2018年08月19日

「大和」 型主砲塔バーベットの疑問 (1)


本家サイトの掲示板にて、「大和」 型主砲の装甲に関する話題が2つ出ました。

そこでこれらに関連して、日頃私が疑問に思い、そして 「大和」 及び 「武蔵」 の潜水調査を含めていまだに解明されていないことを書いてみたいと思います。


まずはご来訪の皆さん方との頭合わせとして、その主砲塔の構造から。

「大和」 型主砲塔の一般的構造は、次の図がよく知られているところです。

46cm_Trt_Draw_01_mod.jpg
( HP 「海軍砲術学校」 所蔵の複製より )

ご存じのとおり、これは昭和18年に横須賀海軍砲術学校が作成した 『兵器学教科書付図 (九四式四十糎砲塔)』 の第1図として出てくるものです。

赤線で示したところが砲塔の旋回部で、砲室、旋回盤、上部・下部給弾室、及び上部・下部給薬室の旋動部で構成されます。 (ただし教科書付図は説明用に簡略化、あるいはデフォルメされているところがありますので、赤線もラフなものです。)

そこで、この旋回部の重量を支え、かつこれを旋回させるためのローラーパスが装着されている円形支基と、砲室下の旋回盤以下を防護するための装甲であるバーベット (厚鋼板) との関係について、同図の部分拡大で示します。

Yamato_Barbette_06_mod.jpg
( 同 上 )

バーベットを赤色、円形支基を青色、そして砲塔旋回部を緑色で示しましたが、これでお判りのように円形支基はバーベットの一部ではなく、また付属物でもなく、両者には構造的な繋がりはない全くの別物です。

この円形支基の正確な構造は、三菱長崎の 『戦艦武蔵建造記録』 では下図のようになっており、中心を50ミリ厚のHT鋼で2千トンもの重量を支えています。

Yamato_Barbette_01_s.jpg
( 『戦艦武蔵建造記録』 より )

もちろんこの円形支基の形状は、その上部のローラーパス上を砲塔が旋回しますので “真円” の円筒であることは申し上げるまでもありません。

そしてこの円形支基の内側には砲塔を旋回させるための砲塔側の旋回歯輪と噛み合う旋回歯轍が装着されています。


因みに、呉の 「大和ミュージアム」 で何回かに分けて 「大和」 の潜水調査結果の企画展が行われていますが、その中でこの円形支筒とその旋回歯轍の部分を写した写真を 「バーベット」 と解説しており、また旋回歯轍をふりがな付で 「施条 (しじょう)」 と呼んでおりました。

Yamato_Barbette_11_mod.jpg
(同館公式パンフレットより)

このことについては以前このブログで記事にしたところです。

     http://navgunschl.sblo.jp/article/180281833.html
     http://navgunschl.sblo.jp/article/180302027.html

一般の方々にはあらぬ誤解を生じさせるもとになりますので、艦船やその装備とは無関係の内容を扱う公共施設などならともかく、少なくとも 「大和ミュージアム」 として 「大和」 の砲塔のことを解説するのですから、これではまずいのではと思いますねえ。

(続く)

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2018年08月18日

秘匿基地 (牧場)


大分在住のFBFの方が大分の臼杵市街から西南西の家野というところにあった旧海軍の秘匿基地である 「六九四基地」 について調べておられます。

ここは如何に急造の飛行場であったとはいえ、現在では衛星写真で見る限りでは全くその跡形はなく、旧海軍資料でも終戦時の概略のレイアウトしか判らないところですので、その成果が期待されるところです。


ところで、この 「六九四基地」 から北西に約11kmほど離れた戸次というところに同じく秘匿基地の一つである 「六九三基地」 というのがありました。

こちらについては、既に本家サイトの 『旧海軍の基地』 コーナー中の 「大分航空基地」 の頁でご紹介しているところです。


昨日この頁を更新してこの 「六九三基地」 に新らたな写真と地図を追加したところです。

ここは終戦時までにほぼ概成して実際の運用も始まっていたようですが、昭和20年の早い段階で既に米軍に知られており、詳細な分析がなされております。

AF_693_photo_1945_01_m_mod.JPG
( 昭和20年5月撮影の米軍写真より )

AF_693_map_1945_01_m_mod.JPG
( 昭和20年版の米軍地図より )

これらの米軍史料を見ると、秘匿基地というのはあくまでも旧海軍での自己満足の世界であり、米軍から見れば秘密でも何でもなかったことが判りわかります。

米軍の情報収集能力の高さの一旦といえるでしょう。

posted by 桜と錨 at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年08月17日

『世界の艦船』 9月号増刊


もう書店に並んでいることと思います。 『世界の艦船』 の9月号増刊 (通巻第885号) は 『傑作軍艦アーカイブ E 英戦艦 「キング・ジョージ5世」 級』 です。

SoW_No885_cover_s.jpg

本文記事の中で、私も次の項を担当させていただきました。

「キング・ジョージ5世級のメカニズム A 兵装」

本シリーズの他の号と同様に 「キング・ジョージ5世」 級5隻の兵装とその変遷の概要ですが、今回は特に用兵者の視点から少々辛口の評価をしております。

本級はその特異な兵装で知られている反面、太平洋戦争初頭のマレー沖海戦においてその2番艦である最新鋭の 「プリンス・オブ・ウェールズ」 が 「レパルス」 と共に旧海軍の中攻隊の攻撃によってあっさりと撃沈されてしまい、また大西洋方面ではビスマルク追撃戦などにおいてその主砲は全くの期待外れであったことなどで知られています。

これを含めて、本級では米海軍より一歩進んだ射撃用レーダーを装備したにもかかわらず、その主砲はもとより、対空射撃能力を有する砲塔式副砲も含めた対空兵装もほとんど実用に耐えるものでは無かったことを採り上げました。

総合評価としては、あまりにも中途半端かつ不完全な兵装であったと言えます。 その根本原因は英海軍が第2次ロンドン条約の制約に拘ったことと、計画線表にしたがって建造を急いだことなど、まさに政治的に翻弄されたためで、ある意味では大変に不幸な艦型でした。


本艦型を特集するにあたり、英海軍の艦艇についてはいまだに十分な公式データなどが揃っているとは言い難いものがありますので、他の執筆者の方々も苦労されていたようです。 

編集部さんの方で豊富な写真を揃えてくれておりますので、艦船好きの方でしたら一冊お手元に置いておかれても損はないと思います。

書店の店頭で見かけられた時には是非手にとってご覧下さい。

posted by 桜と錨 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年08月16日

今日はクラス会


昨日に引き続き連チャンで、今日は幹部候補生学校24期呉支部の臨時クラス会でした。

定年後は東京に居着いた同期がお盆の帰省で戻ってきておりましたので、急遽開催することに。

ただご存じのとおりの呉周辺の交通事情のため、11名の内の7名と帰省者1名の8名でした。

#24_OCS_h300816_01.jpg
( お店のおね〜さんにお願いしましたが、ちょっとピントが・・・・ )

ところが、です。 17時開始のところを何を勘違いしてしまったのか、午後7時からと思いこんでおりまして、幹事から “お〜い、もう始まってるぞ〜” と連絡が入りましてそれから慌てて出かけた次第。 もう惚けが入ってきたのですかねえ (^_^;

でももし予定の17時に間に合うように家を出ていたとしたら、当時は雷を伴う土砂降りの最中で、びしょ濡れになるところでした。


いや〜、それにしてもクラス会は楽しいですね。 またまた今回も周りのお客さんの迷惑も顧みず、大声でワイワイ (^_^)

posted by 桜と錨 at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年08月15日

今日は三水会例会


毎月第3水曜日に開催されている軍歌を歌う会の 「三水会」 ですが、先月はご存じのとおりの状況でしたので欠席、2ヶ月ぶりに参加してきました。

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今日は女性3名を含む15名。 まだこちらの交通事情が元に戻っていないことを考えると多いのではと。

