2015年07月01日

防衛医科大学校とその卒業生達 (3・終)


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( 現在の防衛医大正門付近  元画像 : 「所沢タウンガイド」 さんよりお借りしました )


◎ 医学生の卒業後について

それでは防衛医科大学校の卒業生達は、その後どの様な道を歩むことになるのでしょうか。

防衛大学校と異なり、防衛医科大学校の本科医学生は卒業時に任官拒否をする者はまずいません。

それはそうでしょう。 卒業時に任官拒否をすれば約4千万円 (現在では約5千万円) を国に返還しなければなりません。 しかも分割返済はできませんで、卒業時一括か半年後との2分割かのどちらかです。 これでは余程の家庭環境でない限り不可能です。

( 因みに私の知る限りでは女子学生が一人任官拒否をしました。 理由は眼科に進みたいが防衛医科大学校ではその研修が受けられない、というものです。 それが本音かどうかは判りませんが ・・・・ そして両親及び兄弟揃って医師という家庭でした。)

本科医学生は卒業と同時に要員別に陸海空の曹長に任官し、6週間の幹部候補生学校の課程に進みます。

この6週間の間に卒業直前に受けた医師国家試験の合格発表があり、合格した者は課程修業時に2等陸海空尉となります。

そしてこの 僅か6週間の候補生課程 を終えた彼等は、再び母校である防衛医科大学校に戻り2年間の初任研修 に入ります。 当然ながら研修医とはいえ、正式な “お医者さん” として。

そこで、陸海空それぞれの候補生学校から防衛医大に戻ってきた時に、彼等がまず最初にやらなければならない大事な “儀式” があります。

それは卒業記念としてプレゼントされたネーム入りの真新しい白衣に着替え、そして互いに “〇〇先生” “〇〇せんせ〜、ウフフ” と呼び合うことです。

彼等にとってはある意味人生で最高の場面かもしれません。 まさに念願の “先生” になった瞬間なのですから。

そして彼等にとっての格好良さとは、自衛官として制服をピシッと着こなすことなどでは決して無いことは言うまでもないでしょう。

彼等にとっての格好良さとは、ボタンをかけずに白衣をデレッとはおり、聴診器を首から下げるか胸ポケットに入れ、両手をポケットに突っ込み、スリッパやサンダルを履いた姿で病院の廊下を歩く、ことなのですから。

そう、まさに “先生” と呼ばれる普通の “お医者さん” の姿そのものです。 それが夢にまで見た彼等の格好良さなのです。


2年間の初任研修を終えると 自衛隊病院や部隊の衛生隊などでの2年間の勤務 となります。 ここまで来て初めて何とか自衛隊医官としての独り立ちが始まるわけですが ・・・・

しかしながら、部隊における一般自衛官の勤務とは全く異なるものであり、服務であることは申し上げるまでもないことで、幹部自衛官としての意識など育みようがありません。

もちろんこの間に海外派遣や災害派遣などの任務を経験すれば、多少は違ってくるのかもしれませんが。

そしてこの2年間が終わると、今度は各科の専門医となるために 再び防衛医科大学校に戻り専門研修医として2年間勤務 します。

その後は専門医として自衛隊病院などの勤務に就きますが、専門研修を終われば研究科 (一般医大・医学部の大学院に相当) の受験資格ができます。

( 規則上は防衛医大卒業後4年以上で受験できますが、専門研修も終わらずに受けることはまずありません。)

採用試験に合格すると 4年間の研究科 に入り (うち3年目の1年間は好きなところへ海外留学が可) 博士号取得を目指します。 論文は学位授与機構によって審査されますが、まず総員学位が授与されます。

( 因みに、私の知る限りでは過去一人だけ、学位論文の内容が不充分で学校長が授与機構への提出を認めなかったことがありますが、それは例外中の例外と言えます。)

そしてこの 研究科の間に卒業後の義務年限 (=学費返還) の9年が過ぎる ことになり、あとはペナルティーなしに制服を脱ぐことができます。 しかも、この9年の間に医官として実際に現場で勤務したのは “たった4年間” だけで。

ただし、自衛隊病院や部隊での勤務では、当然のことながらほとんどが健康体である自衛官が対象ですから、医師としての臨床経験・実績として不足がちなことは確かです。

このためもあって専門医としての実力を十分身に付けたいという意欲のある卒業生の中には、研究科に進む前に義務年限終了を待たずに退職して他へ移る者がおります。 現状では平均一クラスの約1/3程度です。

これは彼等の元々の目標が自衛官の医官になることではなく、立派な “医師” “医学研究者” になることであることを考えるなら自然なことでしょう。 それに医学博士の学位は別に防衛医大でなくとも他で取れることですので。

そして義務年限終了までは自衛隊に残る者達にしても、国費によって博士号を取得するのを待つのも当然のことです。

したがって、研究科を終えて医学博士になった途端に (研究科に進まなかった残りの者は9年の義務年限終了と同時に) どっと退職することになります。

そしてそれに輪をかけるように、防衛医大の教授陣自らによって若い頃から目を付けていた卒業生に積極的に再就職の世話 (=引き抜き) をすることになります。

研究科終了後もまだ自衛隊医官として残るのは、極端な話し言い方は悪いですが、このような引き抜きの機会を得られなかった者か、余程自衛隊が気に入った変わり者、ということになります。 通常、この時点でまだ自衛隊に残るのは各クラスの1〜2割程度です。

( これも余談ですが、阪神淡路大震災の時の災害派遣でも貢献してくれた大変に優秀な某卒業生ですが、その後一選抜で一佐に昇任させ今後が期待されていたにも関わらず、当の防衛医大の学校長自らの手によって一民間病院の部長職に引き抜かれてしまいました。 もちろん本人にしても、自分の医師としての将来を考えて有利な方向を選ぶのは自然のことと思います。)

要するに、防衛医大の卒業生にとっては早い話し、自衛官として昇任することなどはどうでもよいことなのです。 彼等にとって自衛官という身分は単に “自衛隊で勤務する” という一時的な職場の都合からにすぎないわけであって、本質は “医師” であり、かつそれは自衛官としてでなくとも一生続くものなんですから。

したがって、渦中の女性医官も以前から近々退職予定であったとされていますが、もしそうであっても別に何らおかしなことではありません。


以上、3回にわたり防衛医大とその卒業生についてお話ししましたが、これでもまだ当該女性医官の批判されている立ち振る舞いが本人の不心得のせい (だけ) だと言い切れますか?

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最後に、では卒業時の国家試験に不合格となった卒業生はどうなるのでしょう?

不合格となった卒業生は、曹長のままで合格者と一緒に候補生学校から防衛医大に戻ってきます。 そして研修医官棟に居住して、曹長の俸給を貰いながら、後は翌年の国家試験を待てばよいのです。

受験指導の教授が指定され国家試験に備えますが、それ以外は1年間何をしても構いません。 もちろん学生部も卒業生には一切関与しません (できません) ので、彼等が自衛官としての規律などを要求されることもありません。

要はただ翌年の国家試験に合格さえすれば良いのです。 極端な話し、初任研修で日々忙しくバタバタ追い回される同期生を横目に、朝から外出して遊び歩くのも全くの自由です。

では、更に翌年も不合格であったならば? 卒業後2年目の試験 (通算3度目) に合格しなければ、義務年限の間は医師としての診療には関わらない 「医事幹部」 として勤務することになります。

そして医師国家試験の受験資格はありますので、その状態でも引き続き受験することは可能です。

もちろん本人が希望するならば、医事幹部としてそのまま定年まで残り、一般の自衛官と同様に規定どおり昇任していくことも出来ます。

ただ、私は寡聞にして国家試験に受からなかったために医事幹部となった卒業生の例を知りませんが ・・・・?

(この項終わり)

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防衛医科大学校とその卒業生達 (1) :

防衛医科大学校とその卒業生達 (2) :
posted by 桜と錨 at 19:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 気ままに
この記事へのコメント
自分が勝手に想像していた防衛医大のイメージは所謂軍医でしたが、実際はお医者さん、のようですね。
知り合いが防衛医大に進んだので現在の雰囲気等も聞けるかもしれません。
大変勉強になりました。ありがとうございました。
Posted by はんぺん at 2015年07月01日 23:01
はんぺんさん、こん**は。

冒頭にも書きましたように、渦中の女性医官が無断渡航をしたことは事実ですので、これにはキチンとした措置が必要であることは言うまでもありません。

しかしながら、三流・四流のマスコミが売らんがためにセンセーショナルに騒ぎ立てる記事が如何にいい加減なものかと。

防衛医大の学生とその卒業生達が、どの様な環境で育てられ、どの様な道を歩むのかの一端をご理解ただければ幸いです。

米軍などと異なり、現在の防衛省・自衛隊の制度では彼等が幹部自衛官と医師とを両立さていくのは非常に難しいものがあります。

今回の事案で見えてくるのは、やはり制度を作りそれを牛耳ってきた防衛省の役人達が一番自覚し反省するべきことなのですが・・・・

そしてこのような状況にありながら、昨今の自衛隊の海外派遣や災害派遣などでご承知のように、卒業生達は立派にその任を果たしてきております。 そのことはもっと評価されて良いでしょう。

Posted by 桜と錨 at 2015年07月02日 14:01
はじめまして。ゆうやと申します。

本人の個人的な理由でなく病気などの理由で勤務が出来ない場合は猶予期間は設けられていたりするのでしょうか?
そうじゃないと少し酷な気がします。


HPを見ると学費の償還額は勤務期間に応じるとあるので7年とか自衛官として勤務すると償還額もかなり少なくなりそうですね。
Posted by ゆうや at 2017年07月30日 19:17
ゆうやさん、初めまして。

>勤務が出来ない場合は猶予期間は
途中で休職などがあっても、自衛官としての実勤務が合計で9年間になれば返還義務は無くなります。

ただし、この9年間には初任研修や専門医研修も含まれますので、実質5年以下しか医官としての勤務はありません。 これは私などからするとちょっと “?” のところではありますが。

もちろん途中退職時の返還額は勤務期間に応じて減額されます。
Posted by 桜と錨 at 2017年07月31日 08:51
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