2021年09月28日

「朝雲新聞」 9月23日号


「朝雲新聞」 の29月23日号に、去る9月4日から8日までに米海軍横須賀基地に寄港した英空母 「クイーン・エリザベス」 (以下「QE」と略 )に関連して、『英海軍の空母運用法』 として1頁全面で記事を掲載していただきました。

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( 左クリックにて別枠で拡大表示します )

これは、同紙の9月16日号にて慶応大学の鶴岡路人准教授による同英機動部隊のインド・太平洋方面への来航の意義について記事が掲載されておりますので、私の記事は純粋に軍事的側面に限定したものとしております。

主要論点は、英空母 「QE」 そのものの能力と、もう一つはこの 「QE」 旗艦とする 「CSG21」 と名付けられた多国籍機動部隊についてです。

とはいっても、新聞紙面の1頁では見栄えのための写真なども含まれますので、その詳細については紙幅の制限からのとても無理なことですので、その概略とさせていただきました。

それでも、艦型サイズやスキージャンプの事等を除いても、現在までのところ明らかにされている(されていない)「いずも」 型の背中を本土防空隊たる空自が運用する F-35B に貸すだけの航空機運搬艦、動く洋上航空基地的なもの程度では、その能力は問題にならないことはお判りいただけると思います。


なお、朝蜘新聞社さんからいただいた掲載紙は通常より多く、私が使ってもまだ残りますので、もし定期購読されていないなど当該紙を読む機会のない方で、ご希望の方がおられましたらお申し出いただければ差し上げます。


ところで、今回の英空母 「QE」 の来日において、晴海や横浜など話題性の点でより効果の高いところではなく、なぜ米海軍横須賀基地だったのかについてお判りの方はおられますか?

このことも今回の私の記事では紙幅の関係もあって省略せざるを得なかった重要な点なのですが ・・・・

posted by 桜と錨 at 21:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2021年09月27日

「丸」 11月号


月刊誌 「丸」 11月号が届きました。 今月号の特集は 『 防空駆逐艦 「秋月」 型 』 です。

Maru_R0311_cover_s.jpg


この中で私も1稿を書かせていただきました。

     「 日本海軍艦艇 対空砲性能比較 」


で、あれ 〜、九八式十糎高角砲通常弾の弾道図が間違ってる 〜

86頁左下にある弾道図は 「九八式八糎高角砲通常弾」 のものになってしまっています。 編集部さんに原稿を送る際にファイルの選択を間違ってしまったようです。

この後の何かの機会に訂正記事を載せていただくことで、ご容赦ください m(_ _)m


なお、八九式十二糎七高角砲通常弾薬包やその弾道図なども比較のために掲載したかったのですが、紙幅の関係で残念ながら割愛させていただきました。

また、本来ですと 「四十口径三吋大仰角砲」 に始まる旧海軍の一連の高角砲についてお話しすると良いのでしょうが、長いものになりますので ・・・・ 今回は 「秋月」 型の長10センチ砲をメインに据えた短いものとせざるを得ませんでした。

これは本家サイトの方で、いずれご紹介のコンテンツを作ってみたいと思います。


( そういえば、よく見ると85頁の表1及び表2とも最上欄の 「八九式十二糎七」 が 「九八式」 の誤記になっていますね。 アセアセ )

posted by 桜と錨 at 17:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2021年09月26日

本家サイトの更新はお休みです。


なんか世間の事でも私事でも色々なことが続いており、肩の力がガックリと抜けてしまいまして、気力が出ませんので、今週の更新はお休みさせていただきます m(_ _)m

posted by 桜と錨 at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年09月24日

海上自衛隊の古い史料 −16


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という16回目です。

今回は 「射撃要務」 についてです。

射撃要務といいますのは、射撃を計画・実施する上での事務的な事項を包括的に言います。

しかしながら、旧海軍においてはこの射撃要務全体を1つの事として取扱ったり教えたりすることはありませんでした。

例えば、弾火薬の管理や取扱いに関する様々な規則類は弾火薬についての項目の中に含めておりました。

ただし、砲術学校の普通科測的術練習生課程 では、練習生が艦の砲術科に配属された時に、射撃全般についてどの様な事があり、測的に関する配置でどの様な事について上級者の手伝いをしていけば良いのかの基礎的事項を教えるためのものとして 「砲術要務」 と言うのがありました。


戦後の警備隊・海上自衛隊では、全てをまずは米海軍に範をとることとしたため、砲術に限らず全てについて日常の業務は米海軍流の書類による処理が重要になってきました。

そして、防衛庁・海上自衛隊という行政組織、即ちお役所になりますと、これに拍車をかける如く、ありとあらゆることが規則類として次々に定められてくることになります。

このため、この事務的なことを分かりやすく整理することを狙いとして、昭和44年に 『艦砲射撃要務教範草案』 を作り、関係部隊からの意見・所見を得て制式化しようとし、2次案まで作成されました。

