2015年05月23日

大空への追想 (261)

著 : 日辻常雄 (兵64期)

第8章 海軍飛行艇隊の霊よ安らかなれ (承前)

明けて10月15日は快晴、早朝から会員が続々と集まって来た。 いずれも30年ぶりの対面であり、何本手があっても間に合わないくらいの握手攻めにあった。

1430、約束の時刻どおり PS-1 が爆音を押し殺すように静かに式場上空に進入して来た。

二十五才の若鷲の面影こそないが、白髪を混えた旧搭乗員達は一斉に上空を見上げ感涙にむせびながら手を振った。 30年前の昔、かの二式大艇の姿を見覚えている詫間市民も一緒に拍手を送ってくれた。

低速低空で慰霊飛行にふさわしいこの日の PS-1 は、かつて二式大艇を駆使した老鷲達の頭の中に、詫間の海を蹴立てて飛び回った想い出を呼び起こさせてくれた。

同時に新しい時代の国防の任を背負って羽ばたく岩国隊員に対し “あとは頼むぞ” と声なき声援を送ったのである。

PS-1は数回にわたり、いろいろの姿勢で飛んでくれたが、やがて翼を振りながら西の空に消えていった。 しばしの興奮にかり立てられながら一同着席し、開式を待った。

神殿は垂れ幕で覆われ、新明和から特別飾られた二式大艇と九七式大艇の大型模型が、飛行艇隊の慰霊祭にふさわしい雰囲気を醸し出していた。

1500 開式宣言とともに幕があげられ、白木の祭壇の中央には “大艇隊の御神霊” が飾られていた。 この御神霊こそ、あの大戦中飛行隊指揮所の神棚に祀られていたものである。

部隊解散の時、私は涙の別辞の中で

「 出撃ごとに搭乗員が拝礼していたこの御神霊は、再び諸君と相まみえるまで、この隊長が預かっておく 」

と固く約束したものである。

あれから31年間、私は大切に我が家の宝物として保管してきた。 私が自書した銘牌を、湊川神社に持参して入魂していただいた由緒あるものなのである。

それが今日初めて慰霊祭の神殿に飾られた。 まことに感無量の一言に尽きる。

式が始まってからの私の頭には、三十余年前の激戦の場面が次から次へと浮かんで来て、とても冷静を保ち得なかった。

神官の祝詞が神々しく式場の隅々まで響き渡った。 祝詞の内容は一般的のものとは異なり、飛行艇隊督戦の模様がこと細かに盛り込まれており、12分間も続く名文であった。
(続く)

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/133458298
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック