2022年12月31日

皆さん良いお年を


もうあと2時間足らずで新年です。 毎年大晦日恒例のNHK紅白歌合戦は、最近では全く興味も無く面白さも感じないのですが、流石に娘や孫たちは若いだけあって一生懸命見て笑い転げています。

この後は、年越しそばを食べて、「ゆく年くる年」 を見るかどうかです。


我が家の年越し蕎麦は、こちらに来てからは毎年広島の 「ちから」 さんのです。 こちらでは 「ちから」 さんはお店で食べても取り寄せでも、うどんもお蕎麦も美味しいと有名なのですが、ここの年越し蕎麦は生蕎麦6食分がセットになっており、これににしん2つと味付け揚げ4枚がついています。 私的にはこのにしんを載せたのが好みです。

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今年は娘と孫が帰っておりますので、6食セットのパックを取り寄せておいて正解でした。


それでは、今年もありがとうございました。 皆さん良いお年をお迎えください。

・・・・ と言っても、直ぐに “明けましておめでとうございます” なんですが (^_^)

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牡蠣の殻付き


昼過ぎに音戸で牡蠣の網元を継いでいる甥っ子のところから、今年最後の水揚げで従業員さん達や身内の者用の年越し用に採ったもの、と言って殻つきが届きました。

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我が家は牡蠣が大好きだった家内が何故か残念なことにここ数年前から全く受け付けなくなりましたので、持ってきてくれたのは打ち実はなく、殻付きもそれ程沢山ではありません。

が、娘や孫は食べる (食べれる) のかどうか判りませんので、もし食べなければ私一人で独り占め。

広島も牡蠣の産地ですが、音戸産は湾内とは違い瀬戸の潮の流れが強いので身が締まった甘いものが採れます。 これの殻つきを焼いたものは最高なんです ・・・・ ルンルン (^_^)

( 追 : 結局、夕食の時に末娘が5個ペロリで残りは全て私が。 日本酒と良く合いますし、殻の中の汁と一緒にゴクリとやると最高です。 美味しかったです。)


で、義姉が陶芸教室で作ったものといって新年の干支のウサギ (らしい) を一緒に持ってきてくれましたので玄関に。 この靴箱の上も大変賑やかです (^_^;

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年越し準備 カレンダー


大晦日になりましたので、私の仕事部屋のカレンダーを来年のものに替えました。

毎年同じものを同じ位置に飾りましたが、やはりこれらはこれでなくてはと思っています。

月ごとの大判の写真のものは海人社さんからいただいたもの。 流石に専門の出版社さんだけあって大変に綺麗な写真集で、海上自衛隊の広報用のものよりは見栄えが良いです。

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そして机の前のモニターの上には海上自衛隊の卓上カレンダー。 これは月ごとの日にち欄に予定などの書き込みが出来ますので、目の前にあると便利です。

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そしてサイドには艦船・航空機のイラスト入りの大判の1枚物。 これは段々人気が出て希少価値になってきました。

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あと、海人社さんの卓上カレンダーもいただきましたが、これも大変綺麗なものですが、残念ながら書き込みができませんので、毎年居間に飾っています。

海人社さん、海上自衛隊さん、ありがとうございます。

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2022年12月30日

賑やかになりました


昨夕、思っていた時間より早く娘が孫娘を連れて帰ってきました。 これで女5人 (ニャンコも含めて) と男は私1人の計6人。

先に帰ってきている末娘と家内との3人で、いつもの小さな魚屋さんで作ってもらったお刺身盛り合わせの半分で簡単な夕食を済ませて待っていましたが ・・・・

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帰ってくると夜中はまたまた家内と娘達の宴会になるだろうと、つまみとしてこのお刺身の半分をとっておいたのですが、二人とも予定より早かったので夕食はまだということでしたので取り敢えずと出しましたら、娘とお米大好きな孫娘の二人でこれをおかずにあっという間にたいらげてしまいました (^_^)

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このお刺身盛り合わせ、昨日家内と一緒に顔を出してから若大将が仕入れてあるお魚の中から活きがよく美味しそうなもの自分で選びながら捌いて作ってくれたものです。

いつも通り全く文句のない美味しさです。 出来るだけ良いものを、という職人気質のプライドですね。


で、今日は既に女4人揃って街中にワイワイやりに出掛けましたので (男の私はとてもではありませんがこういうのにはつき合いかねます)、我が家でニャンコの小春とお留守番です (^_^;

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2022年12月29日

家内と買い出しに


だんだん年が押し詰まってきましたので、今日は家内と年越し用の買い出しに。

これまた日付が替わる前ごろに長女が孫を連れて帰ってくる予定と言っていますので、大晦日〜元旦は久しぶりに我が家も賑やかになりそうです。

長女は元々アルコール大好きですので、まあこれくらいあれば、と。 (辛口・濃厚の1本は既に末娘が飲んでしまいましたが (^_^; )

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食べ物 (つまみ) もたっぷり、そしてまだ未成年の孫用にはこちら特産のミカン 「いしじ」 をたっぷり用意して。


それにしても、今日で市場などはおしまいなのですが、呉の街は全く人通りがありません。 こちらに来た当初は、それでも29日は年越し用の買い出しでもう少し人出があったような ・・・・

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2022年12月28日

ロースト・チキン


年もだんだん押し詰まってきまして、巣ごもり状態とは言いながら流石に (気持ちだけは) アタフタしております。

いささか旧聞になりますが ・・・・

25日 (日) の夕方、家内がクリスマスなんだからチキンくらいはそれらしいものをと言って買い出しに。

売れ残りの出来合いのトリ足を買ってくるのかと思っていましたら、ちゃんとお肉屋さんから生のものを2本仕入れてきまして、有り合わせのお野菜と一緒に焼いてくれました。

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やはり出来合いのものよりは流石に格段に美味しかったです。 まあ、長年連れ添ってきた古女房と言うのはありがたいものです。


で、そうこうしているうちに、昨晩、日付が替わる直前になって末娘が帰ってきました。
そして帰ってきた早々昨夜は夜半過ぎまで家内と二人で飲み会をやっていたそうです。 私の仕事部屋に置いてあったパソコンをしながら夜お茶と一緒にポリポリする時のために買い溜めしておいたものも全てつまみに供出させられまして (^_^)

元々末娘はアルコールはほとんどダメなはずだったのですが、最近は仕事場でも宴会部長をかって出ているそうで、帰ってくるなり “日本酒の美味しいのが飲みたい” と言い出し、キャビネットの上に年越し用に並べてあった千福の辛口・濃厚のボトル1本を勝手に開けて ・・・・ まあ、いいか。

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2022年12月25日

公刊 『海上自衛隊二十五年史』 章追加!


先週1週間はプライベートな出来事により、本家サイトの更新だけはしましたが、本ブログ及び談話室でそれをお知らせする余裕がありませんでした。 何とか元の生活に戻ってきたところです。

先週の第2章 「警備隊時代」 及び第3章 「海上自衛隊創設時代」 に引き続き、公刊 『海上自衛隊二十五年史』 の第4章 「1次防時代」 及び第5章 「2次防時代」 を追加公開しました。

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(因みに、この写真の先頭を行く指揮官は “ミスター海上自衛隊” と言われた防大1期の鈴木信吉氏です。 顔・スタイルも良く、人格・識見に優れ、将来を嘱望された私の信頼する先輩の一人でしたが ・・・・)

既にお断りしてありますように、全体を通しての各章ごとのレイアウトの整合はまだしておりませんし、未修正部分などが残っているところがあると思いますが、これらは行く行くはやっていくこととし、取り敢えず資料編も含めた全ての公開を目指したいと考えております。

とは行っても、この公刊『海上自衛隊二十五年史』は、ネットや出版物などにはありませんし、いまだに海上自衛隊そのものが公開するつもりはないようですが、ご覧いただいているように、秘密に関するものは全く無く、かつ海上自衛隊創設期からの歴史に関する“公式文書”です。

ご覧いただいてお判りいただけると思いますが、本来この内容は血税を使ってきた防衛省・海上自衛隊が国民に対してその実績・実態を説明しなければならいはずのものです。

そして、ネットなどに氾濫する単なる “面白可笑しく、見かけさえ良ければ” ではなく、少なくとも海自の初期についてはまずはこの二十五年史の内容を基礎とし、それからのものである必要があります。

posted by 桜と錨 at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 海自のこと

2022年12月24日

Xマス・イブ、ですが


今日は家内が雪の状況を見ながら昼過ぎの新幹線に乗って帰ってきました。

途中大した遅れも無かったようで、夕方遅くなって我が家に着いたのですが、(一週間で) もう疲れたといって、夕ご飯は広島駅で買った私の好物の 「むさし」 さんの唐揚げおむすび弁当。

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これは電車の中でビールを飲みながらには最高なんですが ・・・・ でもまあ、チキンがついているので、Xマス・イブにはまあこれでも良いか、と (^_^)

でもやはりケーキが無いと、と言って家内がわざわざ近くまで売れ残りのもの (と私が言うと “ちがう、失礼な!” と怒るのですが) を買いに行ってくれました。

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老夫婦二人とニャンコ一匹のささやかなXマス・イブです。

家内が帰って来たので、我が家のニャンコもなんとなく嬉しそうです。 今晩からしばらくは、私は一人でゆっくり寝れそう。

でも、やっぱり朝5時頃には 「チュール!」と耳元で鳴きながら顔をナメナメしにくるんだろうなあ。

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2022年12月23日

雪景色


今朝はシーズン始めての雪景色となりました。

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我が家の団地は山の中の盆地にありますが、中国山脈を越して来る北風は寒いですが空っ風が多く、毎年シーズン中は年に2・3回程しか積もることはありませんし、積もっても数センチ程度です。

しかしながら、年越し前に積もると言うのはこのところ無かったことかと。

昼過ぎには雪は小降りになったのですが、気温が昼になっても−1〜0度でしたので、まだ庭の雪はほとんどが残っていて凍ってきています。

今週は家内が孫の世話のために出掛けていますので、寒いこともあってニャンコの小春と一緒にずっと巣ごもりが続いておりますが、今晩もまた寒いので、ニャンコは私のお布団の中に潜り込んで来るのでしょう。

互いに暖かいのでそれはそれで良いのですが、ただ私は寝返りが打てないので ・・・・

家内は明日夜には帰ってくるつもりと言っていますが、どうなりますことやら。

ただ帰ってくるなら久しぶりにやっとまともな食事にありつけるかと (^_^)

posted by 桜と錨 at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2022年12月16日

寒い 〜


今朝は今期の最低気温の零度まで下がりまして、昼間も5〜6度までしか上がりませんでした。

我が家のニャンコの小春は、私の布団の上で毛布を被ったまま中から出てきません。

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明日も寒いようで、しかも午前中に雨の予報。 雪にならなければよいですが ・・・・


で、先日お話しした我が家の庭のイルミネーションですが、家内がやはり一つではもの足りないといってもう一つ追加です。

賑やかになってきましたが、外の道路側からは見えないので、まあこれでも良いかと (^_^)

チカチカ点滅してますので、上手く写りませんが。

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2022年12月11日

公刊 『海上自衛隊二十五年史』 公開開始 !


本家サイトのご来訪76万名達成記念企画を兼ねて今週の更新として、『現代戦講堂』 において海上自衛隊の 『海上自衛隊二十五年史』 及び 『同 資料編』 の公開を始めました。

http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/JMSDF_Nenshi/JMSDF_25years_Nenshi_official.html

この25年史と言いますのは、昭和56年に海上自衛隊25年史編纂委員会が編纂し、海上幕僚監部から製本版本紙を 「部内限り」 とし、資料編と共に部内全般などに配布したものです。

JMSDF_History25_cover_s.jpg  JMSDF_History25_2_cover_s.jpg

内容は昭和20年の終戦時からの情勢・動向に始まり、昭和27年の警備隊創設以降昭和52年の4次防までに、昭和56年までの動向の若干を加えたもので、内容的にはいわゆる “一般史” で、秘密事項に関わるものは全く含まれておりません。

しかしながら、なぜか海上自衛隊は今日に至るまでこの二十五年史を一般には公開しておりません。 (おそらく、その編纂目的が隊員の歴史理解及び執務参考に資するためとなっている、という言い訳かと推測しますが)

とは言いつつ、『海上自衛隊50年史』 編纂の時に、その50年史と合わせてこの25年史の本紙のWEB版が入ったCDを作成して製本版と共に部内全般などに配布しましたが、このCDは 「木曜会」 (元海将の集まりの会) などにおいても非公式に配っているのです。

このCDには何時、誰・何処に配ったのかを記録するための一連番号などもふられていなければ、取扱い上の注意事項などの記載もありません。

JMSDF_50th_Aniv_CD_s.gif

それなのに何故このWEB版まで作りながら一般に公開しないのでしょうか?

( ただし、CDのWEB版はパソコンでの閲覧・表示専用のソフトをインストールする必要がありますし、各ページも大変に見難くかつWEB表示にしてはレベルが低いので、そのままでは問題が大きいですが。)

この25年史などは、それこそまさに国民の血税を使ってきた国の機関として、その経緯を含めて一般に明らかにしていくためのものとしてその公開は責務であり義務であると考えるのですが ・・・・

残念ながら今のところ、防衛省・海上自衛隊としては今後ともこの25年史を公開する動きは全く見られないようです。

したがって、私が何とかできる今のうちに、私の責任においてこのWEB版CDを元に本紙の文字起こしをして編集し、資料編はディジタル化したものを加工した上で編集たものを公開することにします。

この 『海上自衛隊二十五年史』 は海上自衛隊の経緯・変遷の歴史についての公式なものであり、当時の海上自衛隊について語るときには少なくともこの内容を基礎・基本として押さえたものである必要があります。

ただしこの25年史の内容には、次の点について注意を要します。
 (1) 昭和56年の編纂の時点でさえ既に失われた資料や記録などの文書類がある。
 (2) 秘密に関わる事項・内容については全く記載されていない。
 (3) 官公庁としての歴史文書であるため、現場としての率直かつ忌憚のない意見・
     所見では無く、当たり障りのない文章・表現とされている。

本家サイトで公開しますものは、本紙についてはWEB版CDを基にしつつ文字起こしをし、読みやすいようにA5サイズに14ポイントの文字を使用した他は、元の製本版の構成及び文章はそのままとし、表についてはWEB版CDのものを、写真は製本版からより大きなサイズにしたものとしています。

また 『資料編』 は、カラーの図表が中心であるため、製本版をそのままディジタル化して加工し編集してありますが、サイズが大変大きくなりますので、公開は 300dpi としております。

そして何と言っても、本紙が約600ページ、資料編が約350ページというものですから、とてもではありませんが一度には出来ず、手間暇の合間を見て順次進めることにします。

特に本紙の公開版では各章のレイアウトがまだ十分に統一できておりませんので、この辺はご来訪の皆さん方のご意見を頂戴しつつ、改善を図っていきたいと思っています。

posted by 桜と錨 at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2022年12月09日

庭の木のイルミネーション


年末・年始は娘や孫達が帰ってこれそうな状況になりつつありますので、家内が折角孫が来るなら庭が寂しいからと言って、ホームセンターでイルミネーションの飾りを買ってきました。

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ただ、1セットではちょっと灯りが少ないのと木が高いので、少々不満のようです。 まあ、普段はランタン風のものを幾つか置いてあるだけで庭は暗いので、私としてはこれでも十分ではないかと ・・・・

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後は、玄関にいつもの2mのクリスマス・ツリーを出すかどうかですが、これはニャンコの小春が遊んで倒しそうですのでここ数年は控えておりますので、ちょっと考えどころです。

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2022年12月08日

年は巡る


今日は開戦記念日でもありますが ・・・・ 我が家の庭もいつの間にかこんな季節になっています。 自然とは正直なものですね。

我が家の庭には何故かナンテンの木が沢山植えられておりまして、この時期になると実で一杯になります。

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ナンテンの実は赤のが有名ですが、こんな黄色いもの (シロナンテン) も。

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2022年12月06日

陽豊柿


今年もFBFの方から 「陽豊柿」 をいただきました。 嬉しいです。

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この柿は 「富有柿」 と 「次郎柿」 との掛け合わせの品種で、両種の良いところを持ち合わせたものですが、生産数が大変に少ないのでまさに “幻の柿” とも言われています。

しかしながら、これが大変に美味しいのです。

まだ外皮がオレンジ色の間でも糖度が十分に高く、熟して赤くなると更に甘くなります。

そして大きいですし、何よりもこのオレンジ色のものを食べた時の口の中でのシャキシャキ感がたまりません。 家内も私も柿は熟して真っ赤に柔らかくなったようなものはまず食べませんので、この食感は良いです。

もちろんこちらの八百屋さんやスーパーなどに出回るものではありませんので、その意味でも貴重といえます。

早速家内と二人でムシャムシャやっています。 美味しいですね 〜

ありがとうございます。

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2022年12月05日

イタリアのトスカーナ地方


昨日のTBSの 「世界遺産」 の放送で、イタリア・トスカーナ地方の 「オルチャ渓谷」 が番組表に組まれていました。 楽しみにしていたのですが、残念ながら見逃してしまいました。

