2018年12月16日

ふぐ三昧


昨夕はお誘いをいただきましたので、ちょっと足を延ばして徳山までふぐを食べに。

徳山港の岸壁近くにあるふぐ処ですが、かなり有名なところで、この時期の週末に席を取るには夏の予約開始直後でないとダメだそうです。

幹事さんの言では、昨年はタッチの差で出遅れましたので、今年は8月にいの一番で予約を入れたそうです。

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( こんなところにポツンとありますが、お店の中は満杯でした )

何と言ってもここのウリは周防灘で採れるとらふぐのフルコースです。

まず最初は定番のふぐ刺しから。

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一般的な下のお皿の絵柄が透けて見えるようなのではなく、その数倍の厚さ。 したがって、お箸でガサッと取るのではなく、1〜2枚ずつ食べます。

皮もコリコリ。皮側の身の茹でたものも大変に上品な味です。

そしてお酒は当然ヒレ酒です。 ヒレ酒用の清酒を使い、仲居さんが持ってきた時にマッチでサッと火を付けて蓋を。 ちょっと間をおいてから蓋を開けて香りを楽しんでゴクリと。 これは美味しいです。

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お猪口で飲む熱燗も別に出てきますが、ヒレ酒が無くなったらこれ用の熱燗を頼んで継ぎ足せば、2〜3度は楽しめます。 その後は再度新たなヒレ酒を注文。 これは進みます。

ふぐ刺しに続いて、大きな唐揚げ。 食べると言うより、むしゃぶりつきます。 これも美味しかった。

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ふぐちりも大きな切り身が沢山入っていて大変に美味でした。 この辺まで来るともうお腹が一杯に。 しかも相当飲みました。

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がしかし、ふぐを食べに来たのですから、これを食べなければ、と。 珍味の白子です。

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白子は人によっては好みの別れる味と食感ですが、私はこれがお気に入りです。 えっ、モックンの 『おくりびと』 の観すぎですか? (^_^)

そして最後はこれ。 雑炊です。 ちょっとポン酢系のタレをかけて食べると絶品の味です。 大きなお茶碗で三杯も食べてしまいました。

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いや〜、もうお腹一杯、ヒレ酒もたっぷり。 久々にふぐを堪能しました。

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2018年12月14日

『丸』 1月号別冊 『 日本の戦艦 大百科 』


そろそろ書店に並ぶことと思います。 月刊誌 『丸』 の1月号別冊は 『 日本の戦艦 大百科 』 です。

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この中で私も次の2つを書かせていただきました。

  『 帝国海軍戦艦建造史 』
  『 主砲メカニズム解説 』

前者は近代戦艦の誕生に始まって、日本海軍で建造された戦艦のうち、「金剛」 型以降について概観したもので、当該稿の後に続く各艦型の記事をお読みいただくための序論としての位置づけですが、これまで技術者視点で語られてきたものとは少し異なり、用兵者としての視点を入れてみました。

例えば、かの有名な 「ドレッドノート」 は就役時点ではそれほど高く評価する程のものでは無かったことや、「扶桑」 型及び 「伊勢」 型はこのド級型艦、即ち単一口径の大口径砲主義としての完成形であったこと、あるいは 「大和」 型は船体設計においてこれまで言われてきた以上に大きな問題があったことなど、その理由とするところを述べております。

また後者は14インチ砲、41センチ砲及び46センチ砲の3種について、その砲身、砲塔、弾火薬について解説しております。

特に、「九一式徹甲弾」 というのは太平洋戦争開戦前後の時期には既に存在しなかったことなどについては留意していただければと。

どちらもこれまでには無かった内容と自負しております。 書店で見かけられた時には是非手にとってご覧いただきたいと思います。

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2018年12月10日

中国・四国地方所在の旧陸海軍航空基地一覧


昨日の本家サイトの更新は日付が回ってしまいましたので、遅くなりましたが改めてこちらで。

年末のバタバタで本家サイトの更新が滞っておりますが、かつ先の記事でもご紹介したとおり今週末は一泊二日で三机での九軍神慰霊祭に行っておりました。

何とか昨晩更新をしまして、これまでに続き『旧海軍の基地』コーナーに 『中国四国地方所在の旧陸海軍航空基地一覧』 ページを追加しました。

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http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_12_Chugoku_Shikoku_AB.html

この地方は旧陸軍関係は6飛行場しかありませんで、ポップアップ・データの作成はその分楽です (^_^;

なお、前回同様に戦後も航空基地や空港として残っている (いた) 旧陸軍の3個所については概説の欄で 『航空路図誌』 からのものをご紹介しています。

特に旧高松空港は移転直前のものですので、今となっては珍しいのではと思います。

このコーナー、次は順番で九州地方を予定していますが、ここはちょっと面倒くさいですね、特に旧陸軍関係は (^_^)

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2018年12月09日

三机 九軍神慰霊祭


開戦記念日の昨夕、三机の須賀公園内にある九軍神慰霊碑前において慰霊祭が行われ、お誘いをいただきましたので私も一泊二日で参列してきました。

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( 準備が整った慰霊碑前 )

山陽・四国方面はこのところ割と暖かい日が続いておりましたが、昨日は真冬並となりまして、しかも風がありましたので夕方以降は体感温度が零度ほどになりました。

このため参列者は皆さん中に沢山着込んだ上にコートやジャンバーで防寒対策を。それでも献花や参拝時にはコートなどは脱ぎますので ・・・・ (^_^;

この三机の慰霊祭は命日である12月8日で、例年夕方からです。

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( 慰霊碑のある須賀公園から見た夕闇迫る三机の町 )

一般的に慰霊祭などは昼間に行われますが、ここは18時からという珍しい行事になっています。 これもあって、地元の人も含めて一般の参列者はそれほど多くはありませんが。

なぜ夕方なのか、と言いますと、昭和41年に有志により寄付を募って九軍神慰霊碑を建立して以来、この慰霊碑を守り、毎年の慰霊祭を主催しているのは地元の青年団の若い人達だからです。

今年は土曜日でしたが、平日ですと皆さん仕事がありますので、それが終わってからというのが恒例になったそうです。

したがって、毎年の参列者は個人的に縁がある方々がほとんどで数十名ほどです。 遺族側も段々少なくなってきており、今年は数名でした。

しかしながら、もう50年以上地元青年団の若い人 (実際に) に受け継がれてきています。 これはありがたいことです。

そしてこの慰霊祭には既に解散してしまったと聞く 「特潜会」 や、まだ続いているらしい 「伊呂波会」 はもちろん、「水交会」 でさえ何らの関与もしてこなかったと主催者側から聞きました。


海自OBも私を含め数名程度が参列しましたが、中には 「呉水交会」 の会員も含まれてはいるものの、皆その水交会会員だからではなく、それぞれ個人的に縁があってのことでこの10年ほどは毎年参列とのことです。

特に、慰霊碑の横にある国旗・軍艦旗の掲揚台は、この個人的に縁があった海自OBを中心として私費を集めて建てたものだそうです。


慰霊祭が終わって近くの町民センターで直会 (なおらい) が行われましたが、凍えるような寒さの後、主催者の青年団のご配慮による暖かい鍋の美味しかったこと。 この鍋をつつきながら、若い人達と一緒にワイワイ。 これは楽しい一時でした。


私は、7年前にNHK名古屋放送局が制作した真珠湾の唯一人の生き残りである酒巻少尉を中心としたドラマ 「真珠湾からの帰還」 の演技指導でお呼びいただきましたが、ドラマの中に出てくる訓練地の三机や宿泊先であった岩見屋旅館のシーンは小豆島でのロケでしたし、旅館の中は名古屋放送局のスタジオでのセットでした。

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( ドラマの台本の表紙 )

これもあって、是非一度訪れて見たいと思っていたのですが、今年やっとその念願を叶えることができました。

もちろん宿泊先は 「岩見屋旅館」 です。

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( 表側の夜と朝 右の女性は現在の女将の山本恵子さん )


改装されて当時とは外観などは大きく変わってしまいましたが、二階の三間続きの部屋などは昔の雰囲気をよく残しており、まさにNHKのスタジオ・セットでのものとそっくりです。

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( ドラマのセット 雰囲気は現在の岩見屋旅館の二階によく似ています )

そしてドラマでも出てきた玄関奥の暖簾は、少し前まで同じものが掛けられていたのですが、防火設備上ダメという指摘があって ・・・・ 今は仕舞ってあるそうです。

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( ドラマのセット 玄関の雰囲気も当時とよく似ているそうです )

posted by 桜と錨 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年11月23日

『世界の艦船』 12月号増刊 『日本海軍特務艦船史』


既に発売になっております 『世界の艦船』 の12月号増刊は平成9年に増刊号として出された 『日本海軍特務艦船史』 の改定新版です。

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同タイトルでの21年振りの更新となりますので編集部さんも力を入れてくれたようで、写真頁はもともとあまり残された良い写真がない艦種ですが、それでもかなり新しいものに替わっています。

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( 旧 版 )

記事ページは、旧版の各艦種の概要的な内容から、テーマ別の項立てとなりました。 これも新しいものです。

これらを併せて、この方面に興味のある方で旧版をまだお持ちでなければ、新旧とも揃えておかれることをお勧めします。

なお、記事ページでは全11項目の内、次の4つを担当させていただきました。

  B 日本海軍の洋上補給法
  G 工作艦「明石」の能力
  H 標的艦の実務
  J 電纜敷設艇の具体的な用途は?


いずれも艦艇建造という技術的な面ではなく、使う側の用兵者としての視点を入れております。

書店の店頭で見かけられましたら、是非手にとってご覧下さい。


posted by 桜と錨 at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年11月18日

アレイからすこじま


現在海上自衛隊の海洋観測艦や音響測定艦の繋留岸壁となっているところを通称 「アレイからすこじま」 と言い、その前から潜水艦桟橋のところまで道沿いに小さな公園となっているところを 「アレイからすこじま公園」 と呼んでいます。

何とも不思議な名前なんですが ・・・・


同地には太平洋戦争期まで旧海軍の呉海軍工廠の潜水艦用桟橋、岸壁、繋留ブイなどがあり、周りには関係する工廠の工場などがあったところです。

因みに、最近新しく 「澎湃館」 というお店が入った赤煉瓦の建物は、元々は潜水艦器具工場があったところで、戦後は長らく倉庫となっていました。


この 「アレイからすこじま」 の “アレイ” とは、測定用のケーブルである長〜い 「アレイ」 を陸揚げした時に岸壁に置いておいたことから付いた名前ですが ・・・・ では 「からすこじま」 は?

ご存じの方もおられると思いますが、実はこの場所は本来の 「烏子島」 とは何の関係もないところなんです。

元の烏子島は現在の日新製鋼の敷地のずっと南西側の埋立地の中にありました。

Google Earth からの衛星写真で、赤丸で示したところです。

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明治23年に呉海軍工廠造兵部の前身である呉兵器製造所ができたときには、まだその沖合に烏帽子礁、烏小島と続いていました。 明治30年に兵器製造所が造兵廠となった後の同32年の地図でも次のようになっています。

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これがその後の工廠の相次ぐ拡張による埋め立てで陸続きとなりましたが、終戦時でもまだここは細長く突き出た形状でした。

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そして日新製鋼となった後も周りの埋め立てが行われたことにより今では全くの陸地の中となり、当時の面影は全くありません。


で、なぜ現在の 「からすこじま」 なんでしょう?

まあ単なる観光の人寄せのためといえば、それはそれで全くかまわないことなんですが ・・・・


posted by 桜と錨 at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年11月16日

旧海軍艦砲の通常弾の炸薬


こういうデータはネットでもなかなか無いものなんですね (^_^)

本家サイトの次のリストにある艦砲の 通常弾 の炸薬は、明治期から続く6、5、及び短5センチ砲を除き、全て 下瀬火薬 です。


なお、6、5、及び短5センチ砲は 黒色火薬 です。

posted by 桜と錨 at 21:29| Comment(3) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年11月11日

近畿地方所在の旧陸海軍航空基地一覧


本家サイトの更新は 『旧海軍の基地』 コーナーが続いていますが ・・・・ 今週は 『近畿地方所在の旧陸海軍航空基地一覧』 ページを追加公開しました。

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_11_Kinki_AB.html

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今回はちょっと遊び心を入れて、旧陸軍の明野、伊丹 (大阪国際)、大正 (八尾) の3飛行場については、それぞれの概説の欄でちょっと古いですが平成8年版の 『航空路図誌』 からそれぞれの図をご紹介してみました。

この 『航空路図誌』 は旧海軍の航空基地についてはそれぞれのページの中でご紹介してきておりますが、旧陸軍のページは作る予定がありませんので、折角ですからこんなものもということで。


本家サイトの更新は何か本来の砲術関係のものをと思うのですが、毎年年末のこれからの時期、なかなか落ち着いてコンテンツを作る余裕がありません。

航空基地一覧のページなら既にデータもありますので、今のところ何とかなるかなと (^_^;

posted by 桜と錨 at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年11月06日

今朝のお魚屋さん


今日はいつもより少し早めにお魚屋さんを覗いてみました。

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商売の7〜8割が定常の決まった業務用なので店頭はこの程度 (失礼) の小さな鮮魚店です。

その代わりにお店の横には取引先用のトロ箱がいつも沢山積んであり、料理屋さんなどが車で取りに来ます。 今日も私がいる間だけでも3台が次々に。

そして店頭のお魚を買いに来る個人のお客さん達も、もう皆さん顔なじみになった常連さんばかりです (^_^)

ここに並んでいるものなら全て鮮度は間違いなしですから。

今日は1匹残っていたシマアジを半身だけお刺身用に捌いて貰っていますが、その待ち時間にパチリと。

4匹並んでいるアコウ (キジハタ) も、もう少し大きければお刺身になりますが ・・・・ なにしろ歩留まりが悪いのでこのサイズではほんの少ししか取れません。 もちろん残ったアラはお味噌汁や煮付けなどにしても美味しいのですが。

このアコウのお刺身、ご存じの方もおられると思いますが実は大変に美味なんです。 関東方面ではあまり出回りませんが、料理店などで食べるとかなり高価になります。 次回に期待です。

地エビもワタリガニも生きています。 それに両方とも既に大分売れてしまっています。 う〜ん、これを見るとどうしようかなあ〜っと食指の動くところ (^_^;

posted by 桜と錨 at 15:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年10月30日

旧海軍の補職人事


ご来訪いただいている多くの方々は既にご承知のことと思いますが、艦船や陸上の部隊などに対する海軍軍人の配員は 『海軍定員令』 (大正2年内令34号) に基づき、それぞれ個々の 「定員表」 が内令 (後に内令員) によって定められています。

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そしてこれら定員表には配員される階級、兵種、員数、そして士官の場合は職名が規定されております。

士官については海軍省が、特務士官、准士官及び下士官兵については各所管の鎮守府がこの定員表に基づいて補職を行うわけですが、その表に備考として例外規定が記載されていない場合は、厳密にこの定員表に定められた階級、兵種及び員数に従うことになり、もしこれを外れた補職をする必要が出てきた場合には海軍大臣の許可が必要になります。

ただし、規定の各階級についてやむを得ない事情がある場合は一階級下の者を補職することができます。 この場合士官の人事発令では “心得” となります。 例えば “○○航海長心得を命ずる” などのようにです。

反対に、他の内令をもって例外が規定されない限り、階級が上の者は定員表に規定する下位階級の配置には補職出来ないこととされていました。

とは言っても、大戦が始まると部隊の増加に伴い人事の振り回しが難しくなり、特に大戦後期になって予備役や後備役を大量に招集したことにより、これに対応するためもあって昭和19年に内令592号によって大尉〜少将の定員については一階級上の者を補職し得るなどの緩和がされました。

これの典型的な例が、「武蔵」 艦長で戦死した猪口敏平大佐で、在任中に少将に昇任しましたが、そのまま艦長として在職し、古今東西の海軍でも異例の少将の艦長となったことはご存じのとおりです。

昭和13年には既に戦艦及び空母艦長などは一時的に少将をもって当てることが出来るようになっていましたが、他の例外規定の内令と共にこの昭和19年の内令で一本化されたものです。


また定員表では士官の主要な配置はその固有職名で規定されておりますが、これは 『艦船令』 や 『海軍航空隊令』 などで定められた職員名のことで、これを人事上は “補職の職” と呼んでおります。

つまり海軍大臣による人事発令は “○○艦長を命ずる” “○○航海長を命ずる” などのようになるわけです。

定員表により当該配置に複数名が規定されている場合は、海軍大臣の “○○分隊長を命ずる” “○○乗組を命ずる” などの人事発令を受けて、その指揮官が更に “第一分隊長に指定する” “航海士に指定する” などのような 「個命 (個別命令)」 を出して配置指定をすることになります。

これが旧海軍における補職人事の基本であり原則です。


ところで、ネットの某所で空母 「加賀」 の飛行隊長の話が出ていましたが、なぜかこの 『海軍定員令』 とそれに基づく定員表のことが出てきませんでした。

昭和16年7月の内令784号による海軍定員令の改正の時点における 「赤城」 と 「加賀」 の定員表 は次のとおりです。

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これをご覧になってお判りいただけるように、両艦とも 飛行隊長は定員5人で、階級は中佐又は少佐 とされています。

これを艦長は 『艦内編制令』 に基づいて (もし海軍航空隊の場合なら司令が 『海軍航空隊編制令』 に基づいて)、第1飛行隊長〜第5飛行隊長を個命で指定することになります。

ところが、例えば日本語版Wikiなどでは、開戦直前になっての淵田美津夫中佐の 「赤城」 飛行隊長への人事 を “異例の降格人事” とか “他の飛行隊長と格が違う” などと記してしまっています。

誰かの一般出版物などからの孫引き、曾孫引きの単なる受け売りなんでしょうが、しかしながら、旧海軍における人事制度上は何らおかしな事はありませんし、降格でもありません。

事実、当時の 「赤城」 飛行長は兵50期で昭和14年中佐昇任の増田正吾で、飛行隊長の淵田は兵52期で昭和16年10月に中佐に昇任したばかりですから、期別も先後任序列はもちろん、定員表上からも全く問題ない のです。


そして 「加賀」 の飛行隊長についてですが、某所では次のように答えている人もいました。

舟木少佐転任後に志賀大尉が昇格する形で大尉のまま飛行隊長に補されているようです。

飛行隊長になるためには海軍大臣による補職人事の辞令が必要 (つまり海軍公報に掲載される) ですし、しかも階級が大尉では飛行隊長心得としてしか補職できないことを判っておられるのかどうか ・・・・ ?

もちろん “補職の職” は例え一時的であるにせよ、現場が勝手に臨時で補職するなどは制度上できない話しであることは言うまでもありません。

したがってそれらの根拠を明らかにしない限り “いるようです” などは単なる一個人の憶測に過ぎないと言うことです。

まあ某所はその様な発言でも全く構わないところなのでしょうが (^_^;


ところでこれに関連して、日本語版Wikiなどでもそうですが、この定員表に基づく部隊の固有配置と、訓練・実戦におけるその時々の飛行隊編成でのものとを混同して書かれているものが多いですね。

実際のその時の飛行隊編成における飛行隊指揮官は、必ずしも飛行隊長がなるわけではないことは言わずもがなでしょう。

同様に、その時その時の 飛行隊の編成における中隊長、小隊長など は本来の固有の職名ではないことにも注意する必要があります。 『艦内編制令』 にも 『海軍航空隊編制令』 にもその様な職名・配置名はありません から。


加えて、旧海軍の航空機の識別塗装は、正規の規定のもの以外については各艦・部隊でかなり自由にマーキングなどをしていることはご承知のとおりです。

指揮官機を示す赤や青色などの線などもこの類で、三本線だからといって必ずしも固有の飛行隊長が搭乗するとは限りませんし、旧海軍としての法規的な根拠もありません。

したがって、飛行隊長でなくとも、その時々の飛行隊編成における指揮官が三本線塗装の機に乗ったとしても、別におかしくはありませんし、旧海軍としての法規類に違反している訳けでもありません。

これらは単に現場での運用上の問題に過ぎないのです。


長くなりましたが、これを要するに、補職人事についてももう少し基本的な根拠を押さえてはいかがでしょうか? ということです。


なお、『海軍定員令』 『艦船令』 『艦内編制令』 『海軍航空隊令』 『海軍航空隊編制令』 などについては本家サイトの 『海軍法規類集』 コーナーでそれぞれのPDF版を公開しておりますのでご参照下さい。


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