2020年03月29日

防大海上要員2学年の1年間


今週の本家サイトの更新として、先週に続き 『砲術への想い』 コーナーの 『小原台の4年間』 に 晴れて海上要員となった2学年の1年間を追加公開 しました。


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思い出すままに綴ってみましたが、1年の時と異なり、海上要員としての1年間がいかに充実して楽しかったのかを感じていただければと思います。

なお、この昭和45年には大盛況であった大阪万博が開催されましたが、この年の3・4学年海上要員の夏期定期訓練における乗艦実習では、大阪に寄港してこの万博を見学する機会があったようです。

私達は大湊の第32護衛隊での北海道巡航の乗艦実習でしたので、残念ながら万博は見るチャンスはありませんでした。

もっとも、夏期休暇中に自費で見に行こうとまでは思いませんでしたが (^_^;

次は3学年の1年間を予定していますが、この2年の時より更に充実した楽しいものでした。 お楽しみに。

posted by 桜と錨 at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2020年03月22日

防大1学年1年間の思い出


今週の本家サイトの更新は、先週につづき 『砲術への想い』 コーナーの防大4年間の思い出のページに新入生の時の1年間の思い出を綴ってみました。

    http://navgunschl.sakura.ne.jp/omoi/omoi_002-1.html
    http://navgunschl.sakura.ne.jp/omoi/omoi_002-1-1.html

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ただし、学生舎生活における2学年 (16期生陸上要員) と私達1学年 (17期生) との間のことは少々長くなりますので、これは項を別にして改めてお話しすることにします。

色々と思い出すままに書きましたので、ちょっと長く、ダラダラしたところがあるかも知れませんが、当時の防大1学年の1年間はこんなものだったと、一杯やりながらでも気楽にお読み下さい。

それに、私は若い頃から日記をつける習慣がありませんので、今に残る当時の写真などを見ながらの、これは私自身のための記録と思ってください。

中には、お読みいただいて “何だ、結構楽しそうだったジャン” と感じられる方がおられるかもしれません。

その点は私自身も同感です。

ただし、それは今になって振り返れば、の話しですし、この時の第1大隊第14中隊における一つ上の16期生陸上要員との “1期違えば・・・・” のことは別にして、です。

なにしろ、当時、第14中隊の私達1学年にとっての学生舎生活は、まさに “帝国陸軍内務班かくありき” の日々だったのですから。

posted by 桜と錨 at 15:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2020年03月20日

何もない時は小春ネタで


相変わらずバタバタしてブログのコンテンツを作る余裕がありませんので、こういう時はニャンコの小春ネタで。

最近の昼間のお気に入りの場所は、家内のピアノ部屋の出窓のところ。 家中を走り回った挙げ句、あれっと思ったら、いつの間にか家内にもらったクッションの上にちょこんと座って、一人 (一匹) で日向ぼっこをしています。

そして、お気に入りのぬいぐるみ達を咥えて来て、回りに置いています (^_^)

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夜はいつも私と一緒に寝て、明るくなると相変わらず “起きろ、起きろ” と顔舐め攻勢なのですが、寒い朝は私を起こした後は自分はお布団の中から出てきません。

起きてはいるのですが、私がお手洗いにいってもリビングまでついてこず、戻ってきた時もそのまま布団の中です (^_^;

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全くの家猫になってしまっています。

posted by 桜と錨 at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2020年03月15日

『小原台の4年間』 と 『懐かしの艦影 戦後編』


今週の本家サイトの更新として、大先輩からリクエストも頂きましたので、『砲術への想い』 コーナーに防大時代の思い出を綴る 『小原台の4年間』 を追加作成することとし、その第1回目を公開しました。

今後各学年毎のページを追加していく予定です。 なおこれに伴い、同コーナーのメニュー・ページを少しリニューアルしました。

http://navgunschl.sakura.ne.jp/omoi/omoi_cont.html
http://navgunschl.sakura.ne.jp/omoi/omoi_002-1.html

またこれに併せて、『懐かしの艦影』の戦後編を新たに追加公開しました。 私自身が撮影したものや、知人、有人などからのいただいた海上自衛隊や米海軍艦船などが中心となります。

その公開の第1回目分は、私が防大に入学した昭和44年から46年くらいまでのものです。

http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/photo_modern/photo_modern_cont.html

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ただし、当時は個人で気軽に持てるようなカメラは、今のように自動焦点や可変望遠レンズなどはありませんし、綺麗に自動調整撮影する機能もありませんでした。 それにカラー・フィルムとそのプリント代は大変に高いもので ・・・・

保管してあったネガやアルバムに貼ったプリントは経年劣化で変色してしまっておりますし、もちろん私の腕もありますので、大変に見難いものとなっておりますが、それでも当時の海上で撮影したものなどは、興味を持って頂けるのではないかと思っております。

なお、こういうネットのご時世ですので、残念ながら一人歩き防止のために画像にはロゴや透かしを入れておりますことをご了承ください。

なにしろ、海自OBでさえ自己の運営するサイトでその内容を確認すること無しに間違った説明付けて引用している者も出てくる始末ですので (^_^;

posted by 桜と錨 at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2020年03月12日

またまた巨星墜つ !!


先ほどまたまた訃報が飛び込んできました。 平間洋一氏がお亡くなりになられました。

私が申し上げるまでもなく、平間氏は防大1期のパイオニアの一人としてこの世界に入られ、そして海自定年退職後は防衛大学校教授、図書館長として後輩の指導に当たられつつ、自助努力で文学博士の博士号をとられました。

旧海軍史の研究家として、多くの著作と共に、「軍事史学会」 など幅広く活躍されてこられましたので、この方面ではその名をご存じ無い方はおられないと思います。

私は平間氏とは16違うこともあり、現役の時には直接ご指導いただく機会がありませんでしたが、退職後になってNHKのスペシャルドラマ 『坂の上の雲』 でご一緒させていただいてからになります。

『坂の上の雲』 では海軍指導を当初担当しておられたOBが諸般の事情で替わられることになり、その時に平間氏が “堤と一緒ならば” と声をかけていただいたのが始まりです。

そして平間氏が主として台本などの歴史考証を、私が主としてロケ現場などでの演技指導を担当することで、撮影終了までの約3年間の二人三脚でした。

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( 平成21年1月 『坂の上の雲』 第1部の川口でのロケ終了時に、監督の柴田さん、助監督の福岡さんとの記念写真 )

昨年お体を悪くされたとお聞きしておりましたが ・・・・ まだまだ86歳、これからも私達後輩のために引き続きご指導をと思っておりましただけに残念です。

本来ならば私などは何をさておいても駆けつけなければならないところですが、昨今の事情と、ご遺族のご意向により家族葬での身内のみでとのこともあり、不義理をさせていただくことに。

平間氏のご冥福を心よりお祈りいたします。 (合掌)

posted by 桜と錨 at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2020年03月08日

独り言


木甲板の保存手入法

う〜ん、今では鉄甲板の上に木甲板を張るような艦は海外の保存艦船以外では無くなってしまいましたので、こういうことを知る人も少なくなったですね。

旧海軍時代のこの木甲板の保存手入法については、例えばその概要が海軍兵学校卒業直前の生徒に配付された初級将校勤務参考の中の一つ、『甲板士官勤務参考』 に記述されています。


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まずこれを手始めにして、次にこれの元になった更に詳しい史料に当たられるのと、運用術や造船工学などの史料によって、木甲板をどの様に張り付けていたのかを調べるといいでしょうね。

今日では 「トロ」 とは何か、オークムやピッチをどの様に使うのか、などなどということを聞いたことがない人が殆どでしょうから。

posted by 桜と錨 at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2020年03月06日

家ネコ 小春


三毛猫の小春が我が家にやってきて半年が経ちまして、野良で生まれて保護センターに預けられていた期間よりも長くなりました。

普段は全く外に出ない完全な家ネコですので、来た時よりも少々野性味が無くなってきたようで、本来なら庭や近所を歩き回っているはずなのでその点ではちょっと可哀想かなとも思いますが ・・・・

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それでも今では本人も我が家の一員と思っているようです。 だんだん私達の周りの身近にいるのが普通になりました。

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そして家内が出かけている時などは、二階の私の仕事部屋に上がってきて、ストーブの前においてある座布団の上で寝ているのですが、その内私がパソコンに向かっていると、椅子の背もたれを後ろから “ドン、ドン!” と。

振り向くと座布団の上でゴロンゴロンと転がって相手をしろということなんですが、それでも無視をしていると、机の上に上がってきて2台並んでいるモニターの前をウロウロと。 これでは流石に仕事になりませ〜ん (^_^;

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夜は昨年末頃から寝室に上がってきて私と一緒に寝るようになりましたが、最近はすぐに一番上にかけてある毛布の上で寝てしまい、夜中になって寒くなると布団の中に潜り込んできます。

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相変わらず布団から顔だけ出してアゴを私の肩口に載せ、脇の間で寝ますので、重いのと動けないので ・・・・ (^_^;

今年は例年ほど寒くはないのですが、それでも朝方外が零度近くまで下がる日には、顔を出しているのも寒いのか、布団の中をズルズルと下がって、足の間で完全に丸まっています。

そしてやはり毎朝6時過ぎになると、必ず起きろ起きろ攻勢で顔を舐め舐め。

それで私がトイレに起きると、一緒にリビングまでついて来て一人で遊ぶのかと思えば、寒いのか自分はそのまま布団の中で寝ており、トイレから戻るとそのまままた一緒にしばらくネンネ。


今では家内にも私にも撫でさせたりダッコさせるようになりましたし、時には自分から催促に来るように。

あと2ヶ月したら1歳の誕生日もしなくては (^_^)

posted by 桜と錨 at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2020年03月03日

巨星墜つ !!


