2018年09月28日

計根別飛行場群


本家サイトの 「旧海軍の基地」 コーナーで公開中の 「北海道所在の旧陸海軍航空基地」(暫定ページ) にて、残った計根別飛行場群4基地のポップアップデータの設定をしました。

これにて北海道所在の旧陸軍飛行場全ての設定が完了しました。


この計根別飛行場群と言いますのは、ご存じのとおり計根別第一、同第二、西別 (計根別第三)及び西春別 (計根別第四)です。

Army_AB_kenebetsu_No1_map_1944_01_s.JPG
( 計根別第一 )

Army_AB_Kenebetsu_No2_map_1944_02_mod.JPG
( 計根別第二 )

Army_AB_Nishibetsu_map_1944_01_s.JPG
( 西 別 )

Army_AB_Nishiharubetsu_map_1944_02_mod_s.JPG
( 西春別 )


上記の図はいずれも昭和19年測量の地図を加工したものですが、これによって正確な位置と当時の形状が判ります。

この他にネットなどでは誘導路を利用した 「計根別第五」 があったとされていますが、私の一覧では旧陸軍のこのような戦時急造、未完成、不時着陸場などは基本的に除外しています。

また、一般に言われているような 「計根別第三」、「同 第四」 という呼び方もしておらず、旧陸軍の史料にある名称としております。


なお、北海道所在の旧陸軍のものではこの他に 「苫小牧飛行場」 がありますが、これが 「沼ノ端」 のサテライトとしてのものなのか、不時着陸場としてのものなのかがよく判りません。

ここは王子製紙苫小牧工場の敷地内で競馬場が置かれていましたが、確かに戦前から不時着陸場としても使用された記録が残されています。

しかしながら、昭和18年になって改めてここに飛行場設置の工事が行われましたが、この時期になってわざわざ沼ノ端の西南西僅か8kmのところに不時着陸場としてのものを作るのかという疑問があります。

飛行場設置後の運用状況などについては不詳ですが、沼ノ端のサテライトとしてのものとするのが合理的であると考えられます。

終戦後に旧陸軍が纏めた史料では 「飛行場」 とされており、また米軍の資料でも 「Emergency Landing Ground」 ではなく 「Airfield」 とされております。

もし不時着陸場としてであるならばこのまま一覧には加えずにしますが、飛行場としてのものであるならば、後日一覧に追加したいと思っています。

posted by 桜と錨 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

海軍さんの麦酒館


昨日は打合せで市街へ降りましたが、引き続きそのまま一杯会へ雪崩れ込みました。 「海軍さんの麦酒館」 です。

ippai_h300927_01.JPG

ここのウリは何と言っても 「海軍さんのビール」 です。 これまで3種類があったのですが、最近 「吟醸ビール」 というのが増えたようです。

ここのビール、個人によって好みの問題もあるでしょうが、私としてはどれもなかなか美味しいと思います。 そして料理の類も値段も手頃で味も悪くありません。

平日にもかかわらず店内は結構お客さんがあり、川沿いのオープン・テラス席では若い人のグループがワイワイやっていました。

ippai_h300927_02.JPG

呉では最近、こういう雰囲気のお店がいくつか揃って人気が出てきたようで、いつもそれぞれ賑わっているようです。

posted by 桜と錨 at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年09月23日

旧海軍の釧路不時着陸場


本家サイトの 『旧海軍の基地』 コーナーで 『北海道所在の旧陸海軍航空基地一覧』(暫定ページ) を公開したところですが1つ抜けていましたので、一覧図をこれを追加したものに更新しました。


Hokkaido_AB_sat_h30_01_mod2_s.JPG

旧海軍の釧路不時着陸場です。 昭和7年に根室不時着陸場と共に北海道庁より移管を受け、本土から千島方面への飛行ルート上に樺山、広尾、釧路、根室と連なるものとして計画されたものですが、その後の状況については不詳です。

AB_Kushiro_map_1932_01_s.JPG
( 昭和7年に作成された移管候補地の位置図 )

ただし、大戦中には米軍史料でも Emergency Landing Ground とされており、終戦時の地図などでも記載されているところです。

AB_Kushiro_map_1945_01_s.JPG

また旧陸軍及び米軍の撮影写真でも確かに写されたものがあることから、大戦時にも何らかの形で使用されたものと思われますが ・・・・

Army_AB_Kushiro_photo_1944_01_s.JPG
( 昭和19年に旧陸軍が撮影したとされる写真より )

終戦時に作成された連合軍に対する旧海軍関係の引渡し史料にも出てきません。

旧陸軍のものなら省略しても良かったのですが、旧海軍のものですので一応データとして追加することにしました。

Army_AB_Kushiro_sat_h30_01_mod_s.JPG
( Google Earth より現在の衛星写真 )

なお、当該不時着陸場については後日改めて解説ページとして纏めて 『旧海軍の基地』 コーナーでご紹介するつもりにしております。


posted by 桜と錨 at 13:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと

「六十口径十五糎五砲」 の詳細データ


旧海軍の砲身型についての記事で出ました 「六十口径十五糎五砲」 について、本家サイトの今週の更新として、『砲術講堂』 コーナーの 『旧海軍の砲術』 で 『砲熕武器要目諸元』 中に当該砲とその弾火薬の詳細データを追加公開しました。

「砲熕武器要目諸元 大正中期 〜 昭和期」 :

「六十口径十五糎五砲」 :


Traj_15cm5_60cal_com_type0_s.JPG

60cal_15cm5_ammo_01_s.JPG

この砲の三連装砲塔は当初の軽巡 「最上」 型の主砲用に開発されたもので、20糎連装砲塔搭載の重巡へ改装時に撤去され、「大和」 型の副砲及び陸上砲として転用されたことはご存じのおとりですが、砲身型としては 「T型」 の1種類のみが製造されました。

まあここまでの詳細なデータを必要とされる方はあまりおられないとは思いますが、こういうものも記録として残しておくことも私のサイトの目的の一つと考えております。

まだページを作っていない他の砲についてのデータもあるのですが、なかなか時間が取れませんので ・・・・ (^_^;

posted by 桜と錨 at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年09月18日

旧海軍の砲の砲身型について


旧海軍では、砲の呼称については大正2年になって内令兵第11号 『砲熕名称付与法』 により初めて統一されたものが規定されました。

そしてこれは大正6年に内令兵第16号 『砲名称付与法』 として多少の変更がなされましたが、大正15年に一旦廃止され、同年に官房機密をもって 『兵器名称付与標準』 として砲のみならず兵器全般の名称付与法の統一が図られました。

しかしながら、この付与標準では細かなところまでは規定されていないため、これのみでは不完全・不十分であることから、昭和14年になって内令兵52号 『砲の名称』 によってその名称付与法の細部が追加規定されたのです。

この内令兵によって砲の名称は 「一般呼称」 を基本とし、必要に応じてこれに更に 「補助又は区別語」 を付加することとされました。

例えば 「四十五口径四一式三十六糎砲」 というのが一般呼称で、口径長、尾栓式、口径の順で表します。

そしてこの一般呼称に、嚢砲・莢砲の別、構造、製造方法、内筒換装を区別表示する必要がある場合に、それぞれ必要な補助又は区別語を付加することになります。

例えば次のようにです。

IJN_Gun_Naming_S14_01_s.JPG

この砲身型は砲身の製造を発注する場合とか、発射成績を記録するような場合に、その砲の砲身を明らかにする必要が出てきます。

これは砲身型についてですが、その他に単装・連装などの区分によるものや、砲架の種類によるものなどの明示方法が細かく規定されています。

そしてこれらは各艦に備え付ける 「兵器簿」 には、「兵器」 の欄に一般呼称を、そして 「砲身及び砲架」 の欄に一般呼称と補助又は区別語によるものを記載することになっています。

ただし、この 「補助及び区別語」 というのはあくまでも砲身型などを明示をする “必要がある場合” のものということで、単に砲の名称と言えば一般呼称が正式なものとなります。

したがって、ネットの某所で出た

日本海軍の艦載砲は末尾にローマ数字で〜型とつけますが (後略)

というのは砲身型のことであって、砲の名称たる一般呼称のことではありません。

ですから、これは素直に

六十口径十五糎五砲の砲身型にはどのようなものがありますか?

というようにしたならばスッキリして、回答する側にもスンナリ理解できたでしょうね。


ちなみに、この六十口径十五糎五砲の砲身型は hush 氏の回答にもあったとおり 「T型」 一つのみですが (^_^)


なお付け加えるならば、この砲身型は砲弾の種類や使用する発射薬が変わって弾室・薬室の形状などが改良された場合や、砲身の製造方法の改善がなされたりして新しい砲身が製造された場合に新たな砲身型が付与されます。

つまり砲身型によって筒内弾道は多少 (射表に基づく修正程度) は異なってくる場合がありますが、砲としての基本的な性能は変わりません。

したがって、搭載艦が異なるからといって、何か特別の理由がない限り、それだけではそれに伴って “必然的に” 砲身型が変わるというものではないということです。

また、砲は砲身の命数が尽きると新しいものと交換されますが、その時に改良・改善がなされた新しい砲身型のものになる場合もありますし、在庫の予備砲身があればそれが使われることもあります。

ですから、連装砲塔で左右砲の砲身型が異なることも場合によっては当然出てくることになります。

これを要するに、砲身型というのは “砲種” と言う意味とは異なるということに注意が必要です。

posted by 桜と錨 at 18:36| Comment(3) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年09月17日

北海道所在旧陸海軍航空基地一覧の暫定ページ


暫く間が開きまして、かつ一日遅れの本家サイトの定期更新ですが、『旧海軍の基地』 コーナーに 『北海道所在の旧陸海軍航空基地一覧』 の暫定ページをUPしました。

  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_07_Hokkaido_AB.html

Hokkaido_AB_sat_h30_02_mod_s.jpg

日米の史料を付き合わせて、基地の位置と概要の整合が取れるところをピックアップしております。

例によって、一覧図の基地名にカーソルを当てていただくと当該基地のデータがポップアップするようにしていきますが、取り敢えず旧陸軍の浅茅野第一、同第二、旭川及び沼ノ端の4つを設定しております。

各航空基地の概要説明なども含め、今後順次追加していく予定ですが、当面は旧陸軍のもののポップアップ・データから進めていきます。

できれば東北〜台湾までの暫定ページを作り、その後に外地の地域別が出来ればと思っていますが ・・・・

posted by 桜と錨 at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年09月13日

今日の 「澎湃館」


打合せがあって市街に降りましたので、ついでに海自の潜水艦桟橋の目の前にできた 「澎湃館」 に顔を出してきました。

あいにく雨となりまして、ちょっと写りが悪いですが (^_^;

Houhaikan_h300913_01_m.JPG

ここは3日にオープンしたばかりのお土産屋さんで、「加藤友三郎元帥研究会」 などでお世話になっている大之木小兵衛氏が今に残る赤煉瓦の倉庫を改装して始めたところです。

表側は港町に映える大変レトロな建物そのままで、中はお土産屋さんと言うよりギャラリーかと思うような洒落た内装です。

旧海軍・海自関係のグッズはもちろん、呉のお土産品も沢山揃っています。 また喫茶やスイーツのコーナーもあります。

孫娘が大好きな呉氏のグッズ色々と、コーヒー大好き人間の私のための特選ブレンド豆をゲット。

今日はマスコットのマロン君はおりませんでしたが、スタイル抜群のお嬢さんがお相手してくれました。 あっ、名前を聞いておくのを忘れた (^_^)

posted by 桜と錨 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年09月11日

『J-ships』 10月号


イカロス出版から隔月で発刊されている 『J-ships』 10月号が発売となりました。 今月の特集は 「護衛艦進化論」 です。

Ikaros_Jships_h3010_cover_01_s.jpg

この中で私もミサイル護衛艦 (DDG) の項を担当させていただきました。 題して

『 ミサイル護衛艦 DDG の進化 』

海自の護衛艦の発達、特に 「たちかぜ」 型以降を語る場合には搭載する艦艇戦闘指揮システム (CDS) は外せないものの一つです。

そこで今回の私の記事もこの CDS の流れをメインに据えさせていただきましたが、何しろこれ、秘密程度が高く、古いものでもいまだにほとんどその中身については公表されておりません。

従いまして、DDG についてもそのサワリのところをちょっとだけ、ということで (^_^;

本当ならばもう少し掘り下げた詳しいものにしたいところですが、本誌そのものがビジュアル面を重視しておりますので、これについてはまた別の機会があればということにさせていただきました。

また CDS の流れについては、CIC のレイアウトを示しながらお話しするとよくお判りいただけるのでしょうが、取り敢えずということで既に退役して久しい 「たちかぜ」 型のものを一応用意したのですが ・・・・ これも紙面の関係で省かせていただきましたので、改めてここでご紹介を。

46-48DDG_CIC_Layout_01_m.jpg
( かつての 「たちかぜ」 型の CIC レイアウト )

