イカロス出版さんから 「Jシップス」 6月号が 届きました。 今月の特集は 『海上自衛隊の最新鋭艦』 です。
初心者の方々向けのビジュアルな入門用として、海上自衛隊の最新鋭護衛艦の 「もがみ」 型などについて紹介したものです。
そして本誌では、
現在 「忘れがたき日々− わたしの五省」 と題するシリーズを連載中ですが、その5回目として私も次の1稿を書かせていただきました。 『 幻に終わった 「第2の不審船事案」 』私が 「きりしま」 艦長の時ですからもう20年以上前のことですので、お話ししても良いかなと思いましたので。
ご存じのとおり、前年の 「みょうこう」 による北朝鮮の弾道ミサイル 「テポドン」 の捕捉 ・ 追尾の成功に続き、この年の3月には能登半島沖の不審船事案が発生しましたので、海上自衛隊ではその総力を挙げて対策に取り組んでいたところです。
ところが、この年の夏には肝心のイージス艦4隻のうち、3隻は派米訓練や修理などで何かあった時に動けるのは 「きりしま」 1隻となってしまいました。
そこで、「きりしま」 には “示威” も兼ねて日本一周の巡航をやれと。
隊司令部も乗らない単艦行動でしたので、個艦訓練をやりながらの航海を楽しもうと勇んで出港したのですが ・・・・
丁度能登半島沖にさしかかった頃、衛星電話で 「海上保安庁が隠岐で不審船らしい船を見つけて巡視船が確認に向かっているが、万一に備えて海自に応援要請があった」 と。
付近行動中の海自艦艇は 「きりしま」 しかいないのでこれに向かえ、との指示がありましたので、直ちに反転し、第4戦速 (27ノット) で隠岐に向かいました。
3月には防衛庁 (当時) ・ 海上自衛隊始まって以来初の海上警備行動が下令され、不審船に対して警告射撃まで行ったものの、結局取り逃がしてしまったことはご存じのとおりです。
さあ、一大事です。 もしこれが本当の不審船であるならば、今度は絶対に取り逃がすわけには行きませんし、何としても停船させて確保しなければなりません。 しかし、相手側も2度目ですから、それなりのことはして来るであろうと。
幹部と上級海曹の主要員長達を集めてこのことを説明、特に停船させるためのアイデアを総員で考え、それを準備することを指示しました。
そして艦内放送で乗員に状況を達するとともに、「教練合戦準備要具収め、合戦準備」 を令し、5インチ砲や12.7ミリ機銃を始め、小銃 ・ 拳銃など全てに実弾を用意させました。
最も肝心なことは、もし相手を停船させることに成功したならば、立入検査隊を乗り込ませねばならないということです。
そこで、検査隊指揮官であった船務士を呼んで、「検査隊の隊員それぞれには家庭の都合などそれぞれなりの事情があるであろうから、行けない、行きたくない、という者も中にはいるであろう。 それはそれで構わないので、事務的に部署表で定められているとはいえ、自らの意思で志願する者だけを集めよ」 と指示しました。
暫くして戻ってきた船務士が報告するには、「艦長、全員が志願しました!」 と。
この時ほど私は艦長冥利に尽きるものはないと感じた次第です。
私は検査隊全員を集め、「良く志願してくれた。 ありがとう。 ただし、実際に乗り込むことになったならば、各自で危ないと感じた時には躊躇なく発砲せよ。 私には君たちの命の方が大事だ。 それによって万一相手側に死傷者が出たとしても、その責任は全て艦長の私が取る」 と申し渡しました。
その時の心の中では、「海自初の戦死者を出す艦長になるかもしれない」 と言うことと、それにどの様な事態になろうとも双方に死傷者が出た場合には、私は裁判所の被告席に立たされて裁判にかけられることになる、と。
それでも、私は今やらなければならない本来任務をやるだけであり、後のことは後のこと、と思いました。
幸いというか、残念と言うか、約2時間ほど走ったところで再度衛星電話があり、「先の不審船らしきものは密漁船であったと海上保安庁から連絡があった。 元の任務・行動に復帰せよ」 と。
結局、記事の表題のとおりの 「幻の第2の不審船事案」 で終わったわけですが、この時の艦内の一部始終によって、私は艦長としてこれほど自分の艦の乗員一同に誇りを感じたことはありませんし、また良い艦、良い乗員を持たされていることを痛感しました。
本件は、当然ながら海上自衛隊の記録には全くありませんし、また残るものでもありませんが、私にとっては一生忘れることのできないものとなりました。
多少 (かなり?) 機微なものがありますが、もう皆さんにもお話ししても構わないでしょうし、海上自衛隊の隊員は、これまでも、今も、そしてこれからも、様々な現場で様々な状況において、こういう同じような思いを経験していることをどうか忘れないでいただきたいと思います。
書店の店頭で見かけられた時には、是非手に取ってご一読をお願いいたします。