2015年04月17日

大空への追想 (252)

著 : 日辻常雄 (兵64期)

第7章 特別手記 (承前)

    第3話 奇跡の生還 (承前)

〇 死闘は海から陸に移った

筏は風に流されながら島の海岸に接近した。 海がよく澄んでいた。 下を見ると非常に浅かった。

“これなら歩けるぞッ”  みんな飛び込んだが、長い間漂流していたため、2〜3歩歩いたらふらふらと海の中に倒れてしまった。

後で気がついたのであるが、この辺の海岸の水中には鉄の網が張ってあり、絶えず動いていた。 何のためかは分からないが、筏のモヤイ索をこの網に縛りつけておくと、網と一緒にひとりでに陸上に引き揚げられてゆく。 みんな筏にぶら下がったまま、自然に接岸し、遂に数日ぶりに泥沼の底のようになった土を踏んだ。

早速筏は敵の目から逃れるために、マングローブの曲りくねった根っ子の間に突っ込んで隠しておいた。

足がいうことをきかなかった。 這うようにして上陸前に白く見えていた砂浜を目指して必死に進んでいった。

何の木か分からないが榊の葉のような線色の葉が目についた。 何も考えずにむしゃむしゃ食べた。 砂浜には胴の丸い小さなカニが無数に這いまわっていた。 これを手当たり次第に捕らえて口の中に放り込んだ。

水が欲しくてたまらない。 天の恵みか、蓋のない赤いチンケース (tin case) があった。 大分古いもので、底の方に赤いサビが沈澱していたが、上澄みの水を手ですくいながらみんなで分けて飲んだ。 何とも言えない美味さである。

気がついてみるとものすごく蝿が多かった。 海上では全く気がつかなかったことだが、傷口がすっかり乾いてしまって膿が溜まり、蝿が群集して痛くてたまらない。 そのうちすごくかゆくなってきた。 よく見ると蝿が傷口に卵を産みつけるのでうじが湧いていた。

上陸後第一夜を迎えることになった。 草の上に大の字に寝ころんだ。 波にゆられながらの筏の中にいる時よりは安定しているが、体は絶えずふわふわと揺れている感じである。 間違いなく大地の上なのだ。

南十字星が実に美しく見えた。 沖の方では探照灯の光だが何本も煌めいている。 防空演習でもやっているのであろうか、それとも夜間爆撃の日本機でも追い回しているのだろうか。

蚊の大群に襲われてとても眠れない。 何時間過ぎたのだろう。 天空の星座は全く動いていない。 地球の自転が止まったような気がする。

いつまでも長い長い夜が続くように思えたが、とろとろしているうちに朝が来た。 小鳥がさえずり出した。

いろいろ考えてみたが、やはりこの島はバザースト島らしい。 土人にでも会ったら何とか原隊に帰る方法を研究して頼もうと考えていた。

海岸に沿って北に進む。 昼が来て夜がまた来る。 満天の星を眺めながら草の寝床に夢を結ぶ。 今日で空戦後14日間になる。 希望なき漂流と陸地の放浪により、いかに強靭な海鷲といえども体力と気力は既に限界に達していた。

5人の中でも高原、沖本の両名は衰弱がひどかった。 いくら歩き回っても海岸に出られそうになくなった。 強烈な太陽に目を射られながら丘を歩き、暗いジャングル内を彷徨ったが、傷ついている足では耐えられなくなってきた。

やっと小さな川を見つけて水を飲み、カニを口にすることができたが、とうとう歩けなくなってしまった。

“ ここまでがんばったが、今日は二十数年の俺の人生の終わりだ。”

と高原兵曹は遂に観念した。 死を覚悟すると不思議に恐怖心も消え去った。 浅い小川の泥の上に座り込むと、そのままま意識が朦朧としてきた。

「 高原兵曹ッ、高原兵曹ッ、しっかりしろ、頑張るんだッ 」

眼の前で他の4人が大声で励ましながら、高原の手を引っ張った。 どうしたのか、不思議に気がとり直せて立ち上がれた。

枯れ枝を拾って杖にした。 体を曲げたり、回したりしながら口の届く限り乾いた傷口を舐めた。 うじを食べてみた。 実に美味かった。 これ以来傷口のうじを食べるのが楽しみの一つになった。

内陸部に入ってからは、水も食べ物も何一つなくなったため、北進を諦めた。 体中が痛む、休みたいが休んでいたところで救援隊が来るわけでもない。 休んだが最後、立ち上がれなくなりそうだ。

蘇鉄の木がやっと見つかった。 梅の実くらいの赤い実が20個ほどなっていた。 早速5人で分け合って食べてみた。 ところが一人がたちまち腹痛を起こして血を吐いた。 毒がある。 これ以来蘇鉄の実は絶対食べないことにした。

どうやら総員、体力の限界が来たようである。 刻々と体力の消耗してゆくのが、はっきりと分かるようになってきた。

彷徨い歩いているうちに、天の恵みか、水量の多い川に出た。 幅30米くらいの川である。 水は高きより低きに流れる。 この川を流れてゆけば必ず海に出るはずである。

水深は1〜2米ほどである。 泳ぐ必要はない。 5人とも落ち込むように川に入って流れ出した。 川の中に漂流する大きな古木につかまって、各自離れないようにした。

途中原始林や潅木の間を通過したり、鬱蒼たる密林の中で両岸から巨木の枝や薬が絡み合って真っ暗なトンネルを作っているところを通ったりした。 生への執念も消え失せ、流れにまかせての旅は、珍しいものばかりが目についた。

マングローブの湿地の奥深い林も通り抜けた。 大きな木登り魚に驚かされた。 ある者はワニを見たが、みんなを驚かさないようにと思って黙っていた。

どのくらい流れたのだろうか、木の間から空が突然開けたと思うと、すぐ真っ暗なトンネルの中に入る。 これを繰り返しながらやっと河口に出た。

日光がまぶしかった。 海が見えた。 本当に嬉しかった。 例の丸いカニがいた。 貪るように食べた。 眠くてたまらない。 日差しが強いので、川で濡れた防暑服はたちまち乾いてしまった。

杖を両手に握りしめて熱砂の上を彷徨い歩く、ロをきく者もいなくなった。 目がかすみ、意識が朦朧としてきた。 今度こそ死期が迫ってきたことを感じた。
(続く)

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