2014年08月18日

大空への追想 (190)

著 : 日辻常雄 (兵64期)

第5章 海軍航空随想記 (承前)

    第6話 よもやま話 (承前)

        その4 栴檀 (せんだん) は双葉より芳し (承前)

(2) 佐世保の “山” と “川”

「伊勢」 の定係港は呉であったが、艦隊だからどこにでも入港した。

佐世保入港中に少尉任官、13年3月10日である。 候補生時代はいわば海兵の続きみたいなもので、外出も自主的に単独行動は避け、外泊も自粛していた。 少尉に任官して初めて士官としての取り扱いを受けた。

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( 原著より  海軍少尉当時の著者 )

当時は佐世保でも呉でも、艦隊入港となれば、軍港都市として一般市民からも歓迎されたものである。 特に夜の街は一般の人々は自粛して、艦隊乗員に譲ってくれた。 有難い次第である。

各軍港にはいずこも同じ海軍専用の料亭があった。 これら料亭は士官室士官 (大尉以上) と次室士官 (中・少尉) に自然区分されていた。

13年3月12日、佐世保に入港した時である。 少尉になって最初の宴会があった。 特短優勝のおかげで、K中佐の御機嫌はまことに麗しく、

「 運用士、今日は俺について来い 」

ということで “川” に案内された。

佐世保の “川” (いろは楼) は士官室以上の巣で、ガンルーム (次室士官) は “山” (万松楼) に集中していた。

“川” に行ってみると、少尉なんてのは見たこともないようなところだけに、中年以上の四畳半方式の酒席に元気一杯の少尉の出現には、ビックリされると共に大歓迎を受けた。

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( 元画像 : 佐世保市公報パンフレットより  「いろは楼」 の戦前の絵葉書 )

正直な話、私は芸者という者を知らなかった。 こんなこと言っても誰も信用しないだろうが、これは事実である。 当時芸者とは偉い女と思っていた。 桂小五郎と芸者幾松だけを知っていたからである。

海兵生活、練習艦隊勤務、青春時代を現代的禅坊主 (初めて陸士との交歓会があった時に陸士の連中が海兵生徒をこう称したのである) で過ごした私達は、芸者とは何者かも知らぬくらい純情だったのである。

したがって初めて芸者からさされる盃を正座して、うやうやしく受け取ったものである。 今思うと穴にでも入りたい気持ちで一杯だ。

K中佐がこんなことを言った。

「 艦内ではどんどん働き、特短を叱咤しながら、若さ一杯で暴れ回っているんだから、外出した時くらいは酒ビタリの馬鹿騒ぎはやめて、静かに盃を楽しんで英気を養うのがよい。 ここは年寄り連中の来る所だが、若い者は遠慮しろという規則は何もない。 これからはここに来るようにしろ。 修養になるぞ。」

これが一人前の士官になって社会学の最初の体験であった。 これ以来私は、佐世保は “川” というように大体年寄りたちの行く所を狙うようになった。


海軍士官の行く料亭の主人には義理人情の深い人が多い。 “川” の主人について深い思い出がある。

16年11月、太平洋戦争必至となり、東港航空隊も出陣祝いをやることになった。 鶏のスキ焼を食べたいという大勢の意見が出たが、台湾ではアヒルくらいしか手に入らなかった。 ちょうど内地最後の連絡飛行があった時、相沢飛行長から特命を受けた。

「 今生の思い出に鶏のスキヤキを食いたい者共の宿願を果たしてやりたい。 今回の連絡飛行は貴様が行け。 “川” の主人に貴様から話せば何とか集めてくれるだろう。 戦果を待っている。 15羽だ。」

一泊の要務飛行では無理と思いながら飛んだ。 土産には東港のバナナをどっさり積んでいった。

佐世保着後 “川” の主人に膝詰めで事情を話した。 出陣の一語を聞いておやじの顔色が変わった。 そして、

「 明朝までに必ず集めておく。 安心して私の家に泊まってくれ。」

と引き受けてくれた。

翌朝、主人はまだ眠っていた。 しかし鶏20羽が毛までむしりとってきちんと準備してあった。 喜んで帰隊できる。 見送りに来た女中が、

「 主人は昨夜から今朝まで、街中を駆け巡ってこれだけ集めて来ました。 東港の皆さんが出陣に際して心残りするようでは申し訳ない。 長い間つき合った日辻少尉 (当時大尉だが、このおやじさんはいつでも少尉と思っていた) に対する餞 (はなむけ) だと言っていましたよ。」

と話してくれた。 私は涙の出るほど嬉しかった。

「 必ず司令に伝える。 さぞ盛大な出陣祝いが出来ると思う。 主人にくれぐれもよろしく。」

海軍料亭主人の一面に触れた話にすぎないが、嬉しい思い出である。 この “川” も主人も既にこの世から消えた。 私に特命を与えた相沢飛行長も、それから2か月後には散華されてしまったのである。
(続く)

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