そして今日は奇しくも8月15日の 「大東亜戦争敗戦の日」 です。 ( 「終戦記念日」 など300万余の犠牲者に対してこれほど失礼なことはないと思っています。)

いつもの例会どおりの軍歌に加え、皆で 「江田島健児の歌」 を合唱し、最長老である兵学校76期生の梶本氏に江田島で迎えた73年前の今日のお話しを伺いました。

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私も本当にそう思います。 今の日本、そして日本人は戦争で犠牲になられた人々や自ら後を後世に託して犠牲になられた英霊に対して “どうです見てください” と堂々と胸を張れるんでしょうか?

posted by 桜と錨 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年08月12日

墓参り


今年のお盆は13〜16日のようですが、親族で相談して今週末に墓参りを済ませることにしましたので、今日の午前中に行ってきました。

こちらではカラフルな盆灯籠 (初盆は白) を飾るのが風習のようです。

Obon_h300812_01.JPG

でもやはり少々早かったようで、周りはまだチラホラ。 週明けにはあちこちの墓地が盆灯籠やホオズキで賑やかになります。


風があってロウソクの火はすぐに消えてしまうほどですが、それにしてもこのお墓一帯はものすごい暑さでした。

お陰で家に戻ったらまるで熱中症にかかったようになって家内と二人ともしばらくダウン。 夕方になって少し元気になりました (^_^)

posted by 桜と錨 at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年08月09日

月刊誌 「丸」 9月号別冊


「丸」 の最新号は9月号の別冊で 『日本の空母 大事典』 です。

Maru_h3009a_cover_s.jpg

私も記事を一つ書かせて貰いました。 題して、

  『 搭載ウェポンのすべて 』

「鳳翔」 に始まる日本の空母に搭載された砲熕兵装を中心として、これに関連する射撃指揮装置や電探 (レーダー) についてもその概要をごく簡単にご紹介しました。

ただ割り当ての紙幅が6頁でしたので、やはり当初の原稿よりはかなり縮小せざるを得ませんでした。 特に各砲熕武器については全てについてその外観図及び代表的な弾種での弾道図、そして主要性能要目表を用意しましたが、ごく一部のもの以外は省略です

例えば弾道図は、旧海軍史料によるものと戦後に米海軍が旧海軍史料に基づいてトレースし直したものの両方を用意しました。

Type98_10cm_HA_comm_01_s.JPG
( 旧海軍資料による例 )

25mm_MG_traj_01_s.JPG
( 戦後米海軍がトレースし直したものの例 )


空母の特集ですから、まあ私の記事のこれがメインにはなりませんので、致し方ないかと (^_^;

ただ、対空火器の最後で述べた射程の話しにはこれを入れた方が判りやすかったと思います。

AA_Weps_Effect_Range_01.JPG

↓ ↓ ↓

AA_Weps_Effect_Range_02.JPG

これをご覧いただけば、欧米の40ミリ機銃などのような25ミリ機銃と127ミリ高角砲の間を埋めるものが日本海軍にはなかったことが良く分かります。 つまり、攻撃態勢に入った雷爆撃機に対して一番美味しいところが抜けていたと。


その他に省略したものの一つに、大戦末期に装備された12糎噴進砲の28連装と同30連装の性能要目表があります。 これについては珍しいかと思いますので、原稿案には入れてあったものをご紹介します。 また後者の30連装が 「海鷹」 に装備されたというのは初めてではないかと。

12cm_rocket_launcher_table_s.JPG

なお、この噴進砲のうち28連装の発射機構について、世間の一部では2弾ずつ14斉射したとされるものがありますが、これは誤りで、記事のとおり手動操作での切り替えによって14発ずつ2回発射するようになっています。 これも細かいことですが、初めて出てくることでしょう。

posted by 桜と錨 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年08月07日

運転免許の更新


いまだに呉〜広島間の迂回路となっておりますが、朝夕の時間帯を除くと大分交通量も減り、昼間はそれほどの渋滞は無くなりましたので、昨日は延ばしていた運転免許の更新のために呉市街へ降りました。

警察署での手続きなのですが、時期的・曜日的なものなのか、交通事情のせいなのか、あるいは呉の特性なのか、行ったらそのまま待ち時間も無くあっさり終わり、その後5分程度の待っただけの講習も広い教室に私と中年女性の二人だけ。

講習担当者も張り合いがなそうで ・・・・
折角ですから、サクラ的に色々質問をして間を持たせることに (^_^;

これで次は5年後です。

Driver_License_01_s_h300806.JPG

posted by 桜と錨 at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年08月05日

朝鮮半島所在の旧陸海軍航空基地


相変わらず暑いですね〜 (最近こればっかり (^_^; )

相変わらずバタバタしております、というより暑さで少々バテておりますので、本家サイトの今週の更新は、先週に引き続き 『旧海軍の基地』 コーナーで 『朝鮮半島所在の旧陸海軍航空基地一覧』の頁を公開しました。

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_06_Korea_AB.html

Korea_AB_list_sat_h30_01_s.jpg

旧海軍の航空基地については既にそれぞれの頁で紹介済みですので、旧陸軍のものが概観出来るようにしました。

例によって当該頁では一覧図の各航空基地名上にカーソルを当てるとそれぞれの基地の概要がポップアップするようにしております。

いずれも日米双方の史料で確認が出来たものをリストアップしております。


この朝鮮半島の旧海軍航空基地も、先の樺太・千島と同じく旧ソ連・ロシアの基地を調べていた結果の副産物です。

その戦後の航空基地で確認がとれた北朝鮮所在のものは現在のところこれ ↓ です。

AB_N_Korea_all_sat_h30_01_s.jpg

そして韓国所在のものはこれ ↓ です。

AB_S_Korea_all_sat_h30_01_s.jpg


う〜ん、残念ながらこれらについてもその詳細を公開する機会は無いかも ・・・・ ?

でも、本当に朝鮮動乱の終戦宣言がなされ、かつ南北朝鮮の融和が図られた時に、北朝鮮はともかく、韓国のこれらの航空基地、特に戦時用飛行場などはどうなるんでしょうね。


さてこの旧陸海軍航空基地一覧のシリーズ、この後少し間が開くかもしれませんが、次はどこにしましょう。 北海道? それとも台湾?

posted by 桜と錨 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年08月03日

昔の夏休み


相変わらず暑さが続きますね〜

昔、小学生の頃夏休みというと、始まった時はものすご〜く長く感じたものの、結局毎日遊び歩いていると、えっもう終わり、と。

そして宿題は全く手を付けておらず、最後の2〜3日でバタバタと形だけ (^_^)

日記などは後から思い出しながら作文しようにも天気もメモしていないので ・・・・ 毎年母親からお小言を頂戴しながらでした (^_^;

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(昭和37年の夏休みの終わり頃)

でも毎年の約40日間、毎日毎日朝から夕方まで一生懸命遊んで、真っ黒になったことは確かです。 楽しかった。

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(海岸の砂浜まで100m足らず)


それにしても、昔は今みたいにこんなに暑かったですかねえ? それともクーラーなど無いのが当たり前でしたので、慣れっこになってしまっていたのか。


我が家は父親が仕事の関係で2〜3年ごとに転勤でしたが、どこに転居してもいつも大きな一軒家の借り上げ社宅でしたので部屋数はそれなりにあるのですが、何故か夕方には家族全員が揃うと一つの部屋で食事をしたり、団らんをしたり、あるいは本を読んだりの思い思いに。 自分の子供部屋も持とうと思えば部屋は余っていたのですが ・・・・

そして夜は家中の窓や戸を開けて、1つの部屋に蚊帳を釣って一家6人がその中で寝ていました。 それでも何とか眠れましたので、不思議なものです。

夜中にトイレに行くために蚊帳の下から出るのですが、その度に出方が悪くて蚊が入ると祖母からお小言を (^_^;

今の日本では、こういう家族全員がいつも一つの部屋に集まって食事や就寝などということはまずないでしょうね。 昔ならごく普通の日本の風習でしたが。


posted by 桜と錨 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに