2015年05月25日

大空への追想 (262)

著 : 日辻常雄 (兵64期)

第8章 海軍飛行艇隊の霊よ安らかなれ (承前)

「 祭文奏上、委員長 」

と告げる司会者の声に、私は夢から覚めたように席を立った。 いよいよその時が来たのである。 一か月前から書きあげ読み直し、6分間で読み終えることにしており、一言一句たりともこれ以上省略できないものになっていた。

“落ち着けよ” と自らを励ましながら神前に進んだ。 会場一杯の人等全く限中に入らなかった。 在天の御霊達が一斉に手を伸ばして私を迎えてくれるような気がする。

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( 原著より  祭文奏上中の著者 )

静まり返った式場に祭文が流れてゆく。 読んでいるうちに、もう一人の自分がこう叫んでいた。

「 今、神前で亡き戦友に呼びかけているんだ。 平然として続けてゆけ、決して声をつまらせてはならんぞ 」

しかし祭文の中に、これだけは読まなければならないという次の部分があった。

『 詫間基地発進時の光景を思い出すと感無量である。 「気をつけて征けッ」 「征きます」 と交わし合った短い言葉が今生の別れ、「征けッ」 と命じたこの隊長も、 −散る桜、残る桜も、散る桜− の一句を口ずさみながら笑みを浮かべて見送ったのである 』

この段になると何としてもこらえきれなくなった。 涙がとめどなく出て来た。 思わず声がつまってしまった。 式場からもすすり泣きが聞こえていた。

一呼吸して一挙に最後まで読み終えて委員長としての大役の一つは済ますことができた。


〔原著追記〕 : 慰霊の辞 (祭文)

謹んで在天の海軍飛行艇隊搭乗員の御霊に申し上げます。

顧みますれば昭和16年12月8日、太平洋戦争勃発するや、帝国海軍飛行艇隊員として勇躍国防の第一戦に進出し、東はハワイ、西はインド、南は濠州、ソロモンから北はアリユーシャソの全海域にわたり、その長大な機動力を発揮して、飛行艇ならではなし得ない行動をくり広げたのであります。

しかしながら一億国民の死闘も空しく、昭和20年8月遂に無念の終戦となり、それとともに70年間の栄光に輝く帝国海軍も世上からその姿を没し去りました。

国敗れ、海軍消えて廃墟の中にただ茫然自失していた私どもの上に、生活の苦しみは容赦なく襲いかかってまいりました。 のみならず心なき人々は敗戦の責任を我々軍人に帰し、その家族や遺族にまで累を及ぼしたのでありますが、今はただ頭を垂れ、耐え難きに耐え、忍び難きを忍んで生活の再建を図るばかりでありました。

この大戦を通じ、私達は数多くの隊員を失いました。 杖とも柱とも頼むお子様や兄弟、或は夫や父上を失われた御遺族の方々の悲しみや苦しみは、如何ばかりであろうかと、まことに慙愧に耐えないところであります。

さて終戦このかた、年移り月変わってここ三十有余年、お互いにようやく立ち直ることができ、当時未だ幼かった子供達もすでに成人いたしましたが、ふと気がつけば私達もいつの間にか頭には労苦のあとの白髪を見、顔には辛苦を物語るシワを認めるようになりました。

帝国海軍飛行艇隊は横浜航空隊に発祥の源をおき、東港航空隊、第十四航空隊、第九〇一航空隊ならびに輸送部隊、教育部隊に分かれてその任を全うしてまいりましたが、最後の戦線縮小の段階にあたり、詫間航空隊飛行艇隊に総力を結集し、その最後を全うしたのであります。

詫間基地における当時の死闘を偲べば、万感胸にみちて言葉では言い表わせません。 指揮所の神棚に拝礼して毎晩出撃する隊員に対し 「気をつけて征け」 「征きます」 と交わし合ったあの短かい言葉が、皆さんとはこの世における最後の別れになったのであります。 「征けッ」 と命じたこの隊長も、

「 散る桜 残る桜も 散る桜 」

の一句を口ずさみながら、笑みを浮かべて出発してゆく皆さんを見送っていたのであります。

今回最後の一隊となった詫間飛行艇隊の隊員一同が相図り、生き残った者の務めとして、最後の作戦基地となったこの詫間において、厳かに慰霊祭を執り行うことにいたしました。

今ここには、共に戦った戦友達が集まっております。 詫間市民の皆様も集まっておられます。

幽明境を異にされた在天の皆さんに呼びかけ、共にありし日の面影を偲びつつ語り合いたいと念ずるものであります。 何とぞ私どもの志を受けて下さい。

祖国日本は廃墟の中から立ち直り、今や驚異的発展をしつつあります。 祖国の不滅と民族の興隆を祈念しつつ、国家のために身命を投げ出された皆さんの願いはここに実現を見たのであります。

しかしながら発展の陰には国民精神の弛緩、思想の混乱、社会不安の増大等があり、他方日本を取り巻くアジアの情勢は激しく流動を続け、日本に対する諸外国の態度は厳しさを増しております。

この時にあたり、私達はますます結束を固め、御遺族の方々と相携えて祖国の平和と発展に微力をつくし、皆さんの御遺志にこたえる決意であります。

在天の御霊よ、安らかに鎮まりますとともに、御遺族ならびに私どもの行手を護り導かれんことをお祈り申し上げます。

  昭和51年10月16日
           詫間海軍航空隊
           飛行艇隊隊員一同

(続く)

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