2018年10月30日

旧海軍の補職人事


ご来訪いただいている多くの方々は既にご承知のことと思いますが、艦船や陸上の部隊などに対する海軍軍人の配員は 『海軍定員令』 (大正2年内令34号) に基づき、それぞれ個々の 「定員表」 が内令 (後に内令員) によって定められています。

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そしてこれら定員表には配員される階級、兵種、員数、そして士官の場合は職名が規定されております。

士官については海軍省が、特務士官、准士官及び下士官兵については各所管の鎮守府がこの定員表に基づいて補職を行うわけですが、その表に備考として例外規定が記載されていない場合は、厳密にこの定員表に定められた階級、兵種及び員数に従うことになり、もしこれを外れた補職をする必要が出てきた場合には海軍大臣の許可が必要になります。

ただし、規定の各階級についてやむを得ない事情がある場合は一階級下の者を補職することができます。 この場合士官の人事発令では “心得” となります。 例えば “○○航海長心得を命ずる” などのようにです。

反対に、他の内令をもって例外が規定されない限り、階級が上の者は定員表に規定する下位階級の配置には補職出来ないこととされていました。

とは言っても、大戦が始まると部隊の増加に伴い人事の振り回しが難しくなり、特に大戦後期になって予備役や後備役を大量に招集したことにより、これに対応するためもあって昭和19年に内令592号によって大尉〜少将の定員については一階級上の者を補職し得るなどの緩和がされました。

これの典型的な例が、「武蔵」 艦長で戦死した猪口敏平大佐で、在任中に少将に昇任しましたが、そのまま艦長として在職し、古今東西の海軍でも異例の少将の艦長となったことはご存じのとおりです。

昭和13年には既に戦艦及び空母艦長などは一時的に少将をもって当てることが出来るようになっていましたが、他の例外規定の内令と共にこの昭和19年の内令で一本化されたものです。


また定員表では士官の主要な配置はその固有職名で規定されておりますが、これは 『艦船令』 や 『海軍航空隊令』 などで定められた職員名のことで、これを人事上は “補職の職” と呼んでおります。

つまり海軍大臣による人事発令は “○○艦長を命ずる” “○○航海長を命ずる” などのようになるわけです。

定員表により当該配置に複数名が規定されている場合は、海軍大臣の “○○分隊長を命ずる” “○○乗組を命ずる” などの人事発令を受けて、その指揮官が更に “第一分隊長に指定する” “航海士に指定する” などのような 「個命 (個別命令)」 を出して配置指定をすることになります。

これが旧海軍における補職人事の基本であり原則です。


ところで、ネットの某所で空母 「加賀」 の飛行隊長の話が出ていましたが、なぜかこの 『海軍定員令』 とそれに基づく定員表のことが出てきませんでした。

昭和16年7月の内令784号による海軍定員令の改正の時点における 「赤城」 と 「加賀」 の定員表 は次のとおりです。

Teiin_Akagi-Kaga_S16_p1_s.JPG


これをご覧になってお判りいただけるように、両艦とも 飛行隊長は定員5人で、階級は中佐又は少佐 とされています。

これを艦長は 『艦内編制令』 に基づいて (もし海軍航空隊の場合なら司令が 『海軍航空隊編制令』 に基づいて)、第1飛行隊長〜第5飛行隊長を個命で指定することになります。

ところが、例えば日本語版Wikiなどでは、開戦直前になっての淵田美津夫中佐の 「赤城」 飛行隊長への人事 を “異例の降格人事” とか “他の飛行隊長と格が違う” などと記してしまっています。

誰かの一般出版物などからの孫引き、曾孫引きの単なる受け売りなんでしょうが、しかしながら、旧海軍における人事制度上は何らおかしな事はありませんし、降格でもありません。

事実、当時の 「赤城」 飛行長は兵50期で昭和14年中佐昇任の増田正吾で、飛行隊長の淵田は兵52期で昭和16年10月に中佐に昇任したばかりですから、期別も先後任序列はもちろん、定員表上からも全く問題ない のです。


そして 「加賀」 の飛行隊長についてですが、某所では次のように答えている人もいました。

舟木少佐転任後に志賀大尉が昇格する形で大尉のまま飛行隊長に補されているようです。

飛行隊長になるためには海軍大臣による補職人事の辞令が必要 (つまり海軍公報に掲載される) ですし、しかも階級が大尉では飛行隊長心得としてしか補職できないことを判っておられるのかどうか ・・・・ ?

もちろん “補職の職” は例え一時的であるにせよ、現場が勝手に臨時で補職するなどは制度上できない話しであることは言うまでもありません。

したがってそれらの根拠を明らかにしない限り “いるようです” などは単なる一個人の憶測に過ぎないと言うことです。

まあ某所はその様な発言でも全く構わないところなのでしょうが (^_^;


ところでこれに関連して、日本語版Wikiなどでもそうですが、この定員表に基づく部隊の固有配置と、訓練・実戦におけるその時々の飛行隊編成でのものとを混同して書かれているものが多いですね。

実際のその時の飛行隊編成における飛行隊指揮官は、必ずしも飛行隊長がなるわけではないことは言わずもがなでしょう。

同様に、その時その時の 飛行隊の編成における中隊長、小隊長など は本来の固有の職名ではないことにも注意する必要があります。 『艦内編制令』 にも 『海軍航空隊編制令』 にもその様な職名・配置名はありません から。


加えて、旧海軍の航空機の識別塗装は、正規の規定のもの以外については各艦・部隊でかなり自由にマーキングなどをしていることはご承知のとおりです。

指揮官機を示す赤や青色などの線などもこの類で、三本線だからといって必ずしも固有の飛行隊長が搭乗するとは限りませんし、旧海軍としての法規的な根拠もありません。

したがって、飛行隊長でなくとも、その時々の飛行隊編成における指揮官が三本線塗装の機に乗ったとしても、別におかしくはありませんし、旧海軍としての法規類に違反している訳けでもありません。

これらは単に現場での運用上の問題に過ぎないのです。


長くなりましたが、これを要するに、補職人事についてももう少し基本的な根拠を押さえてはいかがでしょうか? ということです。


なお、『海軍定員令』 『艦船令』 『艦内編制令』 『海軍航空隊令』 『海軍航空隊編制令』 などについては本家サイトの 『海軍法規類集』 コーナーでそれぞれのPDF版を公開しておりますのでご参照下さい。


posted by 桜と錨 at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに
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