼んで熱いシャワーを浴びれるようにすることは、忘れてはいけません。

で、作業が全て終わったのを見届けてから艦長にそれを届け、そして公室に行って群司令に一言報告、“前錨の錨鎖、全部出しておきました、艦長了解です” (これなら文句はないだろ) と。 その時の群司令と某幕僚の “ええっ!?” という顔は、いつ思い出しても笑いをこらえられません (^_^)


(注) : 荒天避泊時には、守錨員は台風が過ぎ去るまで交代で前甲板の先端付近で錨鎖の張り具合い (錨鎖と海面との角度) を監視し、錨鎖に張りが来た時は時々錨鎖に耳を当てて走錨の振動が無いかを確かめ、それらの状況を適宜艦橋に報告します。 雨の中、風の強い間は飛ばされないように甲板に腹這いになって、夜間は懐中電灯で照らしながら。

もちろん、前述のとおり避泊中は艦橋 ・ CIC などは通常航海直、機関科は機関の即時待機です。 それに台風が最接近する頃は、ほとんどの主要幹部は起きています。


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前 : 「 錨と錨鎖の話し (13・補)」

posted by 桜と錨 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
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