2016年09月19日

「武蔵」 生存者は隔離された? (続2・補)


ちょっと本来の主題からは外れますが、折角の機会ですからHN 「大隅」 さんからコメントをいただいたマニラ湾口の人工島 「エルフレール島」 (El Fraile Island) についてご紹介したいと思います。

Fort_Drum_photo_00_s.jpg
( 現在のエルフレール島 元画像 : ネットより (サイト名失念) )

この島は元々は次の上の写真のように天然の小さな岩礁でしたが、1909年から米陸軍によってこの上に巨大なコンクリート砲台の人工島が築かれ、1930年代には下の写真のような姿になっていたとされています。

Fort_Drum_photo_01_s.jpg

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( 米陸軍の戦前史料より )

米軍の正式名称で 「ドラム要塞 (Fort Drum)」、占領後の日本軍ではその姿から通称 「軍艦島」 と呼ばれていました。

ここには14インチ連装砲塔2基を始め6インチ単装砲及び3インチ単装砲がそれぞれ4基づつ装備され、これに関連して屋外には探照燈台兼見張台のマスト、将校居住棟、そして内部には弾火薬庫や機械設備が完備する他、充実した居住設備なども設けられました。

Fort_Drum_draw_01_s.jpg

Fort_Drum_draw_02_s.jpg
( 米陸軍の戦前史料より )

1942年5月に日本軍によって占領されましたが、この占領時の要塞の状態については各砲台の概略以外はほとんど判りません。 (陸軍史料によると少なくとも外観的には屋外のマストや建物などは残っていなかったようです。)

Fort_Drum_photo_03_s.jpg
( 占領時の同島遠景写真  元画像 : 防衛研究所所蔵の陸軍史料より )

Fort_Drum_draw_03_s.jpg
( 占領時の同島略図  元画像 : 防衛研究所所蔵の陸軍史料より )

要塞に装備されていた各砲台については陸軍の手によって調査が行われ、北砲台の6インチ砲2門以外 「使用不能」 と判断されていますが、あまりにもラフな報告書しか残されていませんので詳細が不明で、どの程度のものであったのか判りません。

14インチ連装砲塔2基4門も、あるいは工作部などによって本格的な修理を行えば何門かは使用できるようになったのかもしれません。

一方で米側の記録によると、降伏時に3インチ砲を除き他の砲全てについて駐退装置を除去した上で、砲身内に砲弾のみを装填しこれを遠隔爆破させて使用不能とし、弾火薬庫内には海水を充填した他、可能な限り島内各部の破壊を行ったとされています。

結果的に同島占領後は、陸軍によって1944年後半頃までほぼ放置状態であったとされています。

そして44年後半になってから前述したようにコレヒドールを始めとするマニラ湾口の防御強化が始まり、かつての米軍の水上砲台などの再活用、再整備が行われたとされたわけですが、同年12月に編成されたマニラ湾口防衛部隊についてさえもきちんとした記録が残されておりませんので、詳細は全く不明です。

僅かに二復史料の中に 「武蔵」 乗員35名がここに配置され、そして45年3月25日の爆発により全員戦死と記録される以外は、全くその状況は不明です。 この35名が何時何のために配置されたのかも判りません。


一方米陸軍の公刊戦史では、2月に魚雷艇1隻が偵察のため上陸を試みたものの、守備隊 (海軍) の抵抗を受け、戦死1名及び戦傷6名を出して撤退しています。 ただし、日本側が使用したのは機銃のみとされています。

おそらくこの時の守備隊が 「武蔵」 の乗員であったと考えられますが、これによって米側は同島が無人のまま放置されていたのではないことを初めて知ることになります。

そして本格的な奪還のため、4月13日になって米軍側は上陸用舟艇に乗った陸軍部隊などが同島に上陸、内部に爆薬及び燃料 (一説ではディーゼル油とガソリンの混合物とされています) を投入し爆破しました。 この時、日本軍守備隊との銃撃戦により戦傷者1名を出したものの、後日日本兵69名全員の死亡を確認したと記録されています。

しかし、この日本軍守備隊69名とはいったいどこの部隊がいつ配置されたのかも判りません。

そして米軍によって更に2回にわたり内部が徹底的に爆破され、現在残るのはこの残骸の姿です。

Fort_Drum_photo_04_s.jpg
( 元画像 : 米軍史料より )

なお、このエルフレール島の歴史などについては、次のURLに素晴らしいサイトがあります。 昔及び現在の同島の写真なども豊富ですので、是非一度お訪ねください。



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前 : 「武蔵」 生存者は隔離された? (続2)

次 : 「武蔵」 生存者は隔離された? (続3)

posted by 桜と錨 at 16:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
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