2017年01月06日

艦隊司令部職員の構成と職務 (5)


前回明治27年7月19日に連合艦隊が初めて組織されたことを書きましたが、その中で “あれっ?” と思った方がおられるかもしれません。

そうなんです、連合艦隊編制に先立って警備艦隊が編制されましたが、その上裁・裁可が7月10日であるのに海軍省達の発簡は7月13日になっているのです。

裁可を得られたならば当日、遅くとも翌日には出されるのが当然ですが、これは何故なんでしょう?


これは次の通り海軍の意図として、 「橋立」 及び 「厳島」 が佐世保に集結し、常備及び警備の両艦隊の体勢が揃うのを待ってから実施するためだったんです。

Keibikantai_M27_02.jpg

そして 「厳島」 は11日、「橋立」 は12日に佐世保に到着しており、これによって翌13日の警備艦隊編制となりました。


次ぎに、この初めて編制された連合艦隊ですが、何時何を以て解かれたのでしょうか?

旧海軍が出した公式資料である 『海軍制度沿革』 でも、なぜかこの時の連合艦隊が解かれたことについてだけは記述されておりません。 また、公刊戦史である 『二十七、八年海戦史』 にもありません。

このため戦後出されてきた多くの出版物などでもこれを明確に書かれたものはまずありませんでした。

実際には、日清講和条約発効直後の明治28年5月17日に 「官房1873号の3」 によって解かれております。

Rengoukantai_kaitai_M28.jpg

また、戦時に際しての臨時編制であった西海艦隊は、戦後処理が一段落した同年11月15日になって 「海軍省達125号」 によって解隊されています。

Seikaikantai_kaitai_M28.jpg


さて、そこで注目していただきたいのは、初めて連合艦隊が誕生した日清戦争においては、警備艦隊については 「編制する」 「解隊する」 となっていますが、連合艦隊については 「組織する」 「組織を解く」 として公式文書では明確に用語を区別していることです。

これは後で述べる “連合艦隊とは何か” ということについて重要なポイントになりますので、是非覚えておいてください。

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posted by 桜と錨 at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
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