2019年09月16日

全国家計構造調査の調査員 補足


まだこの全国調査を受けたことが無い方がおられましたら、私の知り得たところ、感じたところをご参考までに。

ご存じのとおり、平成19年に定められた法律第53号の 「統計法」 に基づき、総務省統計局が所掌する全国調査には国勢調査を初めとしていくつかあります。

今回の 「全国家計構造調査」 もその一つで、5年ごとに行われ、今年が13回目で、その詳細については昭和59年の総理府令第23号 「全国家計構造調査規則」 による基本調査 が実施されます。

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この調査の期間は10月〜11月の2ヶ月間、全国から無作為に選定した約9万世帯が対象となります。

そしてこの調査においては、調査票により次の事項を回答することとされています。

  一 収入及び支出に関する事項
  二 年間収入に関する事項
  三 貯蓄現在高に関する事項
  四 借入金残高に関する事項
  五 世帯及び世帯員に関する事項
  六 現住居に関する事項
  七 現住居以外の住宅及び宅地に関する事項
  八 毎月の家賃支払額、毎月の住宅ローンの返済額

そしてこの調査は調査員によって対象世帯を訪問して行うことになっているのです。

とはいっても、総務省統計局自身では出来ませんので、これら全ての実施は 各都道府県へ、そしてそこから各市町村へと、いわば “丸投げ” されることになります。

私の住む呉市の例では、市のHPで次のように記載されています。


つまり、呉市に割り当てられたのは約210世帯で、全世帯数約11万の中から、これを18地域に分けて行います。

もちろんその選定は、具体的にどのような理由でどの様になされたのか、などは公表されておりません。

そして、この調査に当たる調査員は、市が予め募集して 統計調査員として登録されている中から、手を挙げた人を選定 することになっています。

これももちろん、市によるその選定理由などは一切公表されていませんし、どこの誰が選定されたのかも分かりません。

その呉市の統計調査員の募集要領は、次のようになっています。


その中で、この統計調査員の応募要件に注目してください。

  1.原則として満20歳以上の民間人であること
  2.責任をもって調査員の事務を遂行できる者であること
  3.秘密の保護に関し信頼のおける者であること
  4.税務,警察及び選挙と直接関係のない者であること
  5.興信所,秘密探偵社等に勤務していない者であること
  6.禁固以上の刑に処せられたことのない者であること
  7.暴力団員その他の反社会的勢力に該当しない者であること

これをご覧いただいて、皆さんは “?” と思われませんか?

そうです、最も肝心な 「日本国籍を有する日本人であること」 という条項は無い のです。

しかも、当該HPでは “呉市では,主婦の方のみならず,他に仕事を持つ方であっても副業として調査員の仕事をする方が多数いらっしゃいます。”とまで言っているのです。

調査を受ける一般市民の立場からすれば、それこそ日本人なのかも分からない、言い方は悪いですが “どこの馬の骨とも知れない” 人が、この調査に当たり、担当の世帯を訪問して当該世帯の資産や月々の家計に到る詳細な状況を調査票に記入させ、その記入したものをチェックし、集計した上で、市の情報統計課に提出するのです。

そのやり方は、当該HPで次のとおりとなっています。

  (4)調査票の配布・記入依頼
     調査対象を訪問し,統計調査の目的等を説明して調査票を配布し,
     調査への協力(記入)を依頼します。
     記入方法や記入上の注意事項を説明します。
     後日の回収日を約束(確認)します。
  (5)調査票の回収・点検
     約束した回収日時に再訪問します。
     その場で記入内容(記入漏れ等)をチェックします。
     回収した調査票を自宅で検査します。
  (6)調査書類の提出(検収)
     調査書類を決められた日時までに整理し,市役所に提出します。
     市役所による調査書類の検収(内容確認)を受けます。

考えてみてください。 前述した調査事項をこの調査員が行うのです。 しかも “自宅に持ち帰って検査する” と言っているのです。

確かに、調査員には特別職地方公務員として守秘義務があると言い、提出した調査票の取り扱いについては厳格な保全措置を講じていると言っています。 しかしながら “秘密の保護に関し信頼のおける者” ということを市は具体的にどの様な方法でどの様に確認したのでしょうか?

調査対象となる世帯は、どこの誰とも知らない (もしかすると日本人では無いかも知れない) 素性不明なその調査員に、自分の家の極めてレベルの高いプライベートなことを教えることになるのです。 しかも調査員はその調査票を自宅に持って帰るのだと。

皆さんなら、このようなことが信用できますか?

私なら、調査員の資格は、最低限でも日本国籍を有する日本人で、かつ公安により本人を含む三親等までの身元調査・確認がなされていることは “必須” だと考えます。

このことはこの様な個人情報を扱う者として当たり前の要件ではないでしょうか?

上記の募集要件で調査員になるなら、失礼な言い方ですが、その辺の工事現場で交通整理の旗振りをしている警備員さん達の採用条件の方が 「警備業法」 の規定によりよほどマシで厳しいですね。

したがって、世帯主たる私の氏名を間違って記入した調査依頼書を平然と持ってくるという “言語道断、極めて失礼なこと” と併せ、調査を受ける側からすればこの様な “素性の知れない調査員” に我が家のそんな個人情報を単純にハイハイと教えることなどできません。

先にも書きましたが、私はこの 「統計法」 及びそれに基づく規則類による今回の調査に対する回答を “拒否” するといっているのではありません。

我が家の個人情報を守ると言う観点から 調査員の選定要領を含む、その調査方法・要領が全く信用・信頼できない ので、調査される側が納得のいく対応・措置を行政が執るべきだ、と言っているのです。

皆さんも、こんなやり方はおかしいとは思われませんか? それとも法律に定められているからと、ハイハイと教えてしまいますか?

posted by 桜と錨 at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年09月15日

1術校砲術科SG 『射撃指揮装置一般』


本家サイトの今週の更新として、『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナーにて昭和53年当時の海自1術校砲術科作成の課程教育用SG 『射撃指揮装置一般』 を追加公開しました。

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http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/tenji_main.html
http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/09_JMSDF_FCS_General_SG_S53.html

元々のSGには発刊年月日などが記されておりませんが、昭和53年度の幹部任務射撃課程において使用されたものです。

当時海上自衛隊で現役であった米海軍制式の Mk-63 や Mk-56 など、及び国産の射撃指揮装置T型に到るまでの各種射撃指揮装置の概要が網羅されておりますが、図や写真などはT型以外ではその多くは米海軍のテキストなどにあるものがそのまま使われております。

このため、元々が質の悪い藁半紙にガリ版刷りであるため鮮明さには欠けるところがありますが、ディジタル化にあたりこれで精一杯とご了承下さい。

なお公開に当たり、それらの図や写真などについては元の米海軍の綺麗なものと置き換えても良かったのですが、それらは今後集録された各射撃指揮装置の個々のところで改めてご紹介していくつもりにしておりますので、ここでは敢えてそのままとしております。

内容的には、各射撃指揮装置などについてのほんの概説ですので、特に取り立てて申し上げることはありませんが、もちろん一般のネットや出版物ではほとんど出てこないものですから、特に初心者の方々には参考になると思われますので、その点は当サイトにて公開する価値はあるものと考えております。

ただし本SGでは、秘密に関する事項は一切含まれていないことはもちろん、「秘」 や 「取扱注意」 「部内限り」 などに指定された文書ではありません。

posted by 桜と錨 at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

ニャンコがやって来た!(続)


ともかく、一日中リビングの中をあっちへチョロチョロ、こっちへチョロチョロと走り回ったり、気に入ったらしいトンボのような形の猫じゃらしで自分で遊んでいます。

そしてよく食べよく飲み、沢山のオシッコとウンチをします。 まあ、元気だけは一杯で有り余るほどのようで (^_^)


で、1週間が過ぎた頃から、家内と娘がリビングにいない時などには、やっと何とか時々思い出したかのように私の側にも自分から来るようになりました。

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( 私の脇に寝ころんでヘソ天でゴロゴロ )

う〜ん。 それでも、これから大きくなったらどうなるのか? 特に三毛猫は気難しくて飼いにくいとも聞きますし ・・・・ 室内飼いで手に負えなくなるかもしれないし ・・・・

家内にお試し期間が終わったらどうするのかと尋ねましたら “もうここまで来たら今更保護センターに返すのは可哀想でしょう 〜” っと、飼う気満々のようで。

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( アッカンベーの顔のまま完璧に寝入ってしまいました (^_^; )

