2018年11月18日

アレイからすこじま


現在海上自衛隊の海洋観測艦や音響測定艦の繋留岸壁となっているところを通称 「アレイからすこじま」 と言い、その前から潜水艦桟橋のところまで道沿いに小さな公園となっているところを 「アレイからすこじま公園」 と呼んでいます。

何とも不思議な名前なんですが ・・・・


同地には太平洋戦争期まで旧海軍の呉海軍工廠の潜水艦用桟橋、岸壁、繋留ブイなどがあり、周りには関係する工廠の工場などがあったところです。

因みに、最近新しく 「澎湃館」 というお店が入った赤煉瓦の建物は、元々は潜水艦器具工場があったところで、戦後は長らく倉庫となっていました。


この 「アレイからすこじま」 の “アレイ” とは、測定用のケーブルである長〜い 「アレイ」 を陸揚げした時に岸壁に置いておいたことから付いた名前ですが ・・・・ では 「からすこじま」 は?

ご存じの方もおられると思いますが、実はこの場所は本来の 「烏子島」 とは何の関係もないところなんです。

元の烏子島は現在の日新製鋼の敷地のずっと南西側の埋立地の中にありました。

Google Earth からの衛星写真で、赤丸で示したところです。

Karasukojima_sat_h30_01_mod_s.jpg

明治23年に呉海軍工廠造兵部の前身である呉兵器製造所ができたときには、まだその沖合に烏帽子礁、烏小島と続いていました。 明治30年に兵器製造所が造兵廠となった後の同32年の地図でも次のようになっています。

Karasukojima_map_M32_mod_s.JPG

これがその後の工廠の相次ぐ拡張による埋め立てで陸続きとなりましたが、終戦時でもまだここは細長く突き出た形状でした。

Karasukojima_illust_01_s.jpg

そして日新製鋼となった後も周りの埋め立てが行われたことにより今では全くの陸地の中となり、当時の面影は全くありません。


で、なぜ現在の 「からすこじま」 なんでしょう?

まあ単なる観光の人寄せのためといえば、それはそれで全くかまわないことなんですが ・・・・


posted by 桜と錨 at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに
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