2018年01月29日

広島サンドでがんす


家内と一緒に街に降りる用事がありましたのでついでに 「鉄くじら館」 内にあるカフェで軽い昼食を。

呉工業専門高等学校の生徒さん達とのコラボで作られたという 「広島サンドでがんす」 (写真左) が発売になったということで行ってみました。

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早い話、焼サンドの中に呉特産の 「がんす」 が挟んであり、これに2種類のソース 「レモスコマヨソース」 か 「オタフクマヨソース」 と言うのをつけて食べます。

現在この2種類のソースのどちらが良いかのアンケート中だそうですが、私は後者かな?

まあ、ちょっと変わった味のサンドと言えばそうですが、これはこれでなかなか面白いアイデアかと。 呉工専の生徒さん達、やりますね。

ただ、600円ですので、これを目当てに何度も通うかといわれると ・・・・ う〜ん (^_^;

もう一つ (写真右) は呉地方隊開発の 「愚直たれ」 というソースをつけたホットドック。 500円。 こちらは何というか好みの分かれるところと思います。

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2018年01月26日

衝角 (Ram、ラム) と魚雷


帆装木造艦から蒸気推進鋼鉄艦へ移行しつつあった19世紀後半、艦船は風向きに左右されることがなく運動ができるようになってきたとは言え、速力はまだ10ノットそこそこであり、海戦における相対的な運動はノロノロとしたものでした。

しかも当時の砲戦距離は2000メートル以下、命中が期待できる射撃ができるのは数百メートルが精々で、かつ前装砲が主体であり発射速度は大変に遅いものでした。

そこでこの近距離における戦術運動において考え出されたのが、鋼鉄艦という船体の強靱さと、蒸気推進による自由な運動能力を利用して敵艦の舷側水中部を破壊する 「衝角」 と呼ばれるものを艦首構造に組み込むのが一般的となりました。

特に、1866年のオーストリア海軍とイタリア海軍との間で生起した 「リッサの海戦」 では、航行の自由を失ったイタリア海軍の装甲艦 「レ・ディタリア」 の舷側にオーストリア海軍の旗艦であった装甲艦 「フェルディナント・マックス」 の衝角攻撃を加え、水線下に大破口を生じさせて撃沈してしまった。 そしてこれを契機としてイタリア海軍側の敗北となったことはよく知られているところです。

多分に幸運に恵まれた事象であるとは言え、主力艦が主力艦の衝角により撃沈されたという事実により、以後この衝角は20世紀初頭まで主要艦艇の装備として残ることになりました。

その一方で、この同じ時期に魚雷も実用化の域に到達しており、小型快速艦艇はもとより、大型主力艦に至るまでこれを装備するのが一般的となりました。

当時の魚雷は有効射程がまだ数百メートルでしたが、砲戦距離や運動力からする衝角戦術と合わせ、大型艦においても舷側はもちろん、艦首及び艦尾への発射管の装備は攻撃兵器として戦術的にも有効なものとして考えられていたのです。

当時の多くの主力艦でも艦首の衝角の上部にこの水上発射管が装備されていたことはご存じのとおりです。

しかしながら、この魚雷発射管を水線上に装備することは砲戦被害による誘爆の危険性があり、これの防護のための装備をすることは重量対策上からも好ましくないことは明らかです。 したがって、大型艦における魚雷装備は次第に水上発射管から水中発射管に換わってきました。

では艦首の発射管はどうなのかというと、衝角を有する構造上水上発射管が主流でしたが、これももちろん中には水中発射管を装備するものもありました。

例えば、1894年に就役したフランスの防護巡洋艦 「シュシェ」 (Suchet) では次のようになっています。

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ただし、その後の砲戦距離の延伸や速力の向上などによる戦術の変化により、衝角の廃止と合わせ、艦首装備の水中発射管への移行は主流とはなりませんで、その前に艦首への発射管装備そのものが廃止されてしまいました。

もちろんこれは衝角の構造上の問題からでもありませんし、また衝角攻撃での衝撃による誘爆の危険性のためでもありません。 特に後者が問題となるのなら、水上発射管の方が余程危険でしょう。

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2018年01月24日

拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足 (5)


第2次大戦時の艦艇における個艦の戦闘指揮は、従来からの艦橋や司令塔、そして旧海軍のような防空指揮所のように、前檣楼に設けられた施設において行われてきましたが、更に米海軍においては各種レーダーの装備に合わせて艦内にCICが設けられ、ここでも戦闘指揮ができるようになりました。

これは 「アイオワ」 級でも同じことで、これらの艦内配置については、現在では米海軍から公式の詳細な一般配置図が公開されており、ネット上でもあちこちのサイトで紹介されていますので、比較的簡単に見ることができるようになりました。

この詳細な公式図集を見ると、「アイオワ」 級4隻でも就役時や戦後の改装時のものなどがあり、また各艦で少しずつ異なりますので、建造時期による違いや改装による変遷などがわかり、大変に興味深いものがあります。

拙稿でもこの公式図について 「ニュー・ジャージー」 の大戦後の大改装時のものから前檣楼及び発令所・CICの部分を抽出してご紹介たところです。

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では、この 「アイオワ」 級において艦長はどこで戦闘指揮を執るのかと言うことですが、一言で 「戦闘時」 と言ってもその様相、形態、状況などは様々ですので、これについては “どこで” とは一概には言い切れません。

強いて言えば “その時その時で艦長自身が最も戦闘指揮に最適と思った場所に位置する” ということです。

例えば、戦艦対戦艦の水上砲戦ならば司令塔の上から2層目にある個艦戦闘指揮所の中でしょうし、対空戦闘であるならば状況把握に適したCICでしょう。 あるいは対地射撃なら自分の目でも見えるところということになります。

この “艦長自身が戦闘指揮に最適と思うところで” というのは、別に 「アイオワ」 級に限ったことではなく、どの艦でも、またどこの海軍でも同じことであり、必然的なことでもあります。

そして、副長及び砲術長はそれぞれ艦長とは別のところに位置するのが一般的です。 これは被害時の指揮継承のためと、艦長の戦闘指揮を補佐するために艦内応急や射撃などの職務の遂行をそれぞれ適したところで分掌するためです。


(1月25日追記) :

戦闘時の艦長の位置に関連して、これはあまり語られたことはありませんし、また 『世界の艦船』 9月号増刊の 『傑作軍艦アーカイブ4 米戦艦 「アイオワ」 級』 の中でも触れられていないことですが、「アイオワ」 級には前檣楼中段 (08レベル) には 「副次戦闘指揮所」 が設けられており、しかも操舵室や海図室の設備もありますので、ここで艦長は航海及び戦闘の指揮を執ることが可能です。 そしてその後ろ側に航海用艦長室 (Captain's Sea Cabin) が設けられていました。

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( 戦後の大改装後の 「アイオワ」 の前檣楼 (部分) )

この航海用艦長室は戦後の大改装時も 「アイオワ」 では上図のとおりそのまま残されていますが、「ニュー・ジャージー」 では気象室になりました。 ただし副次戦闘指揮所などは元のままです。

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前記事 : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足(4)

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2018年01月21日

護衛艦 「きりしま」 の建造経歴書


先ほど本家サイトの今週の更新として、『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナーにて 「きりしま」 の 『建造経歴書』 を公開しました。

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これは 「きりしま」 を建造した三菱重工長崎造船所が、その契約に基づき作成して平成7年3月16日の竣工・引渡し時に納入した膨大な完成図の冒頭にある一つです。


ご存じのとおり 「完成図」 というのは建造図面を含む造船所が係わった総てのものを纏めたものです。 これと各装置・機器の 「取扱説明書」 などを始めとして、当該造船所以外で契約・製造に係わったところのものも総て集めたものが 「完成図書」 です。

そして建造所の 「完成図」 の内、個々の建造図面などは 「完成図書」 として作成・納入される時には縮小された上で製本されるのが通常です。

今回本家サイトでご紹介する 『建造経歴書』 はこの完成図の最初にある、いわば能書きですから、内容的には秘密に係わるものは全くありませんで、ほとんどが既に一般に知られている事項ばかりです。

とは言え、こういう公式なものが公開されることはほとんどありませんので、珍しいものと思います。


この 『建造経歴書』 を含む 「完成図」 を始めとする 「完成図書」 一式は、海上自衛隊創設以来建造されてきた艦船総てについて、同型艦といえども省略されることなく一隻一隻それぞれのものが作成され、当該艦船の就役に合わせて防衛省・海上自衛隊に納入されてきました。

したがって、これまでのものを総て合わせると膨大な数量になります。 現役艦ならともかく、除籍となった艦船についても本来なら保存・保管されていなければならないはずですが、今現在本当にこれら総てがキチンと揃っているのかどうか ・・・・ ?

