2016年09月24日

「武蔵」 生存者は隔離された? (続3)


やっと本題に入ります (^_^;

それでは、何のために約1400名もの生存者を一個所に集めておく必要があるのでしょうか?

そうです、乗っていた艦の事後処理と残った乗員の次の配置への準備を“早急に”実施しなければならないからです。 旧海軍ではこれら全てを総称して 「残務処理」 と呼んでいました。

大きく分けると次の様な事項があります。


1.艦及び乗員の状況の調査・確認

出港時の乗艦者の確認から始まって戦闘時の状況、生存者、負傷者、戦死者そして行方不明者にいたる迄を一人一人について調査し纏める必要があります。

沈没によってほとんど全ての記録が失われたことから、これらを確認するだけでも物凄い労力を要するものであることはお判りいただけるかと。 その成果を総括したものの一つが 「戦闘詳報」 であるわけです。

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( 「武蔵」 戦闘詳報表紙 元画像 : 防衛研究所所蔵史料より )


2.戦死者及び行方不明者の取扱

戦死者について士官は海軍省へ、准士官及び下士官兵は所管の鎮守府へ一人一人について正規の報告しなければなりません。

もちろんその前提として、1.の調査で戦死者は誰が何時どこでどの様な状況で戦死したのか、それを誰が確認したのかを、行方不明者も同様で、特に最後は誰がどの様な状況で見たのかを明確にしなければなりません。

そして、もし誰かが戦死者の遺品、遺髪などを持っていた (預っていた) としたら、それの送付手続きも必要になります。

3.個人の記録の確認

入隊以来の各個人の経歴などを記した 「履歴表」 は失われておりますので、この記載事項を可能な限り復元しながら、各個人の次の配置決定に備えなければなりません。

階級、特技、賞罰、俸給額はもちろん、過去の経歴などは全てこれに基づいているからです。

そして最終的には内地に帰って、将校は海軍省、准士官以下は所管の鎮守府人事部にある履歴原簿と照合しなければなりません。

4.官給品の支給

沈没時に戦闘配置から着の身着のままで海に投げ出されたわけですから、身の回りのものは何もありません。

一人一人に規定の衣服・装備品などの支給が必要になりますので、誰に何を支給したかの貸与簿も一から作り直しです。

正式な支給品は次のようなものがありますが、もちろん一度に全てを揃えることはできませんので、何時何を支給したのかをきちんと記録していく必要があります。

IIJN_hifuku_01_s.jpg

そして履歴表がありませんので、制服に着ける階級章、特技章、善行章なども一つ一つ間違いのないように確認する必要があります。


以上の事務処理・手続きだけでも相当な期間を要しまず。 副長以下の主要メンバーが内地送還となった頃に、ようやく 「戦闘詳報」 などの主な事項の目途が立ってきた時期でしょう。


そして更に重要なことは、この残務処理のために1400名もの人数を一個所に集めますので、そのため総員用の食住が必要になります。

宿舎に士官・准士官・先任の下士官・その他の下士官兵に分けた部屋や事務室などが必要ですし、生活及び事務に必要な物品も整えなければなりません。

食事も毎日三度三度の烹炊員や主計員を主体とした体制を作らなければならないことです。 どこかの部隊の食堂に行って並べば何時でもセルフで食べられる、などということはあり得ませんので、ともかく 「武蔵」 乗員として自活できるように、1400名分の食材 (生糧品、貯糧品) の補給体勢、調理場と調理器具、配膳の道具類等などを整えなければなりません。 それもコレヒドールに着いたその日から直ちにです。

加えて、戦闘や脱出時に数多くの乗員が多かれ少なかれ負傷しており、これらの治療も必要になります。 海軍病院へ入院を要するような重傷者は別として、それ以外の負傷者の介護などの面倒は基本的に全て自分達で行うことになります。


これら全てが如何に煩雑であり多忙を極めるものであったかは皆さんもご想像がつくと思います。

したがって、これらのこと全てを行う施設として、「武蔵」 沈没の翌日10月25日、急にその受け入れを担当することとなった31特根としては、コレヒドールが最適であり、しかもここしか選択肢がなかったと考えられます。

通常ならば、これらの残務処理を行いつつ順次内地送還を待ち、内地において最終的に残務処理の残りを行うことになります。

これらの個人個人の事務処理のカタがついたところで、初めて正式に各自の次の補職替えの手続きに進むことができるのです。


以上の “残務処理” とそれに伴う要措置事項の必要性について、これまで語られてきた生存者の処遇・待遇についての話しの中では “スッポリと” 抜け落ちて、コレヒドールという “僻地” に収容されたことのみが一人歩きしているように思えます。

例えば、10月18日までにマニラだけで既に給糧艦 「伊良湖」 を始めとする21隻の海没・放棄艦船の乗員がおり、そして10月18日以降は更に 「最上」 を始めとする実に92隻の艦船の乗員がマニラに収容されていたのです。

そして戦況は、「武蔵」 の乗員でさえ何とか2回の機会を捉えて620名を内地送還するのがやっとであり、そしてマニラを中心とするルソン島やその周辺の防衛体制強化の必要から、正規に送り込まれる部隊以外に多数の兵員の充足に迫られていたのです。

したがって、前回お話ししたコレヒドール収容以降の 「武蔵」 生存者の状況も、ある意味では日本海軍としても止むに止まれぬものであったと言えるでしょう。

「武蔵」 乗員という、いわば選び抜かれた多数の熟練兵は、全海軍のどこの艦船・部隊でも喉から手が出るほど欲しかったことは間違いないことなのですから。

そして、当時の旧海軍には 「武蔵」 沈没を秘匿するような必要性も余裕も無かったといえますし、それは既にお話しした実際の経緯からも、その様な事実は全く無かったと結論付けられます。


が “しかし” です。

この様な “残務処理” のことや戦況がよく判っているのは准士官以上の一部です。 そして下級の士官や下士官兵になる程、こういう自分の置かれた状況というものを理解する知識に乏しいでしょう。

いちいち事細かに説明して納得させるような事柄ではなく、淡々と事務処理を進めればいいだけのものだからです。

もちろん上陸 (外出) などは論外です。 服装 (階級章や善行章など全てを含む) が各個人で正しいものでなければならないことはもちろんですし、なにしろ肝心なお金を持っていません。

給与簿がないと個人個人の俸給額が決められませんので支給できませんし、また個人の貯金通帳や印鑑も無くしたのですから。

したがって、残務処理が全て完了するまでは基地内に “幽閉状態” となることは当然なことなのです。 外に出したくとも出せないのです。

しかしながら、こう言う海軍として当然の措置である境遇におかれることを十分に理解できない下士官兵の中には、これを “隔離された” と感じる者がいたとしても不思議ではないでしょう。

ましてや 「武蔵」 の乗員であればこそ、それが “沈没を隠すために” と結び付いてもおかしくはありません。

そして悪いことに、副長以下が1ヶ月後に、第2陣がその後に内地帰還となり、そのあとは便が無かったわけです。

フィリッピンを巡る戦況などは判らずに後に残された者達が “自分達は棄民” と感じたとしても、それはあり得ないことではないと思います。


これが結局戦後になって、生き残り乗員達の回想や手記となって世間に広まり、“日本海軍は 「武蔵」 の沈没を隠すためにコレヒドールに隔離した” とまことしやかに流布されることになります。


余談ですが、先日放映されたNHKのドラマ 「戦艦武蔵」 でもその様な流れになっています。

元々の台本ではもっと強い表現のものだったのですが、プロデューサーや監督さんに事実としての “隔離” はなかったものの、生存者の感情として “中には” そう思った者がいたとしてもそれはあり得る話しで、このストーリーはこれはこれで有りですよ、とお話しし納得いただきました。

そしてそういう個人の自然な感情になるように配慮していただいております。

(この項終わり)

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前 : 「武蔵」 生存者は隔離された? (続2・補)

次 : 「武蔵」 生存者は隔離された? (続3・補)

posted by 桜と錨 at 15:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
残務処理が終わらないと艦艇の除籍も難しいんですよね…。

艦艇の沈み方(乗員の生存状況)によっても除籍までの期間が違うな〜と戦時編制を調べていて思いました。
Posted by 出沼ひさし at 2016年09月27日 00:48
出沼ひさしさん、こん**は。

はい、海軍と言えども巨大な行政組織ですから、小さなことでも右から左へとは簡単にいかないんですよね。 しかも戦争をしながらですから。
Posted by 桜と錨 at 2016年09月28日 14:10
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