2016年09月12日

「武蔵」 生存者は隔離された? (続2)


それではコレヒドールに収容された後の 「武蔵」 生存者の状況ですが、はっきり申し上げて纏まった史料はありません。

戦後に第2復員局残務処理部が将来の戦史編纂に備えて纏めたもの (以下 「二復資料」 という) の中に断片的に出てくる他は、ほとんどこれと言ったものがありません。

また吉村昭氏が小説 『戦艦武蔵』 を書くに当たって 『軍艦武蔵戦没者慰霊祭記念誌』 を始めとする元乗員達の手になる資料を参考にしたとされていますが、同小説の最後で描かれている生存者達のその後は、二復資料と合わないところがあります。

これらを前提に纏めると次のようになります。


「武蔵」 乗員の実際の生存者数 (便乗者等を除く) は前回お話ししたように確定されたものはありませんが、“少なくともコレヒドールに収容された段階では” 准士官以上73名 下士官兵・傭人1303名 計1376名であったことは、これが戦闘詳報の根拠になっていることからも間違いのないところでしょう。

沈没艦船の乗員の身分は次の正式な配置が決まるまでの間は補充部付となりますので、「武蔵」 乗員もこの時点でマニラの第5海軍補充部付となったと思われます。

そして10月26日に到着したこの 「武蔵」 の約1400名はコレヒドールのどこに収容されたのかは全く不明です。

参考までに20年1月末の段階での同島の防衛図、及び米軍が撮影した戦前の写真をご紹介すると次のとおりです。

corregidor_map_03_mod_s.jpg
( 元画像 : 二復資料より )

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( 元画像 : 1943年の米軍資料より )


さて、二復資料によると 「武蔵」 生存者がコレヒドールに到着する直前の10月18日現在の同島の海軍兵力は、第331設営隊の他第12、25及び31魚雷艇隊の計1137名であったとされています。

これに19年10月18日以降、第328、第333設営隊の676名の他、「鬼怒」 など海没艦船4隻の乗員を合わせて802名が加わり、コレヒドールの海軍兵力は計1939名とされておりますが、これには 「武蔵」 の乗員は含まれておりません。

そして20年1月末までにコレヒドールには更に震洋隊6隊を始め、防空隊や第103工作部30名などが次々と増加され、計約4500名になったとされています。


その一方で、コレヒドールに収容された 「武蔵」 の1376名の内、約1ヶ月後の11月23日に副長以下の主立った者420名が客船 「さんとす丸」 で、続いて12月6日に第2陣200名が空母 「隼鷹」 で内地送還となり、これによって残留者は756名 (それぞれの内地送還者の正確な人数は不明ですので概数) となります。

これら756名については、二復資料などによるとその後の配属先が判っているのは次のとおりです。

  マニラ防衛部隊 : 161名
  クラーク防衛部隊 : 316名
  エルフレール島守備隊 : 35名
  レイテ : 2名 (配属部隊不明)

したがって残りの242名が配属先不明と言うことになります。


二復資料によると19年12月20日に31特根隷下にマニラ湾口防衛部隊 (指揮官:31特根首席参謀) が編成され、コレヒドールの他、次の島及び地区に配置されています。

  カバリオ : 約400名
  カラバオ : 373名
  エルフレール : 35名
  マリベレス : 160名

しかしながらこれらの兵力の構成及び派出元についてはエルフレール以外は明らかではありません。

corregidor_map_04_mod_s.jpg
( マニラ湾口防衛部隊配備位置関係 元画像 : 1954年の米軍地図より )

以上のことを総合すると、残りの242名については、吉村氏の 『戦艦武蔵』 での記述内容なども考慮すると、時期的には不明なものの、コレヒドールの他、カバリオ島、カラバオ島などにおける海岸砲台及び対空砲台の要員として相当数が組み込まれたとものと推定されます。


結局のところ、このマニラ湾口防衛部隊への配属を始めとして、「武蔵」 残留者756名は第5海軍補充部付のままで各部に割り当てられたと考えられますが、補充部における管理業務的なことは全て各沈没艦船ごとに行われていましたので、きちんとした記録などは残っておらず、今となっては具体的にどこにどの様に配置されたのかなど正確なことは不明です。


なおクラークフィールドに配属された316名は第315設営隊に配属されて飛行場建設に従事したとしているものがありますが、時期的に見て既にその時期ではなく、防衛部隊の中に割り当てられて防御陣地構築などに当たり、そして引き続きその後の防衛戦に従事したものと考えられます。

またエルフレール島守備隊は 「武蔵」 乗員35名だけで構成されていたとされ、昭和20年3月25日に総員玉砕 (自爆したとも言われている) していますが、それ以外の状況は全く不明です。

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前 : 「武蔵」 生存者は隔離された? (続)

次 : 「武蔵」 生存者は隔離された? (続2・補)

posted by 桜と錨 at 17:39| Comment(6) | TrackBack(0) | 気ままに
この記事へのコメント
回答にはなりませんが、昭和40年代の月刊・文芸春秋には栗田長官を乗せた軍艦の元信号兵(通信)の手記が載っていました。当時は多くの生存者がこうした手記を寄稿されたり、作家のインタビューが載っていました。
私の目的が、天皇皇后が崩御された時に吹奏さるラッパ「哀の極」の御大葬礼式が知りたいためなので、内容は憶えていません。(昭和天皇のご容態が悪化した折に「丸」誌で礼式の記事が少し載りました。)
当時は「海軍〇〇物語」などが出版され書店の本棚を賑わせました。
Posted by killy at 2016年09月12日 21:11
killy さん、こん**は。

>「海軍〇〇物語」
懐かしいタイトルですね (^_^)

Posted by 桜と錨 at 2016年09月13日 10:24
初めて書き込みさせて頂きます。
エルフライレ島に配属されたのが武蔵乗員のみ、というのは同島(同要塞と呼ぶべき?)に備えられていた戦艦主砲及び砲台の運用要員として「技術を見込まれた」って事なんでしょうか?
同要塞は戦艦の前半部分をコンクリの上に載せたような外見で、米軍がそう考えて作り上げたようにマニラへの洋上侵攻が予測される状況では極めて重要な拠点足り得る訳ですし。
Posted by 大隅 at 2016年09月17日 21:21
大隅さん、初めまして。

>「技術を見込まれた」

同島は日本が占領した後に陸軍によって主砲のテストなども行われていますが、結局19年の後半までほぼ放置状態でしたので、再使用、再稼働のためにはそうそう考えるのが自然です。

しかしながら、電力を始めとする動力維持や射撃指揮などの全てを僅か35名で運用するのは、例え14インチ連装砲1基だけとしても無理と考えます。

その他に6インチ砲と3インチ砲がそれぞれ4門ありましたので、まあこれならば何とかと思いますが ・・・・ ?

何しろ日本側の記録は全くありませんし、米側にしても20年4月の奪還以降しかありませんので、当時の状況は不明です。

折角の機会ですから、この米軍名称 「Fort Drum」、日本側通称名 「軍艦島」 については後で追加記事に纏めますね。

Posted by 桜と錨 at 2016年09月18日 14:39
桜と猫様
フォート・ドラムに関しては14インチ砲が2基とも使用不能で6インチ砲2門のみ使用可能だったようです(アジ歴の書類によれば)。
「修理セバ使用○(判読不明)得」の文字がありますので、この砲を修理して再使用する為に砲術科の将兵が送り込まれたと考えれば人数も適当なのではないでしょうか?
Posted by 大隅 at 2016年09月18日 16:13
大隅さん

14インチ連装砲塔2基は 「砲身部及び掩蓋部に多数の砲片痕あり」 で 「使用不能」 とされていますが、実際どこにどのような不具合があったのかは判りません。

「修理せば使用し得」 とされた北砲台の6インチ砲2門についても、修理ならばむしろマニラの第103工作部の人員を送り込む方が適当だったかもしれませんし、また南砲台の下砲も工作部なら修理できる程度のものだったのかもしれません。

そして35名で適当というのは、この使用可能とされた6インチ砲2門だけであるならば、その整備と運用は可能であったかもしれませんが、実際のところこの19年末〜20年3月までの間の同島の状況が判りませんので何とも言えないところです。

もしかすると対空火器が増備されたのかもしれませんし、探照燈や無線、見張りなどの要員に充てられたのかもしれません。

そして、この35名で電気などの設備の維持管理や食住までも全て賄えたのか、というとこれも判りません。 何しろこの大きな要塞の中に35名なのですから。

いずれにしましても、3月25日に全員戦死してしまいましたので、状況は全く不明です。

Posted by 桜と錨 at 2016年09月19日 00:11
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