まあそれはそうなんですが ・・・・ 末娘によく懐いているようなので、末娘が自分でちゃんと面倒をみると言うならば、このまま飼ってみることにしようか ・・・・

それに、一番心配した先住犬のジュンペイとはこれまでのところ喧嘩もせず、それぞれで好きにやっておりますので。

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もちろん元々が野良の保護猫ですから、由緒正しい血統で、しかも上品で綺麗なネコチャン達とはとても比べるべくもありませんが、それでも私の横でゴロンとしていれば、まあそれなりではありますし (^_^)


でも、本格的に飼うとなると、大きめで背の高い猫ケージか、あるいは猫タワーも必要になるでしょうし ・・・・ まあ、それらは飼いたいと言い出した家内と末娘に任せることにして ・・・・

それはそれとして、さて肝心な名前をどうするか? 来た日からの “ニャーン” や “ノーラ” (野良) でそのまま呼ぶわけにもいかず ・・・・

家内曰く、末娘に懐いて母猫代わりなんだから、末娘が気に入っている “小春” で良いんじゃない? と。

う〜ん、我が家の四女ニャンコ 小春ちゃん、ねえ (^_^;


ということで、借りていたバスケットを返す必要もありますので、昼から私も一緒に保護センターに行ってきまして、引き続き我が家で飼うことになりました。

さて、これからどうなりますことやら。

posted by 桜と錨 at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年09月14日

ニャンコがやって来た !


先週の5日(木)のこと。 家内が末娘の運転練習を兼ねて (免許を取ってからほとんど運転しておりませんので時々は) 遊びに出かけまして、夕方帰ってきました。

その帰ってきた時に、家内がリビングのドアを開けるなり 「えへへへ〜〜〜っ」 と。 こういう時は大抵悪巧みの時です (^_^;

で、続いて入ってきた末娘がピンクのバスケットを抱えています。 「貰って来ちゃった〜」

運転練習のついでに保護センターに寄ったら、ワンコ達はそれなりにいたようですが、隣の猫の区画には1匹だけポツンと。

野良で保護された生後5ヶ月くらいの三毛猫。 保護された時は何匹か一緒だったそうですが、譲渡のための去勢まで生き延びたのがこの1匹だけだったようです。

で、家内と末娘は一度見てしまうと可哀想になって、“お試し期間” が10日間あるということで連れてきたとのこと。


我が家ではこれまで犬は飼っていましたが猫はおりませんでしたし、私自身、小さい時から猫を飼ったことは一度もありませんので、ニャンコの飼い方、扱い方などは全く判りません。

保護センターで言われたのは、野良だったので室内飼いをして絶対に外に出さないように、だったとのこと。 もし間違って開いていた窓などから外に出たら、もう絶対に帰ってきませんからと。

それにしても、我が家にはトイプーの次男ジュンペイが老犬ながら室内飼いの先住犬としておりますので、これとニャンコが一緒で大丈夫なものか ・・・・ ?

う〜ん、どうなることかと。


来た2〜3日はやはり野良だったせいか、人影が動くのが見えるとリビングの中を物陰を探して逃げ回りました。 とても写真を撮るどころではありません (^_^;

しかしながら、心配した先住犬とは来た最初からお互いに我関せずの様子で、これは一安心でした。

そして、昼間は一日中部屋の中をあっちにチョロチョロ、こっちにチョロチョロと走り回っていましたが、夜中は最初の夜から犬用の小さなケージの中で朝までぐっすり。 鳴き声などで起こされることはありませんでした。

オシッコなども来た翌日から猫砂の箱の中でちゃんとして、終わったら前足と後足で器用に猫砂の中に埋めております。 まあ、これも一安心。


ただ、なかなか人に慣れない。

当初は散々走り回ってから一休みする時には、何故か洗濯カゴの中に入っていましたが ・・・・

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3〜4日したら、これもなぜかソファーに座っている末娘の膝の上でノンビリするようになりました。

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次いでその内、家内の膝の上か、家内の隣で寝ている次男犬と一緒にソファーの上でゴロンとするように。

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しかしながら、私にはチューブ入りの餌を貰う時以外は相変わらず近づいてきませんでした。

何じゃ、このニャンコは (^_^;

(続く)

(追記) :
HN 「すみれ」 さんから教えていただきました 「桜耳」 のこと、猫を飼ったことが無かったこともあり、全く知りませんでした。 てっきり両耳のピンク色のことかと (^_^;

ありがとうございました。


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posted by 桜と錨 at 23:17| Comment(4) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年09月11日

全国家計構造調査の調査員


今朝、家内を車で送って帰ってきましたところ、丁度門の前に一台の車が止まっておりまして、何かと聞きましたら 「全国家計構造調査」 の調査員だそうです。

一応概要の説明を聞きましたが、完璧な個人情報。 それもほとんどは必要があれば市役所や税務署で確認すればよいものばかり。 我が家の収入などは1円単位で把握されてしっかり税金は取られておりますので。

如何に 「統計法」 で定められていようが、なぜ改めてこんな個人情報をどこの誰かしらない調査員を名乗る人物に教えなければならないのか? 調査員に守秘義務があるとはいっても、その どこの誰かしらない調査員は我が家の極めてプライベートな個人情報を知る わけですから。

当然ですが、お帰りいただきました。

「統計法」 では報告義務が定められており、拒否したり虚偽の回答には罰則の規定があるとのこと。

しかしながら勝手に抽出した所帯に対する調査でしょ? しかも市が委託したとする、こちらからすれば素性のわからない調査員で。

回答を拒否するつもりはありませんが、市役所の募集に応じたアルバイトの訳のわからない調査員に我が家についての個人情報をベラベラ話すつもりなどサラサラありませんので、市役所が書類を送ってくるか、あるいは市役所の職員の訪問があれば考慮するつもりです。

そもそも、私の名前さえ間違って書かれた書類を出して。 玄関の前まで来ながその家の世帯主の名前さえ確認していないような調査員です。 こんな極めてプライベートな個人情報の調査において 失礼極まりない としか言いようがありません。

もちろん市役所の担当課にはしっかり電話を入れました。

posted by 桜と錨 at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年09月08日

SG 『射撃指揮装置T型 方位盤』


本家サイトの今週の更新として、『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナーにて 『射撃指揮装置T型SG集』 に 『方位盤』 を追加公開 しました。

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他のものはともかくとして、やはり方位盤は外から見えるものですから、中には興味をもっていただける方もおられるかと思いますので、先の 『概要』 に続いてこれをご紹介することとします。

原本に発刊年月日などが記されておりませんが、おそらく先の 『概要』 と同じ昭和57年版のものと考えられます。

ただ残念なことに、私の所有する原本の印刷が大変に悪く、ところどころかすれていたり、また写真などはもうどうしようもありません。

海上自衛隊で学生の教育に使われたテキストやスタディ・ガイドは、昭和57年の当時でもこんな質の悪い藁半紙にガリ版刷りでした。

当時からこんなものをわざわざ教官が手間暇をかけてガリ版で作ったものを学生に配付するくらいならば、なぜ正規の 『取扱説明書』 を教務の間貸し出すか、主要な部分をそのままコピー印刷しないのかと思っておりました。

これに比べると、米海軍などは第2次大戦以前から既に専門技能を教育された特技兵が綺麗なイラストや写真が入った立派なテキストを作成し製本していました。

海上自衛隊が教育についても如何にお金もかけず施策も講じずに現場の一担当教官任せのお役所であったかということを現す一つですね。 これは公開中の幹部候補生学校でのSG集をご覧いただいてもよくお判りいただけるかと。

したがって、どうせ実務に就いた時には 『取扱説明書』 を見ながら実物で勉強すれば良いのだからと、ほとんどの学生はこれらSGを修業時に棄てていたと思います。


ところでこのT型の方位盤ですが、ご承知のとおりスイスのコントラバス社製のものを 「はるかぜ」 に搭載して実験し、その結果を参考に国産のものを開発しようとして、その第1次試作である 「68式」 と呼ばれるものを 「はるさめ」 に搭載して試験を行いました。

この時の方位盤は無人のもので、これに有人操作のTVカメラ付き光学照準器が付属するものでした。

しかしながら、「はるさめ」 での試作試験時に現場の鉄砲屋達から有人方位盤でなければと強い要請が行われ、これを採り入れ、かつ 「はるさめ」 で得られた種々の不具合・要改善事項を盛り込んで新たに製作された改善試作機を 「ながつき」 に搭載して試験を行い、制式作用されたものがこのT型です。

( といっても決して満足なものだったわけではなく、使いながら徐々に改善して行けばよいと施策的に無理に採用したのですが。)

この方位盤の有人化には、技術研究本部や開発に当たった三菱電機の技術者達などの根強い反対論があったようですし、私自身も若い頃は “何故わざわざこのご時世に無人方位盤だったものを有人方位盤に?” と思っていました。

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ところが、実際にこのT型を使うようになって、当時の鉄砲屋が何故有人化に拘ったのかが良く判りました。

要するに、T型が現場で何とか使い物になったのはこの有人方位盤があったればこそ、ということです。

特に、目標の捕捉・追尾能力については、射手による操作が極めて有効に機能し、当時でもそれ程高くは無かったT型そのものの機能・能力を補って余りあるものであったと言っても過言ではありません。

posted by 桜と錨 at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年09月03日

独り言

>25mm機銃の三段撃ち

って一体何のことやら (^_^)


(追記) :

やはり私と同じく判らない人がおられたようで、それってな〜に、という確認がありましたが、


左、中央、右の順に発砲されるらしい
他の銃が撃ってる間に弾丸装填して弾幕を途切れなくさせると言う言い分    

とのことです。

これって、当時の現場で 「垂れ流し (ションベン) 打方」 と呼ばれ、また 「小心者射法」 などと笑われたやり方のことですね (^_^)

もちろん、これを旧海軍において “三段打方” などと呼んだことはありませんし、そもそもそのような言葉、用語がありません。

多数機による攻撃が怖いことから、正確な照準など二の次で、とにかく弾を出し続けてさえいれば少しでもそれを紛らわせることができる、という機銃員の心理的な理由によって、現場の銃座において、特に従動照準器を有しない銃について、“勝手に” やっていたところがある、というものです。

当然のことですが、余程のまぐれでもない限り (例えば本来狙うべきもの以外の目標にたまたま当たるとか) 命中など全く期待できるわけがありません。

要するに “怖いから” だけで打ち続けるということであり、そのようなことは砲術学校の教官であった北村少佐などは厳に戒めていたところです。

二十五粍三連装機銃に限らず、当時の対空機銃・砲は、元々がそれほど命中率は高くありませんし、しかも機銃は1目標に対する射撃可能時間が短いので、ともかく目標を可能な限り速やかに捕捉して正確に照準し、射撃開始時に可能な限りの射撃速度を発揮して射弾を集中することが肝要でした。 これは旧海軍の教科書などでもキッチリ示されているところです。


まぁそんな事普通できやしないんですがね。                

二十五粍三連装機銃で1銃だけ打つことがなぜ出来ないんでしょう? やろうと思えば簡単にできますけどねえ。 三連装機銃の構造をちゃんと見てさえいれば、直ぐに判ることですが ・・・・ (^_^;

因みに、三連装機銃は、左 (ひだり) 銃、中 (なか) 銃、右 (みぎ) 銃と言います。


posted by 桜と錨 at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2019年09月01日

懐かしのバー 「スターダスト」・補


やはりこれがないと私のブログらしくないので (^_^)

バー 「スターダスト」 のお話しで、もう30年も前に一度行ったことがあると書きましたが、では何故当時でも既に場末だった (失礼) ところへわざわざ飲みに行ったのか。


このお店はノース・ドックへ渡る橋の袂にありますが、このノース・ドックは昭和21年に米軍に接収されて以降、この橋から先へは一般の日本人は立ち入ることができませんでした。

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( 接収当時のノース・ドック 元画像 : 米軍撮影写真より )

そして、バー 「スターダスト」 は橋を渡って外出してくる米兵達を相手にするアメリカン・バーとして開いたのがその始まりです。

当時はこの付近に7軒ほど同じようなバーがあったとされていますが、現在でも変わらずに営業を続けているのはここだけになっています。

ノース・ドックはその後の埋め立てにより広大な敷地となりましたが、現在ではその敷地の内の一部は返還されて民間企業が入っています。

しかしながら規模は縮小されつつも、いまだに米陸海軍の補給の集積・中継の重要な基地として維持されていることは変わりがありません。

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( 現在のノース・ドック周辺の衛星写真 元画像 : Google Earth より )

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( 神奈川県の公式サイトより 現在の米軍管轄地 )


このノース・ドックには、米海軍の軍事海上輸送軍団極東支部 (MSCFE、Military Sealift Command, Far East) の司令部も、平成18年にシンガポールへ移転するまで置かれていました。

そしてそこに船舶運航軍事統制の極東統制官 (NCSOFE、Naval Control of Shipping Officer, Far East) のオフィスも同居していました。

( MSC や NCS についてお話ししますと長くなりますので、機会があればまた別にすることとし、今回は省略します )

毎年、NATO 加盟国を中心にした NCS に関する訓練の一つとして 「Bell Buoy」 と呼ばれる官民共同の実動演習が行われており、ここノース・ドックの NCSOFE にはコロラド州デンバーにある米海軍の予備役で構成される NR-NCSOEF 118 と呼ばれる専任部隊が、定期招集訓練を兼ねて派遣されてきておりました。

勿論何かあった時には召集されて、彼らがここに常駐することになるわけです。

丁度30年前の平成元年5月に2週間にわたって実施された 「Exercise Bell Buoy 89」 では、太平洋〜インド洋〜中東海域を訓練海域とし、参加国は米、英、カナダ、オーストラリアの4カ国で、オーストラリア海軍の参謀総長を訓練統制官として行われました。

そしてこの時は、予備役大佐を長とする予備役士官11名と予備役下士官兵12名、それにミネアポリスの予備役から技術支援のための士官1名と下士官1名の計25名が NCSOFE に派遣されました。

この演習に海自も各部隊等からの参加者を集めてノース・ドックで4日間の研修を行うことになったのす。

そこで、当時私は自衛艦隊司令部で日米海軍の共同演習の調整等を行っていましたので、その研修の取り纏めに当たることに。

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( 研修終了後に作成した報告書の表紙 )

取り纏め担当ですから、当然、参加者を引き連れてこのノース・ドックまで4日間毎日日帰りで通ったわけです。

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( 30年前のノース・ドック周辺 元画像 : 国土地理院の航空写真より加工 )

2週間にわたる演習では、有事前の国際情勢の緊張が高まった段階での VNCS (Voluntary NCS) から始まり、続いて有事となった際の FNCS (Full NCS) が行われ、この間に横浜に寄港している参加各国の商船に対して立入調査 (Bording) も行われました。

当時丁度、横浜市制100周年と横浜港開港130周年を記念して 「横浜博覧会」 が開催されており、これに併せて 「クイーン・エリザベス2世号」 がホテル・シップとして傭船されて停泊中でした。 立入調査はこの 「QE2」 に対しても行われましたので、私達も同行を希望したのですが ・・・・ (^_^;

余談ですが、演習が終了した日の夜にホテルで開かれた打ち上げパーティーには、米海軍側の関係者は勿論、研修の私達に加え、立入調査を行った商船の船長などが集まりましたが、「QE2」 の船長も専属秘書を連れて参加しておりました。 この秘書さんがこれまた目をみはるような大変な美人で (^_^)

その席上で船長と話しをしている時に、それとなく 「QE2」 を見学させてくれないか、と尋ねたところ、通常のクルーズの時なら自分の権限内だから全くかまわないのだけれども、今は会社を通して船ごとホテル・シップとして傭船されて横浜港に係留しているので、雇い主たる横浜市側の許可が必要、とのことでした。 残念 !


演習そのものは24時間連続して行われますので米側は直割を組んででしたが、私達は日帰りでしたので夕方のキリの良い時を見計らって帰りますから、そこである日の帰りがけに、この 「スターダスト」 に寄ってみたというわけです。

今となっては、いつ、誰と、どの様な切っ掛けでだったのか、あるいは米側参加者の非番直の者も一緒だったのか、などは覚えていませんが ・・・・ 当時の周囲の雰囲気もこのバーも、現在でもほとんど変わっていないことは記憶にあります (^_^;


そう言えば、とふと思い出しまして、昔の色々なものを入れた段ボール箱を幾つかゴソゴソやってみましたら、これが出てきました。

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研修が終わった時に NCSOFE 118 指揮官の予備役大佐から、記念にと言って貰ったものです。 台の大理石はコロラド州の名産品なんだとか。
posted by 桜と錨 at 07:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに