2019年02月26日

ASMD : 米海軍と海自の違い


先に米海軍のブルー・リッジに関連して、

「はつゆき」 型などは就役時点で ASMD の “考え方” において既に米海軍に大きく水を開けられてしまっていました。

と書きましたが、実はこれ “水を開けられた” というよりは、正しくは米海軍は ASMD について全海軍を挙げて対策を考えてきたのに対して、海自はただひたすら予算獲得のための理屈を考える ことに集中し、実際の脅威評価に基づく戦闘様相の検討を行ってその結果を艦艇建造に反映させてきたのではない、と言うことなのです。

則ち、米海軍では1967年の 「エイラート」 事件を契機にして、 ASMD について既存装備の改善と新装備の開発を図るのみではなく、戦術はもちろんのこと、艦内編成・態勢、教育訓練と人事管理、艦隊での演習、などなど、ありとあらゆる全てのことについて海軍の全力を挙げて研究・開発・改善を行い、そしてその成果を艦隊に次々と反映してきました。

その中で装備面での研究の中心となったのが、カルフォルニア州チャイナ・レークにあった 「海軍武器センター」 (NWC、Naval Weapons Center) です。

NWC_ChinaLake_sat_h30_01_s.jpg

NWC はカルフォルニア州コロナにあった NOL (Naval Ordnance Labolatory) とカルフォルニア州チャイナ・レークにあった NOTC (Naval Ordnance Test Center) とが米海軍の組織改編により1976年に統合されたものです。

( なお、NWC は1992年に更なる組織改編・統合により閉鎖され、その機能は NAVSEA (Naval Sea Systems Command) 隷下の NSWC (Naval Surface Warfare Center) へと引き継がれ、当該地には新たに NAVAIR (Naval Air Systems Command) 隷下の NAWC (Naval Air Weapons Station) が置かれています。)

この統合前の2つの組織及びその後の NWC において、想定されるありとあらゆる対艦ミサイルの脅威とそれによる戦闘様相に対して、どの様な武器・システムならばどの程度まで対処可能なのか、現在及び近い将来の技術においてどこまで実現でき、どの程度までの対処で艦隊としての許容範囲なのかのシュミレーションを最新の情報に基づいて何度も行い、その都度研究結果に基づく提言を行ってきました。

NWC_ASMD_Updata_1974_cover_s.JPG

例えば CVBG (Aircraft-Carrier Battle Group、空母機動部隊、現在の CSG (Carrier Strike Group) に対して、敵の空・水・潜兵力による対艦ミサイル 32〜96発が60〜360度の範囲から1分〜4分/発の間隔で発射されて来襲する時に、我はどのような武器・システムでどのような態勢にあるならば、どのレベルまでの対処が可能であるか、などなどです。 もちろんこれには敵の電子妨害を伴う場合と伴わない場合とが含まれます。

そしてその結果が反映された初期のものが、BPDMS に代わる新しい NSSMS と NTDS とを連接した ASMD システムであり、そのコンピューターのオペレーション・プログラムなのです。

このシステムを装備した艦の代表例の一つが、ご存じ後の1998年に横須賀配備となる空母 「キティ・ホーク」 (CV-63 Kitty Hawk) で、1976〜77年の定期修理 (COH、Complex Overhaul) の際に元来のテリア・ミサイル・システム2基を撤去して、替わりに NSSMS (方位盤x2、8連装発射機x1) を2基 (計画3基) 装備し、これを NTDS と連接したシステムとなりました。

CV-63_NTDS_ASMD_Prog_cover_s.JPG

この時の NTDS の ASMD プログラムは、カルフォルニア州サン・ディエゴにある FCDSSA,Pac(Fleet Combat Direction System Support Activity, Pacific、艦隊戦闘指揮システム支援施設) で作られたもので、当時としては大変に優れた考え方に基づく素晴らしいアルゴリズムのものでした。

FCDSSA_PAC_sat_h31_01_s.jpg

そして米海軍は NWC での研究結果に基づき、 NSSMS による ASMD の次のステップとして、三次元レーダーの AN/SPS-48A をディジタル化しかつ目標の自動探知・自動追尾化した -48C への換装、更に TAS (Target Aquisition System) Mk-23 を加えたシステムへと進んだのです。

もちろんこの NWC の研究の中には、開発中であったイージス艦を加えた場合の艦隊防空のシミュレーションなども含まれており、この成果がイージス・システムのオペレーション・プログラムに反映されてきております。


その一方で海自はどうだったのか?

4個護衛隊群の8艦8機体制 (88艦隊構想) は打ち出したものの、そのワーク・ホースたるDDについては、まずは隻数を揃えるための予算獲得が最優先課題であり、そのためには実際のことはさておき、物事を紙の上でしか判らない事務方である内局の担当役人を納得させるための理屈のこじつけ書類が必要だったのです。

これが 「はつゆき」 型となった訳ですが、当然ながらこの予算獲得のための理屈付けには米海軍のような実戦における脅威評価や戦闘様相に即した ASMD システムの研究・検討がなされた訳ではありません。

「はつゆき」 型の建造に当たって作成された後付けの 『昭和52年度護衛艦 (52DD) の運用要求について』 に盛り込まれた ASMD 能力は、既に決まった艦型、システムならここまでできる、という説明に過ぎず、本来の “DDにはこういう ASMD 能力が必要” というものではありませんでした。

例えば、既に当時多額の開発費を注ぎ込んできた短SAM用射撃指揮装置 FCS-2-12 と砲用の FCS-2-21 を今更止めて、短SAM誘導用の CWI を組み込んだ方位盤 (最近になって FCS-2-31 として実現したような) を2基として短SAMによる2目標同時対処を可能とするなどはとても言い出せないどころか、検討さえされませんでした。

ましてや捜索用レーダーに自動探知・自動追尾機能を付加する RVP (Radar Video Processor、米海軍は当時既に実用化済み) や上述の TAS Mk23 を装備するなどによりどれだけの能力向上が図れるかなどの検討が行われた訳ではありません。

これらは初めから予算獲得のための理由には挙げられなかったのです。

したがって、国産初のシステム艦といわれる 「はつゆき」 型ですが、そのシステムである OYQ-5 などはとても米海軍で言う NTDS (Naval Tactical Data System、艦艇戦術情報システム) やその発展である CDS (Combat Direction System、艦艇戦闘指揮システム) の足下にも及ばない、単にアナログの武器管制装置 (WCS、Weapon Control System) をディジタル化した一種 であったに過ぎませんでした。

システムのコンピューターは米海軍ではサブ・システム (各武器・機器) 用にしか使われない小型の AN/UYK-20 がたった1台、しかもそのメモリーは僅かに64Kの最小限のタイプ。

加えてシステムのコンソール (操作卓) は NTDS 汎用の OJ-194 が全部でたったの4台 (当初案では僅か3台) であるに過ぎず、しかも捜索用レーダーによる目標の探知・追尾データは相変わらずコンソール上での手動入力、米海軍の NTDS では常識の Link-11 機能など初めから除外、というものだったのです。

当然、当時私達はこんな装備やシステムでは役に立たないと猛反対で、少し手を入れただけでももっとマシな性能・能力になるのだから、DDの計画を見直す必要があると声を大にしたのですが ・・・・ 既にお役所たる防衛庁 (当時)、そしてその下請けである海幕の施策として決まって (内局に説明してしまって) おり、残念ながら如何ともしがたいものでした。

これを要するに、「はつゆき」 型DDが建造された当時において、ASMD については米海軍に遅れをとったと言うより、初めから比較対象となる土俵にさえ上がっていなかった のです。

posted by 桜と錨 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと
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