2015年05月31日

大空への追想 (263)

著 : 日辻常雄 (兵64期)

第8章 海軍飛行艇隊の霊よ安らかなれ (承前)

神官の御霊昇天の音声で壮厳な慰霊祭は無事終了し、神官の退場と入れ替えに呉音楽隊が静々と入場して来た。 これから追悼式、献花に入る前の一時をぬって音楽隊長の指揮棒一閃、壮重な軍楽が響き渡り、沈みがちな式場の空気を一変させてくれた。

しかし今日はお祭りではない。 曲目はすべて我が胸を打つものばかり、「予科練の歌」 になると、もう総員の顔がくしゃくしゃになっていた。

追悼式に入り、音楽隊の奏楽裡に一同敬虔な黙祷を捧げる。 あの友、この友の笑顔が浮かんできて涙がとめどなく流れてくるが、拭ういとまもなかった。

最後に “同期の桜” の合唱になった。 神殿から御霊達の歌声も一緒に混じっているような気がしてならない。 こみ上げてくる感情も涙の声もともに合唱の中に皆消されていった。

最後は詫間基地の海に花束を投げて、亡き戦友の冥福を祈ることにした。

1730、飛行艇の第三スベリ跡に集合した。 ここにあった3つのスベリから飛行艇隊は出撃していったのである。 梓特攻隊員も第一スべリから出ていった。 基地の海は青く静かに広がっていた。

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かつて二式大艇が波を蹴たてていた発着海面には、漁船が数隻操業していた。 3つのスべリの遥かかなたには、水平線がくっきりと浮かび、間もなく日没を迎える西の空にはあかね雲がたなびいて美しい影を基地の海に宿していた。 夕日が既に水平線上にかかって、基地の海はまことに美しかった。

音楽隊の奏でる “海ゆかば” の曲が静かな海面上に流れてゆく。 静かに菊の花を投げて敬度な祈りを捧げた。 あちこちから起こるすすり泣きが耳にしみる。 静かに沈みゆく夕日は、あたかも飛行艇戦没者の御霊にも似て壮厳であった。

“海ゆかば” の曲の余韻が消え、真っ赤な夕日が姿を没するとともに慰霊祭のすべての行事は終了したのである。


この日は総員詫間町に宿泊の計画であり、1800 から憩親会に入った。 式典とは違ってリラックスはしたが、慰霊祭とはまた異なった感情の波に襲われた。

総員が在天の御霊と共に乾杯はしたものの、飲んだり食べたりロに入れることよりも、口から飛び出す思い出話の方が先行した。

本日天候に恵まれ、すべての慰霊行事を壮厳裡に順調に進め得たのは、在天の御霊の加護があったからこそと誰もが感謝した。

今まで民間の慰霊祭において、伝統を引き継ぐ飛行機が慰霊飛行を行い、軍楽隊が奏楽するような壮厳な式典が果たしてあっただろうか、海軍飛行艇隊もって瞑すべしである。

今日一日を振り返って見た時、私は再び31年前の飛行隊長に舞い戻ってしまったような錯覚に陥っていた。 31年目に会ったあの顔、この顔、私の脳裏に残っているのは当時二十五才前後の若鷲の顔だけであった。 白髪を混じえて初老の域に踏み込んでいる今の顔が名前と一致しない。

開戦後間もない17年2月15日、自爆と断定されて戦死公報を受けていた4名の搭乗員 (特別手記第3話) のうち2名もこの慰霊祭で初めて顔を揃えたのである。

私を見つけたとたん 「分隊長ッ」 と一言、わッと泣き出してしまった。 何も語れなかった。 35年間、彼らの心中に秘めていた一切のものが涙で表現されたのである。

あちこちに感激のシーンが展開され、いつ果てるとも分からなかったが、各宿舎でそれぞれの計画があるものと考え、2130 閉会とした。

飛ぶ鳥跡を濁さず、閉会が宣せられたとたん、式場は誰が命令するでもなく見る間に整然と片付けられた。 そして甲板洗いの要領で広い板の間を拭い、見事にあと始末をして市の係員を驚かせてしまった。 海軍躾教育の権化とでも言うか、海軍の伝統は30年後もなお立派に生きていた。


慰霊祭の翌17日、残務整理を済ませてそれぞれ故郷に散っていった。 懇親会終了後詫間の町はさぞ賑わったことだろうと考えていたが、これは私の全くの誤算であった。

前述のように私は30年前の若鷲を考えていた。 飲むほどに、酔うほどに、勇気百倍、特別外出の申し出やら、喧嘩やらの時代を想像していた。

よく考えてみれば今や五十才の峠を越し、慰霊祭中涙の流れ放しというような者がほとんどだったのである。 苦しかった戦の思い出は一夜で語り尽くせるものではなかった。 飲みに出るどころか寸刻を惜しんで語り合っていたのである。

帰る車中で眺めた瀬戸の島々、美しい海原、私の頭の中に残ったのは、式典の感激と、夕焼けの基地の海に流れていった “海ゆかは” の曲だけであった。

生存者の努めとしてやるべきことは山ほどあるが、31年目になし得た慰霊祭、それは課題の一つを解決したものとして、何か肩の荷がおりた感じを覚えさせる。


“大空への追想” を書き続けることによって、私は戦争の渦中における海軍飛行艇隊の姿を私なりに甦らせて来た。 そしてこの慰霊祭によって一層それを強く心の中に浮かび上がらせることができた。

海軍飛行艇隊の慰霊祭記事をもって “大空への追想” を締めくくることにしたい。

最後にこの慰霊祭を盛り上げていただいた岩国 PS-1 と呉音楽隊の御協力に感謝するとともに、海上自衛隊の限りなき発展をお祈りする次第である。


( 『大空への追想』 完 )


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