2018年03月18日

「砲術家としての加藤友三郎」

本日は 「加藤友三郎元帥研究会」 の第4回呉セミナーにおいて、上記のタイトルで若き日の友三郎と砲術について発表してきました。

tomosaburou_kure_No4_ppt_top_s.JPG

私はどうも高い壇上の演台から大勢の参加者の方々を前にして格式高いお話しをするようなことは苦手ですので、同会の大之木会長にお願いして、会場は教室で和気あいあいとなるような、そんな雰囲気にしていただきました。

しかしながら、思いもかけず新原市長などもお見えになり、来賓の方々は最前列にお並びになられましたので、ちょっと緊張してしまいましたが (^_^;


砲術家としての加藤友三郎の経歴は、明治13年に海軍兵学校を卒業してから 「吉野」 砲術長として日清戦争で活躍し、明治27年に海軍省軍務局に補職替えとなるまでがメインです。

が、何しろ砲術の話しであり、かつ明治初期 〜 中期の旧海軍のことですので、出来るだけ平易な内容とした関係で、持ち時間の都合上本日の話しは英国で建造中の 「吉野」 の造兵監督官となるところまでとさせていただきました。

残りの肝心な 「吉野」 の話しはまた次に機会がありました時にということに。

それでも参加の皆さん方には熱心にお聞きいただき、当時の旧海軍の砲術の実態と、それによる “鉄砲屋” としての加藤友三郎がどのような経験を積んだのかについての概要を、多少はご理解いただけたのではないかと思っております。

( 私の話し方が下手なのはご容赦いただくとして (^_^; )


貴重な発表の機会を与えていただきました大之木会長と、会場設営などの裏方に回っていただきました事務局の皆さんには厚くお礼申し上げます。

また是非本日の続きの機会を (^_^)

posted by 桜と錨 at 22:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し
この記事へのコメント
謹啓
大変素晴しく有意義な講演、本当に有難うございました。
専門家らしく、一般人ではお目に掛れない資料や画像を駆使した講義に
唯々感嘆致しました。
心より御礼申し上げます。
                   謹白

Posted by 岡田俊雄 at 2018年03月20日 06:28
岡田俊雄さん、ありがとうございます。 お楽しみいただけたようで嬉しいです。

あまり堅苦しい話しにならないようにしましたので、半分雑談のようになってしまいましたが (^_^;

時間の関係で肝心な 「吉野」 の前で終わりとなってしまいました。 研究会には是非続きの機会をお願いしたいと思っております。

Posted by 桜と錨 at 2018年03月21日 00:17
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