2015年04月12日

大空への追想 (250)

著 : 日辻常雄 (兵64期)

第7章 特別手記 (承前)

    第3話 奇跡の生還 (承前)

〇 新たなる洋上の死闘

「おーい」 高原兵曹は叫んでみた。 すると、「おーい」 という声が返って来た。 誰かいる。 

声のする方に向かって泳いでゆくと、あッいた、一人、二人、三人 ・・・・ 全部で6人いた。 (高原、平山、沖本、古川、天本、七島)
 
みんなの顔は地獄の赤鬼のように赤かった。 焼けてただれていた。 古川兵曹の抱えていた物件は幸運にも救命筏であった。

当時はライフボートではなく、底に網を張っただけの1米×3米くらいの楕円形のもので、まわりの浮遊体が、赤と白に塗りわけられており、上空から見ると軍艦旗に見えるようになっていた。

6人は必死にもがきながら、古川兵曹の周りに集まった。 向こう脛に切り傷を受けただけの軽傷の高原兵曹が筏を組み立て、6人が次々と筏の中に入り、畳一枚ほどの小さな網の上により添うようにして腰から下を海水につけ、風の吹くまま、うねりの山に運命をまかせて洋上に浮かんでいた。

パイロット2名の姿の見えないのが悲しかった。 機長は機上で戦死、副操は海面接水時の衝撃で失神し愛機と共に沈んでいったのである。

魔の空中戦があってから数時間経った。 真っ赤な南海の太陽が静かに水平線に沈みかけている。 みんな虚脱したアブノーマルな顔をしていた。

平山兵曹の右掌の皮膚はダラリと剥げていた。 古川兵曹は両手甲、両肘の前部の皮膚が火傷で剥けてしまっていた。 天本兵曹は右太股に盲貫銃創 (現在もそのまま) を受け、七島一飛だけが腹部貫通銃創を受け、実に苦しそうであった。

“ 日本の潜水艦がいてくれたらなー ” “ 友軍機が見つけてくれないかなー ”

お互いに心の中で、期待しても空しいことを念じていたはずだが、誰一人それを口には出さなかった。

頭が痛い。 腹が減った。 南海の海上には真っ暗な長い長い夜がやってきた。 南方の空には、ケンタウルスの二主星を左側に従えた神聖な南十字星が美しく輝いている。 さそり座が頭の上まで大きく広がっており、その中の主星であるアンタレスが特に赤々と輝いていた。

南の国、十字星、憧れて南進を続けてきた我ら日本男児、闘志満々の海鷲だったのであるが、単機の戦闘機に射ち落とされ、翼をもぎとられた哀れな姿で、南半球であるアラフラ海の晴黒の海に漂流しているのだ。 北斗七星も、北極星も見ることのできない南海の果て遠くである。

長い長い第一夜が明けた。 “どんなことをしてももう一度原隊に帰って戦列に戻るんだ” 6人が心に深く誓ったのはこの一言であった。

太陽が上がってきた。 相変わらず頭が痛い。 顔も痛い。 腹が減っても何一つロにする物がない。 海水を飲むとすぐ吐き出して、一層空腹がひどくなる。

北方に飛行機の爆音が聞こえた。 本当に飛行機が見えた。 遠いけれど中攻27機の大編隊である。 後で分かったことであるが、輸送船団発見の翌2月16日、二十一航戦全力による攻撃実施だったのである。

“ 成功を祈るぞ ”

届かぬこととは分かりながらみんで手を振って見上げていた。 この編隊は約2時間後再び北に帰っていった。 アンボン基地に帰るのであろう。 我々は帰ることができない。 みんなの顔には幾筋かの涙が光っていた。

再び長い第二夜がやってきて次の朝を迎えた。 19歳の七島一等飛行兵は遂に永眠した。 さぞ苦しかったであろう。 なんの手当てもしてやれず、ただ 「我慢しろよ」 と声をかける以外に方法がなかったのである。

許してくれ、申し訳ない、誰もが泣いた。 彼の腹の傷は海水につかまったままでどうすることもできなかったのである。

亡骸をどうしようか、みんなで相談の結果水葬と決めた。 水葬といっても、筏の外に出すだけのことである。 海ゆかば水潰くかばね − 供物もなければ読経もない。 ただ合掌して泣いてやるだけが、この際できる精一杯のはなむけなのである。

七島一飛の顔は苦しみ抜いたにしては、静かなあどけない顔であった。 何の悔いもない、清らかな仏さんのような平和に眠っていた。

高原兵曹は持っていたシガレットケースを取り出し七島一飛の髪の毛を数本抜いて収めた。

「 生きていたら必ずお父さんに届けるからなー 」

泣きながら精一杯の声を出したのだが、遂にこのシガレットケースも失ってしまった。 七島一飛の亡骸はしばらく筏のそばを離れずに浮いていたが、やがて南洋の海に沈んでいった。 みんな泣いた。

悲しいその日もやがて暮れた。 三日目、突然小魚が沢山筏のまわりにやって来た。 網の目を抜けて筏の中にまで飛び込んで来た。 各自数匹ずつ手掴かみにしてロの中に放りこんだ。 口の中で暴れていたが実に美味かった。

イルカの大群にも遭った。 白い腹を見せて波のように来襲して来た。 被害はなかったが実に恐ろしかった。

風が出てくると、着ていた防暑服の上衣を繋ぎ、手で持ちこたえながら帆の代用にしたり、スコールが来れば、飛行帽を裏返してわずかな雨水を貯めて渇を癒したものの、こんなことで空腹が満たされるほずもなかった。

次第に目がかすみ、耳鳴りが起こり、頭痛が激しくなって、傷の痛みさえ感じなくなっていた。 そろそろ精神障害が始まり、気が狂い出して来たように感じられた。
(続く)

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