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その 目的とするところは 「艦砲射撃教範、艦砲操法教範及び艦砲訓練教範に示された事項以外の射撃に関する艦上諸要務を効果的に処理するために必要な原則を示す」 もの とされています。

しかしながら、2次案まで行ったところで立ち消えてしまいました。 おそらく、規則類が次から次へと増えてくる状況に鑑み、「教範」 とすることは相応しく無く、かつあまり意味が無いと判断されたためと考えられます。


その後の経緯については不詳ですが、昭和56・57年頃には第1術科学校の各種課程において「射撃要務」として 教えられていました。

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その 目的とするところは「砲術科の任務を完全円滑に遂行するために必要な諸業務の処理をいい、主として教育訓練以外の様々な要務をいう」もの とされていました。

とは言っても、実際にはこの要務を含む射撃全般についてどの様に教育訓練するかは切り離せないところであり、そのための規則類に基づくことも細かく定められています。

要するにこの教育訓練も含めた射撃全般についての事務的な手続き、書類作成などのことが全て含まれることになります。


ところが、この時のSG (スタディ・ガイド) ではその全体を網羅しきれていませんで、特に関係規則類は大変に数が多く、かつ複雑に絡み合っておりましたので、私は中級学生の時にその関係規則類に漏れがないようにと調べて、各項目別に区分した一覧表に纏めてみました。

例えば教育訓練関係全体の規則類について、一覧表を更に体系図として作ったものをご紹介すれば次のようなものです。

Shageki_youmu_02_list_s2.jpg

画像が小さいために細部がお判り難いかと思いますが、大変に複雑なものであったことはご理解いただけると思います。

これらの一覧表一式はクラスメート達からも “俺にもコピーを” と大変に好評でした。 お役所たる海上自衛隊の、射撃の現場にいる者達にとっては、実務以外の問題としてそれほど面倒なものであったということです。


現在ではどのように教えているのかは存じませんが(私が申し上げる立場にありませんが)、少なくとも規則類の数が減るとは考えられませんし、ましてや艦砲とミサイルとの両方を扱わなければならなくなりましたので、今の若い人達は大変だろうな〜、っと。


いずれにしても、この昭和56・57年頃のSGはもちろんとして、昭和44年の 『艦砲射撃要務準則草案』 などはまだ残されているのかどうか ・・・・


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posted by 桜と錨 at 11:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 海上自衛隊の古い史料

2021年09月23日

丸2年の小春


元野良だった三毛ニャンの小春が我が家にやって来て丸2年が過ぎました。 来た時がおおよそ4ヶ月位の子猫でしたから、今では随分と大きくなりました。

性格は子猫の時と同じ、自由奔放というか勝手気ままのままですが。

それでも私の事は “チュールとブラッシングの係” くらいには思っている様で、これはそれなりに頼りにしているようです。

夜、寝る前になるとパソコンで作業しているキーボードの前にやって来て、夜食のチュールの催促でどいてくれません。

そしてそれを貰ったら、しばらくはどこかへ行っていますが、私が寝るとその内いつの間にかベットの上に上がってきて足の間で寝てしまいます。

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が、必ず朝4時半〜5時頃には私の顔をペロペロ舐めながら “チュ〜ル !!” と (^_^)

まあ、外には全く出さない家猫としては、懐いてきてはいる方なのでしょうね。

posted by 桜と錨 at 11:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年09月21日

海上自衛隊の古い史料 −15


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という15回目です。

今回は 「射撃指揮法」 についてです。

砲術・艦砲射撃についてお話をするときに、この 「射撃指揮法」 というのはよく耳にされると思います。

では、旧海軍においても現在の海上自衛隊においても 「射撃指揮法」 という独立した一つの教範類などがあるのか、というと、これはありません。

何故かというと、砲戦・艦砲射撃というのは、その艦、艦型によってハードウェアが異なることはもちろんですが、ソフトウェアたる砲戦指揮官の艦長、そして射撃指揮官である砲術長の技量・経験などは様々ですし、ましてやこれを補佐する射撃関係員の技量・経験はそれこそ様々で、当然ながら艦における1つのチームとしてのレベルはその時その時で異なります。

したがって、艦長や砲術長はその時の状況に応じた艦の 「準則」 や 「戦策」 を作り、現状においてどの様な砲戦、射撃を行うのかを定めてこれの周知徹底を図り、かつそれに基づく教育訓練を実施していくかなければなりません。

そしてこれは人が交代したり、教育・訓練などの成果により射撃チームとしての状況や練度が変わってくると、それに応じて書き直していくことになります。

つまり射撃指揮法について海軍全体に共通する “これだ” という一つのものがあるわけではないのです。

とは言っても、砲術学校の高等科や専修科学生などのような、これから射撃指揮官への道を進もうかという者に対して何も教えないという訳にはいきませんので、その射撃指揮法のあり方や考慮すべき事項などの一般的な基礎を教えることが必要になってきます。

これもあって、旧海軍では射撃理論、弾道学や誤差学、射法などを纏めた 「射撃学」 あるいは 「射撃学理」 の中の1項目として、この射撃指揮法の基礎的な概要を教えることとしていました。

例えば、砲術の大家の一人であり 「武蔵」 艦長として戦死された 猪口敏平中将が、若かりし頃の砲術学校の専攻科学生の時の課題研究成果を 『射撃学』 全4編として纏め、その中の一つに 『第二編 射撃指揮法』 がありました。

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これはその後 海軍砲術学校の採用するところとなり、順次改訂が加えられつつ同校の高等科学生用の 『射撃学理参考書』 の中で教えられていくこととなりました。

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この 「射撃指揮法」 の考え方は戦後の警備隊・海上自衛隊になっても同じでしたが、私の手許にあるのは 昭和44年に第1術科学校砲術科が作成した 『射撃指揮法 (幹部学生用)』 が最も古いものであり、それ以前のものについては判りません。

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そして、私達が中級射撃課程学生で習ったときのSG (スタディ・ガイド) は 昭和56年の 『射撃指揮法』 です。

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この2つのSGは、先にご紹介した海上自衛隊の 『艦砲射撃教範』 や 『艦砲操法教範』 などに基づき、艦艇の砲雷長や砲術長に就いた時にどのような射撃指揮をすれば良いのか、そしてそのための射撃関係員の教育訓練をどのように行っていけば良いのかの基礎を簡潔に説明するものでした。

( もちろんSGはいわゆる教科書ではなく、講義を聞きながらこれに自分で色々と書き込んでいく類のものです。)

その後の現在に至るまで、この射撃指揮法についてどの様に教えているのかは、残念ながら手許に資料がありませんので不詳ですし、また私がそれをお話しする立場にはありませんので。

それにしても、この昭和44年と56年のSGもまだ残されているのかどうか ・・・・


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posted by 桜と錨 at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 海上自衛隊の古い史料

2021年09月20日

「扶桑」 型の4番主砲塔


某所において、次のような質問が出ていました。

扶桑型の側面図を見ると中央砲塔である3番、4番砲塔のうち4番砲塔の高さが3番砲塔よりかなり高くなっています。 これは、
 1)4番砲塔基部周辺に短艇類を配置するため、主砲爆風の影響を減らす。
 2)4番砲塔弾薬庫の下を推進軸が通っているため、その分高さをかさ上げした。
等々の理由が考えられますが、真相はどうなのでしょうか?


本家サイトの 「砲術講堂」 の 「軍艦概説」 コーナーにて、「艦船各部の名称及び構造一般」 のページに昭和4年の海軍兵学校の教科書にある 「扶桑」 の一般配置図を示しております。


これをご覧いただければ、何故4番主砲塔が3番主砲塔より高くなっているのかは明白でしょう。

要は、主砲の爆風云々よりも、艦載水雷艇などの大型艦載艇を主砲の砲身下に収容するため なんですね。

posted by 桜と錨 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2021年09月19日

SG 「射撃指揮装置T型 射撃理論」


海上自衛隊の古い史料をシリーズでご紹介しているところですが、これに関連して、本家サイトの今週の更新として、「現代戦講堂」 の 「資料展示室」 コーナーで公開してきております「射撃指揮装置T型 スタディ・ガイド集」 に 「射撃指揮装置T型 射撃理論」 を追加公開しました。

http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/08_GFCS_Type1_SG.html

GFCS_Type1_Theory_SG_cover_s.jpg

質の悪い藁半紙に印刷されたものですので、一部見難いところがありますが、判別は可能と思います。

射撃指揮装置T型は、ご存じのとおり戦後初めて国内開発されたものですが、装備艦艇は既に全て除籍となっており、またこれに伴い海上自衛隊第1術科学校の第2砲術講堂にあった実機教材も、既に破棄されて動かすことのできないドンガラだけが残っているようです。

おそらく取扱説明書は全て揃って残されているものとは思いますが、教育用のSG (スタディ・ガイド) はまだあるのかどうか ・・・・

例え残っていたとしても、海上自衛隊の体質からしてこの種のものが公開されることはまずないと思われますので、今後残りのものも含めて、整形とゴミ取りをして順次公開していきたいと思っています。

もちろん、残念ながらSGには秘密部分やデータは全くありませんが (^_^)

posted by 桜と錨 at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2021年09月17日

台風来襲の前に


台風14号が福岡に上陸して東に進んでおり、今夜半には当地方の南側を通過する予報となっています。

先ほど当地方も警戒レベル3が発令になりましたが ・・・・

最近ちょっとご無沙汰しておりましたが、時々顔を出している道路沿いの菜園の女将さんから朝携帯に電話がありまして、イチジクをもいだのがあるけど要るなら置いておくよ、とのこと。

もちろん要らない訳がありません。

で、台風来襲の前にと昼過ぎに行ってきました。

サイズによって異なりますが、1パック5〜6個入ったものを用意してあった10パック全部 (^_^)

半分は義姉がジャムにするから頂戴ということで、おすそ分け。

市販の出荷用に栽培している濃い赤紫色の皮で熟してやたら甘いものとは異なり、普通のイチジクの木に生ったものですので、甘さはほどほど。

それでもとれたてですので新鮮で大変に美味しく、ついつい後を引いて、あっという間に1パックはペロリと空に。

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気にかけていただいて、こうして連絡いただけるのは嬉しいですね 〜

posted by 桜と錨 at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年09月15日

海上自衛隊の古い史料 −14


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という14回目です。

続いて砲術・艦砲射撃に関する 「教範」 についてお話ししますが、今回はその最上位である 『砲戦教範』 です。


旧海軍におけるこの 『砲戦教範』 は、昭和5年になってその草案が作られましたが、翌昭和6年には『砲戦操式』、7年には『第三改正海戦要務令 続編』、8年には 『第四改正海戦要務令』 の制定などなどの様々な要因が重なったために、やっと昭和13年になって正式なものとして制定されました。

そして、太平洋戦争における戦闘様相の変化に合わせるため、昭和18年に改正案 が作られましたが、これは結局終戦までにそれが正式制定されるに至らなかったとされています。

この 『砲戦教範』 の目的は 「主トシテ水上艦艇ヲ基準トシ之ガ砲戦実施上準拠スベキ事項ヲ示ス」 とされていました。

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戦後の警備隊及び海上自衛隊の創設期においては、当初は “ともかく何でも米海軍に倣え” ということで、米海軍資料に基づいていましたが、一応昭和40年代に入った頃から海上自衛隊独自の考え方も取り入れたものとするとの傾向が出てきまた。

そこで、昭和44年になって 砲術・艦砲射撃についての最上位教範である 『砲戦教範』 が作成され、「秘」 指定された海上自衛隊教範第135号として制定 されました。

( 最後まで秘密文書のままでしたので、残念ながら表紙も含めてご紹介できませんことをお断りします m(_ _)m )

その目的とするところは 「艦艇による砲戦に関する教育訓練の準拠を示す」 ものとされ、水上砲戦、対空砲戦及び対地砲戦について纏められたもので、ミサイル戦については当時関連するその一部が記述されてはいるものの、当時の情勢としてまだ本格的な項目にはなっていません。

しかしながら、基本的には砲戦実施上の要点が述べられていたことと、かつこれが秘文書であったことから、艦艇幹部は学校教育での何かの時に読んでその趣旨は理解する機会はあったものの、現場において日々紐解くようなものではありませんでしたので、大抵は金庫の中にしまわれたまま、つまり “金庫の肥やし” ということに (^_^)

この点は、更に上位教範といえる 『海上自衛隊用兵綱領』 と似たような性格のものといえるでしょう。

このため、この 『砲戦教範』 は長い間修正・改善されることも、時代の変遷に応じた新しいものに改訂されることもないままで、手元にある残された資料では昭和58年頃にこれを 『砲戦・ミサイル戦教範』 とする改定案が検討されていたようですが ・・・・ 後に 『砲戦教範』 は一旦廃棄された後、全面的に新しくなった別のものが作られたと聞いています。

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いずれにしても、その性格上から秘密文書でしょうから、昭和44年の 『砲戦教範』 ともども、海上自衛隊から公開されることはまずないでしょう。


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posted by 桜と錨 at 14:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 海上自衛隊の古い史料

2021年09月14日

晩酌用が無くなったので


夜に家内とチビリチビリやっている日本酒が無くなりましたので、千福の三宅本店さんへ。

ここも今はコロナによる時短営業中なのですが ・・・・ いつ行っても他に誰もいませんのでユックリと (^_^)

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「孤狼の血」 は棚に並んでいなかったので顔なじみになった店員さんに聞きましたら 「初期生産分の販売は終わりましたが、確か奥に1本だけ ・・・・」 とのことで。

そしてCMでも出たばかりの 「月夜のうさぎ」。

家内は割と昔風の濃厚な辛口のものが好きなので1本はそれにしたら、と言いましたら、それはいつでも買えるから今日は話題性のもので、と。

ハイ、はい、お財布はいつも私のですので (^_^)

posted by 桜と錨 at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年09月12日

「中津(六九一)基地」 と 「草地(六九二)基地」


先に旧海軍の分散・秘匿基地、いわゆる “牧場” の一覧表を作成して公開しておりますが、今週の本家サイトの更新として、この内の 「宇佐航空基地」 の分散用である 「中津(六九一)基地」 と 「草地(六九二)基地」 の2つを当該基地のページに追加しました。

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両基地とも終戦までに完成しなかったとされて、また終戦直後の米海軍写真では既に放棄されて何とか滑走路の位置が判別できる程度になっておりますが、概要の位置図などが旧海軍史料に残されており、その所在がハッキリしておりますので、今回この2つを採り上げることとしました。

この “牧場” については終戦間際になっての急造であり、そのほとんどは終戦までに完成しなかったとされておりますので、原則的には本家サイトの 「旧海軍の基地」 コーナーでは採り上げませんが、旧海軍及び米軍の史料により、その所在が確認できるものについては、大元の航空基地のページを作成する際に一緒にご紹介していきたいと思っています。

posted by 桜と錨 at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2021年09月11日

ハモ


顔馴染みになった小さな魚屋さんにハモの捌いたのが置いてありました。

いつもは一匹そのままで並んでいるのですが、やはり捌いて小骨を切ってないと店頭に来る個人の常連さん達には手が出し難いようで、若大将が手が空いた時を見計らって作ったようです。

で、これを1パック。

生ですので、軽く湯通しして酢味噌で。

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新鮮で大変に美味しかったですが ・・・・ どうも私はハモというと、小料理屋さんなどで小鉢に数切れ盛られた上品なものを一杯やりながら、という印象がありまして、こうして一度に沢山食べるものということはまずありませんでした。

う〜ん、食べ慣れればこれはこれで良いのかも (^_^)

posted by 桜と錨 at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年09月10日

海上自衛隊の古い史料 −13


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という13回目です。

続いて砲術・艦砲射撃に関する 「教範」 についてお話ししますが、今回はそのメイン中のメインである 『艦砲射撃教範』 です。

この 『艦砲射撃教範』 は、旧海軍においては近代射法の誕生に伴う大正2年に始めて制定されたもので、その後数度にわたり射法を中心とする艦砲射撃の発展と共に改訂が加えられ、最終的に昭和12年の全面改訂されたものが旧海軍における最後のものとなりました。

その教範の目的とするところは 「射撃関係員を訓練シ戦闘ニ当リ射撃効果ヲ最大ニ発揚セシムル為準拠スベキ原則ヲ示ス」 ものとされています。


戦後の警備隊及び海上自衛隊の創設期においては、当初は “ともかく何でも米海軍に倣え” ということで、米海軍資料に基づいていましたが、結局のところ、砲やレーダーについてはともかくとして、砲術・艦砲射撃そのものにつては米海軍に習うことはほとんどない、と言うことがハッキリしてきました。

これにより、旧海軍のものを参考にしつつ新たな教範を作ることとなり、これが 昭和33年の海上自衛隊達第11号別冊 『艦砲射撃教範』 として制定されました。

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この戦後初の 『艦砲射撃教範』 は 「射撃にあたり射撃効果を最大に発揮するため、射撃関係員の従わなければならない原則を示す」 とされ、旧海軍のものとは多少の表現の違いはあるものの、その目的とするところは同じものです。

当初は 「秘」 指定のものでしたが、昭和41年に なって防衛庁達とそれに基づく海上自衛隊達の制定に伴い、これを 「取扱注意」 とした上で、新たに海上自衛隊教範第10号の 『艦砲射撃教範』 として出し直し たのです。


そして、その後の装備武器などの進歩に伴い、昭和48年に これを多少修正・改訂したものが 「取扱注意」 指定 (後に文書管理の変更に伴い 「注意」 となりました) の 海上自衛隊教範第203号 『艦砲射撃教範』 となりました。

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ただし、「この教範は、艦砲による射撃に関する教育訓練の準拠を示すことを目的とする」 とされ、時代の世相を反映して実際の戦闘を匂わせる表現では無くなっています。

とは言っても、私達の若い頃はこれで習ったのですが、全体的な内容はそれまでの 『艦砲射撃教範』 の要旨を踏襲したもので、まだまだ旧海軍時代のものが色濃く残っており、流石は旧海軍の艦砲射撃の伝統に基づいた端的で緻密なものであると思いました。


しかしながら、その後の趨勢として短SAMも含むミサイル搭載艦が増えるにしたがって、このミサイル射撃も含めたものにしたらという声が出てきたことによって、 平成10年に このミサイル射撃と艦砲射撃とを一つにした新たな 『艦艇 射撃教範』 が「秘」 指定の海上自衛隊教範第376号 として出されたのです。

( 「秘」 指定の文書とは言っても、実際には本来の秘密部分はデータなどのほんの一部で、ほとんどのページは 「部内限り」 となっています。 )

ところが、この教範はミサイル射撃と艦砲射撃を一つにしてしまったために、元の 『艦砲射撃教範』 にあった旧海軍時代から続く用語の定義や射撃指揮に関するものを、ミサイル・システムに合わせた、いわゆる “現代風” にしてしまったのです。

このため、本来教えるべき艦砲射撃についての基本中の基本が判らないものとなってしまいました。

私達の多くは “これでは全くダメだ” と口を大にして指摘したのですが、その方面で名が知れたかの有名な人物が直接の当の担当者で、“これで良いんだ” と言い張って全く聞く耳を持ちませんで、この可笑しなものが制定されることになってしまいました。

結局のところ、これでは使い物になりませんので、艦砲射撃については従来のものに従って教えることになったのです。 (少なくとも私が現役の間はそうでした)

その後のことは、私は申し上げる立場にはありませんので m(_ _)m


そして、改訂版たる昭和48年のものは多分まだ残っているのでしょうが、最初の昭和33年のものはまだあるのかどうか ・・・・


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2021年09月08日

イチジクの初物


そろそろイチジクも出回り始めました。 まだちょっと早いかなと思いましたが、今年の初物と言うことで。

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いわゆる “地下もの” ですので、スーパーなどに置いてある、輸送中に熟すことを期待するような品とは違います。

ここの昔ながらの町の小さな八百屋さんの大将も、結構こだわりがあるようで、市場で気に入ったものだけを選んできているようです。 “今日は栗は良いのが無かった” と仕入れてきていませんでした (^_^)

posted by 桜と錨 at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年09月07日

海上自衛隊の古い史料 −12


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という12回目です。

今回からは3回に分けて砲術・艦砲射撃に関する 「教範」 についてお話しします。

教範というのは 「部隊の指揮運用、隊員の動作等に関する教育訓練の準拠を示したもの」 と定義され、これは昭和40年に防衛庁訓令第34号 『教範に関する訓令』 により定められた、3自衛隊共通の用語です。 

そしてこれに基づき、海上自衛隊では昭和41年に 『海上自衛隊教範に関する達』 が定められ、これにより種々の教範が作成されています。

とはいっても 「教範」 という用語は旧海軍から使われており、海上自衛隊でも上記の訓令及び達以前に、『海上自衛隊教範類編纂に関する達』 によって、いわゆる “教範類” というものが作成されていました。

これらの中でも、旧海軍当時から砲術・艦砲射撃に関する “バイブル” とされてきたのが、『砲戦教範』、『艦砲射撃教範』 そして 『艦砲操式』 の3つ です。

旧海軍の 『艦砲操式』 は海上自衛隊では 『艦砲操法教範』 と名称が変わりましたが、この3つのレベルの教範の構成は、戦後の海上自衛隊でも踏襲されているものです。

まずはこの 『艦砲操法教範』 から。


旧海軍時代の 『艦砲操式』、そして海上自衛隊の 『艦砲操法教範』 は、その名の通り “砲機の操縦及び弾薬の供給に関し、射撃関係員の順守すべき操作を規定” するものです。

したがって、具体的な砲機が異なり、艦艇への装備方法が異なれば細部は違ってくるものですが、逆にどのような砲機やその装備方法であろうとも、共通するところがあります。

特に安全に関する部分や、号令詞などの最重要なところは同じでなければなりません。

海上自衛隊においては、この砲機の違いに関わらずその共通するところを 『艦砲操法教範(一般の部)』 として定めております。

この 『艦砲操法教範(一般の部)』 の最初のものは、昭和39年に海上自衛隊達第99号別冊として 「秘」 に 指定されて出されました。

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そしてこれは先の防衛庁訓令等に基づき、昭和41年に海上自衛隊教範第44号として改めて指定 し直され、かつ昭和47年には 「秘」 の指定が解除 されています。


私なども当初はこの時の教範で習ったのですが、昭和51年に海上自衛隊教範第240号 『艦砲操法教範(一般の部)』 となり、秘密指定の無い普通文書として出されました。

Manual_Kanpou_Souhou_S51_cover_s.jpg

教範の構成や内容などは基本的に以前のものと同じなのですが、砲熕武器や射撃指揮装置などの進歩に合わせて多少変更が加えられています。


そして私の現役の間には、更に 平成5年に海上自衛隊教範第364号 として改訂・改正が加えられたものになりましたが、これは当時の一連の秘密漏洩事件の影響を受けて 「部内限り」 とされてしまいました。

Manual_Kanpou_Souhou_H05_cover_s.jpg


なお、この平成5年版以降のことについては申し上げる立場にありませんので (^_^;


しかしながら、改訂版の昭和51年のものは多分どこかにまだ残っているのでしょうが、最初の昭和39年のものはまだあるのかどうか ・・・・


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2021年09月05日

小春、我が家に来て丸2年


野良の三毛猫の子猫を保護センターから貰って、我が家に迎えてから丸2年が経ちました。

もう2年でもあり、まだ2年でもあり (^_^)

元が野良だったからなのか、三毛猫の性質なのか、それとも小春の個性なのか ・・・・ チュールとブラッシングと夜寝るとき以外は “近くのどこか” で遊んでいるか寝ています。

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そして私が1階から2階へ上がるとどこからか出てきて、また2階から1階へ降りるときもどこからか出てきて、一緒についてきて、そしてまたすぐにそのまま “近くのどこか” へ行ってしまいます。

それでも、家内でも私でもナデナデしたりダッコをさせてくれるようにはなってきました。 大分慣れてきたと言えばそうなのでしょうが ・・・・

そして家内と私の食事のときは、家内の横の椅子は自分の席だと言わんばかりに、いつもチョコンと座っておこぼれを待っています。 その椅子に家内が座っていたり何か荷物を置いてあると必ず “ここは自分の席だから、邪魔” と。

夜寝るときはいつもいつの間にか私のベットの上に上がってきて、足の間で朝の4時半〜5時まで。

で、一番眠りの深いその時間になると、必ず “チュール!” と言って私の顔をペロペロ。


我が家は犬は飼っていましたし、また私も小さい頃からいつも犬は一緒にいましたが、猫は初めてです。

2年経ちましたが、未だにこの小春に振り回される毎日ですが ・・・・

まあ、可愛いと言えばそうなんでしょうし、ワンコに比べると手がかからないといえばかからないということかもしれません。

家内に言わせると、もう随分前から我が家に一緒にいるような気がするね、と (^_^)

今日は、小春はチャオの大盛、私達老夫婦はケーキでお祝いを。

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2021年09月04日

海上自衛隊の古い史料 −11


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という11回目です。

前回の10回目で昭和28年に海上警備隊術科学校が作成した 『射撃理論』 をご紹介しましたが、これはいわゆる入門用のものですので、旧海軍出身の砲術のオーソリティ達が “やはりこれだけでは” と考えたことは無理からぬところであります。

そこで、既にご紹介したことがありますが、まず作られたのが 昭和29年の海上自衛隊術科学校の 『攻撃理論概説並に射撃理論』 です。

Kougekiriron_S29_cover_s.jpg

そして、その射撃理論について詳細な分析を加えたものが 昭和39年に海上自衛隊第1術科学校が出した 『解析射撃理論』 全3巻と別冊 です。

Kaiseki_No1_S31_cover_s.jpg

この2つのものは、海上自衛隊が作成したものの中の “名著中の名著” とされるもので、現在に至るもこれだけの理論書が作られたことは無いと言えるでしょう。

私は遠洋航海に続き最初の艦艇勤務1年が終わった後、当時横須賀の船越にあった 「プログラム業務隊」 のプログラム2係 (現在では組織再編により艦艇開発隊の一部となっています) 勤務となり、この時にミサイル及び射撃関係を担当したことからその必要に迫られて、まだ任務射撃課程さえ出ていない身でこの2つを独学で貪り読みました。 (というより他に適当なものが無かったというのが実情ですが。)

両方とも当時既に廃板になっておりましたが、中身はまだ十分に理解できなかったものの、大変優れたものであることはすぐに判りました。

この2つ、今日においては、後者については1セット揃いで残っているようですが、前者については既に無い、というのが海上自衛隊の公式見解 のようです。

とはいっても、やはり良識のある海自OBの先輩もそれなりにおられまして、廃棄して処分してしまうのはあまりにも勿体ない、と個人的に入手して所持された方々がおられました。

ただし、それらの方々ももう相当なお歳ですので、もしかするとどこからかポロっと出てくるかもしれません (^_^;


海上自衛隊は何故このような素晴らしいものを簡単に捨ててしまうのか、その神経が理解できません。

「自分で自分の足跡を消しながら前に進む組織」 ということの表れの典型的な一つと言えますね。


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2021年09月03日

海上自衛隊の古い史料 −10


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という10回目です。

お話ししてきましたように、警備隊及び海上自衛隊の創設期においては、砲術や水雷術に限らず、全てのハード及びソフトについて何はさておきまずは米海軍に倣ってということで、関係する資料も全て米海軍のものを翻訳して纏めることからスタートしました。

で、旧海軍が誇った砲術についても “取り敢えずは米海軍に準拠して” ということで、その射撃理論についても、旧海軍のものを参考にしつつ米海軍の資料を基に作成したものが 昭和28年の海上警備隊術科学校の 『射撃理論』 です。

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とは言っても、内容的には初心者に対する極めて初歩的な内容ですので、これはこれでというところがあるでしょう。


そして、私が幹部中級射撃課程学生の時代の 「射撃理論」 のSG (スタディ・ガイド) は、何と高等科射管課程の海曹学生用に作られたものをそのまま流用したものでした。 教官の手抜きと言えば手抜きであったと。

とは言っても、内容的にはこの後でお話しする海上自衛隊の名著の一つである 『解析射撃理論』 の中から概要の部分をそのまま抜き出して纏めただけのものですが (^_^;

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もちろんこれらには具体的な現用装備についてのデータは含まれておりませんので、秘密でもなんでもない単なる 「普通文書」 でした。

そして更に平成の年代に入ると、1術校の砲術教育における 『射撃理論』 は幹部学生用及び海曹学生用共通のもので済ませるようになりましたが、これも 『解析射撃理論』 の内容から引用した簡略化されたものでした。

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これらも現在となっては果たして残されているのかどうか ・・・・


因みに、昭和28年に警備隊術科学校が 「射撃理論」 を作成した時に参考としたとされる旧海軍資料は、おそらくこれではなかったかと考えられます。

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2021年09月02日

海上自衛隊の古い史料 −9


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という9回目です。

射撃理論や射撃指揮法などに入る前に、その前提となる 「弾道学」 についてどの様に教えてきたのかをお話しします。


この 「弾道学」 については、旧海軍においても、専門的なことになると特定の砲のデータは秘密事項ですが、そのための一般理論についての筒内、筒外弾道、そして終末弾道については学者・研究者による学問的なものとして進んできましたので、これを採り上げて1つの部門とすることは基本的にはありませんでした。

(旧海軍及び海上自衛隊における 「筒内」 「筒外」 などの 「筒」 の字は、正式には 「月」 偏に 「唐 」の字ですが、常用漢字にありませんし一般的なフォントにもありませんので、「筒」の字で代用しております。)

これもあって、海軍兵学校においては極く基本的・基礎的な内容を 「弾道学」 として教え、このための教科書も一連の砲術教科書の分冊の中で 「射撃誤差学」 などの他の項目と共に合わせて作成されていました。

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( 大正10年の砲術教科書の例 )

そして砲術学校などにおいては、その特定の砲熕武器についてのデータに基づく部分を含めてその詳細を 『弾道学参考書』 として纏め、主として学生の自学自習によることを前提として教えてきました。

例えば、次のようなものです。

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戦後の警備隊及び海上自衛隊になっても、「弾道学」 についての専門的なことは、一般の学問としての方が進んだものがありますので、米海軍において教えられている程度の簡単な基礎的事項に限定する方向で進みました。

私が知り得た限りでは、昭和28年に横須賀地方総監部が取り纏めた 『筒外弾道学』 が最初のもので、これは昭和29年以降の海上自衛隊術科学校でも使われたようです。

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おそらくこの時には 「筒内弾道学」 も作られたと考えられますが、これは見つかりませんでした。 私が見逃したのかもしれませんが、もしかすると既に無かったのかも。


そして、私達が第1術科学校の幹部中級課程 (射撃) 学生の時は、『弾道学講義資料』 と言うのが作られており、これは例によって質の悪い藁半紙に表紙以外は手書きガリ版刷りのものでした (^_^;

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もちろん中級射撃学生用とはいっても、それほど専門的なものではなく、したがって秘密事項のデータなども何も書かれていない “普通文書” のものでした。

その後、水上艦艇要員の幹部中級課程は砲術や水雷などの専門的な課程ではなく、共通の 「用兵」 課程、いわゆる “何でも屋” が主流になりましたので、この幹部課程用の 「弾道理論」 の内容は、更に平易なレベルのものとなっています。

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したがって、現在の海上自衛隊においては、「弾道理論」 を専門的に教えることはまず無くなったといえるでしょう。

これもあって、この昭和28年の 『筒外弾道学』 はもちろん、私達が学生の時に習ったSG (スタディ・ガイド) の一つとしての 『弾道学講義資料』 さえ、今では残されているのかどうか ・・・・


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