2015年04月14日

大空への追想 (251)

著 : 日辻常雄 (兵64期)

第7章 特別手記 (承前)

    第3話 奇跡の生還 (承前)

〇 島だぞッ、本当の島が見えた!

2月19日漂流開始後四日目の朝を迎えた。 アラフラ海の朝は朝霧が乳白色に海面を覆っていた。

ぼーっと霞んでいる海上に二本マストの軍艦が現れた。 幻ではない。 日本海軍でもない。 明らかに敵の哨戒艦である。

“敵艦だッ”  この時初めて捕虜という言葉が思い出された。 捕まったらおしまいだ。 軍人としての羞恥心が湧き起こった。

海にみんな飛び込んで息をこらし、空っぽのボートに見せかけようと頑張った。 幸いにも敵の目にはとまらなかったらしく、近よらず反転していった。

命拾いをしたと思っていると、約一時間後、再びこの艦がやって来た。 今度こそだめだ、海の中で観念していたが、やはり敵艦はUターンして行ってしまった。

もう先のない寿命だと思っていたのだが、それでも助かったという気持ちで一杯であった。

太陽が中天高く昇ったころ、友軍中攻隊の大編隊が南下してゆくのを発見した。 この日、第一機動部隊と基地航空部隊が合同し、ポートダーウィンの第一次大空襲が行われたのである。 (17年2月19日、大戦果を挙げている) 約2時間後再び中攻編隊は北に向かって帰っていった。

我々5名は飢えながら漂流している。 余りにも惨めな自分が悲しかったが、それでもみんな手を振って勝利を祝福して見送った。

友軍の機影が空の果てに消え去ると、大きな海原があるだけだ。 大きな赤い太陽が西の海に沈んでその日も暮れようとしていた。

この時である。 前方遥か彼方の水平線上に島が見えた。

「 島だッ、島が見えるぞッ 」

雲ではない。 確かに島だ。 しかし暮れかかった海原の中にやがてそれも消え去ってしまった。 高原兵曹以外は見えなかったし、幻だと言われてみれば自信はなかった。

空はやがて満天の星が輝き出した。 暗闇の中で5名の飢えた人間は、既に視力も衰え、飢えさえ感じない程になっていたのである。 明らかに精神障害の兆しがあった。 夕方見た島影も、本物だ、いや雲だと二派に分かれてしまった。

“早く夜が明けて欲しい” と筏の中でうつらうつらしていると、何もないはずなのに眼前にボートが迫ってくる。 浅瀬が見えてくる。 “さあ乗ろう” という気になって本当に身を乗り出そうとさえした。

突然天本兵曹が立ち上がった。

「 俺の親父が船で迎えに来たぞッ、みんな一緒にゆこう 」

叫んだと思うと筏からザンブと海に飛び込んでしまった。 みんなで引き揚げるのに大騒ぎをした。 精神障害が既にここまで進んで来たのである。

東の空が白々の明けて来た。

「 島が見えたぞッ 」

幻の島ではなかった。 本物の島なのである。 筏はなんと島の方に向かって流されていた。

砂浜の海岸線も見えてきた。 どこの島だろう。 平山兵曹が索敵時のチャートを頭に浮かべて考えると、どうやらバザースト島 (本連載第248回の地図参照) に違いない。

Bathurst_Island_Sat_h2704_01_s.jpg
( Bathurst Island  元画像 : Google Earth より )

狂気乱舞する力は既になかった。 しかしみんな活気づいた。 島は見る見るうちに近づいて来る。 太陽がやや西に傾き出していた。 午後3時頃だと思う。 本当に嬉しかった。 その反面、あの島に敵はいないだろうかという心配が起こってきた。

5人は防暑服を着ただけで、身に寸鉄も帯びず、飢えと負傷のまま会敵すればどうしたらよいのか。 その時には敵にしがみついて射たれるまでだ。 捕虜にさえならなければいい、死を選ぼう。 よしッ上陸しよう。 意見は一致した。

椰子の木もあるだろう、バナナもあるだろうと、南方基地の今までのことを想像しながら、とにかく近づいて行った。 しかしすべての目算は外れてしまった。

島の海岸には千古未踏の大森林が昼なお暗く生い茂っていた。 落葉が山積みとなり腐り果てており、全く人の気配は感じられなかったのである。
(続く)

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