2019年01月17日

阪神淡路大震災から24年


今年もこの日が来ました。 あれからもう24年。 しかし私にとっても一生忘れることのできない日であることには変わりはありません。


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( 左クリックにて別枠表示します )


そして毎年この日になると災害派遣で現地に赴いた者の一人として思わされます。 もっと多くの人の命を救えたのではないか? もっと多くの支援活動ができたのではないか? と。

神戸を中心とする阪神一帯は今では見事に復旧して綺麗な街々になりました。 それでも被災された方々、身内の人や親しい人を失われた方々にとっては、あの日のことは決して胸の中から消えることは無いでしょう。

今の私に言えることはただ一言。 “頑張れ、神戸! 阪神・淡路!”


震災でお亡くなりになられた方々のご冥福と、被災された方々にこれからのご多幸があらんことを、心よりお祈りいたします。 (合掌)

posted by 桜と錨 at 16:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに
この記事へのコメント
阪神淡路大震災の際、各自衛隊の方々が援助に活躍されたことはよく存じ上げております。
今更ながら大変お疲れ様でした

昨年の豪雨災害なども含めて、大災害の場合は避難民への支援は艦艇によるのがより
効果的ではないでしょうか。避難所や救護所の設置がすぐにできない大火災や土砂災害
などの場合、海上にあってすでに整った設備を持つ自衛艦の利用がうってつけだと思います。

なお個人的なことですが、阪神淡路では、西宮の親友の自宅が倒壊し、市農協に勤めて
いた彼は家族を助け出した後、その朝着ていたパジャマ姿で10日間も自家用車内で
過ごし、組合員の援助にかけずり回っていました。
その活躍が地元の新聞に載ったほどです。
「当時は無我夢中だった」と今では笑っていますが、昨日も早朝から慰霊式に参加した
とメールをくれました。
彼のような友人を持って私もなんだか誇らしいです。
Posted by キャプ専クック at 2019年01月18日 22:35
キャプ専クックさん、こん**は。

こういう災害のときに自ら積極的に動いて力を発揮される方がおられますよね。 凄いと思います。

何か不測の事態が生起した時、個人であれ組織であれ、まず自ら動き出すことが一番だと思います。

躊躇したり、まず態勢を整えて、などはどの様な時でも後手後手になって時期を失して失敗しているのは歴史の教訓ですね。

亡くなられた方々には申し訳ありませんが、東日本の時の大川小学校などその典型例かと。

Posted by 桜と錨 at 2019年01月19日 21:47
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