2017年01月10日

艦隊司令部職員の構成と職務 (6)


さて次の日露戦期まで進む前に、明治27年段階でのことをもう少しお話しします。


この明治27年に艦隊條例が改訂されたことは既にお話ししましたが、艦隊編制時のその名称は勅令によることは先のとおりです。

その他で注目すべきはその第3条で

 第三條 艦隊ニハ水雷艇及運送船等ヲ附スルコトヲ得

とされ、従来軍艦のみとされ、艦隊が狭義での戦闘を主眼としていたものが、常備艦隊の経験もあり、ここに来て広汎且つ柔軟な運用を可能とする近代的な艦隊としての編成とすることができるようになりました。

日清戦争ではまさにこれが具現化され成果を挙げたわけです。


もう一つが、従来の参謀に加え、幕僚として艦隊航海長、機関長及び軍医長という職員が置かれたことです。

なおこれら幕僚とその名称については多少の変遷がありますが、これについては省略いたします。

また、従来からあった 「伝令使」 についてはこの明治27年の制定時に、「秘書」 については明治32年の改正時になくなり、代わってその明治32年の改正時以降は 「副官」 が置かれることになりました。

例えば明治36年の条例改正時における幕僚及び艦隊付は次の様になっています。

Kantaishokuin_M36.jpg

この明治27年の艦隊條例制定当時において、実際の艦隊の編制とその目的・任務が次第に拡がってきましたので、司令長官の職務も広汎なものとなり、それを補佐する幕僚の業務も次第に増えることになります。

このため、艦隊條例で定められた幕僚のそれぞれの職務内容の詳細について示す必要が出てきたため、明治27年11月に艦隊職員条例が廃止されて、新たに 「艦隊職員勤務令」 (達168号) が制定されたのです。


この艦隊職員勤務令は、明治34年に達42号を以て全面改訂されました。


そしてその後幾度かの小改正が行われましたが、大正3年になって廃止されてしまい、以後この種のものが制定されることはありませんでした。

なぜなんでしょう?

それは、この艦隊職員勤務令をご覧になれば、各幕僚の職務についての規定はともかく、指揮官たる司令長官等の職務はこの当時でも大変に広範多岐にわたるものであるということがお判りになるでしょう。

したがって、幕僚の役目はこの司令長官等の職責の全ての業務について円滑に行われることを補佐するものであることを考えるなら、一々これを “これは○○参謀担当” などと細かく分けて規定することは不可能であるということです。

そして大正、昭和へと益々艦隊の編成、目的、行動内容が多岐にわたってくるに及んでは、具体的な職務については海軍省達等で規定し、その都度一々改変していくよりは、各艦隊に任せ、艦隊内でその任務・行動や業務に応じて振り分ける方が都合がよくなりました。

これが艦隊職員勤務令が廃止された大きな理由です。

このため、海軍部内では当然のこととして行われてきたことが、海軍の公文書として明文化されていないこともあって、戦後の研究家などにとって “○○参謀が担当するものは何?” “艦隊機関長とは何するの?” ということになってきたのです。

したがって、これらの具体的なことについては艦に乗ったことの無い方々には、なかなか理解いただけないことではないかと。

とはいっても、明治期後半〜大正初期のものであり、また中には当時の古い条項もありますが、この艦隊職員勤務令をお読みいただけば、司令長官等の職務や各参謀や幕僚によるその職務分担の一端がお判りいただけるのではないかと思います。

例えば、ネットの某所で艦隊機関長や主計長について話題になった時に

 なんか……パッとしない職業なんですねぇ。

という所見を述べた方がおられますが、とんでもありません。 大変に重要で多忙な職務であり、単に機関大佐のポストを増やすためとか、あってもなくてもよいようなという配置ではないのです。

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前 : 艦隊司令部職員の構成と職務 (5)

posted by 桜と錨 at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
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