2017年10月02日

北朝鮮問題と米国の国益 (2)


前回の(1)でお尋ねした日本国憲法第9条の文言ですが、多くの方がご承知の通り、「国権の発動たる戦争」 と 「国の交戦権」 の両者ともその定義はなされておりません。 もちろん 「武力行使」 とは何かについてもありません。

そんなことは言わなくとも国際法に照らして常識のことだろう、とか、憲法学者の解釈では、とか色々言われる方もおられるかもしれませんが、そのようなことはこの憲法に基づく様々な法令・法規では何の役にも立ちません。

もちろん憲法学者の解釈はあくまでもその人の解釈であって、一つの学説には成り得るかもしれませんが、根拠にはなりません。

つまり、マスコミや評論家、護憲活動家と称する人々を始めとして、言っていることはその時その時の“感情論”“感覚論”に過ぎず、それどころか国会での議論でも結局は単なる“神学論争”の域を出るものではありません。

例えば、尖閣諸島を巡る問題について、仮に中国側と日本の巡視船側との間で万一銃撃戦にでもなった場合、これを憲法上どのように解釈するのでしょうか?

巡視船といえども日本国の公船ですのでこれを 「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として」 でないと、誰が何を以て保証するのでしょう?

憲法9条の文言は実に曖昧な表現のものであり、そしてそれがどういうものであるかの定義は日本のどのような法令・法律にも定義がなされていないのです。


そしてもう一つの米国の場合です。

これもこの問題に詳しい方はご存じでしょうが、実は米国は第2次大戦以降国家として1度も戦争をしていないのです。

朝鮮戦争、ベトナム戦争、近くはアフガニスタンへの武力行使、湾岸戦争、イラク戦争などなど、これらは一般的にその大規模な紛争の形態から “戦争” と呼ばれていますが、米国にとっては単なる武力行使、武力介入であって国家としての戦争行為ではありません。


では米国における国家としての戦争とはどのようなものを言うのでしょうか?

米国が戦争と呼ぶのは2つの条件を満たす場合です。 即ち、

 1.対外的に行う宣戦布告 (declaration of war)
 2.国内的に行う戦時体制下の宣告 (time of war by declaration)

米国大統領は対外的な武力の行使についても非常に大きな権限を持っておりました (今でも大きいですが)。

このため米国として上記の2つを満たさなくとも、つまり米国として戦争をしなくても、例えばベトナム紛争の時のように50万を超える米軍を派遣し、北ベトナムに対して空母や爆撃機による空爆を実施しても、これは米国にとっては単なる武力行使、武力介入であって他国との戦争ではなかったのです。

このベトナム紛争を契機にして、大統領がその権限をもってこのような事を起こさないように (ムチャをしないよう) 1973年の戦争権限法 (The War power act of 1972, Public Law 93-148) をもって大幅な制限をかけたのです。

これにより大統領が対外的に武力行使を行う場合には、事前にその状況や前提、条件、武力行使の限度などについて議会の承認が必要となり、かつ適切な報告がなされるべき事が定められました。

例えば、2002年のイラクに対する武力行使の場合の議会の承認は次のようなものでした。

「Authorization for Use of Military Force against Iraq Resolution 2002」
(Public Law 107-243, Oct 16 2002)

Auth Act Use Mil Power IRAQ Oct2002_cover_s.jpg
( 左クリックでPDF版を別ウィンドウ表示 )

posted by 桜と錨 at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと
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