2022年11月30日

たまにはお肉を


このところ野菜をメインに新鮮なお魚類ばかりで、お米やお肉類はほとんど食べない食生活になりました。

で、たまにはお肉も、ということで、これも古き良き町の小さなお肉屋さんの自家製のものを。

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お肉屋さんのものですので流石にお肉そのものも間違いないものですが、味付けや焼き具合などもその辺の (こちらの方での) 飲食店などで出すものより遥かに美味しいと思います。

ただ今日は久々にお肉だけだったこともあり、胃が少々ビックリしているような (^_^)
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2022年11月25日

久々の倉橋


ちょっと所要ができましたので、久々に車を飛ばして倉橋へ。

で、折角ですから桂浜を散歩してみましたが ・・・・ だ〜れもおらず、独り占め。

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Kurahashi_R041125_02b.jpg  Kurahashi_R041125_02a.jpg

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( この桂浜というのは、私達が1年間の江田島の幹部候補生学校を卒業して3等海尉に任官、そのまま実習幹部を命ぜられて江田内に待機中の練習艦隊に乗組みましたが、その江田内を出港してまずこの倉橋島の桂浜沖に4日間停泊しました。 いわば、内地巡航と遠洋航海に出る前の練習艦隊でのオリエンテーション期間としてです。
そしてこの4日間のどこかの日に上中段右の写真奥に写っている 「シーサイド桂ヶ浜荘」 の大浴場 (当時は未だ町営の温泉館などの施設はありませんでした) に2時間ほどの入湯上陸がありました。
      http://navgunschl.sakura.ne.jp/omoi/omoi_002-3.html
したがいまして、もう50年も前のことですが、私にとってはこの桂浜は大変に思い出深いところであるわけです。 )


ついでに温泉館のレストラン 「海里部」 さんに行ってみましたが、週末の昼時にも関わらず閑散としていました。

そして、この時期だったからなのか、このご時世だからなのかわかりませんが、メニューもいままでの半分ほどしかありませんでした。

私の好きな茶そばと握り寿司のセットも土・日しかないそうで、この時期にはずらりと並ぶはずの牡蠣を使ったメニューもほとんど無し。

しかたがないので、海老フライにカツ丼のタレがかかった 「海老カツ丼」 というのを頼んでみました。 もちろんここのお店のメニューですので、これはこれで美味しかったのですが ・・・・

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ついでに温泉館の売店でこんなものも見つけましたので試しに買ってみました。 「雨後の月酒羊羹」 だそうです。 こんなものもあるんですねえ。

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で、ミカンは倉橋特産の 「いしじ」 はまだ早く来月からなので普通の早生ミカンを。 でもこちらの地方のミカンはどれも甘くて美味しいです。 ついでに、こちらの地方の美味しいレモンと柿も。

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う〜ん、年末が近近づいたら年越し用のいしじミカンを仕入れに来なければ (^_^)

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2022年11月24日

SSL (https:) 化について


HN 「とおりがかり」 さんという捨てハンドルの方から次のようなコメントをいただきましたが、当該ページとは関係の無い内容ですので、こちらで改めて。

こんにちは、はじめまして 調べ物をしていて検索から 「海軍砲術学校」 とこのブログにたどり着いたのですが、拝見しようと思ったページが 「この接続ではプライバシーが保護されません」 と表示がでてしまって読むことができません。 どうやら https でないと、ブラウザで見れない事があるようです。 ご対応頂けると助かります。

現在の多くのブラウザーは、 http: では “保護されていない通信” や “安全ではありません” などという表示がなされるようです。

Site_Top_01.jpg

使用しております 「さくらインターネット」 のサーバーでは、SSL(https:) にも対応しているようですが、しかしながらその場合、現在のURLのままではできませんので、新たなURLに代える必要があります。

そして何よりも、これまで本家サイトで公開してきました文書類の多くに入れております現在のURL名のロゴの変更が必要となってきますが、これには膨大な手間暇を要します。

従いましてこの2つの点から、残念ながら当面対応するつもりも予定もありません。

中にはご覧になれないページがあるブラウザーもある (と言うことの) ようですが、全てのブラウザーではありませんので (むしろまだ少数?) 、ご覧になれない場合にはご覧になれる別のブラウザーのご使用で お願いします。

そして、ご覧いただけないページがあるようなブラウザーをご使用の方は、当該ブラウザー名を教えてください。

まあ、全てのブラウザーで全てのページが全ての方々にご覧いただけなくなったような場合には、むしろ本家サイト及び当ブログを止めて閉鎖しても良いのかな、と。

posted by 桜と錨 at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2022年11月22日

家飲み用千福

我ながらどうも 「季節限定」 とか 「数量限定」 という言葉に弱いもので、ついつい千福本店の直売店に顔を出してしまいました (^_^)

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写真中央の 「雪花うさぎ」 は宣伝を始めたばかりなのですが、本数が少ないので直営店分は昨日で既に完売とか。

“いや〜、あれが飲みたくて来たんだけどな〜” と言いましたら、それはそこ、顔なじみになってきたお陰なのか、奥の倉庫を探してケースの中にたまたま残っていた最後の1本 (と言うの) を出してきてくれました。

「雪花うさぎ」 その左は 「たれくち」、いずれも季節・生産数限定が謳い文句のものです。 どれも千福の高級酒ではありませんが、普段家で飲むにはこれで十分。

だんだん寒くなってきましたので熱燗にも適したもので、しかも日本酒らしい喉ごしの辛口、濃厚に区分されるものが中心です。

まあこれだけあれば家内と二人、しばらくは大丈夫でしょう。

posted by 桜と錨 at 19:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2022年11月20日

S48年度候校1課程用SGの追加公開


本家サイトの今週の更新として、久々に昭和48年度の幹部候補生学校1課程 (防大卒) 用スタディ・ガイド集に 「航空機 (運航)」 「航空機 (運用)」 及び 「航空機 (装備)」 の3つを追加公開しました。

SG集メニュー :
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/02_OCS_SG_S48.html

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なかなか時間が取れませんので今回も整形とゴミ取りはかなり中途半端ですが、当時の防大卒対する教務内容でもこんなもので、かつ当時の印刷物はこんな程度のものだったという一端をご理解いただければと存じます。

まあ私に言わせれば、当時でも、防大卒の候補生に対してたったこの程度の教務なのか、と思っておりましたが ・・・・

なお、SGはいわゆる “テキスト” ではありませんので、聴講した学生が随時書き込んでいくようになっておりますが、公開するものは私が書き込んだものは全て削除・省略しております。

したがいまして、おそらく今回公開したものだけでは講義の内容がよくはお判りいただけないかと思いますので、もし研究家の方などで削除・省略した部分も全て含んだ元のもののご要望がございましたら、お聞かせいただければ考慮いたします。

posted by 桜と錨 at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 海自のこと

2022年11月17日

海上自衛隊の古い史料 −29


前回 28回では警備隊・海上自衛隊創設期における個艦の操艦・運動法についての史料をご紹介しましたが、それに続き今回は部隊 (隊、艦隊) としての操艦・運動法についてです。


1つ目は、昭和29年1月に警備隊術科学校が 『船隊運用参考書』 というタイトルのものを教育用に出しました。 これは、当時差し当たってはPFおよびLSSLでの事を念頭に置いたものですが、米海軍では単縦陣にしても、いわゆる部隊としての “威容” というのは重視されない体質ですので、これについての良い資料がありませんでしたので、旧海軍において米村利喜元中将が作成した 『艦隊運用講義付録』 をそのまま文字起こしし直したもの です。

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2つ目が、昭和29年10月に海上自衛隊術科学校が 『艦隊運動講義案 (甲種高等科学生用)』 として作成したものですが、内容は昭和28年に警備隊の 第1期甲種特修科学生であった薮下利治三等警備正の課題答申をそのまま複製したもの であり、古代の帆船時代に始まり、艦隊運動の基本的な考え方について論じたものです。

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3つ目が、昭和28年10月に警備隊術科学校が 『操船参考書 (船隊運動)』 というタイトルのものを教育用に出しましたが、内容は 旧海軍の 『操艦参考書 艦隊運動』 をそのまま複製したもの です。 このため、警備隊・海上自衛隊創設期当時の史料は既に左綴じですが、本史料は元の旧海軍時代のものそのままであるため右綴じで印刷・製本されています。

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内容は、旧海軍における艦隊運動について網羅されていますので、旧海軍における艦隊運動法について理解、研究する上でも格好の史料の一つであると言えます。


さて、これらのものも今となっては海上自衛隊に残されているんでしょうか、そして残されているとして、どこでどのように保管・管理され、研究に活用されているんでしょうか ・・・・ ?

特に3つ目のものなどは、内容は旧海軍の史料そのままですが、もう一昔前に私が複製を作った時点でも既に他では全く知られていませんでしたので、その意味では大変に貴重なものの一つであると言えるのですが。


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前 : 28
    http://navgunschl.sblo.jp/article/189926974.html

posted by 桜と錨 at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 海上自衛隊の古い史料

2022年11月15日

コロナ・ワクチン 4回目


昨日午後、近くの個人病院さんでコロナ・ワクチンの4回目の接種をして貰いました。

副作用のリスクを負いながら一体何回すれば良いのかという思いと、また予約をとって呉まで降りなければならないのか、ということでズルズル延びてしまっていましたが、家内が歩いても5分ほどのすぐ近くのところに簡単にとってくれましたので、まあ仕方ないかと。

3回目だけはモデルナでしたが、今回も1、2回目と同じファイザー。

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1日経ちましたが、発熱も無く、左肩の射ったところは触れば多少の痛みがあるくらいで、その他の体調の変化も無く普段通りですので、多分このまま問題無いのではと。

これからコロナ感染の第8波が起きるとか言われていますが、今年の年末は娘達も帰ってくると言っていますので、これで大丈夫でしょう。
posted by 桜と錨 at 18:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2022年11月13日

海上自衛隊の古い史料 −28


海上自衛隊における個艦の操艦・運動法については、私が 『操艦三部作』 と名付け、かつ私が操艦法についての教科書とした、故伊藤茂氏により極めて具体的にその機械・舵の使い方を示した 『操艦日記』『操艦の記録』 及び 『艦艇長勤務参考 (その2)』 という素晴らしいものがあります (ありました) ことは既にご紹介したところです。

そして、操艦についての一般的な事項を示した旧海軍からのものを何度か改訂してきた 『操艦教範』 などが刊行されております。

旧海軍においても、海上自衛隊の初期においても、“まずは立派な船乗りたれ” ということが強調され要求され、また事あるごとに厳しく躾けられてきたものです。

このため若年士官・幹部のときから操艦・運動法については口うるさく指導されてきました。

しかしながら、どうもこのところの海上自衛隊では、艦及び艦隊部隊における操艦・運動法などは等閑視され、かつ “制服を着た能吏” としての出世には重要視されていないと思わざる点が多々見られます。

その良い例が、先日行われた国際観艦式です。 如何に外国艦艇が混ざっているからと言って、キチンとした単縦陣の陣形維持さえ行われておらず (維持法さえ知らず、指示もされていない ?)、陣形はグニャグニャであり、対艦距離でさえバラバラであったことは、数多くの写真で皆さんもご覧いただいたとおりです。 私に言わせると、ちょっと恥ずかしい。

“艦 (艦隊) の威容” を保つということは、旧海軍からのことの極めて重要で喧しく言われてきた伝統精神の一つですが、そのようなことは “制服を着た能吏” には関心が薄いようです。

その証拠に、冒頭に示した 『操艦三部作』 などは私がコピーをとった時以降見たことがありませんし、これに替わる新しいものが海上自衛隊で作られ、配布されているとは聞いたことがありません。

ましてやその 『操艦三部作』 以前の海上自衛隊創設期における操艦・運動法についての史料については、いったいどこにどれだけ残されているのか ???


ということで、この今では幻ともいえる海上自衛隊創設期の史料をご紹介することに。

まずは、個艦における操艦・運動法についてです。

昭和28年に警備隊術科学校が教育用に作成した 『操船法教科書』 で、海軍兵学校の航海術教科書を元にして井上団平二等警備正が編纂したとされています。

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もう一つは同じく昭和28年に警備隊術科学校が作成した 『操船法講義案 (甲種高等科学生用)』 で、同じく井上団平二等警備正が編纂したとされています。

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前者は、舵や推進器の作用を始め、運動力検測、単艦での操船などの基礎について解説したもので、また後者は前者を理解した上で、出入港や横付け、編隊中の操船などについてその基本を纏めたものです。


そして、当時は “まずは米海軍に習え” という時代でしたので、米海軍の資料を元にその米海軍での基礎を教えていました。

一つは、昭和29年6月の警備隊時代に警備船 「くす」 が航海術科担当として出した 『駆逐艦操艦参考』 で、これは 米海軍の 『 On a Destroyers Bridge 』 を翻訳したもの。

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もう一つが、昭和29年9月に海上自衛隊術科学校が出した 『駆逐艦操艦参考書』 で、米海軍の 『 Ship Handling Destroyers 』 を翻訳したもの です。

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これら日本側が纏めたものも米海軍資料を翻訳したものも、いずれも私の現役中にコピーしたもの以外では見たことはありませんし、また退職するまでの現役時代の間に他から聞いたこともありませんので、今では果たして海上自衛隊に残されているのかどうかは判りません。


これらの史料についても、キチンと整形とゴミ取りをして公開してもよいのですが、とても時間と労力がかかりますので ・・・・

どなたかこの古い史料の公開に向けてのこれらの作業にスポンサーとなっていただけるような方はおられませんかねえ。


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前 : 27
    http://navgunschl.sblo.jp/article/189185914.html
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    http://navgunschl.sblo.jp/article/189931100.html
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2022年11月09日

近頃巷に流行るもの


最近富に多くなったのが 「黒ナンバー」 と言われる個人営業で軽のボックスカーの荷物配送車ですね。

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( 画像はネットからお借りしました m(_ _)m これは車体まで黒ですが ・・・・ )

こちらの地域性によるのかもしれませんが、とにかく多いです。

中には郵便局や黒ネコ、佐川の委託契約の配送車などになっているものも。

しかしながら、たまには極めてまともな運転で、しかも荷物を家に持って来るにも礼儀正しい人もいますが、こう言ってはなんですが、多くは “傍若無人” の運転、家を訪ねて来るのも無礼、無愛想。 要するに “荷物を運んでやっているんだ” とばかりに。

特に、道路を走るにもマナーは悪く、道の真ん中であろうと反対車線であろうとお構いなしにどこでも停める。 配送先を探すのか突然にノロノロ運転に ・・・・ 等々。

それなりの運送会社でしたらドライバーや配送員の教育はキチンとやるのでしょうが、単に登録のみでOKの個人営業では ・・・・ いわばウーバーの車両版というところですね。

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2022年11月07日

久々に広島でディナー


昨夕は、家内から広島で美味しいところがあるから行こうよと誘われて、久々に広島に出かけました。

お邪魔したのは、繁華街からは少し外れた川沿いにポツンとある小さなお店 「スペランツァ」 さんというイタリア料理のところ。

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ここはランチで中々人気のところのようですが、昨夕はディナーを予約して。

ディナーとは言っても、ワインの品揃えが大変に良いところで、むしろ食べながらこのワインを楽しむところのようです。

そして、日曜日だったからなのか、他には若いカップルが数組。 大変静かで、リラックスできる雰囲気のところでした。

ディナーは前菜に始まって一応シェフお任せのフルコースですが、お魚系かお肉系かなどがチョイスでき、それぞれの料理はワインのおつまみとなるように量はほどほど。

で、昨夕は家内のご推薦でお魚系で。

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( 鴨のお肉はちょっと一口食べてしまってから (^_^;          )

どの料理も大変丁寧な作りで、しかも美味しいものばかり。

そしてお店の人もその都度一つ一つ丁寧に説明してくれ、かつその料理に合ったワインを選んでグラスで薦めてくれます。

どのワインも美味しいものばかり。 6種1杯ずつ以上は飲んだのですが、写真が ・・・・

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料理もワインも両方揃ったお店というのは本当に久々な様なような。 特段に高級店というわけではなくごく普通のところですが (失礼)、珍しいですね。 こういうお店で家内と一緒なのはマルタ以来かな 〜

そしてお店の人は誰も、こちらの広島・呉で多い “食べさせてやるんだ” “売ってやるんだ” というような素振りでは全くなく、大変に柔らかい物腰で、しかも食べ物にもワインにも豊富な知識なのには関心しました。

いや〜、久々に堪能しましたし、チョット飲み過ぎてしまいました。 それでも家内はしれっとしていましたので、やはり私よりアルコールは強い (^_^)

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2022年11月05日

続 ・ 猫も人を選ぶ ?


今では我が家の四女ニャンコの小春となっている元野良だった三毛の保護猫は、3年前の9月始めに保護センターから貰ってきたものです。

この時は、免許を取ったままほとんど運転していなかった末娘の練習を兼ねて家内が二人でドライブがてら出かけ、我が家から30分ほどのところにある保護センターに覗きに行ったのです。

空のケージが並ぶガラーンとした保護猫の区画を通り、賑やかな鳴き声がする保護犬の区画に行こうとしたのですが、突然後ろから 「ニャ〜」 と二人を呼び止める声が。

「あれっ、いるじゃ〜ん」 と声のするところへ戻ってみましたら、三毛の子猫が一匹だけいたそうで、ケージの中でまさに 「連れてって〜」 と言わんばかりだったそうです。

その姿が気に入った末娘が家内に 「一匹だけでいるのは可哀そうだから、貰って帰ろうよ」 と。

そこで担当の保護士さんに話しを聞いたところ、生後大体4ヶ月くらい、生まれて直ぐに兄弟数匹と一緒に保護されてセンターに持ち込まれたのですが、他の子は直ぐに死んでしまい、この子だけが元気で残ったそうです。

しかしながら、三毛猫だからなのか元が野良だったからなのか、性格は相当に荒く、保護センターでも手を焼くほどだとか。

一度さる方にお試し期間を兼ねて貰われて行ったのですが、数日もしないうちに 「とてもではないけど、これでは」 と返されたようです。

そこで去勢をして元のところへ町猫として放すことにし、術後の経過を見ていたところ、とのこと。

末娘はともかくこの子猫が可哀そうというか、もう貰って帰る気になっていましたので、家内もそこまで気に入ったのなら取り敢えずお試し期間だけでも、ということで我が家に連れて帰ってきたのです。

その後の我が家での経過は前述のとおりで、初めはなかなか懐かなかったものの、来た日から排便は自分から猫砂のボックスに入ってできましたし、猫を飼っている友人などの話しを聞くほど家の中で悪さ (どこでもここでもガリガリ爪を研いで回ってボロボロに) をするわけではなく、ほとんど一日中勝手気ままに家の中のどこかでノンビリと過ごしていました。

( 一度二階のベランダに出る窓の網戸を破って脱走したのですが、暫くしたら一階のデッキの窓の外で “やっぱり入れて入れて” とばかりにニャアニャア鳴いていたことがあります。 余程怖い思いをしたのか、それ以来脱走はしなくなりました。)

そしてだんだん我が家に慣れてきたのか、自分から家内や末娘、そして私にも近づいてくるようになりましたし、当時まだ元気だった先住のトイプードルの老犬のジュンペイとも互いに我関せずでそれなりに上手く行っていましたので、まあこれならこのまま飼ってもいいかと。

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( 我が家に着た頃  トイプードルのジュンペイが大きく見えます )

2週間のお試し期間が終り、借りてきた持ち運び用の籠の返却方々保護センターに出向いて 「引き続き飼うことにしますので」 と申し出たところ、担当の保護士さんは 「えっ、本当にあの猫を飼うんですか!?」 とビックリしていました。

そして1〜2ヶ月ほど経った時に “元気にしてますよ” と小春を連れて家内と末娘が保護センターに挨拶に行ったのですが、車がセンター敷地の坂を登り始めたところで突然小春が籠の中で気が狂ったように鳴き叫び出して、これには家内と末娘もビックリ。

センターでは籠から出ようともせず保護士さんにも触らせもしない有様で、「家では良い子なんですけど ・・・・」 と早々に退散。 センターの敷地を出たらまた元どおり大人しくなったそうです。

もしかしたら、また保護センターに戻されるのでは、と思ったのかもしれません。

う〜ん、保護センターが本当に嫌な記憶だったのか、相性があるというのか、小春が自ら飼い主を選んだというのか ・・・・ 猫も人を選ぶんですねえ。


で、今日も私はチュールとブラッシングの係のおじさん。 昨夜は夜食のチュール (これを食べないと寝られないとばかりにいつも私のパソコンのモニターの前に陣取って動きません) の後、いつの間にか私のベットに上がって来て足の間でゴソゴソ、モゾモゾしながら寝ており、やはり明け方の5時頃にいつもどおり私の顔を舐め舐めしながら 「ニャ〜ン (チュ〜ル)」 と催促、食べたら今度は家内の布団の中に潜り込んで朝まで寝ていました。

私は生まれてからずっと犬派で猫は一度も飼ったことがないんですが、まっ、いいか、と (^_^)

posted by 桜と錨 at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2022年11月03日

猫も人を選ぶ ?


もう11月、今年も早5/6が過ぎてしまいましたねえ。

我が家のニャンコの小春も保護センターから貰って来て3年を過ぎました。

来た時はまだほんの約4ヶ月の子猫でしたが、今では大きく、かつおデブさんになりました。

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当初は人が動く気配だけで逃げ回って物陰に隠れるような状態でしたが、暫くしてからは家内や当時まだ一緒に住んでいた末娘、そして私にも自分から近づいて来るようになり、今では昼間は家の中で人の行くところどこへでも付いて回ってその近くのどこかでノンビリしており、移動しようとするとどこからか出てきてまた一緒に。

そして秋から冬、春にかけては夜はほとんど毎晩私の足元で寝ていますが、時には家内のところへ。 夏の暑い時には朝まで一晩中どこか涼しいところへ行って。

要するに、何か自分の要求がある時や都合の良い時以外は家内にも私にも寄っては来ませんで、家の中のどこかで好きなようにやっています。

ところが最近よく見ると、どうも 自分から近づいて来る時には、家内と私をそれぞれ使い分けている ようです。

早い話しが、家内は自分の母親代りの飼い主で、私はチュールとブラッシングの係のおじさん と (^_^)

家内には摺り寄って来てダッコをしても気持ち良さそうにジットしており、一緒に寝る時には掛け布団に入って肩口に顎を乗せ、脇の間に埋まって寝ます。

しかし、私にはダッコは嫌がってすぐに逃げますし、夜は夜でいつも両足の間に埋もれてゴソゴソ、モゾモゾしながら寝ます。

そして、家内と一緒か、あるいはどこかで寝ていても、毎朝4時半頃には必ず私のところへ来てチュールをねだり、食べ終わったらまたもとのところへ戻ります。

家内と、あるいはその近くで寝ている時なら、そのまま家内に催促すれば、と思うのですが ・・・・ (^_^;

朝は起きてから家内と二人の朝食では、自分も家族の一員だとばかりに決まって家内の横の椅子にチョコンと座って胸を張り、ヨーグルトや茹で卵の黄身 (何故か黄身だけ) をペロペロ舐め、パンの切れ端をかじりますが、昼食や夕食をテーブルに並べた時は 「チュールじゃなきゃ!」 とばかりに猛烈に催促しに来ます。

居間で家内と二人で寛いでいる時には、目の前をチョロチョロ走り回ったり、オモチャを咥えてきて一緒に遊べと、自分をほったらかしにせず仲間に入れて相手にしろとばかりに邪魔をします。

そしてお魚や野菜などをテーブルに拡げたりお酒を棚に置いたりすると、なんでも必ず上がって近寄って来てクンクンと。

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また、家内と二人で出かけた時には二階の私の仕事部屋の窓の桟に座って外を見張っており、戻ってきた時には 「あっ、帰って来た」 とばかりに走ってきて玄関のドアの内側で出迎えてくれます。 が、私にではなく必ず家内の足元にスリスリ。

外に全く出さない完全な家猫ですが、一緒にいる家内や私のことをよく見ている、というより 自分にとって都合の良いように上手く使い分けている なあと (^_^)

posted by 桜と錨 at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2022年11月01日

幹部候補生の肩章


最近になって、海上自衛官の帽章のデザインなどが少し変わったようですが ・・・・

もう半世紀も前のことですが、私達が江田島の幹部候補生学校に入校した時には、海上自衛隊の服装規則の改正に伴い、それまでの “チェリー・マーク” と呼ばれる桜花型の金属製の襟章から、現在まで続く冬制服の袖章、そして夏服の肩章に変更になりました。

ところが、です。 当時の官品で支給される制服類は極めて劣悪な質のものばかりでした。 特に、夏服の詰襟 (当時の第2種、現在の第1種) や半袖 (当時の略衣、現在の第3種) などは生地も仕立てもそれは酷いもので。

これから海上自衛隊の幹部になろうかと意気込む候補生にとっては、自尊心を汚されるというか、とてもではありませんが着る気になるようなシロモノではありませんでした。

そこで、私は候補生学校に入校して直ぐに制服一式を全て業者さん仕立ての自前のもので揃え、普段は官品は一切着用せず、これらを着ていました。 (分隊点検などの儀式では仕方なく支給の官品を着ざるを得ませんでしたが。)

そして、この官品の候補生肩章も制服と同じく極めて劣悪なものでしたので、業者さん特製(= ニセ) のものを購入して普段はこれを着用していたのです。

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( 関門大橋開通直前の見学にて 既に帽子の顎紐は変色 )

ところがある日、これが官品を着用する他の候補生と比べて余程目立ったのか、幹事付に目をつけられてアウトに。 学校側から着用禁止のお達しまで出てしまいました。

お粗末な官品のものより遥かに見栄えのするものではありましたが ・・・・

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ちなみに、当時の規則では幹部 (候補生を含む) に対する制服の官品支給は最初の1回のみとなっていました。 そして、定年退職時に返却の必要がありませんでしたし、幹部には被服点検の様なこともありません。

したがって、作業服代わりにもならない粗悪な官品の夏服類などは以後二度と着るつもりはありませんでしたので、持っていても邪魔になるだけですから、全てを候補生学校卒業の前の日に赤煉瓦の外にある可燃物集積用のごみ箱に捨てました。

確か心ある同期数名も同じだったかと。 勿論、記名の布と金属製ボタンは外して。


候補生時代の夏服の詰襟には苦々しい別の出来事もあるのですが ・・・・

posted by 桜と錨 at 12:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 海自のこと