2021年08月30日

海上自衛隊の古い史料 −8


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という8回目です。

順番からすると、1〜3回目の後にご紹介するのが適当だったかもしれません。 昭和31年に海上自衛隊幹部学校が作成した 『現用砲熕武器の性能の見地より砲戦術の限界』 です。

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内容的には米海軍から貸与された 「はたかぜ」 型をメインとし、PF及びLSSLを副とするものですが、「現用砲熕武器」 とは言いながら全て大戦中の米海軍資料に基づいており、かつ昭和30年に学生に講義したものを後から纏めたものです。

したがって今日においては、大戦中の米海軍のこれら砲熕武器について理解するためには大変貴重なものであると言えるでしょう。

しかしながら、当時から秘密文書にも何も指定されていませんでしたし、単なる “参考資料” の一つでしたしたので、おそらくこれら艦艇が全て除籍となった後には破棄されたと考えられ、これも現在となっては果たして残されているのかどうか ・・・・


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    http://navgunschl.sblo.jp/article/188911818.html
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2021年08月29日

秘匿基地 (牧場) 一覧表と 「築城航空基地」


今週の本家サイトの更新は、引き続いて 「旧海軍の基地」 コーナーですが、特に九州所在の旧海軍航空基地についてお話しするときに切り離せないのが、それぞれの基地の分散・秘匿用として大戦末期に各地に建設された、いわゆる “牧場” といわれるものです。

ところが、現在でもこの秘匿基地の全容についてはもちろん、その一覧表さえ纏まったものが見当たりません。

そこで今週は、この秘匿基地の一覧を旧海軍の史料に基づいて作成して公開してみました。

http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html#makiba

取り敢えずのものですので、今後情報を整理して修正して行く予定にしており、また各秘匿基地の詳細につきましては、関連する元となる航空基地に追記していくことにします。

これに関連して、既存の 「大分」 「高知」 の各航空基地のページを多少修正しております。

そしてもう一つは現在では航空自衛隊の第8航空団が所在する基地となっている 「築城航空基地」 のページを追加・公開しました。

http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/046A-Tsuiki.html


AB_Tsuiki_layout_1945_01_mod.jpg

当該ページではその秘匿基地の一つである 「犀川 (六八一) 航空基地」 についても触れております。

http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/046A-Tsuiki.html#saigawa


AB_Saigawa_layout_1945_01_mod.jpg


なお、いつも申し上げておりますように、私の 「旧海軍の基地」 コーナーでは、旧海軍及び米軍の史料に基づく “当時はどのようなところだったのか” を中心とするものです。

したがって、現在に残る基地跡の遺構や、それに関連する遺構探索は目的としておりませんことを改めてお断りしておきます。

posted by 桜と錨 at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2021年08月28日

「丸」 10月号


月刊誌 「丸」 の最新刊、10月号の特集は 『 「扶桑」 型戦艦 』 です。

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この中で私も1本書かせていただきました。

    『 “「扶桑」 型 VS 米戦艦” 砲撃戦能力比較 』

スリガオ海峡夜戦を念頭に置いたもので、史実的には 「扶桑」 「山城」 の2隻は駆逐艦による雷撃によってあっさり沈んでしまいましたが、この時の日米戦艦の砲戦力はどの様なものであったのか、と言うことがメインになります。

そしていまだにそれを言い、またそれを信じている人達がいる、オルデンドルフの戦艦6隻による、いわゆる “レーダー射撃” によって一方的に叩きのめされたとすることが 「大嘘」 であることをお話しするものです。

当時の米海軍の射撃用レーダー “だけ” (それも Mk-8 や Mk-3) をもってしてはまともな射撃はできませんし、ましてやちょっと射撃理論をかじっていただければ、戦艦部隊のあの時の運動の中での射撃では当たる訳がありません。

まあこれは “歴史上のif” になりますが、もし日本側 (連合艦隊司令部や栗田艦隊司令部) がまともな作戦計画と作戦指導ができていれば、そしてもし夜間にあの様な狭い海峡ではなく、昼間に広い海面で対峙したならば、そして更には志摩艦隊と1つに合わせた砲雷撃戦ができていたならば、結果的には勢力的にも勝てないまでも、相当な打撃を米戦艦部隊側に与えることができたであろうことは容易に予想できるでしょう。

ただし、その36センチ砲も含めてこのテーマに関連することは、本誌2013年の8月号の拙稿で詳しくお話ししておりますので、これと合わせてお読みいただけるとより宜しいかと思います。

とはいっても、そもそもが山本五十六による真珠湾奇襲攻撃による開戦に始まる旧海軍の戦争指導、戦略・作戦の誤りはどうしようも無いことだったのですが ・・・・


なお、本号には別冊付録として 『第二次大戦海戦大辞典』 がついております。

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これはなかなかの出来ですので、この方面に関心のある方、特に初心者や入門者の方々は入手されておかれると宜しいでしょう。

posted by 桜と錨 at 17:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2021年08月27日

「世界の艦船」 10月号


「世界の艦船」 10月号 (通巻第957集) の特集は 『 海自水上部隊の双璧 DDGとDDH 』 です。

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この中で私も1本書かせていただきました。

    『 DDG/DDH の先達 「あまつかぜ」 と 「はるな」 誕生の頃 』

とは言っても、内容的にはタイトルとは少々趣が異なりまして、両艦の誕生についてそのものではなく、私の勤務経験に基づくお話です。

こういう話は、実際に経験がないとできませんし、単に当たり障りのない表向きの話を纏めただけでは面白くもないでしょうから。

両艦とも退役して久しいですので、もうそろそろこの両艦についての詳細をお話ししても良いかとは思うのですが ・・・・

そろそろ書店には並んでいるかと思います。 店頭で見かけられた時には是非手に取ってご覧ください。


そして、現在練習艦に種別変更されている 「はたかぜ」 「しまかぜ」 が退役すれば、ターター・システム搭載艦は (米海軍を含む世界的に) 無くなりますので、このシステムについての詳細をお話しできるようになるでしょう。

また、間もなく 「ゆき」 型も全て退役しますので、この型についてその内輪話も含めてその詳細も。

posted by 桜と錨 at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2021年08月25日

海上自衛隊の古い史料 −7


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という7回目です。

前回の6回目で当時現用の捜索用レーダーについての術科学校普通科及び高等科学生用の教科書をいくつかご紹介しましたが、今回は、ではその各レーダーを教えるための基礎としてのレーダー理論についてどの様に教えていたか、です。

昭和30年に作成された 『レーダー理論教科書』 です。 本来は上下2巻のセットだったのですが、私の手許にはこの内の上巻しかありません。

JMSDF_Radar_thory_Vol-1_S30_cover_s.jpg

当時既に下巻はなかったのか、私が見落としたのか ・・・・ ?

内容的には、基礎的な部分は Bell社や MIT の理論書を元にしており、具体的な各回路についても当時の実際のものを例にして大変判りやすく纏められています。

これ、今にして思えば、下巻が無いのがちょっと残念です。

そして、これらのものも現在となっては果たして海自のどこかに残されているのかどうか ・・・・


因みに、旧海軍においては、昭和19年に横須賀海軍砲術学校が 『電波探信儀ノ原理並構造概説』 を作成しておりますが、編纂的にはこれと同じような形式なものの、内容は当時の日本海軍、というより日本の科学的・技術的なレベルを反映したものになっており、かつ表紙以外は質の悪い藁半紙に手書きガリ版刷りのものです。

IJM_Radar_thory_S19_cover_s.jpg

これはこれで大変に貴重で面白いのですが、やはりそこはそれ、全体的なレベルの差が (^_^)


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posted by 桜と錨 at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 海上自衛隊の古い史料

2021年08月24日

禁断症状 (^_^)


先週は街に降りる道が通行止めになったり、解除されても “通るのは自己責任で” ということで、いつもの小さなお魚屋さんに行けませんでした。

で、新鮮なお魚を食べたいという禁断症状が出て来まして、ドンヨリとした曇り空ながら雨は時々パラパラという状況になりましたので、ドキドキしながら車で。

顔を出しましたら、大将も若大将もニコニコしながら 「やっと降りてきたね」 と (^_^)

やはり店頭に並んでいるのを見てしまうとアレもコレもとなりまして ・・・・ 老夫婦二人用にも関わらず、たくさん買い込んでしまいました。

その一つ。 久しぶりに活きたトコブシがありましたので、晩酌の肴にと少々。

Tokobushi_R0308_01.jpg

我が家に帰っても、まだゴニョゴニョと動いています。

これをお醤油で煮込んだものは私の大好物の一つです。

posted by 桜と錨 at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年08月22日

「宇佐航空基地」 と 「富高航空基地」


今週の本家サイトの更新は、引き続いて 「旧海軍の基地」 コーナーにて 「宇佐航空基地」 及び 「富高航空基地」 のページを追加・公開しました。

両基地とも旧海軍の航空隊関連では大変に有名なところですが、当時の両基地そのものについて紹介したものはほとんどありませんので (現在に残る遺構探索などでは別ですが)、旧海軍史に興味のある方々にはお楽しみいただけるのではないかと思います。

    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/047A-Usa.html
    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/049A_Tomitaka.html

なお、「富高航空基地」 の頁でも記しておりますが、出版物やネットなどにおいて、昭和19年11月に築城航空隊富高分遣隊が独立して富高航空隊となったとするものが散見されますが、これは誤りで何かを勘違いされたものでしょう。

一例を上げれば次のとおりで、同分遣隊に補職されていた者たちは昭和20年3月1日をもって新たな人事発令をすること無しに 「岩国航空隊」 勤務とすることとされています。

Kanboujinkimitsu-125_S200301_01_s.jpg

昭和19年11月からこの20年3月までの間、富高基地に築城航空隊富高分遣隊とそれから分離・独立したとする富高航空隊が共存するなどは、旧海軍の体制上ありえないことです。

そして、同じく富高基地について、元の滑走路跡の舗装が一部残されているとするものがありますが、これは明らかに格納庫前のエプロンの一部の誤りでしょう。


また、宇佐基地の分散秘匿用のいわゆる “牧場” と呼ばれる航空基地である 「六九一基地」 (中津基地)と 「六九二基地」 (草地基地) が終戦間際に建設されたとされていますが、この2つについては旧海軍及び米軍の両方の情報ではハッキリせず、終戦までに完成したのかさえ不明ですので、これらについてはデータを整理してみてから考えることにします。

次は、この九州東部に所在した旧海軍の航空基地と密接に関係があります 「築城航空基地」 と、「佐伯航空基地」 のページにまだ未記載でした 「六九四基地」 (臼杵基地) の追加ができればと考えております。

posted by 桜と錨 at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2021年08月21日

ロシア海軍のコルベット 「ブーヤンM」 級


8月18日付 『朝雲新聞』 の 「世界の新兵器」 コーナーでの私の艦艇編は、今回で16回目で初めて旧東側のものとなるロシア海軍のコルベット 「ブーヤンM」 級を取り上げてみました。

No551_Buyan_m.jpg

当該コーナーでは、私は基本的に計画中や建造中のものではなく少なくとも1番艦が就役しているものとしています。 これは計画中や建造中では就役までにデータなどが変わってくる可能性があるからです。

そして、どうしても旧東側の艦艇、特にロシアや、それに現在の中国の艦艇については正確な情報が少ないことと、仮に知り得たとしても秘密に関わるものがあり一般の刊行物などには書けないものがあります。

しかしながら、最近ではロシア海軍艦艇についても比較的その詳細が明らかになりつつあり、今回の 「ブーヤンM」 級についても、オープンとなっている情報だけでも大変に興味深いものですので採り上げさせていただきました。

ただ、1番艦が2014年に就役してから既に10隻が建造済み、あと残りが2隻ですので、最新とは言えないところがありますが ・・・・

それにしても、現在海自が建造を進めている、図体は大きいけれど搭載兵器も乗員も少ないという護衛艦と比較してみると “軍艦とは” というもののあり方について考えさせられるものがありますね。

posted by 桜と錨 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2021年08月20日

海上自衛隊の古い史料 −6


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という6回目です。

前回の5回目で射撃指揮装置 Mk-37 の射撃用レーダー Mk-12、Mk-22 及び Mk-28 の史料についてご紹介しましたので、今回は捜索用レーダーについてです。

私が知る限りでは、昭和29年の警備隊術科学校、そして29〜31年に海上自衛隊術科学校において作成されたもので、次のものが (かつて) 残されていました。

何れも術科学校における 普通科及び高等科学生の課程教育用の 『レーダー機器教科書』 で、米海軍から提供された資料に基づいています。


◎ 普通科学生用

普通科学生用ですから、米海軍から貸与・供与された艦艇に装備されていた当時現用の 「SA」 「SL」 「SO-2」 「SO-3」及び 「SF」 レーダーのそれぞれの概要が纏められています。

JMSDF_Radar_Text_J_01_S29_m.jpg


◎ 高等科学生用

当然ながら、普通科学生より高度な専門的内容を纏めたもので、「SA」 「SL-a」 「SO-2」 「SG-1B」 及び 「SF-1」 の各レーダー機器ごとの教科書となっています。

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これら以外のレーダー機器の教科書についても作られたのかもしれませんが、私が探した限りではこれしかありませんでした。

いずれのレーダーも大戦中に米海軍が開発して艦艇に装備した各シリーズものの戦後版で、各部がオリジナルのものから改善・改良が (多少) 加えられてはいますが、大戦中のこれらのレーダーを知る上で、しかも和文ですので貴重なものと言えます。

しかしながら、これらのものも現在となっては果たして海自のどこかに残されているのかどうか ・・・・


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posted by 桜と錨 at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 海上自衛隊の古い史料

2021年08月18日

ふて寝のニャンコ


昨日の昼からは一時雨も止んで曇りがちでしたが、今日はまた朝からパラパラだったりバシャバシャだったりしています。

呉市も昨日は警戒レベル3の高齢者等避難指示を解除していましたが、今日はまた昼から再度発令中です。

風向きが時間と共に変わりますので、雨が降り込んではいけないと、このところ1階も2階も窓はずっと閉めたままです。

で、我が家のニャンコは外が眺められないので、昨日も今日も昼間はケージの中に自分で入り込んでふて寝をしています。

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呼びかけるとむくっと顔を上げますが、呼んだだけでは “何だ、チュールをくれるのじゃないなら呼ぶな” とばかりの顔をして、またふて寝してしまいます。

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まあ、仕事部屋に上がってきてパソコンのキーボードの前に陣取って邪魔をしないのは良いのですが ・・・・ (^_^;

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posted by 桜と錨 at 19:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年08月16日

「世界の艦船」 9月号増刊


「世界の艦船」 9月号増刊 (通巻第956集) は 『傑作軍艦アーカイブ K 米戦艦 「ノース・カロライナ」 級/「サウス・ダコタ」 級 』 です。

SoW_No956_cover_s.jpg

この中で私も2本を書かせていただきました。

    『 徹底分析 B 兵 装 』
    『 第2次大戦の米戦艦レーダー発達史 』

残念ながらこれら2つとも、紙幅の制約のためにかなり簡略なものにせざるを得ませんでした。


総論的には、「ノース・カロライナ」 級と 「サウス・ダコタ」 級は軍備制限条約後の新戦艦として建造されましたが、この2つのクラスは最後の米戦艦たる 「アイオワ」 級に至る前級として非常によく似たものであり、かつその完成形としての 「アイオワ」 級の方が有名であるため、どうしてもそれに隠れて影が薄くなってしまいます。

結果として、兵装については 「アイオワ」 級について本シリーズの 『傑作軍艦アーカイブ C 』 が出ておりますので、それとの比較、相違点をお話しすることになってしまいますので、この 『傑作軍艦アーカイブ C 』 の拙稿を合わせてお読みいただきながら の方がより良いでしょう。


そして、2つ目のレーダー発達史については、これはもう決定的に紙幅が足りませんでした。

もう少し詳しくお話ししなければ、そのそれぞれの概要がお判り難いかと思いますし、また大戦終盤の、それこそ怒涛のような新しい、かつ進化したレーダー群については省略せざるを得ませんでしたので、発達史としては最後が少し中途半端になってしまいました。

これらについては、機会があればまた詳しくお話ししてみたいと思っています。


しかしながら、今回も編集部さんが頑張ってくれまして、特に写真ページは大変綺麗で充実したものとなっており、これはもうお手元に置いておいて絶対に損の無いものです。

もう書店には並んでいるかと思います。 店頭で見かけられた時には是非手に取ってご覧ください。

posted by 桜と錨 at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2021年08月15日

佐伯航空基地のページ更新


今のところ雨は一段落しているものの、まだ警戒レベル4の避難指示は続いていますが ・・・・

今週の本家サイトの更新は、「旧海軍の基地」 コーナーにて既に公開しております 「佐伯航空基地」 のページを更新 し、使用しておりませんでした米軍史料からの写真や地図などを追加いたしました。

    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/015A-Saiki.html

その追加したものの一つに、米軍が作成した佐伯周辺の地図がありますが、これは元の米軍史料では2頁に分割されておりますので、これを1つに合成したものを公開します。

AB_Saeki_map_1945_01.jpg

ただし、ご存じのとおり、分割コピーしたものはどうしても微妙なゆがみなど避けがたいものが出まして、そのままではすんなり1つに合成できませんので、それなりに加工して見かけを良くしました。 これが結構手間暇がかかります (^_^;

そして米艦載機の空襲下の数々の写真などは珍しいものと思いますし、米軍の分析情報も流石はと感心せざるを得ないものでしょう。

お楽しみいただけたらと存じます。

posted by 桜と錨 at 07:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2021年08月14日

今日も雨がジャバジャバと


今日も雨が降り続いています。

Ame_R030814_01.jpg

私のところも市からは避難指示が出ていますが、洪水も土砂崩れも今のところ心配なさそうです。

広島市や呉の旧市街からは離れた、山奥の広い盆地の大団地の中でも更に高台にありすので、比較的安心なのですが、呉の旧市街へ降りる道が旧道や抜け道も含めて全てアウトになりました。

まだ広島へ降りる道は大丈夫なようですので ・・・・ (この点を見ても広島市と呉市との道路整備に対する取り組みの差が歴然としていますが。)

それに、大団地のあちこちにはスーパーやコンビニなどがいくつもありますし、広島市や熊野、郷原方面の道は生きていますので、物流は大丈夫なようで、生活自体は今のところ問題はありません。

その代わり、旧市街も含めて周囲は大変なようです。


我が家のニャンコは、一昨日から1階も2階も全ての窓を閉め切っていますので外が見れず、ケージの中でふて寝しています (^_^)

posted by 桜と錨 at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年08月13日

避難指示は出たけれど


昨日から雨が降り続いており、昨夕には早々に警戒レベル3相当で高齢者等避難となりましたが、今日は一日更なる大雨、明日も今のところ大雨の予報です。

そして、先ほど市内全域が警戒レベル4相当となり避難指示が出ました。

とは言っても私の地区は山奥の広い盆地で、しかもその中の高台にありますのでそれほどの心配はありません。

それどころか、近くの指定された避難所とそこへ行く道の方が余計危ないですし、それにこのコロナの状況ですので、避難所へ行くよりは我が家でじっとしている方が一番安全かなと。


それにしても、案の定、いつもちょっと雨が降ると直ぐ通行止めになる呉に降りる道は、今回もやはり止まってしまいました。 迂回する道もダメです。

この道路は、市が “4車線化してトンネルも掘る” と何時になるのか全く不明で単なる妄想のように豪語しておりますが、既存の片側1車線の道さえまともに改修・改善する様子は全くありませんし、その気も見られません。

その上、役にも立たない僅か2百メートルばかりの同じところを、こちらに移住してからでももう3度も、工事をしては壊してまた同じようにやり直しており、その上、今回のトンネル工事でここが出口になるからといってまた同じところを同じように一からやり直しています。


Kure_road_const_sat_01_s.jpg

(今回の工事の初期の写真。 まだ前回の舗装などが残っていますが、これらは全て壊して同じところを同じように何度も何度も。 赤丸は最初の工事の時に移設したバス停跡。 2回目の工事以降は全く使われず今もそのまま残っています。)

市の担当者は単についた予算を消化するだけ、建設業者は金儲けの請負の営業をしているだけ、なんでしょうね。

が、ここ、市は今年の3月の年度末までに完成すると豪語しておきながら、未だに舗装工事さえ完了していない状態で ・・・・


今のところ、広島に降りる道は大丈夫なようですが、これもいつ通行止めになるか ・・・・

そうなると、また陸の孤島となります。

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2021年08月11日

海上自衛隊の古い史料 −5


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という5回目です。

前回の4回目で昭和30年に作成された 『射撃指揮装置 Mk-37 講義案』 についてご紹介し、破棄となったあとこの全5冊セットの内の第2編しか参考資料として残されなかったのでは (これしか見つりませんでした) と申し上げました。

それでは、残りの方位盤 Mk-37 や射撃用レーダーについてのものが残されていないのでは、この射撃指揮装置全体を理解するには足りないのでは、と思われる方がおられるかもしれません。

この日本語になった残りの講義案は見つかりませんでしたが、その代わり、それらについてその元資料となったと思われる英文の原典史料が残されていました (かつては)。

例えばFCレーダーについては次のものなどです。

FCR_Mk12_cover_m.jpg

FCR_Mk-22_cover_m.jpg

FCR_Mk-28_cover_m.jpg

これらは、警備隊時代、あるいは海上自衛隊になってから米海軍から提供された資料の一部であったと思われます。

しかしながら、これらのものも現在となっては果たして海自のどこにどれだけ残されているのかどうか ・・・・


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2021年08月10日

ニャンコも夏バテ


このところの暑さで、我が家のニャンコも少々夏バテ気味。

Nyanko_natubate_R030810_01.jpg

暑いのも嫌いですが、クーラーの風も嫌いですので、日中はお気に入りの本箱の上でダラ〜ンと。

でもお腹が空くと 「チュール!」 と言ってせがみに来ます (^_^)

posted by 桜と錨 at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2021年08月08日

独り言


日本海軍の士官防暑衣(大東亜戦争期)について、資料を掻き集めております。※家人に防暑衣(複製)を製作してもらうつもりで


搔き集めるって、服装にしろ何にしろ、普通はまずその経緯及び根拠を調べるわなぁ ・・・・

防暑衣といっても、昭和17年以前、17年から19年まで、そして19年以降のどれにするのか色々あるわけで。

例えばその一例は

Boushoi_01_S17_s.jpg

Boushoi_02_S17_s.jpg

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2021年08月07日

海上自衛隊の古い史料 −4


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という4回目です。

昭和30年に当時まだ横須賀田浦の旧海軍水雷学校跡に置かれていた海上自衛隊術科学校が作成した 『 射撃指揮装置 Mk-37 講義案 (第2編) 』 です。

000C_mod_s.jpg

太平洋戦争中に旧海軍が悩まされた Mk-37 方位盤射撃指揮システム (当時はまだ1つの射撃指揮装置という名称にはなっていませんでした) と5インチ38口径の単装及び連装両用砲、そしてVT信管付き対空通常弾の組み合わせによる砲熕武器システムの戦後型の解説書です。

戦後型ですから、射撃レーダーが Mk12 + Mk-22 のものからパラボラアンテナでコニカル・スキャンによって捕捉目標の自動追尾を行うための Mk-28 となっており、主としてこれに関連する部分の改良に伴って射撃盤は Mk-1 から Mk-1(A) に更新されたものになっています。

そして、この講義案は方位盤、射撃盤、垂直安定儀などに分かれていたものを1つの射撃指揮装置として纏めたことによる全体の解説書となっています。

したがって、この講義案は全5冊のシリーズものとなっており、各編は次のとおりでした。

    第1編 : 方位盤 Mk-37 及びその付属装置と動揺修正装置
    第2編 : 射撃盤 Mk-1(A) 及び照明弾盤
    第3編 : 射撃指揮装置 Mk-37 全体の試験・検査法
    第4編 : 射撃用レーダー Mk-28
    第5編 : 射撃指揮装置 Mk-37 による射撃指揮法及び操作法

しかしながら、海上自衛隊の艦艇でこの射撃指揮装置を装備したのは、米海軍からの貸与艦艇である 「あさかぜ」 「はたかぜ」 と 「ありあけ」 「ゆうぐれ」 の4隻のみであり、国産の艦艇の装備用にはリリースされませんでした。

したがって、この4隻が除籍、返還されるとともに装備艦艇は無くなりましたので、その後、本解説書も秘密指定が解除されて破棄されています。

私の手許にあるのは、この5冊のうちの第2編だけで、他の4冊については探しても判りませんでした。 破棄当時既に他の4冊は残されなかったのかもしれません。

この第2編は戦後型の射撃盤 MK-1(A) の解説書ですが、大戦中の戦艦の副砲用から駆逐艦の主砲用に至るまで幅広く使われた Mk-1 と基本的には同じですので、その意味では大変参考になるものです。

この第2編も現在ではどこかに残っているのかどうか ・・・・


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2021年08月05日

ニャンコの腹時計


古い木造の我が家ですから、この時期になると家中が暑くてたまりません。

夜はいつも私のベットの足元で寝ていた我が家のニャンコですが、このところの暑さで廊下や階段の板敷きの上でゴロゴロしています。

しかしながら、毎朝正確に、夜明け前のまだ暗い4時30分 ±5分 になると、必ず私のベットの上にやって来て、顔をペロペロ舐めながら 「ニャー」 っと。

最近はこの 「ニャー」が 「チュール!」 に聞こえます (^_^)

朝の4時半ですから、室温も下がってきてやっと寝付いた最も眠りの深いときです。 が、夢を見ながら寝ている最中に突然 「ニャー」 で起こされます。

暫く無視していると、次は前足で胸をネエ、ネエ、と。

しかたがないのでリビングに降りて戸棚からチュールを1本出して、部屋の隅に置いてあるケージのお茶碗に入れますが、入れ終わるまでは近くで待っていて、入れたとたんに近寄ってきてあっと言う間に食べてしまいます。

そして食べ終わるとまたどこかへ。 最近はだいたい私の仕事部屋で網戸にして開けてある窓の桟に乗って次第に明るくなる外を眺めています。

お茶碗にはカリカリのご飯がいつでも食べれるように入れてあるのですが、なぜかこのカリカリはあまり好きではないようです。 他に何も無い時は仕方なしに少しずつは食べてますが ・・・・

おかげで、チュール、練り状のチャオ、魚5種ブレンドのモンプチのカリカリ、等々とエンゲル係数は私達夫婦二人より高いかも。

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でも、毎朝決まってこの時間になると私のところへ。 なぜ家内のところへは行かないのでしょうねえ ? (^_^)

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2021年08月03日

海上自衛隊の古い史料 −3


海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という3回目です。

といっても海上自衛隊が作成したものでは無く、その前身である警備隊時代のもので、警備隊術科学校の甲種特修科学生砲術班に対する研究課題の一つ 『現用指揮武器を研究しその精度を検討せよ』 に対する答申 で、昭和28〜29年頃のものと思われます。

JMSDF_FCS_seido_cover_s.jpg

ただし、「現用指揮武器」 とは言いながら、答申の内容は 当時の米海軍の戦艦から駆逐艦に至る射撃指揮装置を中心とする指揮武器について であり、警備隊が入手し得た資料に基づくもので、今では大戦期後半 〜 大戦直後における米海軍の状況を知る上でも大変貴重なものとなっています。

私の手許にある複製では秘密区分や作成期日などは記されておりませんが、研究課題の 「第一」 に対する答申ですので、当初は他の課題と合わせて1つになっていたのかもしれませんが、これ単独でしかありませんでしたのでわかりません。

いずれにしても、米海軍においてさえとうの昔に無くなった過去の古いものに関するものですので、現在においては秘密でも何でも無い内容です。

とは言っても当時の学生の課題答申ですので、この類の資料は先にご紹介した2つ以上にその使用が限られますので、今となっては海上自衛隊に残っているのかどうか ・・・・ ?


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