そして艦型としては 「たちかぜ」 型の3番艦である 「さわかぜ」 ですが、1・2番艦とは CDS が大きく異なり次の 「はたかぜ」 型とほぼ同じものでこれはまだ現役艦ですし、またイージス艦などはとても元関係者の一人としては ・・・・ (^_^;


ただこの場でも強調しておきたいのは、海自が初めて CDS と言えるものを導入した 「たちかぜ」 型2隻の WES (後に OYQ-1 及び OYQ-2 と呼称) というシステムですが、出版物などの一部ではこれが米海軍のミサイル駆逐艦である 「C.F.アダムス」 級の近代化用に NTDS の簡易版として開発した JPTDS というものを参考にしたとされているものがあります。

本記事内でも書きましたように、実はこれは逆で、米海軍が海自用の WES の開発経験を参考にしたのが JPTDS なんです。

このことは WES が使用した米海軍の軍用コンピューターは当時米海軍でも広く使われていた CP-642B であるのに対して、JPTDS はその次の新しい UYK-7 となっていることでも明らかでしょう。

米海軍がいかに海自用とはいえ、そのソフトウェア開発にわざわざ古いシステムを持ち出すような面倒なことはしませんので。

ちょっとサイズが小さくて申し訳ありませんが、JPTDS のシステム・ブロックダイアグラムの公式図です。 私が根拠なく申し上げている訳ではないという一つの証拠 (まだ他にもあるのですが) ということで (^_^;

DDG-2_JPTDS_a_s.jpg

DDG-2_JPTDS_b_s.jpg


そしてもう一つ、私の記事中に挿入されている写真とその解説文については基本的に編集部さんにお任せしております。

記事の内容を補足していただけるような写真と解説を入れていただきましたが、ただ一つ、5インチ砲の Mk45 Mod4 については、これの導入について現場の用兵者としては異論がある (あった) という内容に変えていただきました (^_^)


本号の特集、他にも面白い記事が色々並んでおりますので、もし書店の店頭で見かけられましたら、是非手にとってご覧下さい。

posted by 桜と錨 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2018年09月05日

米海軍の射撃用レーダー Mk-13


大戦後半に米海軍の戦艦や巡洋艦の主砲用射撃指揮装置の一部として装備された水上射撃用レーダーである MK-13 ですが、実はいまだにその詳細は一般には公開されていないものの一つです。

米海軍の正式なマニュアルとしては 「OP-1297 Radar Equipment Mk13 Mod0」 などがあることは知られていますが、これらは今のところ入手できません。

このため、現在のところネットの某所で HN 「hush」 氏が紹介された 「NAVPERS-10798 Naval Ordnance and Gunnery Vol.2 Fire Control」 を始め、その他の米海軍マニュアルに書かれている概要などを付き合わせて行くしかありません。

もっともそれでも性能要目などについてはかなりのところまでが判ってはいるのですが ・・・・

そこで、極めて博識なことで知られる hush 氏でも流石にここまで専門的になるとご存じではなかった (多分) ことを少し補足を。


実は hush 氏が紹介された有名な Gene Slover 氏のサイトは、ご存じの方も多いと思いますが残念ながらUPされている米海軍のマニュアル類は画像なども含めてあまり綺麗ではないのが残念なところです。

当該ページにある Mk-13 の画像と同じものを私の手元の資料からご紹介すると次のものです。

NAVPERS-10798_Fig-20C1_m.JPG
( 当該マニュアルの原本より )

また当該マニュアル第20章の G. Main-Battery System にある Mk-13 のアンテナ前面の図は次のようになっています。

NAVPERS-10798_Fig-20G1_m.JPG
( 同 上 )

このG項をお読みいただくとお判りいただけると思いますが、Mk-13 のアンテナは1秒間に5回の周期で左右に5.75度 (100ミル) 計11.5度 (200ミル) の首振り運動 (と言うより実際には振動に近いですが) をしますが、上下の運動はありません。

NAVPERS-10798_Fig-20G6_m.JPG
( 同 上 )

したがって、アンテナそのものはその左右・上下の運動による弧や楕円を描く訳ではありませんし、アンテナ・カバー前面部がその運動のためのガイドになっている訳でもありません。

このアンテナ・カバーは単にアンテナのメカニカル機構保護のための雨風除けであり、風の抵抗を小さくするためにあの形になっているのです。

そして、カバー前面部は開閉出来るようになっていますが、これはアンテナ機構部のメインテナンスのためであり、通常の運用においてこれを開閉することはありません。

では、hash 氏のご紹介にある先のA項 Fig-20C1 にあるアンテナ架台に付いている 「Antenna Elevation Receiver-Regulator」 と言うのは何をするものなのでしょうか?

Mk13_antenna_01_m.JPG
( 別の未公開米海軍マニュアルより )


そうです、船体のバランスや動揺による傾きに対してアンテナの向き (=レーダー・ビームの方向) が照準線方向 (=方位盤の向き) において常に水平に保たれるように、垂直安定ジャイロ (Stable Vertical) の信号によってアンテナ機構そのものを上下に動かすためです。

また必要に応じて方位盤の測距儀 (これも垂直安定ジャイロによって安定が保たれています) を測距目標に合わせた時の俯仰角度に追従するようにすることもでき、これらは方位盤内にあるスイッチの切換で選択可能となっているのです。

posted by 桜と錨 at 21:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年09月03日

九四式高射装置

ネット上の某所で次の様な質問が出ていました。

九四式高射装置では対艦戦闘の際もこの高射装置を使っていたのでしょうか?

これを裏返すと、高射装置で水上射撃はできないのでは? という意味が込められているものと考えられますが、逆になぜそのように思われるんでしょうかねえ (^_^;

Type94_HA_FCS_mech_01_m.JPG

posted by 桜と錨 at 20:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年09月02日

「大和」 型の船体強度の問題 (1)


先日、「大和ミュージアム」 館長の戸高氏と雑談をしていた時のことです。

私 : 「大和」 と 「武蔵」 の潜水調査の映像を見て、その船体の折れ方が驚くほどよく似ているんですよね。

戸高氏 : それは私も感じたところです。

私 : 被害や沈没の状況が異なり、かつ主砲塔や主砲火薬庫の爆発もなかったのに、両艦とも同じように船体が3つに折れている。 やはり船体構造に問題があったということでは?

戸高氏 : それはあり得ることかもしれません。


さて、私は常々 「大和」 型の船体構造については大きな疑問を持っていたのですが、今回の両艦の潜水調査の映像を見てそれを確信した次第です。


前回の 「主砲塔バーバットの疑問」 でもお話ししましたように、潜水調査から判明した事実は “主砲塔内の徹甲弾も主砲火薬庫の装薬も爆発 (完爆) していない” ということです。

これは両艦の主砲塔バーベット、そしてその内側にある円形支基 (リング・サポート) が綺麗に残っていること、そして分断された砲塔各部の映像からは爆発・火災の跡は見られないことなどが明らかな証拠です。


では、なぜ 「大和」 も 「武蔵」 も同じように3つに折れているのでしょうか? しかも爆発説さえない後部でも。

そうです、これは 「大和」 型の船体構造の問題に帰結されると言えます。

この問題点についてこれから少しお話しをしたいと思います。


( このことは、昨年放映されたNHKさんの 「ドキュメント 戦艦武蔵の最後」 の制作の時にプロデューサーさんには強く申し入れたのですがこれは採用されず、結局 “主砲塔爆発” という一般視聴者に見栄えの良い形に纏められていることはご存じのとおりです。)

(続く)

posted by 桜と錨 at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年09月01日

8月30日付 『朝雲新聞』


『朝雲新聞』 の 「世界の新兵器」 コーナーで艦船シリーズとして4ヶ月毎に掲載していただいてる私の第7回目の記事です。

今回はさる5月に進水した韓国海軍の強襲揚陸艦 「馬羅島」 です。

Asagumo_h300830_Marado_m.jpg

ご承知のとおり、本艦は 「独島」 型の2番艦に当たりますが、その 「独島」 は搭載するHSの選定・調達の遅れは勿論のこと、艦そのものも信じられないトラブル続きで現在もなお実戦配備にはほど遠いと言われています。

これもあって、この 「馬羅島」 は 「独島」 から実に13年目、2番艦とは言いながらシステムなどは一新されており、実質的に改独島型となっています。

しかも、当初言われていた2番艦は 「独島」 より大型となり、かつ航空運用能力も強化されたものとなるのではとの観測がありましたが、結局新型艦建造によるリスクを冒さずに手堅く 「独島」 を改良・改善した形となったことは、この 「独島」 の就役後の状況を反映したものと言えるでしょう。

2020年中に就役するとされていますが、さて、本来なら 「独島」 で実現するはずだった性能・能力を発揮できるのでしょうか。

この意味からも今後が注目されるところです。

posted by 桜と錨 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと