2021年11月29日

美味しいリンゴ !


こちらではなかなか美味しいリンゴが手に入りませんので、リンゴ好きな私としては少々ウズウズしていたところ、1つ上の先輩が地元のリンゴ園の直販の記事をUPしていたことを思い出しました。

そこで、その先輩にそのリンゴ園を紹介してもらおうと連絡しましたら、ありがたいことにわざわざ発送の手配までしていただけました。

そのリンゴが本日宅配便で届きました。

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で、早速家内と 「フジ」 と 「はるか」 という2つの品種を食べてみました。

う〜ん、実に美味しいです。 ミツもたっぷりです。 これが本当のリンゴの味、と。

先輩、ありがとうございました !

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2021年11月28日

軍艦利根資料館 閉鎖 !


江田島能美の重巡利根の慰霊碑の横にある 「軍艦利根資料館」 ですが、確認したところ昨日をもって正式に閉館となりました。

これについては、ニュースでも採り上げられ、25日をもって閉鎖が予告されていましたので、ご存じの方もおられると思います。

ここは慰霊碑と共に、長年 「保存会」 を始めとする地元の方々によって維持され、近年ではそのメンバーの方々の高齢化が進み、そして中心であった近くにお住いの藤本さんという方がお亡くなりになられた後は、氏の奥さんが主体となっていました。

しかしながら、この藤本さんの奥さんも高齢の為お亡くなりになりまして、昨年からは江田島在住の私の同期の息子さんが中心となってメンバーをつのり、彼ら若人によって全くのボランティアで維持されてきました。

敷地の草刈りや木々の剪定、慰霊祭の準備と開催、そしてこの 「軍艦利根資料館」 の維持管理などなどです。

しかしながら、資料館には誰かが常駐と言うわけにはいきませんで、従来は隣の能美ロッジや近くのホテルなどのフロントなどに入り口の鍵の保管を依頼し、資料館の見学希望者がこれを借り出す方法をとってきました。

そして、廃業などにより近傍にこの鍵を預けるところが無くなったことから、ボランティアの彼らによって入り口を自動扉にし、日中は誰でもが自由に入って見学できることとしていたのです。

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( いずれも管理人撮影 )

ところが、これを悪用した者によって先日展示してあった図書が盗まれるという事件が発生してしまいました。

現在までの方式は、見学者の良識を建前として自由に入館・見学ができるようにしてきましたが、今回はメンバーが揃えた図書1冊だけだったものの、この度のことによって今後どの様な事件が生起するか判らなくなりました。

このため、別の方法が採れるようになるまで 「閉館」 とすることになったのです。

    https://twitter.com/tone_museum

大変に残念なことではありますが、この様な悪徳の者 (おそらく極く一般の見学者ではなく、ミリタリー・マニアを気取るコレクターと思われます) が出た以上仕方の無いことでしょう。

ここは以前にも申し上げましたが、大戦末期にすぐ目の前の海で米軍の空襲により沈んだ重巡利根を慰霊するところですが、例によって江田島市も、そして水交会もその維持管理などの運営には全く関与してきませんでした。

まったくのボランティアに頼ってきたのですが、現在の若いメンバーが如何に熱心にやってくれても、おのずからその活動範囲には限界があります。

これが大戦で失われた艦船やその乗員、そしてこの 「利根」 のように空襲時の近隣住民の犠牲者に対する日本の慰霊の現状ですね。


ましてや 「水交会」 など、その謳い文句の建前とは違い、慰霊祭でさえ “呼ばれたら、行ってやる” (会のアッピールができ、出席者が大きな顔ができるなら) という姿勢ですから。

posted by 桜と錨 at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2021年11月26日

海上自衛隊の古い史料 −26


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という26回目です。

前回、警備隊・海上自衛隊創設期の 「機雷」 についての資料をご紹介しましたが、今回はその掃海法も含めた 「機雷戦」 についてです。


警備隊・海上自衛隊創設期にはまだ戦後処理としての航路啓開業務がその実務として引き継いでおりましたので、前回ご紹介しましたように 昭和28年に警備隊術科学校において 『機雷講義案(機雷一般)』 が 教育訓練用に作成されました。

そして、これを受けた形で、昭和30年になって海上自衛隊術科学校が 機雷戦についての教育訓練用として 『機雷掃海戦参考書』 を作成しました。

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当然ながら、旧海軍が使用した機雷については、詳細なデータが残されており、その構造・作動や取扱・掃海法についても熟知しており、また大戦中に敷設した港湾防備用の機雷原・機雷堰についても正確に判っております。

しかしながら、米軍によって敷設された機雷については、ほとんどが航空機に依るものでしたので、概略の場所は判るものの、その個々の正確な位置については米軍自身でも確認のしようがありません。

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( 米軍による関門海峡の機雷敷設データ例 )

したがって、戦後処理としての航路啓開業務における掃海、特に感応機雷たる磁気、音響及び複合の機雷については、危険かつ気の遠くなるような地道な作業を延々と強いられることとなりました。

この航路啓開業務における掃海作業の実績・教訓により、海上自衛隊の機雷戦についての能力は世界的に見ても高いものを保有することになったのです。

そして、この機雷戦についての当時のノウハウを纏めたものがこの 『機雷掃海戦参考書』 であるとも言えます。

当該参考書は、機雷、敷設法、掃海法、機雷対策などについてその概要を解説したもので、かつ巻末には各国海軍の機雷、掃海具などが一覧表として纏められております。

機雷の一覧表としては、各国海軍の触発、管制、感応の機雷別に区分され、この中には、主として冬季にソ連の浮遊機雷の漂着も多かったことから、当時のソ連製の機雷の一覧表も含まれています。

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また、掃海具の一覧表については、機雷の種別ごとの各国海軍の掃海具として纏められ、例えば日米の磁気機雷の掃海具の一覧表として次のものがあります。

Mine-Warfare_S30_mag_01_s.jpg


したがって、大戦期から当時の機雷戦全般を理解する上では、大変に良い史料であると言えると同時に、ネット及び一般書籍ではここまでの内容のものはありませんので、その意味でも貴重なものであると言えます。

しかしながら、この昭和30年のテキスト、当時の機雷戦全般について記述されたものですが、今となっては残されているのかどうか ・・・・


なお、当然のことながら、機雷そのものの進歩により、新たに開発・装備されたものの構造・機能や取扱法はもちろんのこと、敷設法や掃海法も変わってきます。

海上自衛隊においては、現在でもこの機雷戦については重視してきておりますので、これに伴って順次新たな教範類や資料などが作成されておりますが、残念ながら秘密の問題でほとんどは明らかにされることはありません。

このため、一般の方々にとっては、例えば防衛庁 (省) の記者クラブに対するブリーフィング資料や、「Proceeding」 「 All Hands」 などの海外公刊専門誌などで断片的に掲載される記事などによる他は無いといえます。

もちろん、これらはこれらで面白い記事が色々あるのですが。


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前 : 25
    http://navgunschl.sblo.jp/article/189128894.html
次 : 27
    http://navgunschl.sblo.jp/article/189185914.html

posted by 桜と錨 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 海上自衛隊の古い史料

2021年11月24日

広島空港へ


娘と孫達が今日帰っていきましたので、ついでに家内と二人で広島空港まで見送りに。 娘達のタクシーと一緒に我が家のボロ車で。 ゆっくり走って片道1時間です。

そして、娘達が搭乗待合室への保安検査場に入ったところで、折角ですから家内と軽く昼食を。 2階の出発フロアの片隅にある 「Merrow Brown」 さん。

ここは、待ち合わせや出発までなどのちょっとした時間を潰すには良いところで、私もお気に入りです。

家内と二人 「エッグベネディクト」 とホット・コーヒー。

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これはこれでなかなかでした。 わざわざ3階のレストラン・フロアに行くまでもないと思います。

以前、ここは大変美味しいサラダボールがあったのですが、メニューが変わってしまいましたのは残念です。

posted by 桜と錨 at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年11月23日

娘と孫二人 来訪


年末年始は色々と都合があるようで、なぜか先週から1週間の予定で、娘が孫二人を連れて遊びに来ています。

で、孫二人はまだ小さいので、お刺身などの生ものはダメということになり、我が家のメニューも普段とは大分変えないと、ということでしたが ・・・・

定番の餃子や焼きそばはOKでした。

そしてオデンも大丈夫。 例のお肉屋さんで新しく買ってきた牛スジ入りです。

Mago_raihou_R031123_01a.jpg  Mago_raihou_R031123_01b.jpg


で娘が、お正月に帰ってこれないので、どうしても家内のお雑煮が食べたいと (^_^)

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これも家内特性のアップルパイ。

Mago_raihou_R031123_02a.jpg  Mago_raihou_R031123_02b.jpg


そして小さな子供たちはやはり甘いものが大好き。

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先日上手く行ったスクモエビのガーリック・オイル焼き。 これは孫たちよりも娘の方が大喜びでした。

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posted by 桜と錨 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年11月21日

四十五口径三年式四十糎砲 データ更新 !


本家サイトの今週の更新として、『砲術講堂』 中の 『砲熕武器要目諸元』 で、既に公開している 『四十五口径三年式四十糎砲』 のデータ表を少し修正 するとともに、砲身構造図及び造砲概要を追加公開 しました。

「四十五口径三年式四十糎砲」 :
    http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/buki/gun/gun_data/40cm_45cal.html
「砲熕武器要目諸元」 :
    http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/buki/gun/gun_data/gun_data_main1.html

40センチ砲の砲身の製造要領についての概略ですが、この40センチ砲を含む各砲種でもこの手のものは珍しいものと思います。

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この造砲要領については、機会を見てその詳細をお話ししてみたいと思っています。


なお、本当はこの40センチ砲に関連して、「九一式徹甲弾」 と 「一式徹甲弾」 についてお話ししたかったのですが、これについても次の機会を得て、にさせていただきます。

何しろ海自OBでも中にはこの両者の違いどころか、平頭弾、一般的に言われる水中弾がどのようなものかさえ理解せずに堂々とこれを語る人がおりますので。

posted by 桜と錨 at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2021年11月19日

海上自衛隊の古い史料 −25


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という25回目です。

前回、昭和36年に纏められた 『航路啓開史』 をご紹介して、戦後の航路啓開業務についての資料についてお話ししました。

しかしながら、申し上げるまでも無く、その航路啓開というのはその対象である機雷そのものと、それを除去・処分する掃海についての知識・取扱技量が必須です。

そこで、今回はその 「機雷」 についてです。

警備隊に航路啓開業務、即ち掃海の任務が付与されたことにより、昭和28年に警備隊術科学校が、それまでの航路啓開を通じて得られた旧海軍及び米海軍の機雷についての情報を取り纏めた 『機雷講義案(機雷一般)』 を作成しました。

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当然ながら、旧海軍が使用した機雷については、詳細なデータが残されており、その概要については本家サイトの 『水雷講堂』 の 『水雷兵器解説』 コーナーでも日米の情報を纏めて 『機雷兵器一覧』 としてご紹介しているところです。

    http://navgunschl.sakura.ne.jp/suirai/heiki/kirai/kirai_list.html

しかしながら、米軍が日本周辺海域に敷設した機雷、特に感応機雷たる磁気、音響及び複合の機雷の詳細についてはやはり米軍からの情報に拠らざるを得ないところであり、また掃海用の訓練機雷についても纏められています。

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( 内容例 : 米軍磁気水圧式機雷起爆装置回路図 )

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( 内容例 : 訓練用磁気機雷一型全体図 )

昭和28年の警備隊における教育訓練用としては、十分な内容であったといえるでしょう。


もちろん、戦後処理の航路啓開業務としては終了しておりますので、現在となっては、一般的な機雷・掃海についての知識はともかくとして、当時のものも含めた機雷そのものの詳細については、掃海関係者以外では特段の教育は行われなくなっております。

したがって、この昭和28年のテキスト、当時の機雷について詳細に記述されたもので、その意味では大変に貴重な史料ですが、今となっては残されているのかどうか ・・・・


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前 : 24
    http://navgunschl.sblo.jp/article/189128323.html
次 : 26
    http://navgunschl.sblo.jp/article/189129027.html

posted by 桜と錨 at 18:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 海上自衛隊の古い史料

2021年11月17日

ガーリック・オイル焼き


昨日いつものお魚屋さんで買ってきたスクモエビですが、普通に塩茹でにするのが定番で、これはこれで十分美味しいのですが、昨日は家内がレンジでオリーブオイルにガーリックを混ぜたオイル焼きにしてくれました。

これ、実に美味しいです。 お酒の摘まみにもピッタリ。

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これにはやってみた家内自身がビックリ (^_^)

posted by 桜と錨 at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

海上自衛隊の古い史料 −24


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という24回目です。

前回で一応射撃・砲術関係を終わりにしまして、これからはアットランダムで他の術科のものをご紹介していきます。

まず最初が、航路啓開についてです。

警備隊・海上自衛隊創設時には航路啓開の任務を引継ぎましたので、その実任務としてのノウハウが残りました。

申し上げるまでも無く、米軍による内海を中心とした日本近海の航路・港湾の機雷封鎖により、艦船の移動はもちろんのこと、沿岸航路の海上輸送もほぼ完全にストップしてしまいました。

このため、戦後処理の重要なポイントの一つとして、この航路啓開が行われました。

終戦により旧海軍は機雷掃海を含む一切の作戦行動を停止されてしまいましたが、とは言ってもこのまま放置することは連合軍の占領政策にも影響があることから、昭和20年8月19日の「連合軍最高司令部一般命令第1号」及び9月3日の「同 第2号」に基づき、連合軍司令部の海軍代表の指示の下に日本政府の責任として全国における掃海が行われることとなりました。

これにより、日本側は一旦体制を整え直した後、9月16日から海軍省軍務局に掃海部が設置され、組織的な掃海作業が進められることになったのです。

そして戦後の日本沿岸の航路啓開業務が開始され、その後第二復員省、復員庁、運輸省海上保安庁と所管を替えつつ継続され、昭和27年8月1日に保安庁・警備隊発足によりこの航路啓開業務が引き継がれ、これは防衛省・海上自衛隊の掃海部隊の前身となりました。

この航路啓開業務としての旧海軍時代からの変遷・経緯については、昭和36年に林幸市氏などの手により 『航路啓開史』 として纏められ、海上幕僚監部防衛部から部内に配布 されました。

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これは、その後海自における現業とは関係のないことから破棄処分となり、部内でも暫くは保存・保管していたところもありましたが、次第に残っているところは少なくなり、私が所有する原本も、昔某所で表紙の発刊番号や発刊元の部分が切り取られた上で焼却処分のためにゴミ箱に棄てられていましので “何と勿体ないことを” と貰っておいたものです。

この 『航路啓開史』 は、平成21年になって文字起こしすると共に図や写真などを新しくし、かつ原本の記述ミスなどを修正したものが海上自衛隊掃海隊群の公式サイトにて公開され、現在では更にこれに補正を加えた平成24版となっています。

海上自衛隊においては、この種の資料が公開されることは極めて珍しいことで、流石に実戦経験を積む掃海部隊ならではと言えるものでしょう。

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ただし、私などからすると、元のオリジナルはオリジナルとしてキチンと残し、これの修正・訂正については、文字起こしの際にも、その箇所を明確に区別して残していくべきであろうと考えます。


なお、戦後の航路啓開に従事した人達により 「航啓会」 が組織され、その会報誌には様々な記事があったようですが、関係者の老齢化により平成16年をもって解散してしまいました。

その元会長であった細谷吉勝氏が 『語り継ぐ 太平洋戦争後の掃海戦』 と題して航路啓開の概要を纏めたものを水交会誌に投稿しております。

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これも簡潔に纏まった良い記事ですので、この方面に興味のある方は一度読んでみられるとよろしいかと。


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前 : 23
    http://navgunschl.sblo.jp/article/189097767.html
次 : 25
    http://navgunschl.sblo.jp/article/189128894.html

posted by 桜と錨 at 11:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 海上自衛隊の古い史料

2021年11月16日

晩酌のツマミ


顔なじみになったいつものお魚屋さんに顔を出しましたが、今日もタイ、ヒラメ、サワラなどのお刺身用やこの時期には沢山店頭に並ぶワタリガニなどがありませんでした。

漁師さん達が年末に備えて漁を控えているのか、市場にもあまり良いものが入荷していないようです。

で、先日よりは少しサイズの大きなスクモエビと家内の大好きなハマグリがありましたので、晩酌用に。

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でも、ここの大将、少しでも関心のあるフリをすると、買うと言う前にドンドンと袋に入れ出しますので、いつも “ちょっ、ちょっと待って、夫婦二人の晩酌用なんだから、そんなに沢山は” と (^_^)

posted by 桜と錨 at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年11月14日

「砲身の評価要領」 公開 !


今週の本家サイトの更新は、ちょっと前に某所で話題になっておりました砲身命数に関連するお話しです。

この砲身命数については、古今東西、海軍でも陸軍でも、常に問題にされてきたところで、旧海軍におけるこの命数の考え方は 「砲術講堂」 の 「射撃理論初級編」 コーナーで、「弾道理論」 に関係してお話ししたところです。

「砲内弾道の結論」:
    http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/riron/shokyu/dandou/tounai_ketsuron.html

そこで、海上自衛隊におけるこの砲身命数決定に関連する昭和63年の 「砲身の評価要領」 という通知文書をご紹介することにしました。

    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/15_JMSDF_Houshin-meisuu.html
    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/tenji_main.html

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本文書は、秘密でも何でも無ないのですが、「海上自衛隊法規類集」にも収録されておらず、またネットでの防衛省・自衛隊の情報公開サービスでの「訓令・達・通達等の検索」にも出てきません。

部内に配布された普通文書ですが、部外の一般に公開されたことはありませんので、珍しいものと思います。


なお、この種の技術屋さんのものは、往々にして現場の実物の実績データなどを無視して、机上の学問的理論で語る傾向があることは申し上げるまでもありません。

かつて、PS−1が屡々墜落事故を起こした原因もその一つで、これは翼のシリンダーの微小な製造・品質ミスであったことが明らかになっております。

これと同じように、砲熕武器についても、かつて OTO MELARA の76ミリ単装速射砲をライセンス生産した際に、これを装備した艦の射撃において射表と合わないくなるという声が出て、確認した結果、元々の砲身と国産のものとではその材質・品質に微妙な違いがあり (わざとなのか、判らなかったのか、あるいは出来なかったのかは判りませんが (^_^; )、筒中の摩耗状況に違いがあるという結果が判明し、元々の射表では適性な初速の修正値が得られず、国産砲用の射表の作り直しということになったことがありました。

また、この76ミリ砲の砲架・砲塔の作動が国産砲では屡々不具合が発生し、その端的な例が、かの護衛艦 「まつゆき」 で自艦の前甲板を撃ち抜くという前代未聞の事件を起こしています。

( もちろん、この事件の落ち度は用兵者側にもあり、発砲停止になった時に直ちに電源を落としていれば暴発することはなかったのですが ・・・・ )


posted by 桜と錨 at 14:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2021年11月12日

野菜の買い出し


ガソリンを始めとして何もかもだんだん値上がりしてきまして、野菜も例外ではありません。 それに近くのスーパーのはあまり美味しいのがありませんで。

そこで今日はいつものお魚屋さんに顔を出すついでに、家内から野菜の買い物リストを渡されまして、近くの八百屋さんに買い出しに。

これで千円少々でした。 まあ、ここのは新鮮なの間違いありませんので ・・・・

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残念ながらお魚屋さんの方は、このところの海上模様で不漁が続き、市場もあまり近海物の良いのが出回らないとのことでしたので、我が家は今晩から今週末はどうもお鍋が続きそうです (^_^)

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posted by 桜と錨 at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年11月10日

海上自衛隊の古い史料 −23


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という23回目です。

幹部中級射撃課程の始めに習う 「射撃武器一般」 及び 「射撃指揮装置一般」 です。

前者については、新旧の武器及び武器システムの概要と続き、最後に世界のミサイルの一覧紹介となっています。

SG_Weap-Sys_General_cover_s.jpg

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( 内容例 : 今は無き 「しらね」 型の射撃武器システム概要図 )

また後者は現有射撃指揮装置の概要ですが、射撃武器一般と異なり、射撃指揮システムの原理の説明が中心で、新しいものの紹介などはありません。

SG_FCS_General_cover_s.jpg

SG_FCS_General_Antenna-Sweep_18_s.jpg
( 内容例 : アンテナ・ビームの捜索法の一例 )

これらは、お話の順序としては本連載の18回目に続いてご紹介しても良かったかもしれません。

第18回 : 砲術・射撃一般
     http://navgunschl.sblo.jp/article/189063188.html

「射撃武器一般」 及び 「射撃指揮装置一般」 は、「射撃一般」 に続いて、そのSGにある内容よりはもう少し詳細にしたもので、私の記憶では 「射撃一般」 はその冒頭の項目だけで終り、射撃武器及び射撃指揮装置の概要については、こちらで習ったような記憶があります。

そしてこれらに併せて 「レーダー概説」 や、既にお話しした 「射撃理論」や「弾道学」、「弾火薬」 などが続いたように思います。

SG_Radar_General_cover_s.jpg


さて、これらのSGなどについても、現在となっては残されているのかどうか ・・・・


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前 : 22
    http://navgunschl.sblo.jp/article/189096147.html

posted by 桜と錨 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 海上自衛隊の古い史料

2021年11月07日

古い 「海自艦艇搭載武器明細表」 公開 !


本ブログで連載している 「海上自衛隊の古い史料」 シリーズに関連して、まだ未整理のまましまってある段ボールの中をゴソゴソやって出てきたものの2つ目で、本家サイトの今週の更新として、『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナーにおいて 昭和49〜60年にかけての海自艦艇に装備された射撃・水雷武器の明細表 を公開しました。

http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/14_JMSDF_Ship_Weap_List.html
http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/tenji_main.html

14_JMSDF_Ships_Weap_List_01_s.jpg

B4版の一覧表になっている6頁のものの縮小版ですが、200%程度の拡大表示でも十分ご覧いただけると思います。

もう四半世紀以上前のものですが、この種のデーターは海上自衛隊から公開されることはまずありませんので、当時のことに興味をお持ちの方にはお楽しみいただけるのではと思います。

なお、各ページ一覧表それぞれについての説明は省略させていただきましたので、ご覧いただく皆さんで考えてみてください。

posted by 桜と錨 at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2021年11月06日

元海上自衛官 ?


職業選択の自由は個人の権利として保証されていますので、いつ、どのような職業を選ぶかはその人それぞれの自由です。

例え海上自衛隊に入隊したとしても、その実態を経験した上でそれが個人の希望、好み、性格、才能などに合わないと思ったならば、途中で退職するのもそれはそれで自由です。

( もちろん、中には勤務途中で身体上・健康上の問題、あるいは家族や家業の都合などにより定年を待たずに退職せざるを得ないケースもあるでしょう。)

大学を卒業して海上自衛隊に一般幹部候補生として入隊し、遠洋航海が終わって部隊に配属されて実務についてから、しばらくしてそれを自覚して退職する人もおります。

それはそれで致し方ないところであり、イヤイヤながら勤務を続けたとしても、それは本人自身にとっても部隊側にとっても良いことはありません。

しかしながら、幹部候補生として俸給どころか衣食住の全てを与えられて、言われるままにハイハイというだけの上げ膳据え膳の待遇を享受し、更には続く遠洋航海で一般の人では不可能な海外旅行を楽しんだ上で、実務についてからあっさり止める者もおります。

中には、初めからそのつもりで、と思わざるを得ないケースがあります、というか結構あります。

配属された部隊や人事にとっては大変に迷惑な話ではありますが、まあ、志願制の組織にあって職業選択の自由を主張されれば、それはそれである意味仕方がないとは言えるでしょう。

しかしながら、そのような人達について、その経歴を “元海上自衛官” “海上自衛官出身” とは言いません。

それは、海上自衛隊を勤め上げた者からすれば、単に “海上自衛隊勤務を経験したことがある” というに過ぎないでしょう。

あくまでも定年まで、あるいは任期制隊員であるならば任期満了まで、キチンと勤め上げた者、あるいは定年を待たずに都合により “途中で止めざるを得なくなった者” について、その経歴として「元海上自衛官」、あるいは 「海上自衛官出身」 というなら納得がいきます。

もちろん、海上自衛隊の経験の無い一般の方々にとっては、例え一日でも入隊したことのある者について、それも “元” と呼んでも必ずしも誤りとは言えないかもしれません。

特にマスコミなどは、その様な者が何かを起こした時には、喜々として “元海上自衛官が” と書き立てるのが常ですから。

しかしながら、もしその様な者までを 「元海上自衛官」 あるいは 「海上自衛官出身」 などと呼ぶとするならば、極端な話、それこそ刑事事件案件で一日でも拘置所に収監されたことのある者 (仮に単なる被疑者としての取り調べで終わっても) は、全てその経歴として 「元収監者」 と言わざるを得ないことになりますね (^_^;

当然ながら、企業の採用情報で 「経験者優遇」 などというのは、多少なりとも経験があって業務の内容が判っている者のことを言い、「元〇〇」 と言えば、その名称でそれなりの資格・技量・経験を有する者を指します。

posted by 桜と錨 at 13:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年11月05日

スクモエビ


馴染みになった小さな魚屋さんで、こちらで 「スクモエビ」 と呼ばれている体調15センチくらいのが時々店頭に並びます。

もちろん目利きの若大将が市場で活きの良いものを見つけた時に仕入れてきますので、いつもあるという訳ではありません。

我が家に買って帰って、一旦ビニール袋からザルに移してもまだ活きていて、ゴニョゴニョ動いています。

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水をかけて洗うとピョンピョン跳ねるやつもいます。

このスクモエビ、正確な学名はよく判りませんで、クルマエビ科の一種のヨシエビの仲間らしいのですが、ヨシエビとも少し違うような ・・・・ ?

茹でると鮮やかなピンク色になりまして、皮も柔らかく、頭と足を取ったらシッポを摘まんでそのままムシャムシャいけます。

晩酌のお摘みには大変にグッドです。 それに活き車エビよりは安く、皮も剝かなくてもよいので。

若大将は “焼いても美味しいよ” と教えてくれるのですが ・・・・ 残念ながら我が家はオール電化でガスがありませんし、このためにBBQコンロや七輪を引っ張り出して来るのも、です (^_^;

posted by 桜と錨 at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年11月04日

上村 嵐 『一源三流』


某所で話題になりました海軍機関学校第47期卒業の上村嵐氏ですが、戦後は海上自衛隊に入られて、主として教育畑を歩まれ、呉教育隊司令、続いて最後は横須賀教育隊司令で定年退官されました。

氏の座右銘が 『一源三流』。

氏は退職後様々な書籍を出されていますが、その退職直前に海上自衛隊の後輩に残した一書がこのタイトルの 『一源三流』 で、昭和43年に刊行会より非売品として出されています。

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約450頁の大作ですが、氏が “海上武人のあり方” を説いたものとして、私達の若い頃は貪り読んだものです。

しかしながら、次第に海上自衛隊に勤務する者にとっては “海上武人” としてよりは、役人、公務員としての日々に追われるようになり、現在ではこの貴重な書もどこに残され、どれだけの者に読まれているのかどうか ・・・・

どこからどのように流れたのかは判りませんが、古書として時々は出品されているようですので、この方面に関心がありまだ未読の方は、入手されておくことをお勧めします。

本来の船乗りのあり方を示すものとして、貴重な資料の一つと思います。

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2021年11月03日

海上自衛隊の古い史料 −22


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という22回目です。

私がもう45年前に幹部中級射撃課程において学んだ時の射撃指揮装置は、Mk 63、Mk 56、1型及び2型でした。 この内2型はその派生型を含めて、そして次の3型は現在現役ですので、残念ながらご紹介できません。

そして装備艦が全て退役となり、かつ廃棄となりました1術校砲術科の実機教材の1型については、そのSGを本家サイトの方で順次公開中です。

したがって、一応射撃指揮装置についてはここまでとし、次に砲熕武器ですが ・・・・

当時中級射撃課程修業後の補職先として可能性のある砲雷長として、3インチ連装速射砲、5インチ単装速射砲、そして装備が始まった76ミリ単装速射砲の搭載艦がありましたので、この3種については詳細な教育が行われました。

しかしながら、5インチ速射砲については練習艦に種別変更になったとはいえこれを搭載する「はたかぜ」型2隻はまだ現役ですし、76ミリ単装速射砲もCIWSも現役艦が揃っておりますので、残念ながらお話しできません。

したがって、この連載においてご紹介できるのは3インチ連装速射砲についてのみ、と言うことになります。

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その3インチ砲ですが、海上自衛隊が使用した3インチ砲のうち、警備隊・海上自衛隊創設期に米海軍から貸与・供与された艦艇の内、PFについては、本連載の第2回でご紹介しましたたように、3インチ50口径単装砲 Mk22 で、一般的には「商船型」、あるいは俗に3インチSF(Slow Fire)砲と呼ばれるものでした。

この砲は、「あさひ」 「はつひ」 の2隻にも装備されていましたし、また国産艦である敷設艦 「つがる」 及び訓練支援艦 「あづま」 に搭載されたことで知られています。


しかしながら、流石に昭和50年代中頃になっての幹部中級射撃課程では、当然ながらこの砲についての教務は行われませんでした。

3インチ砲については、3インチ50口径速射砲で、これについては海上自衛隊では単装砲の Mk34 が 「あけぼの」 「いかづち」「いなずま」に、そして連装砲 Mk33 と、これを国産し 「いすず」 型、「おおい」 型や「かとり」などに搭載された 57式 がありましたが、1術校砲術科としては最も装備数の多い Mk33 で教務を行っておりました。

単装砲にしても、連装砲にしても、そして国産のものにしても、基本的な機構としては大差はないからです。

(「あけぼの」など3隻は、当初3インチSF砲を装備しましたが、昭和33年に揃って特別改造が施され、この時に 3インチ単装速射砲 Mk34 に換装されました。)

このため、私達が使用したSGは次のものでした。

1.概説、砲架・砲鞍部機構、砲尾機関

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2.装填機機構、発砲装填管制機構

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3.装填機構同期試験及び調整法手順書

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4.Mk35動力操縦装置

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5.Mk35 Mod N411&412

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( Mk35動力操縦装置をトランジスター化したものです )

6.付図

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そして射表については、SFでもRFでも砲身は同じ Mk22 ですので、弾種による違い以外は同一のものです。

この射表としては、昭和29年のものと、昭和56年のものがありました。

3inRF_07a_RangeTable_S29_cover_s.jpg  3inRF_07b_RangeTable_S56_cover_s.jpg


因みに、警備隊・海上自衛隊創設期には次のものを含む米海軍史料がリリースされて使用されていたものと思われますが、その全容については不詳です。

OP-811  3" Gun Mounts Mk 20 and Mods, Mk 21 and Mods and Mk 22 and Mods
OP-984  3" Gun Mounts 50cal DP Pedestal Type Mk24 and Mk24 Mod 1
OP-1566 3"/50 Twin Mount Mk27 Mod 1
OP-1753 3" Mount Mk27 and Mk33
OP-861  Range Table 3"/50cal AA Gun, 2700 fsiv 13-lb AA Projectile


さて、3インチSF砲も含めた米海軍史料、国産に当たってのメーカー(日本製鋼所)の取扱説明書類、そしてここでご紹介した3インチ速射砲のSG及び射表などについては、現在となっては残されているのかどうか ・・・・

( 余裕ができましたら、 「現代戦講堂」 の 「資料展示室」 コーナーにおいて、私が所持しております上記の3インチ連装速射砲のSGについても公開していければとは思っておりますが、何時になりますやら (^_^; )


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2021年11月01日

牛スジとオデン


いつもの小さな魚屋さんで魚を捌いて貰っている間に、近くにある焼き鳥なども売っている小さな肉屋さんを覗いてみましたら、牛スジが300グラム位トレイに載っていました。

丹念に下処理されており、色も大変に綺麗でしたので、試しに買ってみました。

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で、これをグツグツ煮込んでオデンに。

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やはりオデンには美味しい牛スジがないと引き立ちません。

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この牛スジは正解でした。

posted by 桜と錨 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに