2019年04月07日

制服を着た能吏が現場に出ると (補足)


旧海軍及び海自の船乗りのことにはあまり詳しく無い方もおられると思いますので、先の件について少し補足を。

旧海軍時代から、船乗りの躾けとして厳しく言われてきたことの一つに艦の 威容の保持 というものがあります。

これも個艦でのことも大変多岐にわたりますが、当然部隊、則ち艦隊や戦隊などでのことも含まれます。

個艦での事についてはそれこそ極めて多岐にわたりますが、その内のいくつかは出版物などでも語られておりますし、また本ブログでかつて連載した 『艦船乗員の伝統精神』 の中でも出てきますので参考にしてください。


また海自関係の方々であれば、護衛艦隊の 『艦艇勤務基本しつけ集』 『術科しつけ集』、あるいは海上幕僚監部が出した 『シーマンシップのかん養』 などはご存じかと思います。 ( これらの中で旧海軍から伝わるものが十分に網羅されている訳ではありませんが )


そして部隊でのことになりますとこの 「威容の保持」 のためには特に 斉一 ということが求められます。

これは、一つの港や作業地などに停泊中は、その威容の保持について 旗艦又は最先任艦に合わせる ことになりますし、航海中も同じです。

例えば、艦旗掲揚・降下はもちろん、停泊燈の点灯・消灯、武器やハッチなどの覆の掛け外し、などなどです。

つまり何かを行う場合には、全体が一斉に行い、全体が同じ見かけになっていることが求められる のです。

したがって、港内で桟橋に横付けしている場合や前後浮漂繋留している場合には、それぞれ全艦が同じ向きになるようにすることは言わずもがななことです。

ですから、この呉での様なことなどは “余程の理由が無い限り” あり得ないことになります。

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では、この時にその様な “余程の理由” と事情があったのでしょうか?

この状況を見る限りでは、その様なことはまず無かったし、その様なことをさせる事情も無かったと言えるでしょう。

海自の定係港では、そこを母港とする艦艇以外が入港する時には、その艦艇に優先的に桟橋を割り当てるのが “常識” となっています。

ですから、もしこの例の 「こんごう」 「むらさめ」 (おそらく 「むささめ」 は 「こんごう」 のために) のように左舷横付けが必要である場合には、当然のこととして桟橋の南側 (右側) が割り当てられますし、もし桟橋に直づけが必要ならば、既にいる艦艇は係留替えして (場合によっては沖で錨泊して) 当該場所を空けるようにします。

他艦も巻き込む手間暇になりますが、それが “伝統” であり “威容の保持” なのです。

ところがこの例のような指揮官所掌事項でこの様なことをすると、それがなし崩しなり、それを発端に艦船乗員の末端に到るまでの全ての “躾け” が崩れて行くことになります ( いえ、実際に既にかなりのことが崩れてきてしまっているのですが )。

艦艇乗員からすれば “何だそんなのでいいのか” “一体どこが斉一 ・ 威容の保持だ” となる訳です。

したがって、各級指揮官自らが “襟を正して” 行くことが重要 なのです。


ここでご来訪の皆さんにお尋ねします。

港に停泊する場合は直ぐに出港できるように 「出船」 とすることが常識であり、またその様に躾けられてきました。

ところが、ここ呉のE及びF桟橋、そして佐世保の立神岸壁などでは従来から 「入り船」 としてきております。

この理由が何故かお判りでしょうか?


posted by 桜と錨 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
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