2017年03月12日

「九三式魚雷」 について (3)


2.「一液」

さて、関係者の大変な苦労により誕生した九三魚雷ですが、実用化されればされたで色々欲が出てきます。

前回でお気づきの方がおられるかも知れませんが、その一つが 「第一空気」 です。


前述のとおりこれは乾燥空気ですので、その主成分のほとんどは窒素であり、九〇式魚雷時代と同じく魚雷の推進には直接の役には立ちません。

そして純酸素と混ざるものですから、これ空気の質の管理と気室の構造、そして空気圧の適切な保守整備など色々面倒なことが伴います。

そこでこの窒素を他の不活性の液状のものに置き換えて主機を起動できるようになるならば、第一空気そのもの (とそのタンク) が不要となります。

つまり、純酸素だけを使用し、主機の起動の際には窒素に変わるその液体を調和器までの酸素の経路上に置いておいて、酸素通過時に霧吹きの要領でこれに混ぜれば良いのではとのアイデアが出ます。

そこで各種の実験によって四塩化炭素 (CCl4) で可能である結果を得ましたので、第一空気室を無くして、この四塩化炭素の液溜まり設けました。 この四塩化炭素を 「一液」 と呼びます。 発明は横須賀海軍工廠造兵部から呉海軍工廠魚雷実験部に移った川瀬技師とされています。

ただし元々の第一空気は操舵装置の動力源としても使用しておりましたので、今度はそのための空気が必要になり、「操舵空気室」 というボトルが置かれました。 もちろん第一空気のような厳密な質の管理と機構は不要ですので、普通の圧縮空気の扱いで良いわけです。

下の略図がこの 「一液」 方式にしたものです。

Torp_type_93_draw_s.jpg

戦後になって一部において、発射直後の航走中に第一空気による航跡が数百メートル発生するため、これを無くすために四塩化炭素を使用したとする向きがありますが、もちろんこれは副次効果であって主目的ではありません。

その一方で、開戦後の戦術状況の変化により用兵者側から射程よりも炸薬量増加の要望が出された結果、これにより炸薬は780kgとなった反面、酸素室の容量が元の980リットルから750リットルとなり射程は49ノットで1万5千メートルとなりました。

これが昭和19年2月13日内令兵第10号により兵器採用された 「九三式魚雷三型」 です。

また同じ酸素魚雷で九三式の小型版と言える潜水艦用の 「九五式魚雷」 でも同様にこの 「第一空気」 を 「一液」 方式に替えたのですが、実用化は九三式よりこちらの方が早く、昭和18年9月1日内令第89号により 「九五式魚雷二型」 として兵器採用されています。


ところが、戦後になってこの 「一液」 である四塩化炭素を、海水使用による酸素の管系統及びエンジン内部に固着する塩分の除去のためであったとする説を唱える人が中にはいます。

確かにこの塩分の問題は、九〇式での真水使用を九三式で海水に替えたために生じたもので、その解決が必要なことではあります。

しかしながら、これは正常に航走を開始した後に生じることですから、一液の目的を考えていただければその塩分除去の役割は無かったことは明らかですし、そもそも四塩化炭素そのものにはその除去作用は有りません。

ではこの塩分除去はどうしたのでしょうか? これについては次にお話しします。

(この項続く)

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「九三式魚雷」 について (2) :

posted by 桜と錨 at 23:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
この当時、魚雷に四塩化炭素が使用されていたとは知りませんでした。
Posted by killy at 2017年03月13日 09:08
それに艦政本部第二部 (水雷担当) にもちゃんと化学屋さんがいたことに驚きですよね。
Posted by 桜と錨 at 2017年03月13日 10:14
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