その予告編の中で、一際目立つ綺麗な写真がありました。

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これの一番上のもので、Google Earth でこれがどこなのかと探してみたのですが、別の予告編も含めて他の写真の場所は全てすぐに判ったのですが、この一つがなかなか見つかりませんでした。

しかしながら、昨夜になってやっと探し当てました。 ここですね。

Itaria_orcia_R041205_Googl_01_s.jpg

最近の Google Earth、凄いですねえ。 こんなところまで見えるんですから。

ここは 「Farmhouse Poggio Govili」 という宿泊施設になっている農家で有名なところらしいですね。

     https://poggiocovili.com

お金と時間があったら、一度はこういうところに泊まってノンビリして、ワインとチーズを楽しんでみたいものです。

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2022年12月04日

術科史の無い海上自衛隊


やれ創設70周年記念の国際観艦式だとか何だとか騒いでいますが、その海上自衛隊には未だに各術科についての 「術科史」 が (さえ) ありません。

「術科」 といいますのは、海上自衛隊の現場における職種の専門的事項を言い、砲術、水雷術、航海術、機関術、etc. etc. に区分したもののことです。

まあ、“自分で自分の足跡を消しながら前に進むところ” と言われるほどですから ・・・・・

しかしながら、本当にこれで良いのでしょうか ?

国民の血税を使いながら、70年間何をしてきたのかをその国民に全く示さない。 それどころか、自分達の後輩にさえキチンと残し、伝えていくことをしてきていない。 全くおかしな組織です。

これでどこが “制服を着た能吏” の高級幹部達が二言目には口にする 「伝統の継承」 なのかと。

私は 「鉄砲屋」 の末席に連なる者の一人と自負してきていますが、現役の間に一度もこの術科史を作成しようという話しは聞いたことがありませんでした。

それが必要であると認識し、作成する意図がある、あるいは作成せよと隷下部隊に指示があった、などいうことは一度もありませんでした。

最近になって、本質的に海上自衛隊とは何の繋がりも無い 「水交会」 なるところが、この術科の幾つかについて 『海上自衛隊 苦心の足跡』 という形のものを全7巻で出しました。

もちろんこれは、現役の時に当事者だった各術科のOB達などによる、いわば個人的な回想話を集めた “回想集” に過ぎませんで、とてもではありませんが 「術科史」 たりえません。

本紙たる 「術科史」 があってこそ始めてこの回想集がその裏付け・補填として役に立つ、というものです。

しかしながら、海上自衛隊に “制服を着た能吏” として居座ってきた高級幹部達が、OB会ではない 「水交会」 の会長や理事と称する職にタライ回しで順に就き、この回想集をもって自己満足的にお茶を濁しているに過ぎない、というのが現状です。


では、創設期以来の各種史料を残すことをキチンとしてこなかった海上自衛隊が、今このご時世になって今更 「術科史」 を作ることができるのでしょうか?

私は不完全ながらも今ならまだなんとか可能であろうと思っています。

もちろん、例えば砲術についてはこれまでこのブログや本家サイトでご紹介してきた史料・資料などがまだ残されているとして、です。

そして、その 「術科史」 を纏めるにあたってその基本・基礎となる 「術科年報」 が最初のものから全て残されているとして、です。

この 「術科年報」 は、例えば砲術では昭和31年に海上幕僚監部の防衛部でその最初の 「砲術年報」 が作られ、その後これの作成担当は第1術科学校となりました。

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毎年同校の砲術科が編纂し、同校各科の他の年報も合わせて研究部が纏めて発刊、海上自衛隊各部に配布しています。

「体育年報」 などは普通文書ですが、他の年報はその内容により取扱・秘密区分が指定されます。 砲術年報や水雷年報などはもちろん発刊時は 「秘」 です。

砲術年報にどのようなものが記載されるのかなどの概要は、以前本家サイトでご紹介したところです。

     http://navgunschl.sakura.ne.jp/omoi/omoi_006-2.html

これの記載項目は昭和31年当時からほぼ同じように継承しており、これはおそらく今でも変わっていないはずです。 (変わってしまっては意味がありませんので)

これに既にご紹介してきた様々な史料・資料、それに私は探し切れなかったまだ他に残されているであろうものなどで肉付けをしていけば、少なくとも昭和年代のものは書けると考えます。

ただ、海上自衛隊では既に破棄・処分して残されていないと公言しているものも多いのですが ・・・・

posted by 桜と錨 at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 海自のこと