2018年12月09日

三机 九軍神慰霊祭


開戦記念日の昨夕、三机の須賀公園内にある九軍神慰霊碑前において慰霊祭が行われ、お誘いをいただきましたので私も一泊二日で参列してきました。

Mitsukue_h301208_01_s.JPG
( 準備が整った慰霊碑前 )

山陽・四国方面はこのところ割と暖かい日が続いておりましたが、昨日は真冬並となりまして、しかも風がありましたので夕方以降は体感温度が零度ほどになりました。

このため参列者は皆さん中に沢山着込んだ上にコートやジャンバーで防寒対策を。それでも献花や参拝時にはコートなどは脱ぎますので ・・・・ (^_^;

この三机の慰霊祭は命日である12月8日で、例年夕方からです。

Mitsukue_h301208_02_s.JPG
( 慰霊碑のある須賀公園から見た夕闇迫る三机の町 )

一般的に慰霊祭などは昼間に行われますが、ここは18時からという珍しい行事になっています。 これもあって、地元の人も含めて一般の参列者はそれほど多くはありませんが。

なぜ夕方なのか、と言いますと、昭和41年に有志により寄付を募って九軍神慰霊碑を建立して以来、この慰霊碑を守り、毎年の慰霊祭を主催しているのは地元の青年団の若い人達だからです。

今年は土曜日でしたが、平日ですと皆さん仕事がありますので、それが終わってからというのが恒例になったそうです。

したがって、毎年の参列者は個人的に縁がある方々がほとんどで数十名ほどです。 遺族側も段々少なくなってきており、今年は数名でした。

しかしながら、もう50年以上地元青年団の若い人 (実際に) に受け継がれてきています。 これはありがたいことです。

そしてこの慰霊祭には既に解散してしまったと聞く 「特潜会」 や、まだ続いているらしい 「伊呂波会」 はもちろん、「水交会」 でさえ何らの関与もしてこなかったと主催者側から聞きました。


海自OBも私を含め数名程度が参列しましたが、中には 「呉水交会」 の会員も含まれてはいるものの、皆その水交会会員だからではなく、それぞれ個人的に縁があってのことでこの10年ほどは毎年参列とのことです。

特に、慰霊碑の横にある国旗・軍艦旗の掲揚台は、この個人的に縁があった海自OBを中心として私費を集めて建てたものだそうです。


慰霊祭が終わって近くの町民センターで直会 (なおらい) が行われましたが、凍えるような寒さの後、主催者の青年団のご配慮による暖かい鍋の美味しかったこと。 この鍋をつつきながら、若い人達と一緒にワイワイ。 これは楽しい一時でした。


私は、7年前にNHK名古屋放送局が制作した真珠湾の唯一人の生き残りである酒巻少尉を中心としたドラマ 「真珠湾からの帰還」 の演技指導でお呼びいただきましたが、ドラマの中に出てくる訓練地の三机や宿泊先であった岩見屋旅館のシーンは小豆島でのロケでしたし、旅館の中は名古屋放送局のスタジオでのセットでした。

NHK_Shinjuwan_daihon_cover_s.JPG
( ドラマの台本の表紙 )

これもあって、是非一度訪れて見たいと思っていたのですが、今年やっとその念願を叶えることができました。

もちろん宿泊先は 「岩見屋旅館」 です。

Mitsukue_h301208_03a_s.JPG Mitsukue_h301208_03b_s.JPG
( 表側の夜と朝 右の女性は現在の女将の山本恵子さん )


改装されて当時とは外観などは大きく変わってしまいましたが、二階の三間続きの部屋などは昔の雰囲気をよく残しており、まさにNHKのスタジオ・セットでのものとそっくりです。

NHK_Shinjuwan_04_s.JPG
( ドラマのセット 雰囲気は現在の岩見屋旅館の二階によく似ています )

そしてドラマでも出てきた玄関奥の暖簾は、少し前まで同じものが掛けられていたのですが、防火設備上ダメという指摘があって ・・・・ 今は仕舞ってあるそうです。

NHK_Shinjuwan_05_s.JPG
( ドラマのセット 玄関の雰囲気も当時とよく似ているそうです )

posted by 桜と錨 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/185173087
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック