2017年07月20日

『 ヒゲの提督 木村昌福伝 』


ご承知の通り、現在平野晃弘氏を中心としたグループによって 『キスカの花』 というドキュメンタリー映画の制作が進められております。

キスカというと私達船乗りがすぐに頭に浮かぶのが、やはりこのキスカ守備隊の撤収作戦の指揮官であった一水戦司令官木村昌福少将でしょう。

この木村昌福については、自衛艦隊司令官も勤められた故 星野清三郎氏の手になる標記の伝記が最も詳しく書かれていると思います。

kimura_cover_01a_s.jpg  kimura_cover_02a_s.jpg

「前」 及び 「続」 2分冊の全13章で、兵学校入校前の生い立ちから終戦、戦後、終焉までが記されております。

このうち第1〜8章までは (財) 水交会の会誌 「水交」 の平成2年9月号から5年8月号までに連載されたものですが、「水交」ではここまでで打ち切られてしまったため、後に自費出版するにあたり、この8章までを 「前」 とし、残りを 「続」 としたものです。

「前」 は116頁ですが、「続」 は326頁と3倍近いものとなっております。

何故 「水交」 にはこの伝記が第8章までしか連載されなかったのか?

実はこの水交会の会誌 「水交」 では時々こういうことがあります。 貴重で良い記事にも関わらず、2〜3年ほど連載が続くと決まって “紙面を特定の者の連載に占領させるな” という声が上がって、途中で打ち切りになってしまうのです。

実状としては、どうも旧海軍関係者に対する内部からの批判的な内容が少しでも含まれると、こういう声となるようです。 他の連載記事でもそうでした。

結局、連載打ち切りとなった後の平成5年12月になって 「続」 を先に、そして平成6年2月に連載分を 「前」 として自費出版したものです。 実に何というか ・・・・ です。

著者の星野氏はこの木村昌福少将に直接仕えたこともあり、木村家に残された資料を始め志摩、保科、大西といった人達の支援・協力を得て纏めたもので、大変に貴重な内容となっております。

残念ながら星野氏自身が既に故人となられており、この自費出版の伝記も今となっては著名な図書館などの他はどこにどれだけ残っているのか、どこで手に入るのか ・・・・ ?

もし 「水交」 で引き続き全編が掲載されていたならば、こういう貴重なものを現在でも比較的容易に読むことが出来たと思うと大変に残念なことですし、「水交」 そのものも価値が上がったことでしょう。

なお奈良県立図書館などによると 「続の2」 というのがあるようになっていますが、私は未見でありどの様なものなのかについては判りません。

しかしながら、今回の 「キスカの花」 の制作を機に、木村昌福氏のこういう伝記にも少しでも一般の方々の目が向けられるようになると嬉しいですね。

posted by 桜と錨 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに
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