私にとってはまさに “巨星墜つ” です。

私が初級幹部の頃から身近にお付き合いがあり、尊敬する海自の先輩である加藤武彦氏がお亡くなりになりました。

ご存じのとおり、加藤武彦氏は良く知られた加藤寛治海軍大将の孫で、防大6期生、幹部候補生学校13期で、私の11期上になります。

直接には、プログラム業務隊 (PGC、現在の艦艇開発隊の前身) で直属の上司、幹部学校高級課程学生の時の学校長、そして呉地方総監部防衛部第三幕僚室長の時の総監と、3度ご指導いただきましたが、人格、識見共に優れた大変に立派な方でした。

特に阪神淡路大震災においては、呉では余りにも被災状況が不明のため、発災の翌朝には総監自らヘリで視察をされて現地進出を決心され、翌3日目には幕僚などを率いて震災で半壊した阪神基地隊に海自災害派遣部隊司令部を構え、派遣艦艇・部隊の指揮をとられました。

私も同司令部作戦幕僚としてお仕えしたわけですが、加藤総監の端的で明確な判断と指揮振りは見事なものであったと思います。

中でも、総監のところへ海上幕僚長などから電話で “もっとテレビなどに映ることをやれ” “派遣艦艇の舷側に大きく目立つような 「災害派遣中」 という幕を掲げろ” などなど、やいのやいのと催促があったようですが、朝のオペレーション (作戦会議) で、「俺はそんなチンドン屋の様なことはやらない。 神戸の港に灰色の艦が赤白の自衛艦旗を掲げて在泊している姿を市民に見せるだけで十分。 あとは本当に必要とされる派遣業務を淡々とやるだけ。」 と言われ、その通りに実行されたときには、“あ〜、この人は本当の海上部隊指揮官だな〜” と感服した次第です。

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写真は発災から3週間ほど経った2月上旬、災害派遣は人命救助や行方不明者捜索などから給水支援などの定常業務へと移行し、以後順次それに必要な艦艇・部隊以外を派遣元へ戻す段階に来た時の記念写真です。

前列の赤白の腕章が災害派遣部隊指揮官の加藤総監、向かってその右が阪神基地隊司令の既に今は亡き仲摩海将補です。

加藤総監始め各級指揮官や司令部幕僚などの面々は、やっと何とか一息ついての安堵の表情が見られます。

ご持病があったとお聞きしましたが、まだ81歳、早過ぎますね。

心よりご冥福をお祈りいたします。 (合掌)

posted by 桜と錨 at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2020年03月02日

「朝雲新聞」 2019年縮刷版


朝雲新聞社さんより今年も同社の 「朝雲」 の縮刷版が届きました。

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私は同紙の 「世界の新兵器」 コーナーで年4回の艦艇編を載せていただいておりますが、昨年は更に観艦式に併せた (残念ながら台風来週のために中止となりましたが) 護衛艦 「いずも」 の空母化について1頁書かせていただきました。 この記事も縮刷版にありますので良い記念にもなり、嬉しいですね。

そして、縮刷版ですのでちょっと文字が小さいのですが、それこそやはり専門紙、その年の防衛省・3自衛隊について出来事や人事など何かの時に確認をするのに大変重宝します。

朝雲新聞社さん、ありがとうございます。

posted by 桜と錨 at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2020年03月01日

『海上自衛隊のシステム艦第1号』


本家サイトの今週の更新として、先週に引き続きこちらの方で5回にわたり連載しました 『海上自衛隊のシステム艦第1号』 を纏め直して、『現代戦講堂』 中の 『AAD・TMDの話題あれこれ』 コーナーに第4話として追加公開しました。

http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/AAW_TMD/AAW_arekore/AAW_arekore.html
http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/AAW_TMD/AAW_arekore/AAW_arekore_04.html

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こちらのブログの時よりは画像を大きくしましたので、少しは見やすくなったかと。


ただし、こういうネットのご時世ですので、画像にはロゴや透かしを入れておりますことをご了承ください。

なにしろ過去それをしていなかったものでは、海自OBでさえ自己のサイトでその内容を確認すること無しに間違った説明を付けて記事に使っている者も出てくる始末ですので (^_^;

posted by 桜と錨 at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと