2019年07月16日

錨と錨鎖の話し (12)


今回は 錨泊理論と錨泊要表 についてです。


単錨泊で使用する錨鎖長については、旧海軍での研究と実験・経験に基づき、一応次のものによることとされてきました。(D:水深(m))

  通常錨泊 :
    3D + 90m

  荒天錨泊 : 風速30m/秒、波高2mまで
    4D + 145m

ただし、旧海軍では波高2mまでではなく、風を艦首から方位30度に受けるまで、とされていました。

現在の海上自衛隊でも基本的にこれを使用しており、候補生学校などではこれの覚え方として 「3で困れば、4でひょい」 と教えられてきたものです。

また、戦後の民間での研究でも、内航船や外航船について基本的にほぼこれで良いこととされてきました。


そしてこれの基となる、錨泊理論、すなわち把駐力、風圧曲線、流圧曲線、懸垂長と懸垂曲線、外力算定、などなどについては旧海軍や海自の運用関係の資料にその理屈と算定式などが纏められています。

これを具体的に各艦の状況、則ち錨の形状や重量、錨鎖の太さや重量、艦の排水量や風圧面積などによって求め、これらを最終的に図にしたのが 『錨泊要表』 と呼ばれるものです。

これらの一式は、各艦の 『運用術要誌』 の中に綴られています。

例えば、錨泊要表の一例をご紹介すれば、次の様なものです。


Byouhaku_chart_01_m.JPG
( 今は無きかつての護衛艦のもの )


では、その錨泊理論に関する各種の研究成果についてはどうなのか、と言いますと、東京商船大学 (現在の東京海洋大学海洋工学部) の鞠谷宏士元教授による 『錨泊に関する二・三の問題』 というものが最も知られており、海自でもこれを纏め直したものが艦艇長講習時の参考資料として印刷・配付されています。

Kikuya_riron_01_s.JPG

この鞠谷氏のもの以外にも、その他いくつかあるにはありますが、この鞠谷氏のもの一つをじっくり読み込んで理解すれば十分と思います。

ただし、艦艇長講習の受講者達が講習期間中や艦長艇に補職されたあと、これをどれほど読んでいるのかは判りませんが (^_^;


しかしながら、ご注意いただきたいのは、この錨泊要表にしても、鞠谷氏などの研究論文にしても、あくまでもそれは 一般的な “理論” に過ぎない、則ち “この前提条件の時ならばこう” というのであって、決してそれぞれの艦船における具体的なその都度その都度の実際の錨泊には必ずしもピタリと適合できるわけではない、ということです。

つまり、錨の状態一つとっても、投錨時に錨が着底した時にキチンと艦の前進又は後進の方向に正しく向き、かつ錨の爪が正しく海底に噛んでいるなどは、過去の実際の収集データからは20%程度に過ぎないことが明らかとなっています。

そして錨が海底に正規どおりに食い込んでいない場合の把駐力については、キチンと示されたものはありません。

しかも、水深の2〜3倍程度錨鎖を出した時に行う最初の抑止で、錨と錨鎖が艦の航進針路に対して正しく真っ直ぐになるなどはまずありません。

なお、海自の教範などでは最初の抑止は錨鎖が水深の1.5〜2倍程度出た時に、とされていますが、これは旧海軍のものを踏襲したものですが、投錨法が旧海軍と異なり、ソーナー・ドームの保護もあって原則として後進投錨ですので、投錨時の後進の速力からして私の経験からはこれでは早すぎます。

したがって、ほとんどの場合、錨泊時の把駐力は水中にある錨と錨鎖の重量とこれによる海底との摩擦抵抗だけなのです。

 Byouhaku_01_m.JPG

下手な艦ではこの最初の抑止の時に錨を引っ張って海底を滑らせてしまうこともありますが (初心者の錨作業指揮官が教範などにより早期に抑止を行った場合に多い)、こうなると、特に底質が砂泥や泥の場合は、錨及び錨鎖と海底の摩擦抵抗は極端に小さくなってしまいます。

要は、投錨時に錨をストンと落とした後は、錨を絶対に引っ張らず、かつ錨鎖は団子にならないように少しずつ海底に並べていけば良いのです。

海上自衛隊でも、案外これを知らず、かつ出来ない錨作業指揮官がいるんですよね (^_^;

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前 : 「 錨と錨鎖の話し (11)」

次 : 「 錨と錨鎖の話し (13)」

posted by 桜と錨 at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
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