2019年04月24日

豆台風来襲の前に


御代替わりによって初の10連休となるGWですが、前半に孫娘と孫達が揃って来ることになり、狭いウサギ小屋の我が家の家中を大あわてで片付け中です。

特に孫は、ハイハイを始めて活発に動き回るようになったようですので、あちこちその対策もしなければなりません。

ついでに、ベランダに出て遊べるように、近くのホームセンターへ行ってマットも準備。

でその帰りに、一息つくためにバタバタ ・アタフタしている家内と一緒に近くのランチへ。

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昨夕からの雨はもうすぐ止みそうです。 明日は何とか晴れそうですので、5人分の寝具一式をどっさりと干して日に当てなければなりません。

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2019年04月22日

呉水交会懇親会


昨日は呉水交会の懇親会で、私も案内をいただきましたので参加してきました。

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年次総会とそれに続く講演の後に行われましたが、私は懇親会のみで (^_^;

約2時間でしたが、出席者の多くは顔見知りばかりですので、これはこれで楽しい一時でした。


ところで、この懇親会初めの乾杯の時に、発唱の音頭は来呉した水交会本部の赤星現理事長だったのですが、その発唱の前に一言 ・・・・ 水交会の会員数が本年遂に5千名を切った とのこと。 そして、その内の約3千名が海自OBで、しかも年々減少の傾向にある ようです。


水交会のあり方については以前に本ブログでも書いたことがありますが、海自OB会であった 「海上桜美会」 との合併の話しが出た時、海幕副長をされた佐伯聖二元海将が “ツケを将来の海自OB達に回すな” と言って反対されましたが、まさしくそのことが現実となって現れているわけです。

「OB会が無い海上自衛隊」 :

「再 ・ 「水交会」 は海自OB会ではありません」 :


「水交会」 は海自OB会ではありませんし、またあり得ません。 主旨が全く異なる別物だからです。

当然ながら、海自OBだからといって水交会に入らなければならない理由などは全くありません。 水交会の主旨に賛同する者が個人の自由意志で入れば良いだけのものです。

その一方で、海自にはOB会が無い (無くしてしまった)。 会社・学校・官公庁など一般的な組織であるならばあるのが普通であり、むしろ当然のことが、海自ではそれが無いというおかしな現状が続いています。

しかも、歴代の元海幕長経験者が順番でたらい回し式に理事長に就任し、元海将・将補クラスが本部の役員の多くを占めることが当たり前になっていますが、理事長以下その当事者達はこのおかしな現状を改革・改善するつもりは全く無いようです。

その上、現理事長曰く、「政府・防衛省に対する政策提言を行ってきており、水交会の存在感を高めている」 ???

そんなものは 「水交会」 としてではなく、単に元海将連中が好きなように集まって、退職後の暇つぶしとして好きなようにやれば良い話しでしょう。

そんなことが普通の海自OBにとって水交会に入りたいと思う動機になるとでも? 年会費5千円を払ってまで?

う〜ん、ちょっとですよね (^_^;


水交会呉支部などは、これまでのところ 「呉水交会」 として本部の運営とは一線を画して きており、また年会費3千円の 呉水交会会員という独自の制度 も設けています。

そして、一般市民の会員が様々な行事において活発に参加する一方で、OB会が本来機能すべきOB間の交流・親睦もまた色濃く持っています。

もちろんこれは、呉地方という比較的狭い範囲での活動が中心であり、かつその地域に居住する人達が中心だからともいえるでしょうが。

これもあって、「水交会」 の会員減少傾向の中にあって、「呉水交会」 はこのところ現状維持、あるいは微増の状態が続いてきております。

この状況を見ても、今の 「水交会」 本部の体質・運営方法のままでは、そのあり方の抜本的な改革・改善が必要であることは明白です。


まずなすべき事は 海自OB会を再興する こと。 そして その上で本来あるべき 「水交会」 というものを、海自OB会がどのように支えていくかを考える こと。

これに尽きるのではないでしょうか?

posted by 桜と錨 at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年04月21日

南西諸島所在の旧海軍航空基地


遅くなりましたが、先ほど本家サイトの今週の更新として、『旧海軍の基地』 コーナーにて、「種子島」 「古仁屋」 「石垣 (第一、第二)」 「宮古」 の5基地を追加公開し、既に公開している 「喜界島」 及び 「南大東」 の内容を更新しました。


因みに、↓ は宮古島の旧海軍の 「宮古」、旧陸軍の 「宮古中」 と 「宮古西」 の3つが写っている珍しいものです。

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( 手前から平良市街、「宮古」、「宮古中」、そして奥右端に 「宮古西」 )

これのほぼ反対側からの写真は旧陸軍の基地の時にご紹介する予定にしています。


これにて、南西諸島所在の旧海軍基地の残りは、あと沖縄本島の 「小禄」 と 「佐敷」 の2つです。

この2つが終わりましたら、南西諸島所在の旧陸海軍航空基地一覧を作成したいと考えております。

posted by 桜と錨 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月18日

午後のコーヒー


会議の事前打ち合わせがあるので出た方が良いよと言うことで昼に出かけたのですが ・・・・ 結局何かの行き違いで私が出る必要はありませんでした (^_^;

で、我が家に戻って家内と午後のコーヒーに出かけることに。 いつものところで (というより近くには他に選択肢が無いので) 

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先日お話しした我が家の庭のボタンは、今が半分の5つが満開に。 ちょっと樹の大きさに似合わない程の大輪です。

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そして放りっぱなしの庭の至る所にこの白い花が咲いています。 ほとんどが数株ずつですが、中には群れているところも。

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ネットでは最も近いのが 「アマナ」 というのがヒットするのですが、似ているけどちょっと違うような気も ・・・・ ?

(19日 追記) : 本家サイトの談話室でいつもお世話になっているHN 「脇」 さんから、「アマナ」 ではなくて 「ハナニラ」 とご教示いただきました。 流石は自然とお友達ですね。 ありがとうございました。

花弁が 「アマナ」のようには細くないな〜と思ったのですが、ネット上の写真をちょっと見したところでは 「ハナニラ」 とも色も形も少し違うように感じたんですよね。

でも 「ハナニラ」 も別名は 「セイヨウアマナ」 と言うんだそうで、何ともややこしい話しです。 素人には花々は難しいですね (^_^;


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もう少し紫っぽいのですが、安物のデジカメで腕も悪い性か、生の色がなかなか上手く出ません m(_ _)m

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2019年04月17日

独り言


久々に独り言を呟いてみる (^_^)

日本海軍は93式魚雷の他に駆逐艦用の短射程高速魚雷を作ろうとしていた

う〜ん、それを 「ニコニコ」 とか言うところで聞いたからというなら、そこで聞けば済むことじゃないのかなあ 〜

おそらく 試製 F のことかと。


(16日 追記) : ちょっと笑い話のような回答があったようですので

旧海軍での酸素魚雷の開発においては試製A〜Gが計画されました。

試製Aが九〇式を酸素化した巡洋艦用を狙って開発され、これが後に九三式魚雷一型となって実現、駆逐艦用としてこれの射程を犠牲にして高速化を狙ったのが試製Cですが、試製Aで手こずっている間に先に試製Fが進んだので、主機関の試作までで開発中止。

この試製Fがタービンエンジンを使用して雷速55〜60ノットを狙った、まさに “駆逐艦用の短射程高速魚雷” で、試作実験で所望の高速を得るところまで行ったのですが、開戦の結果として引き続いての実用化への開発は中止されました。


質問の話は別の話が又聞きの又聞きで内容が実際のものからだいぶズレてしまったものなのではないかと推察

キチント調べずにネット情報を自己流に解釈するとこうなるんでしょうねえ (^_^)

まあ、聞きたい人が自由に書き込み、言いたい人が自由にレスできるのが、当該某巨大掲示板の良いところでもありますので、これはこれで良いのでしょうね。


posted by 桜と錨 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月15日

マレーシア海軍艦艇来日


マレーシア海軍のフリゲイト 「レキウ」 (FFGH-30 KD Lekiu) が本日午後、呉のEバースに入港しましたので見に行ってきました。 マレーシア海軍艦艇としては実に17年ぶりの来日だとか。

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それにしてもこの 「レキウ」、基準排水量 1,845 トンのフリゲートですが、僚艦の 「ジェパッド」 と共に同国海軍最大の戦闘艦艇であるだけに、昨年のリムパック参加などを含めて、かなり酷使をされているようです。

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そして1999年の就役ですから艦令20年、したがって装備自体は最新とは言い難いところもありますが、海自艦艇のほぼ同じサイズの 「あぶくま」 型に比べて相当な重装備です。 しかも欧州系の定評のあるものを選りすぐっており、なかなか強力です。

船体の色は海自艦艇に比べると少し水色がかった明るい灰色です。

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( 最近国内では見かけなくなった 「ラット・ガード」 も )

入港歓迎行事の後、一般参加者の特別艦内公開がありましたので一緒に (^_^)

重装備の反面、艦内は通路も含めそれほど窮屈という訳ではありません。 また、欧州系らしく甲板への主要出入り口などには木製の内扉が装備されており、また机などにも木製家具が多用されています。

士官室は艦の大きさに比べればゆったりした広さで、質素ながら英国海軍系の内装が施されています。 

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( コーヒーと紅茶のサービスつき (^_^) )

もちろん英国式ですから士官室の長は少佐の副長で、中佐の艦長がこの士官室へ入るには副長の了解が必要となります。

士官は艦長以下18名が定員とされていますが、本日見た限りではもう少し多く、かつ少佐クラスが多いのが目立ちました。 長期の行動のために特別な配員なのか ・・・・ ?

見学が終わって帰る時には既に後部の飛行甲板ではレセプションの準備が始まっていました。 面白いのは、甲板上の主要部には 「+」 字のネットが張られておりました。 転落・落下防止のためなのか、一部は乗員の脱柵防止のためなのか (^_^)

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( 舷梯の飾り付け )

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( 入港歓迎行事が終わると直ぐにレセプションの準備に )

水兵さん達はやはり東南アジア系だけあって皆陽気で、こちらも私服でしたので話しかけてもニコニコしながら皆気楽に応じてくれます。

帰りがけには岸壁で作業をしていた水兵さん達が若い女性陣も一緒だったのを見つけて彼等の方から 「一緒に記念写真を」 と。 積極的ですなあ (^_^)

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えっ、肝心な入港歓迎行事はどうなったのか、ってですか? 敢えてご紹介するほどのものではなく、ごくありきたりのものですので省略いたします。 それに、広報やマスコミに出るでしょうから (^_^;


それにしても、先の 「しょうりゅう」 や練習艦隊などでもそうでしたが、またまた今回も何故か午後の入港行事です。

OB連と話しをしても皆揃って “昔から午前の早い時間と言うのが当たり前だったのに” と。 広報係にそれとなく聞いてみましたが、言葉を濁しておりました。

それぞれでそれぞれなりの理由や事情があるのでしょうが、とはいえそこをキチンと調整して伝統を守ることが重要ではないかと。

特に最近、何か大事な “船乗りの躾け” が一つ一つなし崩しになってきているように感じますね。 決して良くはない傾向と思います。

posted by 桜と錨 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年04月14日

『朝鮮半島の旧陸海軍航空基地』 一覧ページ更新


今週の本家サイトの更新は、『旧海軍の基地』 コーナーで既に公開しております 『朝鮮半島の旧陸海軍航空基地』 一覧ページに、旧陸軍の 「海雲台」 「密陽」 「泗川」 「晋州」 及び 「木浦」 の5基地を追加しました。


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( 1945年版の米軍地図より海雲台航空基地 )

とは言っても、それなりのデータが揃っているのは戦後に 「釜山国際空港」 となった 「海雲台」 のみで、他の4基地については残された旧陸軍の史料はほとんどありません。 特に 「密陽」 及び 「晋州」 の2つについてはその所在場所さえ判りません。

しかしながら当面はこれ以上のデータは出てこないと思われますので、これにて朝鮮半島の一覧ページは一区切りといたしたいと思います。

もしこれらの基地についてご存じの方がおられましたら、是非ともご教示下さい。

posted by 桜と錨 at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月13日

立てば芍薬、座れば


我が家の庭に1本あるボタンの樹に、今年も10個ほどの蕾がついていまして、段々と大きくなってきました。

2〜3日すると、一つずつ順に大輪の花が開くものと思います。

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自然というのは凄いですね。 放ったらかしにしてあっても、こうして毎年ちゃんと綺麗な花を咲かせて楽しませてくれます。

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2019年04月08日

平成最後のお花見


こちらではやっとこの週末が満開になりました。

近くの水源地ですが、普段は一般市民は入れませんが流石にこの時期だけは昼間のみ開放されます。

片田舎とはいえやはり人出がそれなりにあると思いましたので、今日、老夫婦二人で平成最後となるお花見に。

予想どおり平日でのこともありほとんど人はおらず、数組が池の周りの散歩やシートを広げてのお弁当の最中でした。

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昔キャンプ用に揃えたデッキ・チェアと折りたたみのテーブルを持って。 周りに人がおりませんので、散り始めた桜の木の下に広げてノンビリと。

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ここは指定駐車場から離れておりますので、多くの人達はその駐車場から直ぐの公園として整備された場所に行くようです。

臨時開放の通用口近くに5〜6台の駐車スペースがりますが、ほとんど知られていないこともあって、車に荷物を積んでの花見としてはちょっとした穴場かも (^_^)

この水源地は周りより少し高くなっており、反対側は川に沿った斜面です。 ここも桜は綺麗なのですが 、ちょっと景色が ・・・・

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例によって毎年恒例、近くのスーパーで適当に見繕ったものと、ノンアルコール・ビールで。 ただ、焼き鳥の美味しいところが無いのが残念です。

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実はこの水源地、本来はこちらの方が有名で、日本のダム湖百選にも選ばれているほどですが、桜は少なく花見向きではありません。

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来年は令和での花見。 いや〜、日本人に、そして日本に生まれて本当に良かったと思います。

posted by 桜と錨 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年04月07日

制服を着た能吏が現場に出ると (補足)


旧海軍及び海自の船乗りのことにはあまり詳しく無い方もおられると思いますので、先の件について少し補足を。

旧海軍時代から、船乗りの躾けとして厳しく言われてきたことの一つに艦の 威容の保持 というものがあります。

これも個艦でのことも大変多岐にわたりますが、当然部隊、則ち艦隊や戦隊などでのことも含まれます。

個艦での事についてはそれこそ極めて多岐にわたりますが、その内のいくつかは出版物などでも語られておりますし、また本ブログでかつて連載した 『艦船乗員の伝統精神』 の中でも出てきますので参考にしてください。


また海自関係の方々であれば、護衛艦隊の 『艦艇勤務基本しつけ集』 『術科しつけ集』、あるいは海上幕僚監部が出した 『シーマンシップのかん養』 などはご存じかと思います。 ( これらの中で旧海軍から伝わるものが十分に網羅されている訳ではありませんが )


そして部隊でのことになりますとこの 「威容の保持」 のためには特に 斉一 ということが求められます。

これは、一つの港や作業地などに停泊中は、その威容の保持について 旗艦又は最先任艦に合わせる ことになりますし、航海中も同じです。

例えば、艦旗掲揚・降下はもちろん、停泊燈の点灯・消灯、武器やハッチなどの覆の掛け外し、などなどです。

つまり何かを行う場合には、全体が一斉に行い、全体が同じ見かけになっていることが求められる のです。

したがって、港内で桟橋に横付けしている場合や前後浮漂繋留している場合には、それぞれ全艦が同じ向きになるようにすることは言わずもがななことです。

ですから、この呉での様なことなどは “余程の理由が無い限り” あり得ないことになります。

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では、この時にその様な “余程の理由” と事情があったのでしょうか?

この状況を見る限りでは、その様なことはまず無かったし、その様なことをさせる事情も無かったと言えるでしょう。

海自の定係港では、そこを母港とする艦艇以外が入港する時には、その艦艇に優先的に桟橋を割り当てるのが “常識” となっています。

ですから、もしこの例の 「こんごう」 「むらさめ」 (おそらく 「むささめ」 は 「こんごう」 のために) のように左舷横付けが必要である場合には、当然のこととして桟橋の南側 (右側) が割り当てられますし、もし桟橋に直づけが必要ならば、既にいる艦艇は係留替えして (場合によっては沖で錨泊して) 当該場所を空けるようにします。

他艦も巻き込む手間暇になりますが、それが “伝統” であり “威容の保持” なのです。

ところがこの例のような指揮官所掌事項でこの様なことをすると、それがなし崩しなり、それを発端に艦船乗員の末端に到るまでの全ての “躾け” が崩れて行くことになります ( いえ、実際に既にかなりのことが崩れてきてしまっているのですが )。

艦艇乗員からすれば “何だそんなのでいいのか” “一体どこが斉一 ・ 威容の保持だ” となる訳です。

したがって、各級指揮官自らが “襟を正して” 行くことが重要 なのです。


ここでご来訪の皆さんにお尋ねします。

港に停泊する場合は直ぐに出港できるように 「出船」 とすることが常識であり、またその様に躾けられてきました。

ところが、ここ呉のE及びF桟橋、そして佐世保の立神岸壁などでは従来から 「入り船」 としてきております。

この理由が何故かお判りでしょうか?


posted by 桜と錨 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと