2019年05月29日

独り言


一体何を言いたいのか、全く意味不明 (^_^;

日本海軍の10Cm50口径高角砲ですがこの砲身を54口径にした場合、12Cm45口径高角砲と同じ肉厚とすると同じ砲弾で使用可能でしょうか?また性能は? 45口径と54口径は同じ長さに成ると思うので。


(6月3日追記) :

それでも1つ回答が付いたようですが、これも ・・・・ (^_^;


まず砲弾の直径が異なるのでまともに発射できないとおもいます。
12cm砲身に10cm砲弾を入れて12cm用の装薬を入れて発射自体はできるかできないかでいえばできると思いますが砲身がダメになり使えなくなります。

まともに発射できない、というのはその通りですが、ただし別の意味で。

問題にしている50口径10cm砲も45口径12cm砲もそれぞれ 「五十口径八八式十糎高角砲」 「四十五口径十年式十二糎高角砲」 という “高角砲” で、両者共に弾丸と薬莢が一体の “弾薬包” です。

つまり、径が異なりますので前者の弾丸は後者の薬莢に嵌りません。 もちろん、別々に装填するなどすれば入らないことはありませんが (^_^;

それ以前に、前者の弾丸の導環径は10.66cm、後者の筒 (正式には月偏に唐の字) 径は12.00cm。 したがって、前者の弾丸の導環は後者の施条 (ライフル) に食い込みません。 つまりスカスカなのです。

ですから、もし撃ったとしても前者の弾丸は旋転することなくそのまま砲口からスポッと抜けるように飛び出るだけでまともに飛翔せず、空気抵抗により砲弾の姿勢が前後逆転し近くの海面にポチョンと落ちるだけです。

もちろん “砲身がダメになり使えなくなります” などになるわけありません。 単に空砲に毛が生えたようなものですから (^_^)


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2019年05月26日

琴平への1泊2日 (3・終)


小旅行2日目は朝7時15分に高松市内の宿を出て、追悼式準備兼控え場所となっている琴平のホテルへ。

8時半頃には着きましたので、ここで他の追悼式参加者と一緒に呉地方隊が用意したマイクロバス6台に順次分乗して (これより大きな車両は裏参道を通れませんので) 宝物館裏手の駐車スペースへ。

ここからは追悼式が行われる 「掃海殉職者顕彰碑」 の広場はすぐ近くです。 木々の間からは善通寺の市街が望めます。

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◎ 金比羅宮参拝

で、追悼式までは1時間半ありましたので、金比羅宮の参拝へ。 ここは昔船で沖を通った時に奉納樽を何度か流したことがありますが、実際に参拝するのは初めてです。

因みに、この琴平の沖を通る時に、艦内神社のお賽銭や乗員の寄付などを樽に詰めてこれに 「奉納」 と書いた小旗を付けて流すと、近くの漁船がそれを拾って金比羅さんに届けてくれます。 そして後日、金比羅さんからは受領の手紙とお札が届きます。


先ずは表参道に出て登り始めます。 最初が桜馬場の鳥居。 もうこの時間には既に多くの老若男女の参拝者が登っています。

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そして数段ずつの石段を暫く登って行きますと、表書院の前に。

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ここにお守り授与所の案内が出ていましたので中に入ると、様々な形や色のお守りが並んでいますしたが ・・・・ 家内から頼まれた 「金のお守り」 は上の本堂まで行かないと無いとのこと。 え〜っ! (^_^;

実は日頃の運動不足が祟ったのと、先日のギックリ腰の後が完全に直りきっていませんので、階段の上り下りは腰がかなりしんどいのです。 しかもここから上はますます石段は長く急になります。

下のホテルで竹杖を沢山貸し出していましたので、借りてくるんだったと後悔 (^_^;

とは言っても本堂までは登らないことにはと、休み休みで。 途中多くの参拝客に、しかも竹杖を持った老夫婦の方々にまで、次々と追い越されてしまいました。

賢木門のところでは、スマホ写真を撮っていた若いお嬢さん二人と一緒に一休み (^_^;

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で、最後の長く急な石段をフウフウ言いながら登って本堂前に。

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本堂脇の展望台で再度一休みしてから参拝。 そして忘れてはならない 「金のお守り」 (と言っても実際は黄色なんですが) を家内の分と私の分の2つを。

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◎ 掃海殉職者追悼式

今回の小旅行のメインである追悼式については、既に先の記事で書きましたので省略いたします。


でも、当該記事でも書きましたが、何故海上自衛隊の呉地方総監が執行者なのか? 加えて、海上保安庁の幹部達も “来賓” として出席しておりましたが、なぜ彼等がこの追悼式で “お客さん扱い” なのか?

元を正せば、昭和23年から27年までは航路啓開は海上保安庁の所掌業務であり、殉職者全79名の内の10名はその間の保安庁に所属する隊員ですから、“当事者” であるはずなのに、です。


◎ 昼食会

追悼式の後、下の準備兼控え場所として使ったホテルで呉地方総監部主催の昼食会。

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いわゆる “直会” としてですから、これはこれで良いのでしょうが、追悼式に出られた遺族代表の方々はともかくとして、それ以外はいわゆる “執行者” と “来賓” と言われる人達をメインにしたもので、そのあり方は良く理解できません。 しかも私達一般参列者は安からぬ会費を自前で。

まあ、私達の席の周りは同じ小旅行のグループですから、それはそれでお喋りしながら料理を楽しみましたが (^_^)

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これにあと天ぷらの小皿が付きましたが ・・・・ う〜ん、いくら場所代、サービス代込みとはいえ、アルコール抜きでこれでは ・・・・

しかも追悼式場から順にマイクロバスでホテルに戻った時には既にお鍋には火が付いてグツグツいっており、昼食会が始まった時にはもう冷め始めていました (^_^;


◎ 復路

昼食会は予定より短く1時間で終わりましたので、そのまま早めに貸し切りバスに乗って戻ることに。

途中、瀬戸大橋の途中にある与島SAで休憩。 時間が無くて買えなかった我が家へのお土産を購入しました。 特に家内が好きな名物のうどんは各種のものを色々とどっさり (^_^)

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後は順調に進み、山陽自動車道の小谷SAでトイレ休憩の後呉へ。 私は途中の通り道の我が家近くで降ろしてもらい、家に帰ったのは17時過ぎ頃でした。

色々書いてきましたが、この小旅行、これはこれで楽しく充実した2日間でした。

参加の皆さん、お疲れ様でした。 幹事さん、呉監との調整も含めご苦労さまでした。 そしてきめ細かなご配慮をいただいてお世話になり、ありがとうございました。

posted by 桜と錨 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

琴平への1泊2日 (2)


高松市内のホテルに着いたのは16時半頃でした。 館内の温泉に入ってゆっくりする時間はありませんでしたので、部屋で暫し小休憩し、貸し切りのバスで高松港へ。

追悼式支援を兼ねて高松港に寄港した掃海母艦 「うらが」 での艦上レセプション。 初日のメインです。

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( 掃海母艦 「うらが」 )

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( 掃海艇 「つのしま」 と 「みやじま」 )


流石に掃海関係の一大行事ですので、海自OB達も掃海畑や元呉監の関係者などが遠路多数参加しており、私も多くの懐かしい面々と久しぶりに再会でき、楽しい一時でした。

レセプション自体の内容はごく一般的なものですので、特にお話しするようなことはありませんが、私としては 最近はこの様な海自主催の行事では、“来賓” と呼ばれるような人達とより、行事に出てくる (駆り出される) 先任伍長達や若手幹部達と色々話しをするのが楽しみになりました。

何しろ現在の現場の生の声が聞けますので、色々と参考になります (^_^)

それにしても、海自カレーと天ぷらの屋台の前には例によって長〜い列ができていましたね。 特にご婦人方の (^_^;

この艦上レセプションの後、バス旅行のメンバーの中には、歩いて街に繰り出した人達も何人かいたようで、ほとんどの方が私よりもお歳ですが皆さん元気ですね〜 (^_^)

posted by 桜と錨 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

琴平への1泊2日 (1)


「掃海殉職者追悼式」 参列のために中型バス1台を借り切って5月25(金)〜26日(土)の1泊2日の小旅行が行われました。

前記事でご紹介しましたように、私は追悼式参列は初めてですが、小旅行の行きは岡山城趾と後楽園などの見学、2日目は追悼式前に金比羅宮参拝の時間が取れるとのこともあって参加させていただきました。


で、その初日ですが、冒頭のバスの出発時間から既に予定より30分以上遅れてしまいまして ・・・・


◎ 岡山城趾

岡山市街の手前から2号線は渋滞。 遅れに遅れて、急いで軽く昼食を摂ってから岡山城趾へ。

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(駐車場から見た天守閣と内堀)

ベテランのガイドさんがついてくれたのですが ・・・・ 時間が無いとのことで、岡山城趾は中をザッと素通りするだけで、天守閣にも登らずに後楽園へ。

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( 南側から見上げた3層6階建ての天守閣 )

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( 廊下門 )

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( 北西側からみた天守閣 )


う〜ん、私としては後楽園よりはこちらの城趾の方に興味があったのですが ・・・・ (^_^;

( 後から聞いたところでは、ガイドさんは後楽園のベテランの方だったそうで )


◎ 後楽園

ご存じのとおり水戸の偕楽園、金沢の兼六園と並ぶ日本三大庭園の一つとして有名なところですが、ここは私も訪れるのは始めてです。

岡山城趾の北側から後楽園に通じる旭川にかかる鉄橋。 これ、大勢で渡ると結構上下に揺れるんです (^_^)

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( 後楽園正門 )


ただ ・・・・ やたら広い (^_^)

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時間の都合で、主要なところをザッと歩いただけですが、確かに個々の個所だけを採り上げればそれなりなんですが、全体としては私的には広いだけで何か取り留めも取り柄もなく、これなら金沢の兼六園の方が遙かに纏まっていて見栄えが良いと感じた次第です。

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( 延養亭 )

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( 流店 )


◎ 林原美術館

林原一郎氏の個人コレクションを中心とした美術館で、色々な収蔵品があるようですが、今回は 「平成の名刀、名工展」 が行われており、平成の刀剣類がズラリと飾られていましたが、その他の展示はありませんでした。

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( 美術館正門 )

私は刀剣に関しては詳しくはありませんので、確かに素晴らしいものばかりだったのかもしれませんが、何か展示されていた刀剣類は全て見るからに新しく、伝統ある 「日本刀」 というイメージから来る重厚さや気品が感じられませんでした。

私が持っている模造のステンレス製の儀礼刀 (サーベル) とあまり違わないような (^_^)


14時半に岡山城趾脇の駐車場を出て、瀬戸大橋経由、一旦高松市内のホテルへ
(続く)

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候校1課程用SG 「運用 (重量物取扱法)」


今週は時間が取れなくて、本家サイトの更新は先週に引き続き私の候補生時代のスタディ・ガイドの1つのみの追加公開です。

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たった14ページのものなのですが ・・・・ これ、ご覧になればお判りいただけるように、元々のSGの印刷が極めて悪く、かなりの部分で文字がかすれており、文字の周りのゴミ取りやコントラストの調整などの加工にいくら手間暇をかけても私の技量ではこれで限界です。

当時、教官に 「これでは読めないので、ちゃんとした印刷のものに換えてくれ」 と要求しました。

ところがその教官の返答は、「これしかないので、今後部隊で実施する機会があって必要になった時には 『運用作業教範』 などに詳しく書かれているので自分でそれらを読んで勉強してくれ。 今は講義を聴いているだけで良いから」 とのことでした。

既に3年前にその 『運用作業教範』 は新しいものに改正されていましたが、おそらくこの教官はそれに沿った新しいものを作るのが面倒くさいのか、一度印刷してしまったSGを棄てるのが勿体ないからだったのでしょう。 それに割り当ての教務時数も少ないし、頻繁に使うものでもないのでこれでいいや、と。

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私には、こんな読めもせず、役にもたたないものを幹部候補生に配って講義をするというこの言い訳には納得できませんでした。

これから幹部になろうかという後輩の育成に対して、当時でもこのような誠意も熱意もない人が候補生学校に教官として配置されているのだと、少々ガッカリした記憶があります。

当の教官も、まさか45年以上も後になってこういうものを晒されるとは思ってもいなかったでしょうね (^_^;

教育というのは、本当に大事なことだと思います。

posted by 桜と錨 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年05月25日

第68回掃海殉職者追悼式


本日琴平の金刀比羅宮 (象頭山) 中腹の朝日ヶ丘にある 「掃海殉職者顕彰碑」 前にて第68回掃海殉職者追悼式が行われました。

私もお誘いをいただきましたので参列してきました。 金比羅さんに詣でるのも、掃海殉職者追悼式に出るのも始めてです。

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ご存じのとおり、この碑は終戦後直後から昭和27年までの航路啓開業務において殉職された78名と、昭和38年に掃海業務で殉職された1名の計79名の慰霊顕彰碑で、昭和27年に当時の兵庫県知事が発起人となって多くの地方自治体や有志の人達によって建立されたものです。

そしてその建立に併せてその年に第1回慰霊祭が行われ、以降毎年実施されてきましたが、元々の主体であった 「航啓会」 が関係者の高齢化もあって平成16年に解散したため、現在では 「殉職者追悼式」 として海上自衛隊呉地方総監を執行者として毎年5月の最終土曜日に行われています。

今年は掃海母艦 「うらが」、掃海艇 「つのしま」 「みやじま」 を始め、呉音楽隊など海自の全面的な支援の下、遺族を含む400名を超える参列者でした。

今日は最高気温が33度を超える大変に暑い日でしたが、この猛暑の中、式は約1時間半にわたり整斉・粛々と行われましたが ・・・・ 私としては以前から感じていた疑問を本日参列して改めて強く思った次第です。

79名の殉職者は戦後処理としての航路啓開業務に殉じられたわけですが、戦後のこととはいっても、これは戦死者に準じて祀られるべき人達ではないでしょうか?

したがって当初は国内外の諸般の事情から遺族や関係者有志による慰霊祭として始まったことは致し方ない点があり、また琴平において行われている追悼式はこれはこれとして大変に意義のあることですが、やはり国が正式な 「顕彰慰霊式」 として行うべきものではないかと考えます。

本日参列された何人かの関係者にこの疑問をぶつけてみたのですが ・・・・


なお、追悼式以外の1泊2日の遠征のことは別記事とします。
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2019年05月19日

幹部候補生学校スタディ・ガイド 追加公開


本家サイトの今週の更新として、同サイト中の 『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナーにて 『幹部候補生学校1課程 (防大卒) 用スタディ・ガイド』 に 「機関 (蒸汽) 上」、「同 下」、「ボイラ汽醸操法」 及び 「機関要務」 の4冊を追加公開しました。


海上自衛隊では既に 「しらね」 を最後に蒸汽機関を使用する艦艇は無くなってしまいましたし、それ以前から第2術科学校などでもボイラや蒸気タービンの教育を止めて久しいのですが、それだけに旧海軍と併せて考えるとこれらの資料は貴重なものであると思います。

舶用を含む一般的な蒸汽機関については、その原理・理論・構造などを解説した出版物もあることはありますが、こういう実際の艦艇機関についてのものは珍しいでしょう。

ただし、海上自衛隊では第2術科学校などに今でもこれらの資料が残されているのかどうかは私は知りません。

また、昔私達が防大の学生時代は、海上防衛学でもこの蒸汽機関を習いましたが、この時のテキストは内容も印刷も今回公開する海自幹部候補生学校のものよりも遙かに良いものでしたが、当時としては大変に高価なものでもあったため講義終了後に返却させられました。

先日防大に確認したところ、これを含む海上防衛学のテキスト類のほとんどは、陸海空の防衛学教室が “統合教育” という謳い文句によって防衛学教育学群に機構変更されて要員別の専門教育は廃止されたことにより、不要となったテキスト類や教育機材などは破棄処分されてしまい、既に存在しないそうです。

お役所仕事とはそう言うものですね (^_^;


なお、リストにある機関関係の他のスタディ・ガイドも一緒に公開したかったのですが、何しろ原紙そのものが紙質と印刷が悪く加工とゴミ取りに手間暇がかかりますので、今回はこの4冊としました。

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この後、機会と時間があれば、残りのものと、そして旧海軍の機関関係の教科書類なども公開していきたいと考えておりますが、いつになりますか ・・・・ ?

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( 機関術教科書の例 )

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( 個艦ごとの実例 )

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2019年05月18日

全日本カッター競技大会 防大3連覇 !


本日、第63回となる全日本カッター競技大会が海上保安大学校主催で行われましたので、短艇委員会 (カッター部) のOB・元顧問として後輩の応援に行ってきました。

今日の呉港は時々小雨が混じる曇り空でしたが、波、風ともほとんど無く、気温も暑くも寒くもなく、またタイミング的にも競技海面近くを横切るフェリーや一般商船もほとんど無く海面は静かで、絶好の競技日和であったと言えます。

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( 海上保安大学校岸壁から見た今日の呉湾 )

今年の大会は、常連の11校にオープン参加の都立大島海洋国際高校を加えて12校、女子の部は正式には初参加となる防衛大学校女子クルーを加えて9校 (!) でした。

防大は過去の昭和42〜47年に全日本大会不倒の6連覇の記録を打ち立てて以来、その後何度か2連覇はありましたが3連覇はありませんでので、今年はその3連覇を賭けての挑戦です。

結果は見事な力漕を発揮して優勝、3連覇を達成しました。 この3連覇の記録でも全日本大会としては初となります。

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( スタート・ダッシュ )

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( ゴール寸前 )

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( 決勝レースの結果 )

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( ゴール後、艇指揮のキャップテン以下4学年のクルー達は感極まって大泣き )

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( 決勝レース最終艇のゴールを見届けて、優勝者のみに許される勝利の櫂立て )

4学年クルーにしてみれば、まさに今日のこの瞬間だけのために、防大での約3年半、この奴隷船 (^_^) を毎日毎日ひたすら漕ぎ続けてきましたので、それは嬉しいものであることは判ります。

防大短艇委員会はこの全日本大会をもって4年生は引退します。 そして3学年以下のメンバーにとっては、まさに今日から来年の全日本に向けての努力が始まります。

目指せ、4連覇 !


で、女子の部は、ですか?

残念ながら今回初参加の防大女子クルーは予選で敗退 (ミスにより失格) でした。

でもタイムももちろんですが、既にこれまで参加してきた海上保安大などには経験も実力も大きな差があることは確かです。

防大女子もこれから頑張ってもらって、来年とはいかずとも数年後には是非男女揃って優勝して貰いたいものです。

posted by 桜と錨 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年05月14日

ポカポカ陽気と共に


今日は朝から良く晴れ渡ったポカポカ陽気となりまして、この陽気に誘われて先週に続いてまた江田島へ。

ただし、先週は赤煉レンガなどのいわゆる表側でしたが、今日はちょっと裏手へ。

ここは通常の一般見学ルートには入っておりませんので、ここまで来たことのある方はそう多くはないと思います。

そして何やかんやで暗くなるまで。 こんな夜の写真はちょっと珍しいのではと。

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えっ、そんな時間まで一体何をしていたのか、って? これもまた後日と言うことに (^_^)

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2019年05月12日

宮崎駿氏原作 『最貧前線』 舞台演劇


既に水戸芸術劇場さんなどからネットで案内されていますので、ご存じの方もおられると思います。

『最貧前線』 公式サイト :

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( 公式サイトより引用 )

宮崎駿氏の 『宮崎駿の雑想ノート』 の中で第13話 『最貧前線』 として掲載されております短編漫画を元に舞台演劇化したものです。

8月27日の初演を目指して現在鋭意準備が進められているところですが、公式パンフレットができまして、また私達も公開のOKがやっと出ました (^_^)

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( 表側 )

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( 裏側 )

(公式パンフレットはA3版両面二つ折りです。 もしご希望の方がおられましたらご連絡ください。)

私も少しだけ関わらせていただいておりますが、これまでテレビや映画が多かったので、舞台演劇に台本の段階から本格的に参画させていただくのは始めてです。

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( 最新版の台本カバー )

ご存じのとおり、舞台演劇というのは大変に難しい面があります。

テレビや映画でしたら、撮影したものを元に纏めあげますので、見栄えの良いようにいくらでも編集ができます。

しかし舞台では役者さん達にとっては毎回毎回がいわゆる “一発勝負” でやり直しが利きませんし、ご来場された観覧者の方々にセリフや一つ一つの動きなどの意味をその場で直に理解していただかなければなりません。

出演される役者さん達は申し上げるまでもないことですが、演出を担当される一色さん ( NHK 『坂の上の雲』 の時にお手伝いさせていただきました )、今度は舞台、大変だろうな〜 と思う次第です。

原作はもちろんですが、今度のこの舞台化したものも、私達からしても大変に興味深い、面白い話しになっていると思っています。

間もなく舞台用の大道具などを使っての本格的な稽古も始まるようです。 私としても実際にどの様な舞台になるのか、拝見するのが今から楽しみです。

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2019年05月09日

今日のお昼はお肉 〜


ちょっと野暮用が出来ましたので、家内と一緒に広島に出ました。

で、その用事が終わってから何か昼食を、と思いましたら ・・・・ 家内がまだ 「いきなりステーキ」 に行ったことがないと言いますので、丁度サラリーマンさん達のお昼休みが終わった時間でしたのでお邪魔してみました。 待たずに椅子席に。

二人ともステーキは赤肉が好きですので、フィレを家内が 200g、私が 300g をミディアム・レアで。

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まあ、お金を出せばもっと上質なものを食べられるところはいくらでもあるのでしょうが、貧乏人としてはこれはこれで文句はありません。

驚いたのは、普段は小食な家内ですが、200g ならペロリと (^_^)

支払いはもちろん私ですので、これなら奢り甲斐があるというものです。
posted by 桜と錨 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

独り言


こういう独りよがりが一番やっかいですね。

皆様は、船舶の機関部等が発生する音と原子炉の運転や制御に関する知識を完全に欠いていらっしゃる様ですね。但し、私は潜水艦に乗ったことはありません。また、ソナー等を用いての潜水艦の探知についても、専門家ではありません。しかし、音、船舶の機関および原子炉に関しては専門家の心算です。


ご存じのとおり、東日本大震災の時の某首相の例などはまさにこれの典型でしたね。

海上自衛隊でも、これまで射撃指揮装置の国産開発に当たり、その専門家を自称するメーカーの技術者が海の上のことを全く知らず、知ろうとせず、現場からこれではダメだからキチンと海上のデータを取ってそれを反映しろ、と指摘したにもかかわらず、自己が理解しえた机上の理論・理屈をもって “これで良いはずだ” と言い張りました。

案の定、射撃指揮装置の1型も、2型も、そして3型も、何ら反省無く同じ問題を繰り返して上手く行かず、開発に長期間と多額の費用 (予算) を要することになりました。

そして結局、防衛省・技術研究本部としてもお役人の世界ですから、自ら関与して開発に手間暇を掛けたことから中止、不採用に出来ず、最後は中途半端 (不完全) なままで制式採用とし、“現場で運用しながら使用実績を得つつ改善していく” という美名を採ったのです。

少なくともそれなりの使い物になるまでに、更にどれだけの費用と時間がかかり、現場が苦労してきたことか。

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2019年05月07日

春風に誘われて


旧海軍の伝統と船乗りとしての躾けなどについて書いてきましたら、何か春風に誘われたような気がしましたので、今日は私にとっての原点である江田島に行ってきました。

久々に人が一人も写っていない赤煉瓦の正面です。

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この江田島、正門を入った時から何か身が引き締まる思いがして、自然と背筋が伸びてくるから不思議です。

幹部候補生として入校したのはもう46年前の事。 ここでの1年間の色々なことは、つい先日のように思われるのですが ・・・・


で、一体何しに行ったのか、って ? それはまた後日と言うことに (^_^)

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2019年05月06日

脱帽時の制帽の握り方


去る4日に練習艦隊が遠洋航海出航に備えるために呉から横須賀へ回航となりました。

Eバースでは出港行事が行われ、多数の報道陣や家族、一般市民も訪れたようで、この様子は呉市役所の広報などでも報じられたところです。

候補生学校を卒業した初任三尉の実習幹部達が環太平洋の遠洋航海を経験し、船乗りとしての基礎的な知識・技能を磨くと共に、諸外国を訪れて見聞を広める重要な機会です。

が、それはそれで良いのですが ・・・・

Facebook でもコメントしましたが、岸壁で見送る高級〜中級幹部達の帽振れの動作があまりにもお粗末であり、みっともないのには驚いた次第です。

呉市の広報写真で見る限りでは、まともに基本が出来ているのは数名しか確認できません。

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(呉市広報の写真より引用)

https://www.facebook.com/kure.city/photos/a.440791985981554/2339815022745898/?type=3&theater

ほとんどの者がツバの脇を掴んでいます。 これ程までに船乗りとしての基本的な躾け、威容、スマートネスに欠けるものはない、しかもこれを公衆の面前で平然としてやるとは、元船乗りとして恥ずかしくて仕方ありません。


制帽を着用しての状態から脱帽する時には、帽子のツバの真ん中、つまり真正面から親指と人差し指・中指の3本で握ります。 これによって右上腕と帽子が真っ直ぐとなって、形良くなるようにしているのです。

これは帽振れの動作であろうと、屋外から屋内に入る時に脱帽する時でも同じです。

このことは幹部なら候補生時代から躾として、わざわざ意図せずともいつでも自然にこれが出来るように厳しく指導されて来た、基本中の基本の一つのはずですが ・・・・

考えてみてください、写真のほとんどの者のような握り方で脱帽して、もしそのまま不動の姿勢をするとしたらどうなるでしょう?


ご参考までに、私が候補生学校の入校式の時の写真です。 これが正しい制帽の持ち方、握り方です。

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そして、同じく候補生学校卒業式の最後、機動艇に分乗して練習艦隊に向かう初任三尉を表桟橋から見送る海上幕僚長の鮫島海将 (中央) と候補生学校長の石榑海将 (右) のお二人です。 お二人を始め背後の皆もキチンと基本どおり正しく制帽を握っておられます。

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たかが脱帽の仕方のことでは、と言われる人もあるかも知れませんが、こういう事から一つ一つ船乗りとしての躾け、伝統、そして威容とスマートネスが崩れて来るのです。

あるいはこれはその場その場で臨機応変にやっていること、と言われる人もあるかもしれません。 しかしこれはその臨機応変とは言いません。 基本ということが身についていない、と言うことです。

まさに海上自衛隊の現状の一端を表していると言えるでしょう。

そして気が付く人は気が付かれたでしょうが、通常は船体と同じ灰色の側幕で、練習艦や特別な場合には白色のものが使用されるのですが、折角の 「かしま」 のそれは、シワシワ、ヨレヨレに張られたままになっています。 この様な晴れの儀式の場合であるにも関わらず、です。

これなども潮気が抜けていると厳しく躾けられてきたことの一つなのですがねえ ・・・・

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2019年05月05日

「南西諸島所在の旧陸海軍基地」 概観一覧


先ほど 「令和」 最初の本家サイトの更新として、『旧海軍の基地』 コーナーにて 「南西諸島所在の旧陸海軍基地」 概観一覧ページを追加公開しました。

  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_14_Nansei_AB.html

Nansei_AB_List_sat_h31_01_mod.jpg

併せて、沖縄本島の 「沖縄北」 基地のページを作成しました。 ここは本来は旧陸軍の飛行場ですが、当初から陸海軍の共同運用とされており、旧海軍も航空隊司令部レベルの通信施設などを置き、また実際に航空機の運用も行っておりますので、“準” 旧海軍基地としてご紹介することにしました。

  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/A027-Okinawa_North.html

なお、この南西諸島でも 「秘匿基地」 と称するものも含め戦時急造のものが計画され、あるいは工事に入ったものの未完成又は途中放棄のものが多数有りますが、同コーナーのポリシーにより、いつもどおりこれらのものは日米両側の史料で詳細の確認が取れるもの以外は原則として省略しております。

Army_AB_Okinawa_East_1944_01_mod.jpg
( 旧陸軍が途中で建設放棄した 「沖縄東」 飛行場予定地跡 )


これにて一応日本本土全ての地域別の旧陸海軍航空基地一覧を網羅し終えました。 各ページともまだまだ不十分なものですが、今後少しずつ修正していく予定にしております。

それにしてもつくづく不思議に思うのは、こんな一覧さえ未だに十分なものがネットでも出版物でも無いんですよね。


当該コーナーでの次は 「台湾所在の旧陸海軍基地」 のつもりなんですが ・・・・ これが (も) ちょっと難物です。

何しろ旧陸軍はもちろん、旧海軍でもまともなリストさえなく、戦史叢書でさえ記述個所によって整合が取れていない始末です。

一つ一つの確認に大変手間がかかりますので、今のところ何時完成するかは全く目途がたちません m(_ _)m


posted by 桜と錨 at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年05月04日

電子レンジが


世の中GW10連休の最中ですが、平成から令和に替わって早速突然として電子レンジが壊れてしまいました (^_^;

調理をオンにすると “ジジジジ〜” っと音がします。 ネットでも調べましたら要修理だとのこですが、修理に出すくらいなら買い換えた方が早くて安上がりとも。

もう10年以上使いましたので寿命と言えば寿命なのですが、やはり無いと不便です。

早速ネットや家電店で色々調べました結果、通販よりは直接家電店で買った方が良いとのことになりましたので、数店近くのところへ出かけて見たのですが ・・・・

これと思ったのはGWセールの広告品にも関わらず在庫が無くて取り寄せになるとか、展示品の処分品だったりして ・・・・ う〜ん

で、家内が車で15分ほどの熊野にある家電店でそれなりのものを見つけました。 これなら在庫がありますし、今のを手数料千円で引き取ってくれるとのことで、早速出かけてきました。

まあ、最近流行のあれこれ沢山機能が付いた高級品は必要ありませんので、安くて単純なもので十分です。

それに、この熊野のお店は従業員の方々が皆丁寧で親切ですし、広い店内に色々な家電の品揃えも思った以上に豊富です。

いわゆる “ど” が付くくらいの田舎 (失礼) にありますすが 、これは意外で思わぬ発見でした (^_^)


ついでに帰りにお昼を。 これも家内がネット検索で見つけた家電店近くのラーメン店に入ってみることに。

トンコツ醤油が一番のお勧めだったのですが ・・・・ 残念ながら私的にはスープがちょっとドロッとして、少々甘過ぎでした。

Kumano_Lunch_h310503_01.jpg

家内が注文したもやしラーメンの方がスープもあっさりして美味しかったですね。

Kumano_Lunch_h310503_02.jpg

posted by 桜と錨 at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに