2021年10月31日

練習艦 「かとり」 の艦内一般配置図


まだまだガックリきて全身に力が入らず、ほとんど何も手に付かない状況なのですが、そうもいかず ・・・・

本ブログで連載しております 『海上自衛隊の古い史料』 シリーズで、射撃指揮装置 GFCS Mk63 のお話をしました時に、これ用のFCレーダー Mk34 の資料が無いと申し上げました。

そこで、まだ未整理のものが入ったままになっている段ボール箱をあれこれガサガサやってみましたら、肝心な Mk34 は出てきませんでしたが、色々なものがありまして、その中に私が昭和49年度の遠洋航海に実習幹部として参加した時のもので、練習艦 「かとり」 に乗艦した実習幹部の課題の一つとして、「かとり」 の艦内一般配置図を作成した時のものが出てきました。

そこで本家サイトの今週の更新として、『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナーで公開しております 『自衛艦公式艦内一般配置図集』 の一つとしてこれを追加公開することにしました。



これは乗艦した実習幹部が 「かとり」 の艦内区画を頭に入れるためのものですが、側面図だけは候補生学校で渡された 『乗艦実習必携』 の中にあるものの、平面図がありません。

Katori_side_mod_s.jpg

そこで、「かとり」 では線図のみが描かれて区画名が入っていないものが渡されまして、これを実習幹部それぞれが自分で調べて記入したものを指導官 (副長付) に提出しろというものでした。

もちろん、私達防大卒にとってはこういうものはもう手慣れたもので、私は応急指揮所に行きまして、そこの応急指揮盤で区画名を確認してチャチャと書き込んで提出しました。

従いまして、区画名は手書きではありますが、当時の 「かとり」 の艦内区画の状況として正確なものです。

Katori_plane_mod_s.jpg

側面図及び各甲板ごとの平面図をそれぞれPDF形式にて公開いたしますが、ご存じのとおりのネット事情により、残念ながら一人歩き防止のために印刷及び加工については不可の設定としており、また各頁にロゴを入れています。

更にこれに加えて、資料の性格上、万が一当該PDFを拡大表示してスクリーン・キャプチャーで分割保存した上でこれを合成・加工したり、あるいはそれをトレースされる方もおられるかもしれませんので、その場合それがここで公開したものからの時はそれとすぐ判別できるような仕掛けをいくつか入れております。

もし艦艇研究者や当該艦に関係されたような方々の中で、印刷可能バージョン、あるいは正確な元画像データなどのご希望がございましたら、掲示板又はメールなどでお聞かせ下さればご事情により考慮させていただきます。

勿論、公開いたしますファイルは、このままの形でしたら再配布などはご自由になされて結構です。

この種のものは、いかに既に除籍になった艦艇のものといえども、海上自衛隊から公開・公表されることは考えられません。

今回は区画名は私の出書きですが、正確な区画配置図ではあります。 海上自衛隊などの艦艇に興味のある方々のご参考になれば幸いです。

posted by 桜と錨 at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2021年10月29日

海上自衛隊の古い史料 −21


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という21回目です。

今回は前回の射撃指揮装置 GFCS Mk 56 に関連して、そのFCレーダーである Mk 35 についてです。

FCR_Mk35_photo_01_s.jpg

前回の Mk56 でお話ししましたように、私達は幹部中級射撃課程においてこの Mk56 は詳細な講義を受けましたが、その時にこのFCレーダー Mk35 についても一緒に受講しました。

FCR_Mk35_SG_cover_s.jpg

ご参考までに、この射撃指揮装置 GFCS Mk 56 についての米海軍のマニュアルとしては次の OP-1600 シリーズが出されております。

    OP-1600   Gun Fire Control System Mk 56
    OP-1600A Radar Equipment Mk 35
    OP-1600C Gun Fire Control System, Director Maintenance
    OP-1600D Gun Fire Control System, Control Room Maintenance

海上自衛隊が米海軍から Mk56 を導入した時に、メーカーの説明書一式とともに、この OP-1600 シリーズもリリースされたものと思われます。

実際、上記の Mk35 のSGは、この OP-1600A シリーズに基づくものとされており、回路図はその第4巻のコピーそのままです。 これもあってこのSGは 320ページ もあります。

ただし、残念ながら私はこの OP-1600 シリーズはもちろん、米国メーカーによる説明書も見たことがありません。

海上自衛隊において装備艦が全て退役し、1術校における課程教育も終了した時点で全て破棄されたのかもしれません。

そしてこのFCレーダー Mk35 のSGも、Mk56 のSGと一緒で、防衛省・海上自衛隊には既に残されていないというのがその公式スタンス のようです。


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2021年10月28日

晩秋に入りますので晩酌用を


秋も深まってきまして、色々食べ物も美味しい季節になりましたので、晩酌用の日本酒を仕入れに。

いつもの千福の三宅本店さんです。

今回は、宣伝でも出ていました季節限定の 「にごり酒」、そして “やや辛口” で “やや濃厚” な2本です。

Senpuku_R031028_01.jpg


後者の2本は、家内が日本酒は辛口で濃厚なものがお気に入りですので、今流行りの淡麗・甘口よりはこちらを。


日本酒は、それこそ日本中に沢山の酒蔵があり、そして美味しい銘柄のものも多いのですが、瓶詰にした後は約3ヶ月頃から味が変わってきまして (特に防腐剤を使用しているものに多いですね)、約半年以上過ぎたものはまず飲めなくなるものがあります。

それに、かつて実際に経験しましたが、その地方で飲めるものと、全国流通するものとでは、同じ銘柄でも元々味が全く違うものもありますので。

こちらにも有名な大きな酒屋さんはいくつかあるのですが、当然ながら品揃えが豊富な分だけ在庫も沢山ですので、余程の馴染みでもならないとちょっと、ということがあります。

その点、三宅本店さんは酒蔵の直売ですので、銘柄の選択肢は限られてくるものの、品質については間違いないですし、車ですぐですので (^_^)

次は新酒の大吟醸が出るそうなので、次はこれにしてみようかと ・・・・

posted by 桜と錨 at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年10月26日

「世界の艦船」 12月号


「世界の艦船」 12月号 (通巻第961集) の特集は 『 駆逐艦の戦後史 』 です。

SOW_No961_cover_s.jpg

この中で私も1本担当させていただきました。

      『 戦後駆逐艦のウェポン・システム 』

しかしながら 「戦後駆逐艦」 とは言っても、第2次大戦終結後から現在までで既に75年以上を経ており、また世界中の諸国海軍の武器システムが対象となるりますので、とても限られた紙幅内に全てを網羅することは不可能です。

従いまして、現代の駆逐艦に至るまでのその途中の進歩・変遷について極く大まかなところをお話しさせていただきました。

また、編集部さんに選択していただくために沢山用意しました図やイラストなども、紙幅の関係でそのほとんどを割愛せざるをえませんでした。

用意したものは基本的に公式史料に基づくもので、一般の出版物やネットなどではまず出ていないものが多いのですが ・・・・

ASW_SFCS_Mk114_Aspect_01_s.jpg

従いまして、ある程度の知識をお持ちの方には、中途半端で物足りない感じを持たれるかもしれませんが、その詳細については後日機会があれば、ということでご容赦をお願いします。

特に、今回の記事では砲及びミサイル・システムにとって重要なFCレーダーを含む射撃指揮装置については省略しております。

Terrier_GMFCS_Mk74_01_s.jpg  Terrier_GMFCS_Mk74_02_s.jpg

Terrier_System_01_s.jpg

これについては、是非とも改めて記事としてその詳細をご紹介したいところです。

posted by 桜と錨 at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2021年10月24日

気力が全く起きません


本家サイトの今週の更新はお休みしました。

肩の力が、というより全身の力がガックリとなりまして、何かしようと言う気力が全く起きません。

私は微力ながら、日本の国の守りの為、30数年間にわたって日本を背にして両足を踏ん張り、両手を広げて頑張ってきたつもりです。

そして定年退職となってふと後ろを振り返った時、この国は一体どうなってしまったのかという思いに駆られました。

でもまあそれは、戦後の日本社会の変化の一つととらえれば、我慢の範囲ではありました。

しかしながら、今回のことには愕然とせざるを得ません。 日本と言う国、日本の伝統・慣習、そしてこれの基本となる国体がおかしなことになって来ています。

その原因は、ただただこの一言の欠落、自覚の無さによる我が儘と言うことに尽きます。

“ノブレス・オブリージュ”

来週になれば、状況は少しは良い方向に向かうのでしょうか。

posted by 桜と錨 at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年10月21日

海上自衛隊の古い史料 −20


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という20回目です。

前回の GFCS Mk 63 に続き、今回は 射撃指揮装置 GFCS Mk 56 についてです。

GFCS_Mk56_Illust_01_s.jpg

この射撃指揮装置 Mk56 は、第2次大戦において大活躍した5インチ砲管制用の Mk37 の対空用の後継というべきもので、米海軍では3インチ、5インチ、及び6インチ砲用とされましたが、海上自衛隊ではやっと 「たかつき」 型で5インチ単装速射砲 Mk42 の導入に合わせて米海軍からリリースされました。

( 海上自衛隊における建造計画の順としては 「やまぐも」 型の方が早いのですが、本来はこの5インチ砲用が主目的です。)

当時 米海軍では Mk37 に替わる対空・水上両用の射撃指揮装置として既に Mk68 が導入されていましたが、残念ながらこれは米海軍からリリースされなかった ことから、国産のT型ができるまでは 「たかつき」 型及び 「やまぐも」 型ではこの Mk57 で我慢するしかなかったのです。

このため、私達が中級射撃課程学生のときには、これらの護衛艦はまだ現役であり、課程修業後の配置としてこれらの艦の砲雷長への補職の可能性もあり得ました。

この Mk56 については実機教材は無く、かつ装備艦での実習も行われませんでしたので、したがって1術校砲術科における座学として詳細な教務が行われ、SGについても 「概論」 (一般) 及び 「機能説明書」 とともに、海曹専修科学生用の 「回路図」 も使用されました。

「概論」 と、「一般」 及び 「付図」 の2種類のSGが使用されましたが、表紙の見かけはともかく、中身は前者の方がタイプ印刷で新しく、後者は手書きのものですので、この後者は1術校砲術科での教育開始当初のものと思われます。

SG_GFCS_Mk56_General_S50_cover_s.jpg

SG_GFCS_Mk56_General_S56_cover_s.jpg

「機能説明書」 は MK56 の各部の機能・機構についての詳細なもので、これと 「回路図」 の併用により教務が行われたと記憶しています。

SG_GFCS_Mk56_Mech_S50_cover_s.jpg

SG_GFCS_Mk56_Circuit_S50_cover_s.jpg

この 「回路図」 は元々が海曹専修科学生用のもので、B4版2〜4枚に分割された回路図集ですが、この内の半数近くを1枚物に繋ぎ合わせた上で、教官の説明による書き込みをしておりますので、幹部中級課程においても詳細な教務が行われたといえます。


この Mk56 装備艦は全てとうの昔に退役し、また実機も残されていませんので、もしかするとメーカーによる建造時の装備品納入時に契約によって作成された 「取扱説明書」 一式はどこかに残されているのかもしれませんが、このSG類は課程教育終了に伴い全て破棄されたようで、防衛省・海上自衛隊には既に一切残されていないというのがその公式スタンス と聞いています。

とすると、当時の幹部及び海曹の学生だった者で他に今でもこれらを保管しているのがあるのかどうか ・・・・

( なお、現在、本家サイトの 「現代戦講堂」 の 「資料展示室」 コーナーにおいて、既に退役・破棄された国産の射撃指揮装置T型のSGについて順次公開しているところですが、余裕ができましたら、私が所持しております上記の Mk56 のSGについても公開していきたいと思っております。)

 http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/tenji_main.html


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2021年10月19日

晩秋の気温に


日曜日頃から急に気温が下がりまして、流石に半袖、半ズボンに夏の薄掛けでは寒くなりましたので、長袖、長ズボンの寝巻を着て毛布にしました。

我が家のニャンコも夜は寒いらしく、足の間にスッポリ埋まって寝ています。

Nyanko_R031019_01.jpg


でも、考えてみたら、十月中旬ですからこんな気温でもおかしくはないのかなと。 今までが暖か過ぎたんですよね。

我が家の玄関の放ったらかしの鉢植えも、健気に小さな白い花を咲かせています。 自然は正直なものです。

Hana_R031019_01.jpg

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2021年10月17日

『ガス弾等処理参考』 公開 !!


本家サイトの今週の更新はお休みするつもりでおりましたが、Facebook の方でFBFのお一人がイペリット弾の話をされておられましたので、急遽思いついて、海上自衛隊の古い史料で舞鶴地方総監部が昭和40年に出した 『ガス弾等処理参考』 というのを 『史料展示室』 コーナーにて公開することとしました。

    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/60_Chemical_Proj_Demo_S40.html
    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/tenji_main.html

Gas_Proj_S40_cover_s.jpg

元々が処分班員 (EOD) のための参考として作成されたものですが、内容は旧陸海軍のガス弾などの化学兵器を主とするものです。

しかしながら、この類のものはなかなか出版物やネットなどではありませんので、ご来訪の皆さんのご参考になればと思う次第です。

現在連載中の “かつてはこんなものもあったよ” という 『海上自衛隊の古い史料』 シリーズに相当しますが、本家サイトでPDFファイルとして公開するものです。

元々が青焼きで経年劣化したものを複製したものですので見難いところが多く、ディジタル化に当たり整形とゴミ取りをしましたが、残念ながら私の技量ではこのレベルが限度かとご容赦ください。

Gas_Proj_S40_cover_orig_s.jpg

そして、元々の原本は今日となってはまだ残されているのかどうか判りません。 おそらくもう既に処分されてしまっているのではないかと思われますが ・・・・

posted by 桜と錨 at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2021年10月16日

海上自衛隊の古い史料 −19


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という19回目です。

今回は 「射撃指揮装置 GFCS Mk63 」 についてです。

GFCS_Mk63_photo_01_s.jpg

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この Mk63 ですが、ご存じのとおり 第2次大戦末期に3インチ砲及び40ミリ機銃用のフル・レーダー管制の射撃指揮装置として開発されたもの で、戦後の警備隊・海上自衛隊創設期には米海軍からの貸与・供与艦艇に装備されており、また戦後の 「なみ」 型などの国産護衛艦や小は 「みずとり」 型駆潜艇、そして 「はやせ」 などにも搭載され、昭和50年代中頃でもまだ現役のもの でした。

しかしながら、その頃には如何に多少の改善・改良を加えようとも、基本デザインそのものがもう旧式なものであることは否めませんので、1術校の幹部中級射撃課程学生や海曹高等科学生などによる年2回の教程射撃では、この Mk63 搭載艦を利用するのは私達の時の第1回目が最後で、以後は国産のI型装備艦を使用してになりました。

当然ながら当時の私達はその為に教務でも習ったのですが ・・・・ 修業後の配置としてこの Mk63 装備艦の砲雷長に補職されることは無いだろうと思われましたので、教務での試験と教程射撃のためにその要点だけを纏めることにしました。

配布されたB4版2枚を繋げた青焼きのブロック図に必要事項を書き込み、またその裏にSGを抜き出した要点を列記して、当のSGは処分してしまいました。

今にして思えば勿体ないことをしたと (^_^;

そしてこの青焼きのものも経年劣化で見難いものとなってしまいまして ・・・・

GFC_Mk63_Block_01_s.jpg

GFC_Mk63_Block_02_s.jpg

( これでもかなりゴミ取りはしたのですが ・・・・ )

当初の警備隊・海上自衛隊創設期当時の教育用のものがどの様なものであったのかも判りませんが、Mk63 そのものについては残された米海軍史料 ( いまだにネットなどでも公開されていないものも多々ありますが ) の中で色々書かれておりますので、内容的にはそれでも十分判ります。

まあ、それほど複雑なものではなく、逆に射撃指揮装置についての基礎的・基本的なことを学ぶには良い射撃指揮装置であったと言えるでしょう。


もちろん、とうの昔に装備艦は無くなってしまい、残された実機もありませんので、私達の時のSGでさえ今となっては残されているのかどうか ・・・・


なお、この Mk63 で使用した射撃レーダー Mk34/SPG−34 について、まだディジタル化していない段ボール箱の中を探してみましたが、見つかりませんでした。 もしかするとこれも中級課程後に処分してしまったのかもしれません。


また、この Mk63 に似たような射撃指揮装置には Mk57 や Mk51 があり、私達が中級課程学生の時にはまだ現役でしたが、既に1型、続いて2型が装備されましたので、これら旧式なものについての詳細については習いませんでした。

流石に1術校砲術科としても、まさか海幕人事課が中級課程修業者をもうこれらの艦の砲雷長に補職することはないだろうと (^_^;

したがって、これら Mk57 及び Mk51 の個々については、警備隊・海上自衛隊創設期の史料も残されておりませんのでしたので不明ですが、これらもおそらく米軍資料をそのまま使用したのではないかと思われます。


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2021年10月15日

久々の焼肉へ !!


こちらの地方も武漢コロナによる緊急事態宣言が解除となり、やっと蔓延防止措置による飲食店の夜間営業や酒類提供の規制が無くなりました。

そこで、家内の誕生日に合わせて久々の焼肉の夕食へ 、と思ったのですが ・・・・ 考えることは皆同じようで、それにだんだんと口コミが口コミを呼んでここは人気店になってきましたので、なかなか予約が取れる日が無く、少々遅れてしまいました。

お邪魔したのは、武漢コロナ前は時々お邪魔していたこちらの焼肉の隠れた名店である 「雅」 さんです。

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ここはいつ行っても、どのメニューを選んでもハズレはなく、大変に美味しいお肉を提供する焼肉好きの通が通うところと言われています。

例によって例の如く、まずは家内はお気に入りの上ロースのステーキと厚切りタン、私は上ホルモンと上ミノ、そして生センマイ刺をチョイスです。

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ノン・アルコール (車ですので残念ながら) のビールで乾杯

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あとは次々と運ばれてくるものを炭火コンロの網の上で焼いていきます。

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う〜ん、ここのお肉は相変わらずとっても美味しいです。

そして生センマイ刺も丁寧に下ごしらえがされていて、独特の臭みも無く、色もとっても綺麗。 これを特性のポン酢でいただきますが、美味しい〜。

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そして、キムチをご飯の上に乗せて。 ここはキムチも大変美味しく、ご飯が進みます。 これだけのために来ても良いくらいです。

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家内は更にハラミを追加しましたが ・・・・ やはり私は歳なんでしょうか、だんだん量が食べれなくなってきました。

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ただ残念だったのは、私の大好物のコブクロの入荷がありませんでした。

ここのコブクロもいつも大将が厳選して気に入ったものがあった時しか仕入れませんので、もしあれば絶対に外せない一品なんですが ・・・・ (^_^;

posted by 桜と錨 at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年10月14日

海上自衛隊の古い史料 −18


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という18回目です。

今回は 「砲術・射撃一般」 についてです。

ここで言います 「砲術・射撃一般」 とは、始めて射撃畑に足を踏み入れることになる若い士官・幹部に対する砲術・射撃全般についての入門編ということを意味します。

旧海軍においては、海軍兵学校生徒時代に 『砲術教科書』 に基づいて砲術・射撃全般に関するの基礎が教育されてきました。

海軍兵学校がまだ当初の築地にあった時代には、この砲術も含めてすべての教育が基本的に英語により行われ、その教科書も英海軍の原典又はこれを邦訳したものが使用されていました。

これについては、私の 『加藤友三郎と砲術』 でも、パワーポイント及び拙論のPDF版をご紹介して、その中でお話しておりますので、そちらをご参照ください。


Tomosaburou_&_Gunnery_1_PPT_cover_s.jpg

そして明治21年に海軍兵学校が江田島に移転して以降は、いわゆる術科に関することは教官の手になる日本海軍独自のものとなって行きます。

砲術については、明治22年から同24年にかけて順次作成された 『砲術教科書』 全6巻が最初のもので、明治35年には全8巻となり、これは昭和期まで続く形態の基礎となりました。

IJNA_Gunnery_Text_1_M23_cover_s.jpg


では、警備隊・海上自衛隊になってから、この砲術・射撃一般についてどのように教えてきたのかということですが、残念ながら当時の史料などが残されておりませんので、不詳です。

しかしながら、既に何度も申し上げてきましたように、ともかく米海軍に倣う、ということを基本としましたので、おそらくこの入門用の砲術・射撃一般については、米海軍の基礎的な教範である 『 Naval Ordnance and Gunnery 』 の1950年版もしくは1955年版をそのまま使用、あるいはこれの一部を翻訳したもので教えられたのではないかと思われます。

海上自衛隊の幹部候補生学校が出来た以降については、一般幹部候補生課程においては、防大卒はともかく、一般大学卒がその主たる対象となりますので、砲術・射撃一般については (も)、それこそ初歩の初歩、ということになります。

私が候補生の時の砲術SGについては、既に本家サイトにて公開しているところです。


OCS_Gunnery_Text_S48_cover_s.jpg

おそらく一般大卒の者に対するものも同じSGを使用しての教務であったと思いますが (確認はしておりません)、ある意味 “防大卒を馬鹿にしているのか ?” と思うようなレベルの内容のものでした (^_^;


そして、1尉になってから自己の専門 (特技) が決まる1年間の幹部中級課程 では、射撃課程学生でも中には初任幹部の間に任務射撃課程を出ていない (即ち、砲術士を経験していない) 者もおりましたので、一応射撃一般の教務から始まったと記憶しております。

この時の私の時のSGは残念ながら無いのですが、その後の昭和58年の課程用の 『射撃一般 (上・下) 』 が残っています。

1MSS_Gunnery_S58_cover_s.jpg

内容的には、「射撃概論」、「砲熕武器」、「射撃指揮装置」、「艦艇戦闘指揮システム」、「射撃指揮法」、「弾火薬」 の項目立てになっていますが ・・・・ ただし、私達の時の実際の講義は、冒頭の 「射撃概論」 をサラッとやっただけで、後はその後の各論の教務において詳細を習ったように記憶しています。


もちろん、この中級課程のSGでも秘密文書に指定されたものでも何でもありませんが、もう40年近く前のものですので、現在となっては残されているのか ・・・・


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2021年10月12日

アタチノ椅子 !


ニャンコの小春は、私達夫婦の食事の時間になると、自分も一緒にテーブルに着くものだと思っている様で、いつも家内の横の椅子にチョコンと座っておこぼれを待っています。

Nyan_no_isu_R031012_01.jpg

そして、その自分の椅子に家内のカバンや荷物などが置いてあると “アタチノ場所なんだから、どけて !” と催促します。

で、その椅子の座席カバーはガリガリとやられまして ・・・・

Nyan_no_isu_R031012_02.jpg

小春がガリガリやるのはソファーに被せてあるカバーとこの椅子、そして私のベットのマットの四隅です。

猫を飼っている方々の話を色々お聞きすると、家中の至る所をガリガリやるので、柱や家具の角、カーテンなどが散々な目にあっているようです。

小春の場合は、幸いにして今のところ上の3つだけですので、家内は、まあ猫なんだからこの程度ならば好きなようにさせておけば、と。

でも、テーブルの椅子の座席は本革張りなので高かったんですが ・・・・ (^_^)

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独り言


“ノブレス・オブリージュ”

ただただこの一言に尽きるであろう。

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2021年10月10日

『九五式爆雷』 の細部解説追加


今週の本家サイトの更新として、先週水雷兵器解説の 『防備、兵器』 コーナーで 『九五式爆雷』 の外観写真を追加公開しましたが、折角の機会ですので、当該爆雷の概略構造、作動概要、及び標準の無能化作業手順の解説を追加いたしました。

    http://navgunschl.sakura.ne.jp/suirai/heiki/kouwan/bakurai/DC_type95.html

ただし、旧海軍史料にはここまで詳しいものはありませんので、基本的に米軍史料を元にしております。

このため各部の実際の正式名称などは判りませんので、暫定的なものとしております。

とは言っても、爆雷の作動概要などを説明したものはなかなかありませんので、“ふ〜ん、こんなふうになっているんだ” と一杯やりながらでもお楽しみいただけたらと存じます。

なお、FBFのお一人で、今も沖縄で遺構の発掘調査を続けておられます南埜安男氏から当該爆雷の解体後に残置された写真をご紹介いただきましたので、当該ページで引用させていただきました。 お礼申し上げます。

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2021年10月09日

サンマに誘われて


FBFの方々がサンマの記事を上げておられましたので、そういえば最近サンマを食べた記憶が ・・・・ と。

私の子供の頃は、一般庶民の家庭ではなかなか良いお魚が食べれませんでしたので、秋はお魚と言えば何はなくともともかくサンマが食卓に並んだものです。

子供たちは皆 “またサンマかあ〜” と文句ブ〜ブ〜ですが、親からは “贅沢言うんではありません” といつも叱られていました。

しかしながら、何しろこのところ毎年サンマの不漁が続いており、だんだんと庶民の口には入らなくなってきました。 最近では高級魚扱いです。

で、時々顔を出す小さなお魚屋さんの店頭に氷水の入ったタライにそれなりのサイズのサンマが20匹ほど。

店横には発泡スチロールの箱に入った沢山のサンマが袋に入っていましたが、目利きの若大将は “それは業者用の冷凍もの、今日は生のは店頭のものだけ。 でもちょっと値が張るけどね” と。

とは言っても、やはり年に1回くらいはサンマを食べないと、と2匹ゲットしました。 確かに高い (^_^;

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ちょっと焼き方を失敗してしまいましたが、若大将ご推薦だけあってなかなかの味でした。

Sanma_R031009_02.jpg

う〜ん、サンマってこんな味だったんだよね、と (^_^)

でも、今年はこれ1度だけでしょうねえ。 庶民の食べ物では無くなってしまいましたので。

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2021年10月06日

海上自衛隊の古い史料 −17


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という17回目です。

今回は 「弾火薬」 についてです。

警備隊及び海上自衛隊の創設期において、この 「弾火薬」 についてどの様に教えていたのかは、残念ながら史料も残されておらず不詳です。

火薬そのものについては、昭和30年に海上自衛隊術科学校が出した 『火薬学講義案 (航空武器学生用)』 というのが残されていますが、弾火薬については判りません。

しかしながら、武器も弾薬も国産のものはまだ無い状況にあっては、米海軍の史料をそのまま、あるいはこれを翻訳したものが使われていたものと考えられます。

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実際、私達が第1術科学校で学んだ時の史料である 昭和48年の 『弾火薬教科書』 及び 『砲銃弾薬及び加工品性能要目一覧表』 の最後のページには、参考としたものとして米海軍の教範などが列挙されています。

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この時の 「弾火薬」 の講義には、火薬学、弾薬、弾薬要務の項目が含まれていました。

記憶では、昭和56〜57年の幹部中級射撃課程の時もこの2つの史料だったように思います。

その後、新しい砲口武器が導入され、逆に3インチ砲などは無くなりましたので、弾薬については多少変わってきていると思いますが、弾薬要務は基本的に同じですし、また火薬学については一般の文献の方が詳しいでしょう。

これもあって、この2つの史料、もちろん秘密文書でも何でもありませんが、現在となっては残されているのか ・・・・


なおご参考までに、現在では教育体系の変更のために無くなってしまいましたが、昔の防衛大学校における陸・海・空要員の防衛学においては、現在とは比較にならないほどのものが教えられていまして、例えば 昭和33年の 『一般武器』 や 『弾薬』 においては、後の幹部候補生学校での教務などでは足元にも及ばない内容 が盛り込まれていました。

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現在の防衛大学校では、訓練や防衛学はもちろん、学生舎生活においても、「陸海空自衛隊の幹部となるべき者を育てる」 ことなどは全く軽視され、学士号をとるためだけの教育が幅を利かせる、単なる全寮制の “国立小原台学園” になってしまいましたが (^_^;


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2021年10月03日

「九五式爆雷」 の外観写真


相変わらず体に気力が入りませんが ・・・・

本家サイトの今週の更新として、当ブログでお尋ねをいただいた旧海軍の 「九五式爆雷」 に関連して、ご来訪の皆さんのご参考として、当該ページで既にご説明している外観写真について、当該写真のオリジナル写真を別資料から追加してご紹介しました。

http://navgunschl.sakura.ne.jp/suirai/heiki/kouwan/bakurai/DC_type95.html

「二式爆雷」 と異なり、蓋の螺子止めの状況が良くお判りいただけると思います。


それにしても、お尋ねいただいた当のご本人はご理解されたのかどうか ・・・・

posted by 桜と錨 at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2021年10月02日

栗は当たり年 ?


今年はこちらの地方の栗はなかなか出来が良いようです。

最近顔を出すようになった街の小さな八百屋さんでも、目利きの大将が沢山仕入れて来ておりましたが、その中で郷原産の大ぶりのものを一袋。

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早速簡易式 (手抜きとも) の栗ご飯にしてみましたが、栗の香りがホワッとして身はホクホク、なかなかの味でした。 (本格的な栗の炊き込みご飯はちょっと手間暇がかかりますので (^_^; )

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余った栗は茹で栗で。 これもなかなかでした。

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昨年は食べ損ねてしまいましたので、今年は良さそうなのを見かけたらゲット。 これで3回目です (^_^)

posted by 桜と錨 at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年10月01日

英空母 「クイーン・エリザベス」 の横須賀寄港


去る9月4日から8日まで、インド・太平洋方面に来航した英海軍の多国籍機動部隊 「CSG21」 の旗艦である英空母 「クイーン・エリザベス」 (以下 「QE」) が米海軍横須賀基地に寄港したことは多くのマスコミなどでも採り上げられましたので、皆さん良くご存じのことと思います。

では、この 「QE」 の寄港先が、晴海や横浜ではなく、なぜ米海軍横須賀基地だった のでしょう?

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“ショー・ザ・フラッグ” (Show the Flag) の一般的効果の観点からするならば、これら晴海や横浜の方が遥かにその効果は高かったはずなのに、です。

これについては、マスコミでもネットでもほとんどと言ってよいほど触れられておりません。

実は、この 「QE」 の来訪について、昨今の武漢コロナの影響もあって乗員の上陸は行われないこと、そして一般市民に対する艦内公開なども行われないことを考えるならば、その寄港地については次の条件が満たされる必要がありました。

  1.岸壁を含めた保全体制の確保できること
  2.大型艦艇用の岸壁設備が完備していること
  3.生糧品や燃料搭載などに便利なこと
  4.艦艇に対する造修及び補給の施設・機能が完備していること

これらの条件に加え、米海軍横須賀基地への出入港であるならば、民間人の水先案内人を雇用する必要はありませんし、民間の曳船を使う必要がありません。 更には岸壁使用料も必要ありません。

これらを考慮するならば、寄港先が米海軍横須賀基地になることは、むしろ当然の結果であったと言えるでしょう。


そこで、思い出していただきたいのが、朝鮮戦争の休戦協定に伴って1954年2月に締結された 『日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定』 です。

このことに触れたマスコミは皆無と言えます。 どうしてなんでしょう?

現在、日米安保条約に基づき日本と米国の間には 「日米地位協定」 ( 正確には 『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定』 ) が締結され、横須賀海軍基地などが在日米軍に提供されていることはご存じのとおりです。

そしてこれとは別に、朝鮮戦争における国連軍として参加した16か国 (韓国を除く) の内、現在までにこの日本との地位協定を締結している国は11か国です。

そして、この地位協定に基づき、連合軍後方司令部が座間 (現在では横田に移転) に置かれたほか、在日米軍基地6か所が国連軍施設として指定されています。

そうなのです、米海軍横須賀基地は在日米軍施設であると同時に朝鮮国連軍の施設でもある のです。

したがって、地位協定を締結している国の海軍艦艇は、日本に “横須賀に入るよ” と通報するだけでいつでも米海軍横須賀基地に入港し使用でき、またいつでも出港できるのです。

今回の英空母 「QE」 の場合もその例外ではありません。

これによって、在日米海軍司令部との調整さえ行えば、米海軍の空母が使用する大型岸壁に横付けし、真水や燃料の搭載、陸上電源や大型クレーンの使用はもちろんのこと、米海軍の大型曳船が使えますし、完備した造修・補給の機能、施設も利用可能です。

もちろん岸壁を含む基地内の保全体制は全く問題ありません。


で、「QE」 の翌日5日に横須賀に寄港した同機動部隊の英海軍の補給艦 「タイドスプリング」 とオランダ海軍のフリゲイト 「エファーツェン」 は?

英補給艦 「タイドスプリング」 は米海軍横須賀基地に、そしてこれに対してオランダ海軍の 「エファーツェン」 は米海軍横須賀基地ではなく、海自横須賀基地の総監部横の岸壁に入港しています。

何故なんでしょう?

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米海軍横須賀基地の岸壁の都合がつかなかったから、という言い訳もあるかもしれません。

しかしながら、考えてみてください。 オランダは朝鮮戦争における国連軍として参加しておりますが、休戦協定に伴う日本との地位協定を締結していないのです。

したがって、オランダ海軍の 「エファーツェン」 は 日本国及び米国側の何か特別な同意でも無い限り、連合軍基地であり、かつ在日米軍基地である 米海軍横須賀基地には入りたくても入れない のです。

このため、「タイドスプリング」 は米海軍横須賀基地に、「エファーツェン」 は海自横須賀基地に。 自然と言えば自然、当然と言えば当然、のことなんです。

でもまあ、海自基地ですから、岸壁使用料も要りませんし、岸壁の真水・陸上電源は利用可能 (ただし規格が合うなら)、民間の水先案内人や曳船も不要です。 それに燃料や生糧品の補給も海自と調整すれば簡単です。

そして海自基地ですので、岸壁や基地内の保全体制はそこそこですから。 (ただし、基地の外側からは間近に見えてしまうのですが (^_^; )

( 画像はいずれもネットからお借りしました m(_ _)m )

posted by 桜と錨 at 22:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに