2015年06月02日

『大空への追想』 連載終了に際して


連載してまいりました日辻常雄氏の回想録 『大空への追想』 が263回をもちまして終了いたしました。

連載冒頭に申し上げましたように、本回想録は海自部内誌に3年にわたり掲載されたものを、その後部内において1冊に編集し直したものを元にしております。

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本回想録は、前半の太平洋戦争終戦までが昭和58年になって今日の話題社から 『最後の飛行艇』 というタイトルで出版されました。

しかしながらこれは商業出版上いたしかたないとはいえ、本来の “大空への追想” とは異なった趣きになってしまい、単なる戦記ものであるといえます。

部内誌であったとはいえ、日辻氏の想いをこのまま日の目を見ずに終わらせることはなんとも勿体ないことであり、元々の本回想録の全容を後世に伝えるべく、私の独断と責任において本ブログでご紹介することにしました。

特に、後半の戦後の海自飛行艇部隊誕生のことや、戦時中の知られざる史実などは、初めて公になるものでしょう。

“こういう事実もあったのか” ということで少しでも興味をお持ちいただき、また日辻氏の想いを感じ取っていただけましたならば、本ブログで公開した意義があると思っております。

なおブログ掲載にあたり、読みやすさを考慮して段落・文節や文体などを多少変えております。 それによってもし著者の文意が正しく伝わらないことがあるとすれば、それはひとえに管理人の責任であり、ご容赦ください。

またお読みいただくための一助として、適宜注釈、写真、地図などを加えております。 ご参考になりましたならば幸いです。


最後に、日辻常雄氏のご功績に対し敬意を表し、以下にそのご経歴を紹介いたします。

 
昭和 8年 4月 1日  海軍兵学校入校 (64期)
12年 3月25日同  卒業
11月 5日戦艦 「伊勢」 乗組
13年 3月10日任海軍少尉
8月 1日飛行学生
14年 2月 1日館山航空隊
6月 1日任海軍中尉
8月15日舞鶴航空隊
11月15日佐世保航空隊
15年 5月 1日特設水上機母艦 「神川丸」 乗組
16年 4月 1日佐世保航空隊 (飛行艇講習)
5月15日任海軍大尉
6月16日東港航空隊
8月 1日同 分隊長
17年 5月26日横須賀鋲守府付 (横病入院)
6月27日佐世保航空隊 教官
9月25日東港航空隊 分隊長
(11月 1日八五一航空隊に改称)
18年 3月15日同 飛行隊長
19年 2月25日詫間航空隊 飛行隊長
4月 2日航空技術廠飛行実験部
9月 1日横須賀航空隊飛行審査部
10月15日任海軍少佐
10月27日八〇一航空隊 飛行隊長
20年 4月25日詫間航空隊 飛行隊長
11月27日復 員
 
昭和29年 6月 1日海上警備隊 三等警備正
7月 1日三等海佐
7月 9日海幕防衛部 防衛課航空班
10月16日鹿屋航空隊派遣勤務 (第4期幹部操縦講習)
30年 5月 1日鹿屋航空隊付
8月16日二等海佐
9月16日第1回IFR講習
10月 2日JRF講習
12月16日鹿屋第二航空隊 九十一飛行隊長
31年 3月22日大村航空隊 九十一飛行隊長
12月 1日PBY講習
33年 3月 1日鹿屋航空隊 教育部長
12月16日鹿屋教育航空隊 副長
35年 8月 2日一等海佐
12月16日幹部学校学生
36年12月16日大村航空隊司令
40年 4月16日海幕防衛部付
11月16日第四航空群司令
42年 1月 1日海将補
12月16日海幕防衛部付
43年12月31日退 職


この記事へのコメント
貴重な連載、大変有難うございました。毎回々、ある時はわくわくしながら、ある時は胸が苦しくなるような思いで待っていました。
安直なコメントは許されませんが、戦時下の指揮官として、人間としての日辻氏の偽りのない心の手記に深く感銘致しました。
特に、慰霊祭での「慰霊の辞」には日辻氏の万感の想いが込められ、心が震えました。
私事ですが、昭和40年代に私の父も多くの部下を失った「ロタ島」への慰霊の旅を終えた時、それまでとは違った顔の表情になったことを思い出しました。
日辻氏同様、戦争という極限状態の中で、黙々と己の責務を果たされた多くの先達に、戦争の良否を論ずる前に先ず感謝したいと思います。

この回想録を公表していただき有難うございました。
Posted by 古屋 勤 at 2015年06月05日 09:42
古屋さん、コメントありがとうございます。

日辻氏のこの回想録に込めた想いをお酌み取りいただき、管理人としても公開した甲斐があるというもので大変に嬉しいです。

Posted by 桜と錨 at 2015年06月05日 11:20
貴重な資料をアップしていただき、誠に有り難うございました。

私は、最初に乗った旅客機がDC-6Bのぽっとんトイレで、中学高校でも、授業中に窓からPS-1をいつも眺めていた、皆が飛行機大好き少年だった世代ですので、特に後半の初公開部分が、とても興味深かったです。

折角ここまでお纏めになられたのですから、紙での出版は難しくても、是非キンドルなどの、電子出版をしていただければ、とても有り難いと期待しています。日本では存じまでんが、米国ではキンドルのみの出版(例えばUSSサンフランシスコの「Making a Submarine Officer」など)も多いようです。

私のクラスメイトには、航空大から日航の機長になったのから、まだボーイングで作っているのやら、スター・フライヤーを設立したのまで、いろいろとおります。私ども劣等生は、もっぱら模型飛行機(昔はロケッティなんかも)や、年がいもなく、このような貴重な資料を楽しませて頂いております。

もしも可能でしたら、PS-1の暗い部分(満たさなかったMILスペックの多さや、配属が決まったパイロットが次々に辞めて行った噂など)の、素人には伺いしれない都市伝説についても、コメントを加えていただければ、もっと面白くなるかもしれません。

ぜひ、電子出版などを期待致しております。今後とも、何卒宜しくお願い申し上げます。
Posted by 少年タイフーン at 2015年06月23日 14:13
少年タイフーンさん

日辻常雄氏の回想録の連載は、商業出版物として出された前半部分だけでは氏のこの回想録に込めた想いが伝わらないと考えますし、そしてそれが広く一般の方々に、そして後世の人々に知られないまま、過去の海自部内誌のものとして埋もれてしまうことを心から残念に思ってのことです。

このためここと連載の冒頭に書きましたように、現在の著作権保有者及び版権者などには断り無く、私の責任において独断でネット公開しております。

従いまして、電子出版などについてその権利・権限は私にはありませんので、ご提案のようなことは出来ませんし、また考えてもおりません。

Posted by 桜と錨 at 2015年06月25日 21:29
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