2017年01月14日

寒波来襲


裏日本を中心に各地で大雪となっているようですが、我が家の方では昨夕から降り始め、朝には1センチくらい積もった程度でした。

それでも昼間は晴れ時々曇りで、風が冷たいもののなんとか持ちましたので、明日からの寒さで陸の孤島化した場合に備えて近くのスーパへ買い出しに。

で、こんな寒い時こそやっぱりこれ (^_^)

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今日はあれこれ焼いてのBBQではなく焼き芋だけにしましたので、火を熾してその周りに並べ、後は家の中でゆっくり待つことに。

いつもの安納芋と今回は大分県産の甘太くんという紅はるかの品種の2種類です。

早く出来上がる安納芋を取り出したあと、更に30分ほどはBBQコンロに蓋をして蒸し焼き風にしてみました。

安納芋 (左) は普通にやってもしっとりとしていますが、甘太くん (右) の方もこれまた大正解で、どちらも我ながら大変に美味しい焼き芋になりました (^_^)

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・・・・ 夕方からはまた白いものがチラチラ。 今晩から明日午前中にかけて降るという予報です。

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来週一杯は気温も低く、早朝はマイナスの日が続くようです。 私は寒いのが苦手なので、ますます家から出たくなくなります。

それにしても、このところ毎年センター試験の日が生憎の天候になるようですね。 受験生の皆さんは大変でしょうが、頑張ってください。

posted by 桜と錨 at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年01月10日

艦隊司令部職員の構成と職務 (6)


さて次の日露戦期まで進む前に、明治27年段階でのことをもう少しお話しします。


この明治27年に艦隊條例が改訂されたことは既にお話ししましたが、艦隊編制時のその名称は勅令によることは先のとおりです。

その他で注目すべきはその第3条で

 第三條 艦隊ニハ水雷艇及運送船等ヲ附スルコトヲ得

とされ、従来軍艦のみとされ、艦隊が狭義での戦闘を主眼としていたものが、常備艦隊の経験もあり、ここに来て広汎且つ柔軟な運用を可能とする近代的な艦隊としての編成とすることができるようになりました。

日清戦争ではまさにこれが具現化され成果を挙げたわけです。


もう一つが、従来の参謀に加え、幕僚として艦隊航海長、機関長及び軍医長という職員が置かれたことです。

なおこれら幕僚とその名称については多少の変遷がありますが、これについては省略いたします。

また、従来からあった 「伝令使」 についてはこの明治27年の制定時に、「秘書」 については明治32年の改正時になくなり、代わってその明治32年の改正時以降は 「副官」 が置かれることになりました。

例えば明治36年の条例改正時における幕僚及び艦隊付は次の様になっています。

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この明治27年の艦隊條例制定当時において、実際の艦隊の編制とその目的・任務が次第に拡がってきましたので、司令長官の職務も広汎なものとなり、それを補佐する幕僚の業務も次第に増えることになります。

このため、艦隊條例で定められた幕僚のそれぞれの職務内容の詳細について示す必要が出てきたため、明治27年11月に艦隊職員条例が廃止されて、新たに 「艦隊職員勤務令」 (達168号) が制定されたのです。


この艦隊職員勤務令は、明治34年に達42号を以て全面改訂されました。


そしてその後幾度かの小改正が行われましたが、大正3年になって廃止されてしまい、以後この種のものが制定されることはありませんでした。

なぜなんでしょう?

それは、この艦隊職員勤務令をご覧になれば、各幕僚の職務についての規定はともかく、指揮官たる司令長官等の職務はこの当時でも大変に広範多岐にわたるものであるということがお判りになるでしょう。

したがって、幕僚の役目はこの司令長官等の職責の全ての業務について円滑に行われることを補佐するものであることを考えるなら、一々これを “これは○○参謀担当” などと細かく分けて規定することは不可能であるということです。

そして大正、昭和へと益々艦隊の編成、目的、行動内容が多岐にわたってくるに及んでは、具体的な職務については海軍省達等で規定し、その都度一々改変していくよりは、各艦隊に任せ、艦隊内でその任務・行動や業務に応じて振り分ける方が都合がよくなりました。

これが艦隊職員勤務令が廃止された大きな理由です。

このため、海軍部内では当然のこととして行われてきたことが、海軍の公文書として明文化されていないこともあって、戦後の研究家などにとって “○○参謀が担当するものは何?” “艦隊機関長とは何するの?” ということになってきたのです。

したがって、これらの具体的なことについては艦に乗ったことの無い方々には、なかなか理解いただけないことではないかと。

とはいっても、明治期後半〜大正初期のものであり、また中には当時の古い条項もありますが、この艦隊職員勤務令をお読みいただけば、司令長官等の職務や各参謀や幕僚によるその職務分担の一端がお判りいただけるのではないかと思います。

例えば、ネットの某所で艦隊機関長や主計長について話題になった時に

 なんか……パッとしない職業なんですねぇ。

という所見を述べた方がおられますが、とんでもありません。 大変に重要で多忙な職務であり、単に機関大佐のポストを増やすためとか、あってもなくてもよいようなという配置ではないのです。

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前 : 艦隊司令部職員の構成と職務 (5)

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2017年01月06日

艦隊司令部職員の構成と職務 (5)


前回明治27年7月19日に連合艦隊が初めて組織されたことを書きましたが、その中で “あれっ?” と思った方がおられるかもしれません。

そうなんです、連合艦隊編制に先立って警備艦隊が編制されましたが、その上裁・裁可が7月10日であるのに海軍省達の発簡は7月13日になっているのです。

裁可を得られたならば当日、遅くとも翌日には出されるのが当然ですが、これは何故なんでしょう?


これは次の通り海軍の意図として、 「橋立」 及び 「厳島」 が佐世保に集結し、常備及び警備の両艦隊の体勢が揃うのを待ってから実施するためだったんです。

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そして 「厳島」 は11日、「橋立」 は12日に佐世保に到着しており、これによって翌13日の警備艦隊編制となりました。


次ぎに、この初めて編制された連合艦隊ですが、何時何を以て解かれたのでしょうか?

旧海軍が出した公式資料である 『海軍制度沿革』 でも、なぜかこの時の連合艦隊が解かれたことについてだけは記述されておりません。 また、公刊戦史である 『二十七、八年海戦史』 にもありません。

このため戦後出されてきた多くの出版物などでもこれを明確に書かれたものはまずありませんでした。

実際には、日清講和条約発効直後の明治28年5月17日に 「官房1873号の3」 によって解かれております。

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また、戦時に際しての臨時編制であった西海艦隊は、戦後処理が一段落した同年11月15日になって 「海軍省達125号」 によって解隊されています。

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さて、そこで注目していただきたいのは、初めて連合艦隊が誕生した日清戦争においては、警備艦隊については 「編制する」 「解隊する」 となっていますが、連合艦隊については 「組織する」 「組織を解く」 として公式文書では明確に用語を区別していることです。

これは後で述べる “連合艦隊とは何か” ということについて重要なポイントになりますので、是非覚えておいてください。

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2017年01月02日

焼き牡蠣独り占め


昨晩は皆でワイワイの夕御飯が終わってから、私だけ殻付きの焼き牡蠣で一杯 (^_^)

炭火で焼くのが一番なんですが、そこはちょっと我慢してレンジでチン。 まず一皿目です。

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広島牡蠣は全国的にも有名ですが、なかでも音戸は潮の流れが強いので、身が締まって味の濃い大変美味しい牡蠣が採れます。

これの焼き牡蠣はもう最高です。

なんですが ・・・・ 家内も昔は大好きだったのですが、10年ほど前から何故か体が牡蠣を受け付けなくなりまして、今では1つでもダメ。 娘達も小さい時から全くダメです。

で、今では甥っ子から貰う新鮮な音戸の牡蠣は全て私が独り占め !!!


そして牡蠣と言えばやはり日本酒でしょう。 毎年年末なると長女の嫁ぎ先が泉橋酒造さんのものを送ってくれるのですが、今回はいつもの 「とんぼ」 でなく創業160周年記念の 「越冬卵と雪だるまラベルの楽風舞しぼりたて」 という生酒。

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お酒の通の人にはちょっと物足りないかもしれませんが、飲みやすく大変に美味しいお酒です。

焼き牡蠣を肴にこれをグビグビ。 これはたまりません。


・・・・ で、酩酊して目が覚めたのが昼前でした。 まっ、お正月ですから (^_^;

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2017年01月01日

平成29年の元旦


つい先程 “良いお年を” と言ったと思ったらもう新しい年が始まりました。

皆さんはどのようなお正月をお迎えでしょうか?


我が家は毎年NHKの 「行く年来る年」 を観ながら新年を迎えますが、今年も少々酩酊状態で寝ましたらすっかり朝寝坊してしまい、ようやく元旦ムードに入りました (^_^;

我が家の元旦はまず恒例のこれから。 七福神のお猪口占いです。

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今年は私は布袋様でした。

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そして普通の家庭ならお節料理ということなんでしょうが、我が家は皆お正月のあれこれ詰まったお節料理はあまり好きではない、というより子供達も全く食べませんでしたので、今では元旦の朝はシンプルなものです。

しかし、何は無くともこれだけは (^_^)

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私が言うのもなんですが (っと毎年言っていますが) 家内のお雑煮は絶品と思います。

これを食べると “あ〜、お正月だな〜” っと。


・・・・ で、今年もやはり年が明けたこれから賀状書きです (^_^;

posted by 桜と錨 at 17:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

賀 正


新年明けましておめでとうございます。

旧年中は多くの方にご来訪いただきありがとうございました。

本年も本家サイトともどもよろしくご愛顧のほど、お願いいたします。

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posted by 桜と錨 at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年12月31日

もう今から酔ってます


先程活きワタリガニをご紹介したところですが、先日お話しした牡蠣の網元を継いでいる甥っ子が今年最後の水揚げが終わって剥き身と殻付きを持ってきてくれました。

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そして一緒にヒオウギ貝も。

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まずはワタリガニから。 活け締めして蒸し器に、その上からお酒を少し振りかけます。 い〜匂いです。

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ワタリガニは雄の身が好きという人と、雌の内子と味噌が好きという人がいますが、私も家内も後者の方です。

この蟹は佐賀の竹崎のものが一番と思っていますが、こちらでは流石に手に入りませんので、これで我慢です。 それでもこれも大変に美味しかったです。

で、肝心な孫娘は、と言いますと、これが何というか一人で一匹ペロリと平らげてしまいました。 用意した甲斐があるというものです。

後は何度か行った近くの居酒屋さんに頼んだ仕出しのオードブルをつまみながらNHKの紅白を、と思っていたのですが、長女も孫娘も初めてですので家内が急遽ヒオウギ貝の炊き込みご飯を作ってくれました。

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シンプルな炊き込みですが、これも先日お話ししたように絶品の味です。 ホタテより濃厚な味で、珍味と言えるでしょう。

ただ貝類特有の一寸した匂いがありますので、孫娘にはどうかなと思いましたが ・・・・ 心配無用、パクパク食べてくれました。 これも嬉しい限りです。

牡蠣の殻付きの方は流石に小学校低学年でもあり、年末年始でもありますから一応用心して、これは明日にでも私用の焼き牡蠣にしましょう。 これで一杯はたまりません ルンルン

安物のお酒を飲みながら、女4人に男1人、それこそワイワイ、ペチャクチャで久しぶりに賑やかな我が家の大晦日の夕食です (^_^)

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( 陶芸教室での家内のワインクーラーに入れて )

posted by 桜と錨 at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

孫娘来る


今日になってやっと孫娘がやってきました。 賑やかな大晦日とお正月になりそうです (^_^)

で、蟹が大好きな孫娘と一緒に食べようと、近くの鮮魚店に頼んでおきました。

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この時期ですので、少々値は張りましたが、大サイズのメスのワタリガニ。

まだ発砲スチロールに入れた水の中で泳いでおり、手に持ってもずっしりとしています。

これを蒸して ・・・・ 夕食が楽しみ楽しみ (^_^)

posted by 桜と錨 at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年12月28日

「この世界の片隅に」 ロケ地マップ


呉市内に出たついでに 「大和ミュージアム」 に寄ってこれを貰ってきました。 今巷で話題のアニメ映画 「この世界の片隅に」 のロケ地マップです。

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片面が呉市、もう片面が広島の中島本町と江波港になっています。

映画の画面構成などに携わった浦谷千恵さんのイラストですが、ロケ地マップと言うよりは呉市内の散策ガイドにもなりますね。

「大和ミュージアム」 の玄関を入った受付のお姉〜さんに “あの映画のマップが貰えるそうですが?” と尋ねたら、こちらにありますということで案内されたのが入口ホール奥壁際のパンフレット置き場にあるラックの一つ。

館内では特に宣伝などをしている様子はありませんし、他のパンフレットと一緒に並んでいるだけですので、今日も多くの見学者がありましたがほとんどの人は気が付いていないようでした。 勿体ない (^_^;

“何枚ご入り用ですか?” とのことで家内の分と2枚貰ってきましたが ・・・・ 一応 「お一人様一枚で」 との張り紙もありますが、これらなもっと貰って良かったのかと (^_^)

posted by 桜と錨 at 14:37| Comment(5) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年12月27日

発射弾数の記録


某所でこういう事が話題になっていました。

 実戦で発射弾数を記録するものでしょうか?

平時であろうと戦時であろうと各砲ごとその時に発射した弾数、弾種、装薬 (発射薬) 種は必ず記録します。

その理由は大きく3つあります。

1.砲身命数 (砲齢) の計算のため

特に大口径になればなるほど命数は小さいため、この計算は重要です。

2.故障や事故が生起した時の原因究明ためのデータの一つとして

例え小さな故障であろうとも、これによって人身事故や砲の毀損に繋がり兼ねませんので、その分析には発射の記録も重要なデータになります。

そしてこれらが正確に記録されているからこそ、これが砲の改良や操法 (操作法) の改善などに繋がっているのです。

3.射撃における指定された発射の確認のため

平時の訓練であろうと戦時における実際の砲戦であろうと、指定されたこれらの確認は、有効な射撃を実施するためには重要なことです。


特に1.及び2.については各砲1門ごとにその砲の経歴や構成などを記した 「海軍砲砲歴」 という帳簿が備えられており、その都度各種の記録が書き加えられてその砲の現状が更新されます。

そしてその中でも発射弾数は最も重要な記録であり、だからこそその記注についての注意までが艦政本部から出されているのです。

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この発砲の記録は明治時代から行われており、ですから例えば日露戦争時に多発した筒発についても、各艦の戦闘詳報などにおいてどの砲が何時、何発目にどのような状況で撃ったときに生起したか、などが明らかにされているわけです。

“後々の戦闘への参考資料にでもした” などと言うようなそんな軽い話しのものではないことはお判りいただけるかと。

posted by 桜と錨 at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し