2018年08月22日

「大和」 型主砲塔バーベットの疑問 (2)


さて問題のバーベットです。

このバーベットは自身の主砲砲弾の直撃に堪えられるだけの厚さとするのが一般的ですが、戦艦などの場合はこの厚さで全周の装甲を作りますと大変な重量となりますので、主として左右正横方向からの正撃を主眼とし、艦首尾方向についてはその斜撃に堪えられる程度に設計して重量軽減を図ります。 これは 「大和」 型でも例外ではありません。

この 「大和」 型の主砲塔バーベットの装甲厚については前出の三菱長崎の 『戦艦武蔵建造記録』 では次のとおりとされています。

Yamato_Barbette_11_mod1_s.jpg

ここでは 「図1 防御要領図」 については省略しますが、当該書ではその図の出典が記されていないものの、同書次ページにある 「図2 中央切断構造図」 と同じく、元は松本喜太郎著 『戦艦大和 =その生涯の技術報告=』 からのものです。

では更にその松本氏の著書にある図の出所は? となると何も記されておりませんので判りません。 松本氏の手元に残っていた旧海軍作成の史料なのか、あるいは終戦直後の米海軍対日技術調査団の問いに応じて再作成 (何かに基づき) したものなのか?

したがって、このバーベットの装甲厚についても確たる旧海軍史料そのものであると明確に判断できるものはいまだに世に出てきていないのが実状で、戦後になってものされたものによって “そうだった” と一般に言われているに過ぎないのです。


で、そのバーベットの構造ですが、まさかこれがこの装甲厚のままの1つの円筒で出来ていると思われる方はおなれないと思います。

最大厚560ミリで、直径が14.72〜.74mもあるようなものを1つの円筒で作れるような製鋼技術も能力もあるわけがありません。 したがって、何枚かの装甲板を繋ぎ合わせて1つの円筒形を構成しているのです。

『戦艦武蔵建造記録』 では次のとおりとされています。

Yamato_Barbette_11_mod2_s.jpg

そしてその構造は次のようになっていたとされています。

Yamato_Barbette_02_mod_s2.jpg

Yamato_Barbette_02_mod_s1.jpg

この図の出所は三菱長崎における 「武蔵」 建造時のもので、昭和15年11月の打合せ記録として 「バーベット・アーマー外周計測記録」 とされているものですから、ここにある数値は間違いのないところと考えられます。

ただ残念なことは、各装甲板の厚さが載っていないことです。 したがって上記で示された厚さである前後左右以外のところの装甲版の厚さはどの様になっていたのかは不明です。

そして各装甲板は基本的にダブテイル方式、一部キー方式で繋ぎ合わされたとされていますが、その正確な形状、寸法などは記載されていません。

Yamato_Barbette_12_s.jpg
( 『戦艦武蔵建造記録』 より両方式の一般説明図 )

また、このバーベットの各装甲板の底部の形状は次のようになっており、中甲板の装甲板にアーマー・ボルトで留められています。

Yamato_Barbette_03_02_s.jpg
(『戦艦武蔵建造記録』 より )


さて、ここからが肝心なところですが、この装甲板をバーベットに組み立てるときには、当然上記のようにそれぞれの個所で厚さが異なりますから、内側又は外周のどちらかは真円 (正円) にはなりません。

では 「大和」 ではどちら側が真円なのでしょうか?

実はこの 「大和」 主砲塔のバーベットでは “外周が真円” になるようにしたのです。 このことは当該『建造記録』で次のように書かれています。

Yamato_Barbette_13_mod_s.jpg
(『戦艦武蔵建造記録』 より )

この外周が各装甲板が面一の円形となっていることは、その装甲板の接合部外側に “バット・ストラップ” と呼ばれる次のような厚さ40ミリの補強材が立込鋲と言われるもの取り付けられていることでも明らかです。

Yamato_Barbette_03_01_s.jpg
( 『戦艦武蔵建造記録』 より )

これは 「大和」 や 「武蔵」 の残された写真でも確認できるところです。

Yamato_Barbette_10_mod_s.jpg
( 「大和」 艤装中の有名な写真より3番主砲塔の当該部分 )

このバーベットは、残された史料を見る限りでは、次のように 「陸奥」 型までは内側が真円でした。 これはバーベットの内側に真円の円形支基が入ることを考えれば自然なことです。

Yamato_Barbette_08_s.jpg
( 「陸奥」 一般艤装図より )


では何故 「大和」 型主砲塔のバーベットは外側を真円にしたのか? その理由は判りません。


とすると、これだけの厚さと大きさの装甲板の製造において、平板を円弧状に曲げることは可能でしょうが、両端で厚さの異なるテーパーのかかった装甲板を正しく曲げることは極めて困難なことです。

したがって、各装甲板の1枚1枚は同一の厚さのものであったと考えるのが常識であり、これを外周を真円に繋ぎ合わせると内側は滑らかな曲線を描く楕円形ではなく、装甲板の繋ぎ目には厚さの違いによる段差ができることになります。

しかもこの内側には補強用の背板が3インチのアーマー・ボルトで取り付けたとされていますので、この接合部の段差のところはどのようにしたのでしょうか?

そして、最初の回でお話ししたように、このバーベットと円形支基とは構造的な繋がりはありませんので、この背板の厚さ・形状などはどの様なものだったのでしょうか?

この部分については説明された資料は全く何もありません。 また次の有名な 「大和」 艤装中の写真が残されていますが、残念ながらこれを高解像度で拡大して見ても良く判りません。

Yamato_Barbette_09_s.jpg


そして、「大和」 及び 「武蔵」 のそれぞれの潜水調査でもこの部分の映像がありますが、このことが判るものは知られている限りでは全く撮影されたものがありません。

さて、この 「大和」 主砲塔のバーベットの内側はどのようになっていたのでしょうか?

(続く)
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前 : 「 「大和」 型主砲塔バーベットの疑問 (1) 」

posted by 桜と錨 at 14:44| Comment(6) | TrackBack(0) | 砲術の話し
この記事へのコメント
大変ご無沙汰しております。
その節はお世話になりました。

主砲塔のバーベットの内側は・・

恐らく幅50〜100センチくらいのテーパー面を削って合わせている感じですね。
元々、曲面装甲を作った後、端面の寸法を合わせるために必ず機会加工で削り落とします。
そのついでに、面側をテーパーで削って厚みを合わせたと思われます。
・・が、厚みの切り替わり目の両端の長さが若干長め/短めになっているのが気になりますね。
元のインゴットの重量が同じとなると、合わせ目を最初から鍛造時に薄め/厚めにしている可能性もあります。
鍛造後に全面を機械加工で寸法を出す事になりますが。

「分割した装甲の重さは同じ」「側面厚みは560ミリ」と仮定した場合、
1番の前後は370ミリ、2、3番は460ミリになります。
この場合、1番(特に前方)が極端に薄いのが気になります。
それも側面から30度くらいから前が薄くなっているので、これでは敵を追撃している時に真っ正面の危険な角度になります。果たしてそこまで割り切れるものでしょうか。

私が以前某誌用に砲塔図面を描いた時、装甲分割の図面は知りませんでしたが、
写真解析から想定したバーベットの外径は15.2mでした。
50センチ程大きいのですが。
時間があれば描き直したい所ではあります。
Posted by GOME at 2018年08月23日 00:25
何度もお世話になっております。
Mk.63 GFCSです。

今回のお話を拝見させていただき、疑問が出たのでよろしければ教えてください。
大和型のバーベットは外側が真円とのことですが「戦艦大和建造秘録」のp262からp264に掲載されてる取り付け順序や歪実測寸法表では内側が真円のように描かれてます。
もちろん、正確な寸法を書くための図面ではありませんが、この場合、どちらが正しいのでしょうか?
Posted by Mk.63 GFCS at 2018年08月23日 08:36
Mk.63 GFCS さん、こん**は。

>この場合、どちらが正しいのでしょうか?

私にも判りません。

どちらかが間違っているのかもしれませんし、もしかすると 「大和」 と 「武蔵」 では取付方が異なるのかもしれません。

しかしながら、もし 「大和」 の工事記録にあるような形状であるとすると、呉での艤装中の写真で見る限りでは、装甲板の繋ぎ目のところに段差がある、あるいは厚い方を削って角を丸くしたような形状にしたようには見えません。

また、例え 「大和」 の記録の図にあるような装甲板の厚さ対策がなされていたとしても、厚さ40ミリもあるバット・ストラップをこの当該接合部分に合わせて曲げたのか? という疑問も残ります。 このバット・ストラップについては当該工事記録では何も記載されておりませんし、また先の写真のとおり、写真ではこれが曲げて取り付けられているようには見えません。

しかも当該工事記録の中にはご指摘の図と矛盾するような記述も数カ所ありますので ・・・・ ?


お読みいただいてお判りのように、この工事記録は全体にわたり満遍なく記載された「大和」の建造についての説明書の類ではなく、いわば担当者・部署ごとの単発的なメモの集成のようなものですので、第三者からすると大変に判りにくいものであることは確かです。

したがいまして、本ブログでは三菱長崎のものに基づいて説明しております。


Posted by 桜と錨 at 2018年08月24日 18:21
GOME さん


>面側をテーパーで削って厚みを合わせた

う〜ん、そこまで手間暇をかけないと作れない、あるいはバーベット本来のものとして何か意味があるのかという疑問がありますし、装甲板設置の時の基準が無くなるように思えますが ・・・・

>果たしてそこまで割り切れるものでしょうか

本家サイトの掲示板でもお話ししたのですが、バーベットの装甲厚についてはその算出根拠が不明ですし、直接設計にかかわった方々も鬼籍に入られて、今となってはなぜその数値が出たのかはもう誰にも判らないんですよね。

そもそも本当にその数値だったのかも旧海軍の確たる史料はなく、現在知られているものの大元は戦後にものされた例の松本喜太郎氏の著書にあるだけで、それの根拠さえ不明ですし、米海軍対日技術調査団に提出したものとも異なっていますから。 


Posted by 桜と錨 at 2018年08月24日 20:00
>バーベット本来のものとして何か意味があるのかという疑問がありますし

砲塔の装甲の狂気染みた・・いや芸術的な組み合わせに何か防御上の意味があるかと言えば、特に無いとしか言えませんので、バーベットの組み立てについても妥協は無いように思います。

>バーベットの装甲厚についてはその算出根拠が不明ですし

少なくとも、単純な分割になっている限り、薄い装甲板のインゴットが厚い装甲板のインゴットより重い事は絶対にないはずです。

対日技術調査団で協力した海軍技術者に大和の砲填関係を担当した人はいないのですが、現物計測とは言え、間違いだらけでどこが合っているのか推論が必要なレベルですが、松本喜太郎氏の図面に関しては、先に書いた設計思想への疑問以外、現状特に真偽を疑うような所はありません。
あとは、作図してみて写真と同じ見え方になるのかどうかを確認するだけです。

あと、呉の慰霊碑の砲身の図面は出鱈目である事を写真判定で確認しています。
Posted by GOME at 2018年08月24日 23:27
GOME さん

>少なくとも、単純な分割になっている限り、
>現状特に真偽を疑うような所はありません。

申し訳ありませんが、仰る意味がわかりません。

>呉の慰霊碑の砲身の図面は

あれは単に碑に刻んだもので正確さは期待されておりませんし、そもそも元図も単なる概念図でデータの出所も不明なものです。

もっとも46糎砲についてはあの程度ものしかないというのが実際ですが。


Posted by 桜と錨 at 2018年08月25日 12:49
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