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2018年01月20日

お参りへ


今日は天気も良く暖かでしたので、家内と氏神様の亀山神社へお参りに。 長女の厄年の厄除けと二女の安産のお祈願です。

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お正月の松も取れましたので、境内は参拝の人は少なく比較的閑散としておりましたが、それでもお祈願の人はご家族で次々に訪れていました。

で、お祈願が済んだら二人でお神籤を。 一昔前は紙のお神籤だけの100円くらいのものが多かったのですが、最近は色々な種類のものがありますね。

これは小さな布袋の中にお神籤とカラフルな石 (風) が入っており、占いが二重に楽しめるというもの。 300円でした (^_^)

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私のは、お神籤は大吉でしたが、石は白色 。 「白紙 (初心) に戻って出直せ」 ということです。 う〜ん。

確かに、今抱えている原稿はまだ白紙のまま (^_^;

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2018年01月18日

自家製本作業


先日本家サイトで公開しましたディジタル版の 「呉海軍工廠造兵部史料集成 中巻」 ですが、印刷するとこのレベルの内容になりますという見本を編著者の山田氏にお送りするために、プリンターで印刷して簡易製本してみました。

上巻は表紙が赤色だったので用紙も製本テープもそれなりのものが手元にありましたが、この中巻は黄色ですので、なかなかピッタリの色のものがありません。

取り敢えず間に合わせの材料を使って。

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パンチで4個所に穴を開け、全体の厚さに合わせてポリパイプで綴じますが、黄色の表紙・裏表紙の内側に補強用の厚紙を入れ、そして表と裏に透明シートを被せて汚れ防止に。

後は製本テープを綴じ代部分に巻きますが、市販のテープは幅50ミリのものしかありませんので、表側からと裏側からで2回巻かないと足りません。

う〜ん、とは言ってもやはり素人の手作業ですし、最近はほとんどやっていませんでしたので、ちょっと不細工になってしまいました (^_^;

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以前はコピーしたものはファイルに綴じるかこの形で簡易製本して、本や他の資料と一緒に本棚に並べていましたので、材料はまだそれなりに残っています。

ただ、今はスキャナーでディジタル化して保管することにしましたので、終わったものから元の紙のものはほとんど処分してしまいました。

断捨離というか、終活というか ・・・・ 家内達にしてみれば後に残しても単なる粗大ゴミの山に過ぎませんので。

あとはディジタル化したものを誰に託すかですね。 もし適任の人が見つからなければ、いざという時には総て消去してしまうか。

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2018年01月17日

あれから23年


今年もこの日が巡ってきました。 今日は阪神淡路大震災から23年目です。

あの日の朝、呉の官舎で寝ていた私を隣にいた家内が揺り起こしてくれて 「おと〜さん、今地震があったよ」 と。

直ぐにテレビを点けましたが、関西で大きな地震が有ったとの事以外は状況は全く解らず。 「ちょっと様子を見てくる」 と言って呉地方総監部に出かけましたが、そのまま48日間家に戻らないとはその時は思いもしませんでした。

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この48日間のことは本家サイトの 「砲術への思い」 と題して公開している私の回想記の中でも、防衛部第3幕僚室長をしていた当時のことを書いておりますので、詳細についてはそちらをご覧いただきたいと思います。


加藤総監を指揮官として現地に進出した海上自衛隊災害派遣部隊は、一人一人が出来る限りの全力を尽くしたと思いますし、また各指揮官始め全隊員が自己の判断で積極的に適時適切に動いてくれました。

しかしながら、今でも心に残ることは “もっと何か出来たのでは?” “もっと一人でも多くの方の命を救えたのではないか?” ということです。

その一方で、言い訳にはなりますが、当時としての法的な制限・制約などもあり、災害派遣部隊としてはあれが精一杯で、それ以上は動けなかったことも確かです。

もちろん現地判断でそれ以上のことも色々しましたが、後になれば結果オーライということで ・・・・


今でも目に焼き付いて離れないのは、現地に進出して壊れかけた阪神基地隊庁舎になんとか司令部を設定したあと、暗くなってから打ち合わせのために車で神戸市庁舎に向かう途中に見えたものは、総ての明かりが消えて真っ暗な中、あちこちの建物などが倒壊し、人声も人の気配もなく、道も地面も雪解けのように液状化現象でドロドロになってる、あの何とも言いようのない無惨な街の姿です。

そして暫くしてからの昼間、これも連絡調整のために車から見える途中の街並みは、ポツンポツンと鉄筋の建物が残る以外は木造の家屋は総て倒壊したまま手つかずの状態の中、所々に 「まだここの中に一人取り残されています」 という看板が建てられてたことです。

福島の原発のことを除いたとしても、東日本大震災は被害規模としてはこの阪神淡路大震災より大きなものがありますが、近代的な大都市に発生した大災害ということではまた別のものがあります。


23年目、神戸の街並みは既に見事なまでに復興し元の活況を取り戻しておりますが、被害に遭われた方々の心の傷が癒されることはまだまだないと思います。

そして、震災で亡くなられた多くの方々のご冥福を改めてお祈りいたします。 合掌

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2018年01月16日

12月21日付 『朝雲新聞』


ちょっと遅くなり年を越してしまいましたが、私が担当させていただいている同紙での 『世界の新兵器』 コーナーの艦艇編の第5回目です。

『 「クイーン・エリザベス」 級空母 』

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ご存じのように、その建造には紆余曲折があり、難産の末に去る12月7日ポーツマスにおいて女王陛下ご臨席の下に就役式が行われました。

これはテレビやネットで全世界に同時配信されましたのでご覧になった方もおられると思います。 私も一部始終を実況で見ていましたが、なかなか興味深いものがありました。

この 「クイーン・エリザベス」 については平成27年4月に既に当該紙で私の前任者により紹介記事が掲載されておりますが、この度実際に就役の運びとなり、年が明けた今年からはその目玉の一つである F-35B の艦上運用試験も始まります。

そして2年後には実戦配備される予定になっており、同時に2番艦の 「プリンス・オブ・ウェールズ」 が就役する予定で、当面は2隻とも維持されることになっていることから、英海軍は久々に充実した艦隊航空兵力を手にすることになります。

この度の 「クイーン・エリザベス」 の就役にあたり、技術サイドのみならず用兵サイドの目からしても、本級について改めて記事にする価値は十分にあると考えましたので、編集部さんにお願いして掲載していただきました。

海自も 「いずも」 型を F-35B が搭載可能なように改装する話しも聞こえて来ますが、本当にそのような中途半端なもので良いのかどうかも含めて、本級は良い研究対象の一つになるでしょう。

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最近のじゅんぺい


今日は比較的暖かですが、このところ朝はマイナスになる日が続いておりますので、我が家の次男じゅんぺいは昼間でもこの通り、居間のソファに膝掛け用として置いてある毛布の中から出てこようとしません。

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呼んでも “え〜っ、やだ〜” という顔をして、また直ぐにうずくまってしまいます。

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それにしても、冬の間は寒かろうとトリミングをさぼっていましたら、何かボロモップのように (^_^;

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2018年01月14日

『海軍武官進級令』 など公開


先日海軍士官などの進級についてのお話をしましたが、そこで出ましたものなど関連する根拠法規を本家サイトの 『海軍法規類集』 コーナーにて公開しました。


今回追加公開したのは次の7つです。

   海軍武官官階
   同 昭和20年5月改正分
   海軍兵職階
   海軍武官任用令
   海軍武官進級令
   海軍武官任用進級取扱規則
   海軍兵進級規則


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( 「海軍武官官階」 別表 (部分) )

海軍武官官階の改正分を除き、いずれも昭和20年2月段階でのものです。

これらについては、総て既にアジ歴などでも公開されておりますが、綺麗なPDF版として各法令ごとのファイルとしております。

関心のある方々にとってはご覧になるのに選択肢は多い方が良いと思います。 皆様のご都合のよろしいものを選んでご覧いただければよろしいでしょう。

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2018年01月07日

『呉海軍工廠造兵部史料集成 中巻』 公開!


本家サイトの新年初の更新として、「史料展示室」 コーナーにおいて昨年末にご来訪 「555555」 のぞろ目達成記念として公開を始めた山田太郎氏編著 『呉海軍工廠造兵部史料集成』 の中巻全ページをPDF版にて追加公開しました。

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ご覧いただいてお判りいただけるように、この全3巻は大変にすばらしい史料集で、この方面に興味のある方々の根拠とするに足る大変に貴重なものです。

このような大作を当方のサイトにて公開させていただけることは大変に光栄で嬉しいことと思っております。

残りはあと下巻となりました。 これも準備でき次第公開いたしますが、この下巻は350ページ強ありますので少々お時間を頂戴することになると思います。

なお、公開のPDF版は印刷・加工付加の設定としておりますので、もし元の紙媒体のもの、あるいは当サイトの印刷可能バージョンなどを必要とされる方がおられましたら、まずは山田氏にコンタクトをとっていただけるようお願いいたします。

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2018年01月04日

旧海軍の昇任規定


ネットで旧海軍の昇任についてのことが話題になっていました。 次のような質問についてです。

日本海軍の昇進に関する規定はどうなっていたか?
この階級になるには何年間勤務していないといけない、こういう役職を経験していなければならない、という決まりはあったのか?
あったとすればどういうものか?

色々回答がついていたようですが、まあ某所はそういうところですので、それはそれで構いませんし、何より質問した人がそれで納得してしまいました ・・・・ ですが、結局のところ最も肝心なことは出てきませんでした。


旧海軍における (と言っても別に旧海軍だけのことではありませんが) 昇任については次の2つに分けて考える必要があります。

 1.昇任選考の前提となる候補者名簿の作成
 2.名簿に基づく人事上の選考作業

上記の元々の質問は、この内の1.がどうなっていたのかということでしょう (多分)。

これについては昭和期の旧海軍では次の規則類が基本となっています。

  「海軍武官進級令」 (大正9年 勅令58号)
  「海軍武官任用進級取扱規則」 (大正8年 達133号)
  「海軍兵進級規則」 (大正9年 達80号)

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( 「海軍諸例則」 第14版より進級令の1頁目 )

これには別に色々な特例事項等がありますが、ともかくこの規則類に従って候補者名簿に載らない限り選考の土俵に上がりません。

ただしハッキリしているのはここまでであり、後は具体的な各個人の昇任履歴を見る以外にはありません。


そこで、2.の候補者名簿に基づき進級会議において選考が行われるわけですが、ではどの様な要素によってこの名簿上の順番が決まって来るのかということになります。

海軍士官の場合は海軍省の人事局第1課における各担当者の作業になります。 当然ながら事務的な要素、例えば現階級経過年数、任用別・期別、経歴、勤務成績、賞罰・功績など様々な事項が考慮されて名簿の順番が決まってきます。 HN 「hush」 氏の回答でも出てきた 「海軍人事取扱内規」 はこの昇任を含む人事担当者の作業要領です。

そして重要なことは、進級会議においてこの候補者名簿に基づいて選考されますが、その際に単純に名簿順に沿って決まってくるわけではありません。 しかも、その時その時の会議でどの様にこの名簿の中から選ばれたかについては決して表に出ることはない、と言うことです。

これは海軍士官の場合、例えば昇任すべき上位階級での職の要求といものがあります。 いくら人事担当者による作成名簿の上位にあっても、空きのある昇任後の配置に適さないことも当然あり得るわけです。

そして肝心なことは、選考者達の個人としての意見が入ることです。 これには選考者個人によるいわゆる “引き” があります。 また旧海軍における人事上の人脈、即ち “閥” が含まれており、被選考者は自分が知らず知らずの間にこの閥の中に組み込まれて行くことになります。 特に上位階級になるほどこれが大きく影響してきます。 このことは昇任だけではなく、補職についても同様です。


以上の全てのことにより実際の進級者がその進級順位と共に決定されますが、先にも申し上げましたとおり、最初の候補者名簿作成以外のことは、昇任選考理由などが表に出ることはありません。

悪い言い方をすれば、要するに人事担当者と選考者それぞれによる胸先三寸 (胸三寸+舌先三寸) ということでもあるわけです。

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2018年01月03日

早くもお肉


正月早々ですが、我が家はお節料理やお餅はほとんど食べないので、お肉が主流になります。

孫娘が頑張って手伝ってくれた豚肉ブロックの塩釜焼。 家内曰く、肉の上下にミカンのスライスを置くのが塩辛くなくなるコツだそうです。

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上手く出来ました。 なかなか美味しいです。

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もちろんローストビーフも。

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お酒が進みます (^_^)

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2018年01月01日

謹賀新年


明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。

お陰様で、好天の元旦、我が家は孫娘や二女夫婦など7人の賑やかなお正月を迎えております。

まずはお茶と干し柿で一年の健康を。 お節料理は取り寄せのようなバラエティなものは昔から誰も食べませんので、我が家では家内手作りのシンプルなものです。

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続いて我が家恒例、七福神のお猪口による新年の占いです。

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そして何と言っても毎年これが楽しみです。 我ながら家内のお雑煮の味は絶品だと思います。 ただ今年は少々具沢山ですが (^_^)

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